はじまりは眠りの森で
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【未来】
祠の裏手に位置する小屋。
毎日修行に訪れていても、瑠璃がこの小屋に足を踏み入れるのは、今日が初めてだった。
「どれ、傷を見せてみろ」
竜尊は、半分用をなしていない瑠璃の着物を剥ぎ取ると、彼女の肩に目を落とした。
「……悪かったな、本当なら、かすり傷ひとつつけないように守ってやりたかったんだが」
「そんなこと……ぅ……つつっ!」
膝に落ちた着物を胸の前に抱えた瑠璃が、顔をしかめる。
「痛むか?痕が残らないように、消毒しといてやる」
竜尊は、血の滲む瑠璃の肩を舐めた。
「わ……私より、竜尊の方がいっぱいひどいケガしてるのに」
「ああ、こんなもん、ケガのうちに入らん。こう見えても、俺は鬼なんだからな」
ニッと笑った竜尊は、瑠璃の頬に口付けると、そっと抱き寄せた。
愛しい女を腕の中に閉じ込め、彼女の顔や首筋についた小さな傷に、丁寧に舌を這わせる。
くすぐったそうに身をよじったり、傷にしみるのかうめき声を噛み殺したりしながら、瑠璃は、おとなしく竜尊の手当てを受けていた。
そのうち、竜尊の動きが止まった。
瑠璃の腕を両手でつかんだまま、下を向いて固まっている。
「竜尊……?」
心配そうに覗きこもうとしたところを、いきなり強く抱きしめられる。
驚いて息をのんだ瑠璃だったが、今度は彼女を抱きしめたまま動かない竜尊に、恐る恐る声をかける。
「……びっくりした……。ね、どうかしたの?竜尊?」
「俺はもう、おさまりがつかん」
「え……?」
「こんな状況で、我慢できる男がいたら、そいつを尊敬してやる」
「え……ちょっ……ちょっと待って……って……きゃあっ」
床に押し倒され、瑠璃が胸に抱きしめていた着物がその手から落ちた。
「やだっ」
両手で顔を覆い、体をこわばらせる彼女に、竜尊が悲しそうな眼差しを向ける。
「そんなに、いや……なのか?」
「え?」
「そういえば、おまえの気持ちをはっきり聞いてなかったな」
「私の気持ち……?」
指と指のすき間から、竜尊を見上げながら瑠璃がつぶやく。
大きくうなずいた竜尊は、まっすぐに彼女を見つめた。
「もし、おまえが俺を拒むんなら、俺は潔く身を引こう。そして、二度と会わない」
「はぁ!?……なんで、そんな大げさな話になるの?」
困惑した瑠璃が、隠していた顔を見せて、慌てて上体を起こす。
「そりゃ……俺にとって、おまえがそれほど大事だってことだ」
「竜尊……」
瑠璃は、意を決したように唇を結んだ。
そして、両腕を竜尊の背中に回し、彼の胸に顔をうずめてささやいた。
「愛してる」
「瑠璃……」
「あ……で、でもね、竜尊。こんなに傷だらけなんだから、今日は……っっ!?」
「今さら、おあずけはなしだ。なんてったって……俺にとって、一番の薬は、瑠璃、おまえなんだからな」
「!」
竜尊は、にっこり微笑むと、瑠璃の袴の紐を解いた。
恥ずかしそうに目を伏せる瑠璃の白い肌を、確かめるように指でなぞる。
互いを慈しむような優しい口づけを交わした後、二人は体を重ねた。
*
翌日――
祢々斬の指示で薬草を届けるため、魁童が柘榴の祠に向かっていた。
祠の裏の小屋に、二人がいることは分かっている。
草を踏みしめる足音と、時折、枯れ枝を踏む乾いた音が響く以外、辺りはシンと静まり返っている。
小屋の前にたどり着いた魁童は、障子に耳をつけ中の様子をうかがう。
話し声ひとつ聞こえないということは……
「あいつら、まだ眠ってんのか?」
障子の端をほんの少し開けて、小屋の中をそっと覗き込む。
薄暗い室内に目が慣れると、満ち足りた表情で微睡む竜尊と、これまた幸せそうな顔で、竜尊の腕に抱かれて眠る瑠璃が目に入った。
二人とも、一糸まとわぬ姿で床の敷物の上に横たわっている。
周りには、昨日の戦闘でボロボロになった衣類と、見覚えのある羽織が脱ぎ散らかされていた。
「やべっ……」
魁童は、自分の鼻から落ちてくる赤い液体に気づいた。
慌てて薬草を小屋の入り口に置くと、鼻を押さえながら、足早に竜尊の聖域を後にした。
その日の夕暮れ時。
紅玉の丘で、祢々斬と魁童が盃を傾けていると、竜尊が姿を現した。
月讀の屋敷から、瑠璃の着替えや食事を運んできたとみえる。
「魁童、今朝は薬草をありがとうな」
「な、なんで俺だってわかったんだ!?」
「そりゃおまえ……あんな所に鼻血を落としてくのは、おまえしかいないだろ」
竜尊は微笑みながら魁童の隣に腰を下ろす。
「おまえ……瑠璃の裸を見たな?」
「み、見てねえよっ!てか、その笑顔こえぇよっ」
祢々斬が、取り成すように言葉をはさむ。
「おい、竜尊。魁童がまともに女の裸見たら、鼻血の一滴や二滴じゃすまないと思うぜ?」
「なるほど……それもそうだな。目には入ったが、直視はしてないってとこか」
「あ、あったりまえだっ!!」
赤くなる魁童に真っ直ぐ向き直り、竜尊が言う。
「改めて礼を言うぜ、魁童。あの薬草、よく効いたらしい。『痛みが引いた』って、あいつが喜んでたからな……おまえの手垢がついてたのは気に食わんが」
祢々斬がくすりと笑う。
「魁童、気を付けろよ。あの女に懸想でもしてみろ、竜尊に殺されるぞ?」
「なっ……しねえよっ!んな命知らずなこと」
慌てて否定してから、魁童は空を仰いで大きなため息をもらす。
「しっかし……千代に栄えし鬼が、たかだか人間の女一人で、ここまで骨抜きになるとはな」
「ふん、何とでも言え。だがな、魁童、あいつはただの女じゃねえぞ」
「どういうことだよ?」
「この短期間に五行全てを身に付け、根源の修得ももうすぐだ。こと、陽行と夢行に関しては、多分……おまえじゃ敵わないぜ?」
誇らしげな竜尊に、魁童がゴクリと生唾を飲む。
「そ……そんなにすげえ奴なのか?ぼんやりしてるように見えるけどな」
「ぼんやり……せめて、おっとりと言えよ」
そう言い返す竜尊に、祢々斬が苦笑する。
「しかし、そのおっとりしてる奴が、深影の胸ぐら掴んた時には驚いたぜ」
「え!そんなことがあったのか?」
「ああ、魁童の戦っていた場所からは見えなかったかもしれないな」
祢々斬の言葉にかぶせるように、竜尊が言う。
「あいつは、ああ見えて激しい部分も持ってるからな」
終始にこやかな竜尊に、半ば呆れたように、祢々斬が笑う。
「ふっ、おまえのことだ。あっちの方も激しかった、とでも言いたいんだろう?」
「はは、よくわかってるじゃないか。さすがは鬼の頭領だな」
「……ったく……おまえらの会話には、ついてけねえっ!」
魁童は、今にも鼻血を吹きそうに顔を真っ赤にしている。
そんな魁童の頭をポンとたたくと、竜尊は、ふっと一瞬真面目な顔を見せた。
そして、それはすぐに柔らかな笑顔に変わった。
「あいつの向こうに未来が見える……そう思わないか?あいつとなら、鬼と人間が共存できる世界を作っていけるに違いない……俺は、そう信じているのさ」
*
「瑠璃の傷がもう少し癒えたら、町に行ってくる。俺が贈った髪結い紐が、切れちまったからな」
「新しいのを買ってやるのか?まったく、甲斐甲斐しいことだな」
笑う祢々斬を、竜尊が睨む。
「ついでに、今回の礼に、酒でも調達して来ようと思ったが……やめとくかな」
「礼?」
魁童が不思議そうな声を上げる。
「ああ。お前らに迷惑かけた上に、命を救ってもらったんだから、きちんと礼をしなくちゃならないんだと」
「へぇ……ぼんやりしてるわりには、律義なやつなんだな」
「ぼんやりじゃねえって言ってんだろ」
感心したように呟いた魁童の頭を、竜尊が小突いた。
「ってぇな!……おい、竜尊。町に行くんなら、俺は甘味がいいな。祢々斬には酒でかまわねぇけど、俺のは甘味にしてくれ」
瞳を輝かせる魁童に、竜尊が笑顔を向けた。
「ああ、伝えておく。瑠璃も甘いものは好きだろうからな。張り切って選ぶと思うぞ」
「ったく……おまえの頭の中は、呆れるくらいに瑠璃のことばっかりだな……いて」
再び、竜尊が魁童を小突いた。
だが、その瞳には、瑠璃に出会う以前のような暗い影は見えなかった。
そんな土の鬼に、祢々斬が穏やかな眼差しを向ける。
「竜尊」
「ん?なんだ?」
「幸せか?」
「ああ」
決まってるじゃないか、と言わんばかりの笑顔で、竜尊は大きく頷いた。
「千年の長きを生き、待った甲斐があった……そう思えるくらいにな」
祢々斬は、黙って盃を差し出した。
目で頷いてそれを受けとると、竜尊は一息に飲み干した。
一瞬の沈黙が流れた後、二人を見やってから、竜尊が口を開いた。
「じゃあな。長いこと一人にさせると、あいつが寂しがる」
立ち上がった竜尊に合わせて、祢々斬と魁童も盃を置き、その場に立った。
祢々斬が腕組みをしながら言う。
「それにしたって、柘榴の祠に入り浸りなんざ、術士のおっさんが許さねえだろ」
「あいつには、祠の辺りの空気が合うらしくてな。屋敷にいるより明らかに体調がいいってんで、術士も黙認せざるを得ないのさ」
ひらひらと手を振って去って行く竜尊の後ろ姿に、魁童がつぶやく。
「あんなふうに想い合うってのも、悪くはないな」
「魁童……お前の嫌いな人間相手だぞ?それでも、気持ちを通わせることを許せるのか?」
真剣な顔で、魁童の方にまっすぐ向き直った祢々斬に、「あぁ……」と魁童が答える。
「竜尊と瑠璃は、互いのために命をかけて体をはって戦ったんだ。俺だって男だからな、そんな心意気を認めない訳にはいかねえだろ」
「そうか、ならいい」
表情をゆるめた祢々斬が、魁童の頭をクシャクシャと撫でた。
「っおい、子供扱いすんじゃねえっ!」
祢々斬の手から逃れて、子犬のように頭を振ると、魁童は改めて、竜尊の去って行った方角を眺める。
「竜尊の言うとおり、未来ってもんが、信じられそうな気がするんだよな」
祢々斬が応える。
「ああ。あいつらが、確かに開けちまったからな。はじまりの扉を……」
いにしえの時
人間の負より鬼が生まれて以来
光と影 陰と陽
二つは相容れない存在であった。
そんな両者が手を携え
ともに歩みはじめた、今この時
時空を超えて紡がれてゆく、新たな物語が始まる――
*
祠の裏手に位置する小屋。
毎日修行に訪れていても、瑠璃がこの小屋に足を踏み入れるのは、今日が初めてだった。
「どれ、傷を見せてみろ」
竜尊は、半分用をなしていない瑠璃の着物を剥ぎ取ると、彼女の肩に目を落とした。
「……悪かったな、本当なら、かすり傷ひとつつけないように守ってやりたかったんだが」
「そんなこと……ぅ……つつっ!」
膝に落ちた着物を胸の前に抱えた瑠璃が、顔をしかめる。
「痛むか?痕が残らないように、消毒しといてやる」
竜尊は、血の滲む瑠璃の肩を舐めた。
「わ……私より、竜尊の方がいっぱいひどいケガしてるのに」
「ああ、こんなもん、ケガのうちに入らん。こう見えても、俺は鬼なんだからな」
ニッと笑った竜尊は、瑠璃の頬に口付けると、そっと抱き寄せた。
愛しい女を腕の中に閉じ込め、彼女の顔や首筋についた小さな傷に、丁寧に舌を這わせる。
くすぐったそうに身をよじったり、傷にしみるのかうめき声を噛み殺したりしながら、瑠璃は、おとなしく竜尊の手当てを受けていた。
そのうち、竜尊の動きが止まった。
瑠璃の腕を両手でつかんだまま、下を向いて固まっている。
「竜尊……?」
心配そうに覗きこもうとしたところを、いきなり強く抱きしめられる。
驚いて息をのんだ瑠璃だったが、今度は彼女を抱きしめたまま動かない竜尊に、恐る恐る声をかける。
「……びっくりした……。ね、どうかしたの?竜尊?」
「俺はもう、おさまりがつかん」
「え……?」
「こんな状況で、我慢できる男がいたら、そいつを尊敬してやる」
「え……ちょっ……ちょっと待って……って……きゃあっ」
床に押し倒され、瑠璃が胸に抱きしめていた着物がその手から落ちた。
「やだっ」
両手で顔を覆い、体をこわばらせる彼女に、竜尊が悲しそうな眼差しを向ける。
「そんなに、いや……なのか?」
「え?」
「そういえば、おまえの気持ちをはっきり聞いてなかったな」
「私の気持ち……?」
指と指のすき間から、竜尊を見上げながら瑠璃がつぶやく。
大きくうなずいた竜尊は、まっすぐに彼女を見つめた。
「もし、おまえが俺を拒むんなら、俺は潔く身を引こう。そして、二度と会わない」
「はぁ!?……なんで、そんな大げさな話になるの?」
困惑した瑠璃が、隠していた顔を見せて、慌てて上体を起こす。
「そりゃ……俺にとって、おまえがそれほど大事だってことだ」
「竜尊……」
瑠璃は、意を決したように唇を結んだ。
そして、両腕を竜尊の背中に回し、彼の胸に顔をうずめてささやいた。
「愛してる」
「瑠璃……」
「あ……で、でもね、竜尊。こんなに傷だらけなんだから、今日は……っっ!?」
「今さら、おあずけはなしだ。なんてったって……俺にとって、一番の薬は、瑠璃、おまえなんだからな」
「!」
竜尊は、にっこり微笑むと、瑠璃の袴の紐を解いた。
恥ずかしそうに目を伏せる瑠璃の白い肌を、確かめるように指でなぞる。
互いを慈しむような優しい口づけを交わした後、二人は体を重ねた。
*
翌日――
祢々斬の指示で薬草を届けるため、魁童が柘榴の祠に向かっていた。
祠の裏の小屋に、二人がいることは分かっている。
草を踏みしめる足音と、時折、枯れ枝を踏む乾いた音が響く以外、辺りはシンと静まり返っている。
小屋の前にたどり着いた魁童は、障子に耳をつけ中の様子をうかがう。
話し声ひとつ聞こえないということは……
「あいつら、まだ眠ってんのか?」
障子の端をほんの少し開けて、小屋の中をそっと覗き込む。
薄暗い室内に目が慣れると、満ち足りた表情で微睡む竜尊と、これまた幸せそうな顔で、竜尊の腕に抱かれて眠る瑠璃が目に入った。
二人とも、一糸まとわぬ姿で床の敷物の上に横たわっている。
周りには、昨日の戦闘でボロボロになった衣類と、見覚えのある羽織が脱ぎ散らかされていた。
「やべっ……」
魁童は、自分の鼻から落ちてくる赤い液体に気づいた。
慌てて薬草を小屋の入り口に置くと、鼻を押さえながら、足早に竜尊の聖域を後にした。
その日の夕暮れ時。
紅玉の丘で、祢々斬と魁童が盃を傾けていると、竜尊が姿を現した。
月讀の屋敷から、瑠璃の着替えや食事を運んできたとみえる。
「魁童、今朝は薬草をありがとうな」
「な、なんで俺だってわかったんだ!?」
「そりゃおまえ……あんな所に鼻血を落としてくのは、おまえしかいないだろ」
竜尊は微笑みながら魁童の隣に腰を下ろす。
「おまえ……瑠璃の裸を見たな?」
「み、見てねえよっ!てか、その笑顔こえぇよっ」
祢々斬が、取り成すように言葉をはさむ。
「おい、竜尊。魁童がまともに女の裸見たら、鼻血の一滴や二滴じゃすまないと思うぜ?」
「なるほど……それもそうだな。目には入ったが、直視はしてないってとこか」
「あ、あったりまえだっ!!」
赤くなる魁童に真っ直ぐ向き直り、竜尊が言う。
「改めて礼を言うぜ、魁童。あの薬草、よく効いたらしい。『痛みが引いた』って、あいつが喜んでたからな……おまえの手垢がついてたのは気に食わんが」
祢々斬がくすりと笑う。
「魁童、気を付けろよ。あの女に懸想でもしてみろ、竜尊に殺されるぞ?」
「なっ……しねえよっ!んな命知らずなこと」
慌てて否定してから、魁童は空を仰いで大きなため息をもらす。
「しっかし……千代に栄えし鬼が、たかだか人間の女一人で、ここまで骨抜きになるとはな」
「ふん、何とでも言え。だがな、魁童、あいつはただの女じゃねえぞ」
「どういうことだよ?」
「この短期間に五行全てを身に付け、根源の修得ももうすぐだ。こと、陽行と夢行に関しては、多分……おまえじゃ敵わないぜ?」
誇らしげな竜尊に、魁童がゴクリと生唾を飲む。
「そ……そんなにすげえ奴なのか?ぼんやりしてるように見えるけどな」
「ぼんやり……せめて、おっとりと言えよ」
そう言い返す竜尊に、祢々斬が苦笑する。
「しかし、そのおっとりしてる奴が、深影の胸ぐら掴んた時には驚いたぜ」
「え!そんなことがあったのか?」
「ああ、魁童の戦っていた場所からは見えなかったかもしれないな」
祢々斬の言葉にかぶせるように、竜尊が言う。
「あいつは、ああ見えて激しい部分も持ってるからな」
終始にこやかな竜尊に、半ば呆れたように、祢々斬が笑う。
「ふっ、おまえのことだ。あっちの方も激しかった、とでも言いたいんだろう?」
「はは、よくわかってるじゃないか。さすがは鬼の頭領だな」
「……ったく……おまえらの会話には、ついてけねえっ!」
魁童は、今にも鼻血を吹きそうに顔を真っ赤にしている。
そんな魁童の頭をポンとたたくと、竜尊は、ふっと一瞬真面目な顔を見せた。
そして、それはすぐに柔らかな笑顔に変わった。
「あいつの向こうに未来が見える……そう思わないか?あいつとなら、鬼と人間が共存できる世界を作っていけるに違いない……俺は、そう信じているのさ」
*
「瑠璃の傷がもう少し癒えたら、町に行ってくる。俺が贈った髪結い紐が、切れちまったからな」
「新しいのを買ってやるのか?まったく、甲斐甲斐しいことだな」
笑う祢々斬を、竜尊が睨む。
「ついでに、今回の礼に、酒でも調達して来ようと思ったが……やめとくかな」
「礼?」
魁童が不思議そうな声を上げる。
「ああ。お前らに迷惑かけた上に、命を救ってもらったんだから、きちんと礼をしなくちゃならないんだと」
「へぇ……ぼんやりしてるわりには、律義なやつなんだな」
「ぼんやりじゃねえって言ってんだろ」
感心したように呟いた魁童の頭を、竜尊が小突いた。
「ってぇな!……おい、竜尊。町に行くんなら、俺は甘味がいいな。祢々斬には酒でかまわねぇけど、俺のは甘味にしてくれ」
瞳を輝かせる魁童に、竜尊が笑顔を向けた。
「ああ、伝えておく。瑠璃も甘いものは好きだろうからな。張り切って選ぶと思うぞ」
「ったく……おまえの頭の中は、呆れるくらいに瑠璃のことばっかりだな……いて」
再び、竜尊が魁童を小突いた。
だが、その瞳には、瑠璃に出会う以前のような暗い影は見えなかった。
そんな土の鬼に、祢々斬が穏やかな眼差しを向ける。
「竜尊」
「ん?なんだ?」
「幸せか?」
「ああ」
決まってるじゃないか、と言わんばかりの笑顔で、竜尊は大きく頷いた。
「千年の長きを生き、待った甲斐があった……そう思えるくらいにな」
祢々斬は、黙って盃を差し出した。
目で頷いてそれを受けとると、竜尊は一息に飲み干した。
一瞬の沈黙が流れた後、二人を見やってから、竜尊が口を開いた。
「じゃあな。長いこと一人にさせると、あいつが寂しがる」
立ち上がった竜尊に合わせて、祢々斬と魁童も盃を置き、その場に立った。
祢々斬が腕組みをしながら言う。
「それにしたって、柘榴の祠に入り浸りなんざ、術士のおっさんが許さねえだろ」
「あいつには、祠の辺りの空気が合うらしくてな。屋敷にいるより明らかに体調がいいってんで、術士も黙認せざるを得ないのさ」
ひらひらと手を振って去って行く竜尊の後ろ姿に、魁童がつぶやく。
「あんなふうに想い合うってのも、悪くはないな」
「魁童……お前の嫌いな人間相手だぞ?それでも、気持ちを通わせることを許せるのか?」
真剣な顔で、魁童の方にまっすぐ向き直った祢々斬に、「あぁ……」と魁童が答える。
「竜尊と瑠璃は、互いのために命をかけて体をはって戦ったんだ。俺だって男だからな、そんな心意気を認めない訳にはいかねえだろ」
「そうか、ならいい」
表情をゆるめた祢々斬が、魁童の頭をクシャクシャと撫でた。
「っおい、子供扱いすんじゃねえっ!」
祢々斬の手から逃れて、子犬のように頭を振ると、魁童は改めて、竜尊の去って行った方角を眺める。
「竜尊の言うとおり、未来ってもんが、信じられそうな気がするんだよな」
祢々斬が応える。
「ああ。あいつらが、確かに開けちまったからな。はじまりの扉を……」
いにしえの時
人間の負より鬼が生まれて以来
光と影 陰と陽
二つは相容れない存在であった。
そんな両者が手を携え
ともに歩みはじめた、今この時
時空を超えて紡がれてゆく、新たな物語が始まる――
*
11/11ページ