星空のコドク
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はるかの術が鬼たちを苦悩から解放し、常盤國に平和が訪れた年の暮れ。
彼女は月讀から、遠く離れた村に届け物をする用事を言い付かった。
――来年一年、村人を守るための護符や御守りを、例年、師走のこの時期に届けることになっている。
月讀は正月を前に神社の雑事に追われるため、昨年までは、この届け物は久遠の仕事だった。
そんな久遠の『お主も、月讀の護符が配られる村々の様子を見ておいた方がよいのではないか?』という言葉により、今年ははるかが出向くことになったのだった。――
しかし、距離がある上に、峠を越えていかなければならない村。
はるかの足では日帰りは難しく、途中で宿をとらねばならない。
さすがに女の子一人では物騒なため、魁童が同行する手はずとなっていた。
そんな訳で、数日後の夕暮れ時。
峠向こうの村を後にして歩く、二人の姿があった。
はるかにとって、初めての遠出。
魁童と口ゲンカしたり、助け合ったりしながら到着した村では、村人たちが歓待してくれて、出立するのが思いの外遅くなってしまった。
一年で一番、日が落ちるのが早いこの季節。
もう少し早く、宿屋のある町までたどり着きたかったが、辺りを見渡せば、すでに夜の帳が下り始めていた。
ふと立ち止まったはるかが、すっかり暮れた夜空の星を見上げた。
「わあ、オリオン座だ」
「おり……?なんだか、けったいな名前だな」
一歩先を歩いていた魁童も、足を止めて天を仰ぐ。
「三つ並んだ星があるでしょ」
「ああ」
「あれがベルト……ええと、帯の部分なんだけど、オリオンっていう狩人を型どった星座なんだ」
「ふうん……その“おりおん”ってのは初めて聞いたけど、天狼星なら知ってるぞ」
「てんろう?」
「ああ。天の狼。三つ星の左斜め下に光ってる、青白い星だ」
「あれは……シリウスだね」
「おまえの世界では、そう呼んでるんだな」
「うん」
うなずいてから顔を上げ、彼女は強い光を放つ星を見つめた。
「天の狼……たった一匹の、孤独な星なのかな」
星たちを映していた瞳を伏せると、はるかは魁童の腕をギュッとつかみうつむいた。
「どうした?」
「……ごめん……なんだか、怖くなっちゃって」
「ああ、こんなに暗くなっちまったからな」
魁童は、空いている片手で、はるかの頭をポンポンと撫でた。
「ううん、そうじゃないんだ」
小さくかぶりを振ると、はるかは苦しげに言葉を発した。
「違う、そうじゃない……。この世界の人間じゃない私が、ここにいることがさ……孤独な狼みたいで、急に不安になっちゃったんだ」
今にも消え入りそうな語尾に、魁童は開きかけた口をつぐんで視線を落とした。
いつも飄々として、そのくせ術士としては絶大な力を持つこの少女には、怖いものなんかないのだと思っていた。
「はるか……」
自分の腕をつかむはるかの手をそっととると、魁童は彼女を抱き寄せた。
「なに言ってんだよ、俺様がいるだろ?」
腕の中の温もりに、彼は言葉を紡ぐ。
「鬼を……この世界を救ってくれたおまえが、孤独だなんて泣かないでくれよ」
「泣いてなんか……」
体を強ばらせたはるかを、魁童がきつく抱きしめ直した。
「泣きそうな顔してたじゃねぇか」
「孤独だとか怖いとかは言ったけど、泣いてないもん……」
少々ムキになって答えるはるかに、「そうかよ、わかった、わかった」と返してから、魁童は続ける。
「子狐の前で『孤独だ』なんて言ってみろ、あいつのことだから、『わしらは家族ではないのか!?』なんて大騒ぎして泣きわめくんじゃねぇのか?」
「ふふ、そうかもね」
魁童の肩に額をつけたまま、はるかが小さく笑う。
そんな彼女の頭を撫でながら、魁童はさらに続けた。
「いや……『泣くな』ってのは違うな。泣いたって、いいんだよ。気持ちにフタをしろとは言わねぇ。わき上がってくる思いは、消そうと思ったって消せるもんじゃねえからな」
はるかが、おずおずと顔を上げた。
吐息がかかるくらいの距離で、魁童は彼女の目を覗き込む。
「けど……不安になっちまったら、俺を見ろよ。俺を思えよ。俺はいつだって、おまえの側にいるから」
「魁童……」
「忘れんな、おまえは一人じゃねえ!」
はるかは、魁童の胸に顔をうずめると、彼の背中に腕を回してギュッと抱きついた。
「……ありがとう、魁童」
「お、おう」
しばしの後、手をつないで歩き出した二人は、一軒の宿屋にたどり着いた。
「はるか、さっきの話の続きだ」
二組並べられたせんべい布団の横にちょこんと正座していたはるかの隣に、魁童があぐらをかく。
「さっき俺が、『おまえは一人じゃない』って言っただろ?」
「うん」
「今は二人だけどさ……いつか俺とおまえが、その……め……夫婦(めおと)になって、あ……赤ん坊が生まれたりしたらさ……」
行灯の灯りに、魁童の真っ赤な顔が照らし出されている。
「おまえの孤独なんて、どっかに飛んでっちまうに決まってる」
「……うん、そうだね」
一瞬目を丸くしてから、そううなずくと、はるかは魁童の目をまっすぐに見た。
「……で、魁童?」
「なんだ?」
「“いつか”って……いつ?」
「……へ?」
「いつ、私を魁童のものにしてくれるの?」
「い……いつ……って……お、俺様にも、こっ心の準備ってもんがだな……」
「私は、心の準備できてるよ」
「ぐ……」
ちょっぴり恥ずかしそうな、けれど真剣なはるかの眼差しを受けて、魁童の顔はみるみる赤く染まった。
「だぁーーっ!いつかはいつかだ!!おら、とにかくもう寝るぞ!」
真っ赤な顔で布団をかぶった魁童を、あっけにとられて眺めていたはるかだったが、クスクス笑いながら行灯を消すと、魁童の隣に横になった。
シンとした空気が流れる。
それを破るように、ふいに魁童の声が響いた。
「あのさ」
布団に潜ったまま、彼はつぶやく。
「いつかったって……そのうちだ。そんなに遠い未来じゃねえ」
仰向けに暗い天井を見上げていたはるかは、体を横にして魁童の方に向き直った。
「わかった、待ってるね」
互いの言葉が、夜の室内に吸い込まれていく。
と、魁童の布団から、ニュッと手が伸びた。
「手だったら、つないでやる」
「え、いいの?」
「お、おまえ、怖いとか不安だとか言ってただろ。悪い夢見たら、大変だからな、ちゃんと手ぇつないでろ」
「ふふ、ありがとう……お休みなさい、魁童」
「おう、お休み」
ほどなく寝息をたて始めたはるかの手から、力が抜けた。
ソロソロと布団から顔を出した魁童は、小さく微笑むと、離した手ではるかの髪をそっと撫でた。
「はるか、おまえのことは、ずっと俺が守ってやる。だから、いい夢見るんだぞ」
いつか夫婦になって、やがて子をなし家族になっている自分たちを思い描きながら、魁童は満足そうに目を閉じた。
*
彼女は月讀から、遠く離れた村に届け物をする用事を言い付かった。
――来年一年、村人を守るための護符や御守りを、例年、師走のこの時期に届けることになっている。
月讀は正月を前に神社の雑事に追われるため、昨年までは、この届け物は久遠の仕事だった。
そんな久遠の『お主も、月讀の護符が配られる村々の様子を見ておいた方がよいのではないか?』という言葉により、今年ははるかが出向くことになったのだった。――
しかし、距離がある上に、峠を越えていかなければならない村。
はるかの足では日帰りは難しく、途中で宿をとらねばならない。
さすがに女の子一人では物騒なため、魁童が同行する手はずとなっていた。
そんな訳で、数日後の夕暮れ時。
峠向こうの村を後にして歩く、二人の姿があった。
はるかにとって、初めての遠出。
魁童と口ゲンカしたり、助け合ったりしながら到着した村では、村人たちが歓待してくれて、出立するのが思いの外遅くなってしまった。
一年で一番、日が落ちるのが早いこの季節。
もう少し早く、宿屋のある町までたどり着きたかったが、辺りを見渡せば、すでに夜の帳が下り始めていた。
ふと立ち止まったはるかが、すっかり暮れた夜空の星を見上げた。
「わあ、オリオン座だ」
「おり……?なんだか、けったいな名前だな」
一歩先を歩いていた魁童も、足を止めて天を仰ぐ。
「三つ並んだ星があるでしょ」
「ああ」
「あれがベルト……ええと、帯の部分なんだけど、オリオンっていう狩人を型どった星座なんだ」
「ふうん……その“おりおん”ってのは初めて聞いたけど、天狼星なら知ってるぞ」
「てんろう?」
「ああ。天の狼。三つ星の左斜め下に光ってる、青白い星だ」
「あれは……シリウスだね」
「おまえの世界では、そう呼んでるんだな」
「うん」
うなずいてから顔を上げ、彼女は強い光を放つ星を見つめた。
「天の狼……たった一匹の、孤独な星なのかな」
星たちを映していた瞳を伏せると、はるかは魁童の腕をギュッとつかみうつむいた。
「どうした?」
「……ごめん……なんだか、怖くなっちゃって」
「ああ、こんなに暗くなっちまったからな」
魁童は、空いている片手で、はるかの頭をポンポンと撫でた。
「ううん、そうじゃないんだ」
小さくかぶりを振ると、はるかは苦しげに言葉を発した。
「違う、そうじゃない……。この世界の人間じゃない私が、ここにいることがさ……孤独な狼みたいで、急に不安になっちゃったんだ」
今にも消え入りそうな語尾に、魁童は開きかけた口をつぐんで視線を落とした。
いつも飄々として、そのくせ術士としては絶大な力を持つこの少女には、怖いものなんかないのだと思っていた。
「はるか……」
自分の腕をつかむはるかの手をそっととると、魁童は彼女を抱き寄せた。
「なに言ってんだよ、俺様がいるだろ?」
腕の中の温もりに、彼は言葉を紡ぐ。
「鬼を……この世界を救ってくれたおまえが、孤独だなんて泣かないでくれよ」
「泣いてなんか……」
体を強ばらせたはるかを、魁童がきつく抱きしめ直した。
「泣きそうな顔してたじゃねぇか」
「孤独だとか怖いとかは言ったけど、泣いてないもん……」
少々ムキになって答えるはるかに、「そうかよ、わかった、わかった」と返してから、魁童は続ける。
「子狐の前で『孤独だ』なんて言ってみろ、あいつのことだから、『わしらは家族ではないのか!?』なんて大騒ぎして泣きわめくんじゃねぇのか?」
「ふふ、そうかもね」
魁童の肩に額をつけたまま、はるかが小さく笑う。
そんな彼女の頭を撫でながら、魁童はさらに続けた。
「いや……『泣くな』ってのは違うな。泣いたって、いいんだよ。気持ちにフタをしろとは言わねぇ。わき上がってくる思いは、消そうと思ったって消せるもんじゃねえからな」
はるかが、おずおずと顔を上げた。
吐息がかかるくらいの距離で、魁童は彼女の目を覗き込む。
「けど……不安になっちまったら、俺を見ろよ。俺を思えよ。俺はいつだって、おまえの側にいるから」
「魁童……」
「忘れんな、おまえは一人じゃねえ!」
はるかは、魁童の胸に顔をうずめると、彼の背中に腕を回してギュッと抱きついた。
「……ありがとう、魁童」
「お、おう」
しばしの後、手をつないで歩き出した二人は、一軒の宿屋にたどり着いた。
「はるか、さっきの話の続きだ」
二組並べられたせんべい布団の横にちょこんと正座していたはるかの隣に、魁童があぐらをかく。
「さっき俺が、『おまえは一人じゃない』って言っただろ?」
「うん」
「今は二人だけどさ……いつか俺とおまえが、その……め……夫婦(めおと)になって、あ……赤ん坊が生まれたりしたらさ……」
行灯の灯りに、魁童の真っ赤な顔が照らし出されている。
「おまえの孤独なんて、どっかに飛んでっちまうに決まってる」
「……うん、そうだね」
一瞬目を丸くしてから、そううなずくと、はるかは魁童の目をまっすぐに見た。
「……で、魁童?」
「なんだ?」
「“いつか”って……いつ?」
「……へ?」
「いつ、私を魁童のものにしてくれるの?」
「い……いつ……って……お、俺様にも、こっ心の準備ってもんがだな……」
「私は、心の準備できてるよ」
「ぐ……」
ちょっぴり恥ずかしそうな、けれど真剣なはるかの眼差しを受けて、魁童の顔はみるみる赤く染まった。
「だぁーーっ!いつかはいつかだ!!おら、とにかくもう寝るぞ!」
真っ赤な顔で布団をかぶった魁童を、あっけにとられて眺めていたはるかだったが、クスクス笑いながら行灯を消すと、魁童の隣に横になった。
シンとした空気が流れる。
それを破るように、ふいに魁童の声が響いた。
「あのさ」
布団に潜ったまま、彼はつぶやく。
「いつかったって……そのうちだ。そんなに遠い未来じゃねえ」
仰向けに暗い天井を見上げていたはるかは、体を横にして魁童の方に向き直った。
「わかった、待ってるね」
互いの言葉が、夜の室内に吸い込まれていく。
と、魁童の布団から、ニュッと手が伸びた。
「手だったら、つないでやる」
「え、いいの?」
「お、おまえ、怖いとか不安だとか言ってただろ。悪い夢見たら、大変だからな、ちゃんと手ぇつないでろ」
「ふふ、ありがとう……お休みなさい、魁童」
「おう、お休み」
ほどなく寝息をたて始めたはるかの手から、力が抜けた。
ソロソロと布団から顔を出した魁童は、小さく微笑むと、離した手ではるかの髪をそっと撫でた。
「はるか、おまえのことは、ずっと俺が守ってやる。だから、いい夢見るんだぞ」
いつか夫婦になって、やがて子をなし家族になっている自分たちを思い描きながら、魁童は満足そうに目を閉じた。
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