涼風
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蒼玉の湖のほとりの昼下がり。
無月と瑠璃は、並んで草むらに腰を下ろし、鏡のような湖面を眺めていた。
季節は夏。
うだるような暑さが続く毎日に、瑠璃は少々辟易していた。
この世界には、エアコンも扇風機も存在しないのだ。
月讀の屋敷の中では、団扇くらいしか暑さをしのぐ方法はない。
そんな訳で、木々に囲まれ涼しげなこの場所を訪れるのが、近頃の彼女の日課となっていた。
「毎日、本当に暑いよね……。無月は、大丈夫なの?」
ん?という風に、声の主に視線を移す無月。
瑠璃は続ける。
「ここなら町よりは涼しいけど、無月の着物暑そうだし……大丈夫?暑くない?」
「大丈夫だ。我は水の鬼だからな 」
瑠璃の心配を打ち消すように、無月は、そう言って穏やかに笑った。
「ならいいけど……」
呟きながら湖に視線を戻そうとした瑠璃は、ふと何かを思いついたかのように顔を上げた。
「じゃあ、もしかしたら……!」
言葉を発すると同時に、彼女の両手は、無月の左手をギュッと握っていた。
「瑠璃?」
「…………」
名を呼ぶ声も耳に入らないくらいに、真剣な表情で、無月の手に神経を集中する瑠璃。
「瑠璃、どうかしたか?」
「わっ!!?」
顔を近づけて瞳を覗き込む無月に、我に返った瑠璃は、驚きの声を上げ両手をパッと離した。
「ごっ、ごめんなさい!つい……」
「つい、どうした?」
首をかしげる無月に、瑠璃は、慌てて答える。
「無月が暑さに強いなら、もしかしたら……触ったらヒンヤリするのかな、なんて」
恥ずかしそうに下を向く瑠璃の右手を、今度は無月が両手で包む。
「これで少しは涼しくなるだろうか」
思いがけない無月の行動に驚きつつ、瑠璃はにっこりと微笑んだ。
「うん……やっぱり無月の手、冷たくて気持ちいい」
『なんだか……逆に顔は熱くなっちゃったけど』――
後半の言葉は飲み込んでから、瑠璃は、無月の肩にもたれて目を閉じた。
「無月の隣にいると、暑さを忘れられるよ。プール……ああ、私の世界では、夏になると沢山の水をためて、泳いだり水遊びしたりする場所があるんだけど……そこで、水浴びしてる気分だよ」
「我は水の鬼だからな」
先ほどと同じ台詞を口にし、無月は再び笑みを浮かべた。
「暑い日には、いつでもここに涼みに来ればよい。そなたが夏バテなどせぬよう、我がこうして冷やしてやろう」
湖を渡る涼やかな風が、草や木の葉を揺らす。
湖に落ちる木々の影も、さざ波と共に揺れる。
「む……」
突然、無月が小さくうめいて手を離した。
「どうしたの?無月?」
一旦体を離した瑠璃が、そっと無月の袖を掴む。
「いや……何でもない……」
「そう?……でも……気になる」
真剣な眼差しで自分を見上げる瑠璃に、無月はちょっぴり困ったような笑顔を返す。
しばしの逡巡の後、彼は言いにくそうに口を開いた。
「今はよいが……じきに秋になり、冬が来る。そうなれば、そなたの足は、ここから遠のいてしまうのではないかと……」
「え?どうして?」
言葉の意味がよくわからない、というように、瑠璃は首をひねる。
彼女のもっともな疑問に、無月は小さなため息とともに答えた。
「秋になり冬になれば、そなたがこの場所や我で涼をとる必要もなくなる」
一瞬目を丸くした瑠璃は、小さく吹き出してから、無月の腕に抱きついた。
「もう、無月ったら……大丈夫だよ!寒くなったら、私、無月を暖めるためにここに来るから」
「瑠璃……」
「それに……」
瑠璃は、両腕に力をこめると、無月の肩に頭をコテンとのせた。
「私はいつだって、無月の傍にいたい……だから、ここに来るんだよ」
「それは、我も同じだ」
「明日もあさってもその次も……ずっとずっと、来るからね」
「ああ、楽しみに待っている」
吹き抜ける風は、やがて夜の気配をはらみ始める。
遠くヒグラシの声が聞こえる頃まで、湖畔には、寄り添う二人の姿があった。
*
無月と瑠璃は、並んで草むらに腰を下ろし、鏡のような湖面を眺めていた。
季節は夏。
うだるような暑さが続く毎日に、瑠璃は少々辟易していた。
この世界には、エアコンも扇風機も存在しないのだ。
月讀の屋敷の中では、団扇くらいしか暑さをしのぐ方法はない。
そんな訳で、木々に囲まれ涼しげなこの場所を訪れるのが、近頃の彼女の日課となっていた。
「毎日、本当に暑いよね……。無月は、大丈夫なの?」
ん?という風に、声の主に視線を移す無月。
瑠璃は続ける。
「ここなら町よりは涼しいけど、無月の着物暑そうだし……大丈夫?暑くない?」
「大丈夫だ。我は水の鬼だからな 」
瑠璃の心配を打ち消すように、無月は、そう言って穏やかに笑った。
「ならいいけど……」
呟きながら湖に視線を戻そうとした瑠璃は、ふと何かを思いついたかのように顔を上げた。
「じゃあ、もしかしたら……!」
言葉を発すると同時に、彼女の両手は、無月の左手をギュッと握っていた。
「瑠璃?」
「…………」
名を呼ぶ声も耳に入らないくらいに、真剣な表情で、無月の手に神経を集中する瑠璃。
「瑠璃、どうかしたか?」
「わっ!!?」
顔を近づけて瞳を覗き込む無月に、我に返った瑠璃は、驚きの声を上げ両手をパッと離した。
「ごっ、ごめんなさい!つい……」
「つい、どうした?」
首をかしげる無月に、瑠璃は、慌てて答える。
「無月が暑さに強いなら、もしかしたら……触ったらヒンヤリするのかな、なんて」
恥ずかしそうに下を向く瑠璃の右手を、今度は無月が両手で包む。
「これで少しは涼しくなるだろうか」
思いがけない無月の行動に驚きつつ、瑠璃はにっこりと微笑んだ。
「うん……やっぱり無月の手、冷たくて気持ちいい」
『なんだか……逆に顔は熱くなっちゃったけど』――
後半の言葉は飲み込んでから、瑠璃は、無月の肩にもたれて目を閉じた。
「無月の隣にいると、暑さを忘れられるよ。プール……ああ、私の世界では、夏になると沢山の水をためて、泳いだり水遊びしたりする場所があるんだけど……そこで、水浴びしてる気分だよ」
「我は水の鬼だからな」
先ほどと同じ台詞を口にし、無月は再び笑みを浮かべた。
「暑い日には、いつでもここに涼みに来ればよい。そなたが夏バテなどせぬよう、我がこうして冷やしてやろう」
湖を渡る涼やかな風が、草や木の葉を揺らす。
湖に落ちる木々の影も、さざ波と共に揺れる。
「む……」
突然、無月が小さくうめいて手を離した。
「どうしたの?無月?」
一旦体を離した瑠璃が、そっと無月の袖を掴む。
「いや……何でもない……」
「そう?……でも……気になる」
真剣な眼差しで自分を見上げる瑠璃に、無月はちょっぴり困ったような笑顔を返す。
しばしの逡巡の後、彼は言いにくそうに口を開いた。
「今はよいが……じきに秋になり、冬が来る。そうなれば、そなたの足は、ここから遠のいてしまうのではないかと……」
「え?どうして?」
言葉の意味がよくわからない、というように、瑠璃は首をひねる。
彼女のもっともな疑問に、無月は小さなため息とともに答えた。
「秋になり冬になれば、そなたがこの場所や我で涼をとる必要もなくなる」
一瞬目を丸くした瑠璃は、小さく吹き出してから、無月の腕に抱きついた。
「もう、無月ったら……大丈夫だよ!寒くなったら、私、無月を暖めるためにここに来るから」
「瑠璃……」
「それに……」
瑠璃は、両腕に力をこめると、無月の肩に頭をコテンとのせた。
「私はいつだって、無月の傍にいたい……だから、ここに来るんだよ」
「それは、我も同じだ」
「明日もあさってもその次も……ずっとずっと、来るからね」
「ああ、楽しみに待っている」
吹き抜ける風は、やがて夜の気配をはらみ始める。
遠くヒグラシの声が聞こえる頃まで、湖畔には、寄り添う二人の姿があった。
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