そばにいること
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『気持ちが落ちる』って、いったらいいのかな……
特に、これといった理由もないのに、漠然とした不安にさいなまれる時があるんだ。
久遠がいれば、お茶をいれてもらって、気分を切り替えたり。
一人の時は……
そう、今日みたいに、屋敷の中に私しかいなくて、自由に外出できる日には、たいてい蒼玉の湖に向かう。
湖を前にたたずんでいる無月の姿を認めれば、それだけで、かなり心は軽くなる。
反対に、どこを見回しても彼を見つけられない時は……
世の中のすべてから見捨てられてしまったような、なんとも情けなく惨めな気持ちを味わうことになる。
「無月が、いてくれますように」
そう願いながら、今日も私は蒼玉の湖にやってきた。
果たして。
そこに、彼の姿はあった。
先ほどまでは、いつものように、静かな水面を見つめていたのだろうか。
ゆっくりとした歩調で、湖のほとりを歩いている無月に、私は小走りに近づいた。
「無月」
「瑠璃、来てくれたのか」
「なんだかね……ひとりでいるのが、いやだったんだ」
足を止めた無月の、真ん前に立つ。
無月がクスリと笑いながら、私の頭に手を置く。
「瑠璃、そなたは寂しがり屋なのだな」
「……そう……かな……」
大きな手のぬくもりが、伝わってくる。
まるで……冷たく凍りついた私の心のすみっこを、じんわりと溶かしてくれるかのように。
「ひとりでいることが、不安でたまらなくなる気持ち……我にもよくわかる」
最愛の人を亡くし、自分を責めて責めて……
その身を鬼となすまでに、苦しみ抜いた無月。
私よりも、大きな大きな寂しさを抱えているはずだ。
そんなとてつもない寂しさを知っている、無月の口から発せられた言葉だから、すんなりと心に染み込んでいく。
不安で、何かが足りないような、誰かにおいてけぼりにされそうな、この気持ち。
そうか、私、寂しいんだ……
心が落ち着かなくて、吹き抜けるすきま風に震える、そんな気持ちの奥底には、寂しさが隠れていたんだ。
改めて、無月を見上げる。
穏やかな微笑みは、いつだって私を包み込み、安心させてくれる。
『誰かがそばにいてくれる』それだけのことが、こんなにもあたたかい。
けど――
それは、誰でもいいって訳じゃない。
隣にいてくれるのが無月だからこそ、私は嬉しいんだ。
もし、竜尊だったら……
「心の寂しさをうめる一番手っ取り早い方法は、体の寂しさを満たすことだ」
なんて、せまってくるに違いないんだから。
(あ、もちろん、そういう時には逃げるに決まってるよ。だって、私が心を寄せているのは、無月だけだから!)
そんなことが頭に浮かんで、 私は思わず小さな笑いをこぼしてしまった。
「瑠璃?」
無月が不思議そうに、私の目をのぞきこむ。
「無月、ありがとう」
「はて?何か礼を言われるようなことがあったか?」
「無月がそばにいてくれて、嬉しいの。いつもありがとう」
「それならば我の方こそ……こうやって来てくれるそなたに、礼を言わねばなるまい。いつも、やきもきさせられる故に……会えたときの嬉しさはひとしおなのだ」
「え?やきもき……?なあに、それ?」
微かな笑みを私に向けちょっとはにかんだ様子で、彼は言う。
「そなたが訪れてくれればよいと……いつもそう思っているのだが、来る、来ないは、そなたにかかっているからな」
「もしかして、私のこと待っててくれてるの?」
「ああ」
私が一方的に、気持ちを癒してもらいに来ているような感覚だった。
けれど、私が顔を見せることで、多少なりとも無月の寂しさが和らいでいるのなら……
素直に嬉しい。
今はお互い、相手がただそばにいてくれるだけで満足できる。
だけどいつかは、そんな関係から、一歩踏み出す時が来るだろう。
触れ合って、慈しみ合って
今よりも、ずっとずっと、物理的な距離は縮まるはず。
でも、そうなったらなったで
今抱いているのとは異質の寂しさを、無月も私も、感じるようになるのかもしれない。
「明日も来るね」
「ああ、待っている」
別れるのは、名残惜しい。
だけど、これは……
切ないけれど、ちょっぴり甘い『幸せな寂しさ』だから……
そんなふうに考えながら、無月に手を振ると、私は日の傾き始めた小路を屋敷に向かって歩き出した。
*
特に、これといった理由もないのに、漠然とした不安にさいなまれる時があるんだ。
久遠がいれば、お茶をいれてもらって、気分を切り替えたり。
一人の時は……
そう、今日みたいに、屋敷の中に私しかいなくて、自由に外出できる日には、たいてい蒼玉の湖に向かう。
湖を前にたたずんでいる無月の姿を認めれば、それだけで、かなり心は軽くなる。
反対に、どこを見回しても彼を見つけられない時は……
世の中のすべてから見捨てられてしまったような、なんとも情けなく惨めな気持ちを味わうことになる。
「無月が、いてくれますように」
そう願いながら、今日も私は蒼玉の湖にやってきた。
果たして。
そこに、彼の姿はあった。
先ほどまでは、いつものように、静かな水面を見つめていたのだろうか。
ゆっくりとした歩調で、湖のほとりを歩いている無月に、私は小走りに近づいた。
「無月」
「瑠璃、来てくれたのか」
「なんだかね……ひとりでいるのが、いやだったんだ」
足を止めた無月の、真ん前に立つ。
無月がクスリと笑いながら、私の頭に手を置く。
「瑠璃、そなたは寂しがり屋なのだな」
「……そう……かな……」
大きな手のぬくもりが、伝わってくる。
まるで……冷たく凍りついた私の心のすみっこを、じんわりと溶かしてくれるかのように。
「ひとりでいることが、不安でたまらなくなる気持ち……我にもよくわかる」
最愛の人を亡くし、自分を責めて責めて……
その身を鬼となすまでに、苦しみ抜いた無月。
私よりも、大きな大きな寂しさを抱えているはずだ。
そんなとてつもない寂しさを知っている、無月の口から発せられた言葉だから、すんなりと心に染み込んでいく。
不安で、何かが足りないような、誰かにおいてけぼりにされそうな、この気持ち。
そうか、私、寂しいんだ……
心が落ち着かなくて、吹き抜けるすきま風に震える、そんな気持ちの奥底には、寂しさが隠れていたんだ。
改めて、無月を見上げる。
穏やかな微笑みは、いつだって私を包み込み、安心させてくれる。
『誰かがそばにいてくれる』それだけのことが、こんなにもあたたかい。
けど――
それは、誰でもいいって訳じゃない。
隣にいてくれるのが無月だからこそ、私は嬉しいんだ。
もし、竜尊だったら……
「心の寂しさをうめる一番手っ取り早い方法は、体の寂しさを満たすことだ」
なんて、せまってくるに違いないんだから。
(あ、もちろん、そういう時には逃げるに決まってるよ。だって、私が心を寄せているのは、無月だけだから!)
そんなことが頭に浮かんで、 私は思わず小さな笑いをこぼしてしまった。
「瑠璃?」
無月が不思議そうに、私の目をのぞきこむ。
「無月、ありがとう」
「はて?何か礼を言われるようなことがあったか?」
「無月がそばにいてくれて、嬉しいの。いつもありがとう」
「それならば我の方こそ……こうやって来てくれるそなたに、礼を言わねばなるまい。いつも、やきもきさせられる故に……会えたときの嬉しさはひとしおなのだ」
「え?やきもき……?なあに、それ?」
微かな笑みを私に向けちょっとはにかんだ様子で、彼は言う。
「そなたが訪れてくれればよいと……いつもそう思っているのだが、来る、来ないは、そなたにかかっているからな」
「もしかして、私のこと待っててくれてるの?」
「ああ」
私が一方的に、気持ちを癒してもらいに来ているような感覚だった。
けれど、私が顔を見せることで、多少なりとも無月の寂しさが和らいでいるのなら……
素直に嬉しい。
今はお互い、相手がただそばにいてくれるだけで満足できる。
だけどいつかは、そんな関係から、一歩踏み出す時が来るだろう。
触れ合って、慈しみ合って
今よりも、ずっとずっと、物理的な距離は縮まるはず。
でも、そうなったらなったで
今抱いているのとは異質の寂しさを、無月も私も、感じるようになるのかもしれない。
「明日も来るね」
「ああ、待っている」
別れるのは、名残惜しい。
だけど、これは……
切ないけれど、ちょっぴり甘い『幸せな寂しさ』だから……
そんなふうに考えながら、無月に手を振ると、私は日の傾き始めた小路を屋敷に向かって歩き出した。
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