バレンタイン 2013


祢々斬編

「瑠璃、悪いな……」

「ううん、大丈夫。仕方ないよ……お仕事なんだから」

「じゃあ……また連絡する、本当にごめんな」

「わかった。お仕事頑張ってね」

メールではなく、忙しい合間をぬって直接電話をくれた。

『声を聞けただけでも、良かったと思わなくちゃ……』

そんな風に前向きに考えようと試みながらも、やっぱり気持ちは沈んでくる――


今日はバレンタインデー。
平日だが、祢々斬と一緒に食事をする約束だった。
しかし、急な仕事が入ってしまったと、彼から電話があったのだ。



一人で食事をすませ、長い夜を過ごす。

勢いをつけて、ベッドに寝ころぶと、テーブルの上にポツンと置かれた包みが目に入った。

夕方までは確かに、キラキラと輝きを放っていた真紅の贈り物。

だが、今は色褪せて見える。
まるで、魔法が解けてしまったガラスの靴のように。

「一日、先延ばしになるだけだよ……」

自分を納得させるようにつぶやいてみるけれど、胸の奥にある本音は
『やっぱり……今日渡したかったな』


瑠璃は大きなため息をつくと、気をとり直したようにベッドから身を起こした。

「特別やることもないし……よしっ!編み物でもしよう」

祢々斬へのクリスマスプレゼントに編んだセーターと同じ毛糸で、今、自分用のショールを編んでいるのだ。

同じセーターのペアルックなんて、さすがに恥ずかしい。
それに何より、祢々斬が嫌がるに決まっている。

けれど、同じ素材のセーターとショールっていう『おそろい』なら……
祢々斬だって、許してくれるよね。


完成まであと一歩、という所で、急に睡魔が襲ってきた。

「……駄目だ……もう……」

彼女は、テーブルに突っ伏すと、そのまま寝入ってしまった。



ちょうどその頃、駐車場に一台の車が入ってきた。
仕事を片付け、車を飛ばして来た祢々斬だった。

「やれやれ、何とか日付が変わる前に着いたな」

彼は、瑠璃の部屋の玄関チャイムを鳴らした。

だが、部屋の中からは物音ひとつ聞こえない。
電気は煌々とついている。

時間が時間だけに、そうしつこくチャイムを鳴らす訳にもいかない。

「仕方ないな」とつぶやいた祢々斬は、いつも持ち歩いている瑠璃の部屋の鍵をポケットから取り出すと、ドアを開けた。

部屋の中では、キッチンのテーブルで瑠璃が編み物をしていたようだった。

手を止めて顔を上げ、祢々斬の姿を目にしても無言のままだ。

約束の急なキャンセルに、怒っているのだろうか。


「無断で上がり込んで、悪かったな。チャイム鳴らしても出てこなかったから……」

慌てて言い訳しながら、祢々斬はテーブルに近づく。

が、何だか様子がおかしい。
瑠璃の目が虚ろだ。

「おい、瑠璃……?」

真ん前に歩み寄り、腰をかがめて目線を合わせる。


その途端、瑠璃は祢々斬にフワッと抱きついた。

「……祢……々……」
「………………」

思いもかけない彼女の行動に、身動きも口を開くことも出来ず固まる祢々斬。

しばしの沈黙の後、瑠璃からポツリと言葉がこぼれた。

「……うふふ……いい夢ぇ……」

彼女は、そのまま倒れ込むように祢々斬に体を預けると、幸せそうな寝息をたて始めた。

「なんだ??寝ぼけてんのか!?」
「……ぅ……ん……」
「おっと、悪い悪い」

思わず出した大声に、瑠璃が目を覚まさないよう背中を優しくたたくと、祢々斬は、そっと彼女を抱き上げた。


ベッドに運び、額に軽く口づける。

「ったく……明日はちゃんと起きてろよ」

明かりを消し、物音をたてないように踵を返す。

玄関に向かう途中、テーブルの上の包みに目をとめた。

それを手にした祢々斬は、何やら思案した後、箱にかけられたリボンをほどいた。




翌朝。

寝ぼけ眼の瑠璃が、あくび混じりに起きてきた。

ふとテーブルに目をやると、一気に眠気が吹き飛んだように駆け寄った。

「ないっ!チョコレートが……え?なんで!?」

編みかけの毛糸のそばに置いてあったはずの包みが、こつぜんと姿を消していた。

泣きそうになりながら、テーブルの真ん前に立った彼女が目にしたものは……


完成間近のショールの上で、薄紅色のリボンが、ハートの形を作っていた。

「祢々斬……」

来てくれたんだ……

そういえば私、テーブルでうたた寝しちゃってたはず。


「祢々斬、大好き」

このハートは、きっと祢々斬の気持ちそのもの。

ただのリボンに戻すのがもったいなくて、しっかり写真におさめた瑠璃だった。

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