はじまりは眠りの森で
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【邂逅】
「ねえ、久遠。こんな大変な時に、なんだか申し訳ないような気がするんだけど」
大勢の人で賑わう昼下がりの町。
たくさんの店が立ち並ぶ通りを歩く、瑠璃と久遠の姿があった。
「月讀の心遣いじゃ、ありがたく受ければ良い」
「けど、月讀さんは寝る間も惜しんで、護符を作ってくれてるのに」
久遠は、笑いながら彼女の背中をたたいた。
「なんでも後ろ向きに考えるのは、おぬしの悪い癖じゃな!昨日、月讀が言っておったじゃろ?おぬしは近頃、頑張り過ぎじゃ」
「で、でも……」
瑠璃は、昨夜の月讀の言葉を思い返す。
これから、すべきことの相談をしている最中のことだった。
「ずっと張りつめたままの糸は、弱くなり、いずれ切れてしまいます。瑠璃さん、あなたも同じですよ。大きな戦いの前だからこそ、上手に力を抜くことも重要なのです」
そう言った月讀の、提案というよりも半ば命令で、今日は町で甘味を食べたり買い物をしたり、のんびりとした時間を過ごしているのだ。
「月讀には、ちゃんとみやげを買ったから、気にすることはない。ともかく、今日のおぬしの仕事は、一息ついて楽しく過ごすことなのじゃ」
「うん……」
豆大福の包みを揺らしてみせる久遠は、町に遊びに来たことが嬉しくて仕方ないようだった。
「さて、次はどの店を覗いてみようかの?」
ウキウキとした久遠につられて、瑠璃も自然と笑顔になる。
「どのお店も活気があって、迷っちゃうよね」
通りを見回そうと目を上げたその時、人混みを避けるように歩く男が目に入った。
紫色の髪のその男が、なぜかひどく気になり、瑠璃は彼の姿を目で追った。
「…………」
「瑠璃、どうしたのじゃ?」
立ち止まったまま何かを見つめ動かない瑠璃に、久遠が訝しげな顔で声をかける。
返事をしなければ、という気持ちとは裏腹に、男から視線をそらせない。
「おぬし……具合でも悪いのか?」
心配そうに見上げる久遠の声が、遠くに聞こえる気がする。
ほどなく、距離の縮まった男がこちらを向き、視線がぶつかった。
「!!!」「!?!」
雑踏の中。
まるで、この世界に存在するのは、二人だけ――そんな錯覚に陥る。
『お前は、巫女か!?』
男のものと思われる声が、瑠璃の頭の中に響いた。
その途端、早送りの映画でも見ているかのような映像が、洪水のように意識の中に流れ込んできた。
「っっ!!??」
「瑠璃っ!?どうした?」
頭を抱えてうずくまる瑠璃に、懸命に声をかける久遠。
そのうち通行人達が足を止め、集まり始めた。
「瑠璃……一体、何が起こったんじゃ?しっかり、しっかりせい!!」
両手で耳をふさぎ、地面に突っ伏す瑠璃。
彼女の背をなでながら、久遠がおろおろしていると、人だかりの向こうから、声が聞こえた。
「瑠璃!!」
「おぉ、竜尊っ!?」
思いがけない男の出現に、久遠が驚きと安堵の入りまじった声をあげた。
駆け寄ってきた竜尊は、久遠を押しのけて瑠璃を抱きかかえる。
「おいっ瑠璃!大丈夫か?俺がわかるか!?」
「……竜……尊?どう……して、ここに…………」
「細かいことは後だ。ひとまず、術士の屋敷に戻るぞ」
青ざめ、息も絶え絶えといった様子の瑠璃を横抱きに抱き上げると、竜尊は月讀の屋敷に向かった。
*
「おや、久遠?ずいぶん早い帰りですね」
人の気配を察知した月讀が、部屋から顔を出した途端
「月讀!瑠璃が、瑠璃が……!」
泣き出さんばかりの久遠が、玄関から飛び込んできた。
「瑠璃さん!これは一体……」
玄関のたたきに駆け下りてきた月讀に、竜尊に抱きかかえられた瑠璃が顔を向ける。
「ふむ……顔色は悪いですが、邪悪なものを背負ってきた訳ではなさそうですね」
瞬時に彼女の様子を判断した月讀が、ひとまず安堵の息をついた。
「ごめんなさい……大丈夫です。あんまり突然のことだったから、受けとめきれなくて」
ゆっくり息を吐くと、竜尊の腕から下ろしてもらった瑠璃は、彼につかまって立った。
「”みかげ”…………月讀さん、その名前をご存じではありませんか?」
「なんですって!?やはり……!」
「『やはり』とは……月讀、おぬし、知っておるのじゃな?」
噛みつきそうな勢いで、久遠が月讀を見る。
「とにかく、町での話を詳しく聞かせてください。さあ、中へ!」
「俺も聞かせてもらうぜ」
瑠璃の肩を抱いて支えながら、険しい顔で竜尊が言った。
「ことと次第によっては、瑠璃……おまえには、この件から手を引いてもらう」
「そうでしたか……」
町で、紫色の髪の男を見かけてからのこと、流れ込んできた映像のあらましについて、瑠璃は皆に語った。
月讀が大きくうなずくと、三人を見渡してから静かに言った。
「深影というのは、以前、山向こうの村を護っていた巫女の息子です」
「巫女さんの……?あ、だから『巫女か?』って……」
「力のあるものには、同じく力を持つ者がわかりますからね。今日の貴女は巫女装束ではありませんが、纏う気が、彼のお母様のそれとあまりにも似ていたのでしょう。一時的にとはいえ、思念の流出を制御出来なくなってしまうほどに」
「おい、今日は……って、瑠璃は巫女の格好をすることがあるのか?」
真剣に座に加わっていたはずの竜尊が、おもむろに言葉を発した。
彼の言いたいことがつかめず、月讀と久遠がきょとんとする。
間を置かず、瑠璃が大真面目に、竜尊の問いに答えた。
「神社で月讀さんのお手伝いをする時は、一応ね。白い衣と緋色の袴。お仕事だから」
「おいおい、俺が見るおまえの姿は、修行用の作務衣ばかりだぞ。巫女装束のおまえを、ぜひとも拝んでみたいものだな。今日の小袖も、そそられるが……っいてぇ!何すんだ!?」
「おぬし、真面目にやらんかいっ!」
久遠が竜尊の頭を、後ろからひっぱたいた。
「なにをぉ!?俺はいつだって、いたって真面目だ!」
応戦の構えの竜尊をさらっと無視し、久遠が口を開く。
「時に月讀、巫女とは神の声を聞ける、神の花嫁ではないのか?」
月讀が、小さいため息をついた。
「……そこが、悲劇の発端なのです」
「悲劇……」
意識の中で見た光景を思い出したのか身震いをした瑠璃の肩に、竜尊がそっと手を置く。
「十五年ほど前、噂に聞いた話ですが……竜尊、あなたも知っているのでは?」
「……俺が知ってるのは、村を護る巫女が鬼に殺され、その息子が鬼を返り討ちにした後、行方知れず……ってことだけだ」
「お母様が敵わなかった鬼を、返り討ちに!?でも……さっき見たあの人……十五年前なら、まだ子供だったんじゃ?」
「恐るべき力の持ち主なのじゃな」
瑠璃と久遠が、驚きの声を上げる。
「純潔を守り通さねばならない巫女が、過ちを犯した。神の花嫁たる資格はなくなったものの、鬼や疫病から村を護る存在が彼女の他にはいなかったため、生まれた子供と共に幽閉状態に置かれていた、と聞いています」
「村を護ってくれてるのに、幽閉……その結末が、あんな血まみれの最期だなんて……」
瑠璃が、涙を浮かべて俯く。
眉間にしわを寄せた月讀に、瑠璃の肩に触れたまま竜尊が言う。
「その”深影”とやらが関係してるとわかった以上、詳しく調べる必要があるな」
「ええ、その通りです。私は取り急ぎ、この町に避難してきている村人と、まだ村に残っている人々に、十五年前の話を聞き出してきます」
「あ……」
瑠璃が小さな叫び声を上げた。
「どうしたっ!?」
顔を覗き込む竜尊に、彼女は手のひらを広げて見せた。
「なっ……!?いつの間に!!」
彼女の手の中には、黒い羽根があった。
「あの声が……『おまえとは、また会うことになるだろう』……そう聞こえました」
月讀が、苦々しげにその羽根を見つめた。
「瑠璃さんの存在を、しっかり認識されてしまいましたね」
「月讀、今、おぬしが瑠璃から離れるのは、危険じゃ。こちらの所在を知られてしまった以上、奴が何を仕掛けてくるかわからんからの」
心配そうに訴える久遠に、月讀が苦渋の表情を向ける。
「しかし、私が今行かなければ……」
「俺が、この屋敷を護るぜ」
「なんじゃと?」「なんですって?」
久遠と月讀が、同時に叫んだ。
竜尊は、瑠璃の肩を抱き寄せると、自信ありげに目を細めた。
「こいつは、絶対に俺が護る。ついでに、子狐と屋敷の面倒もみてやる」
「ちょっ……竜尊!」
頬を赤く染めて体を離そうとする瑠璃を逃すまいと、ますます肩を抱く腕に力を込める竜尊。
「そうしていただけるのなら、私も安心して出かけることが出来ますが……」
「おぬし、さっきからベタベタと瑠璃にひっつきおって!いいかげん、離れるのじゃ!!」
久遠が、二人の間に割って入ろうと試みたが、ひとにらみした竜尊に、難なくかわされた。
「おのれ、竜尊~!」
歯噛みする久遠に苦笑いしながら、月讀が言う。
「瑠璃さん、あなたの部屋に、鬼封じの護符を貼るのを忘れないでくださいね。就寝中に、不埒な輩が忍んで来ないとも限りませんから」
言いながら、彼が竜尊をちらっと見やったことには気づかず、瑠璃が素直に応じた。
「はい、わかりました。竜尊一人に負担をかけないですむように、私も出来るだけ自分の身は自分で守るように心がけます」
月讀と久遠が不思議そうに顔を見合わせ、竜尊は吹き出しそうになるのを、すんでのところで堪えた。
「瑠璃、そんな護符は、貼る必要ないぜ。夜這いをかけるような悪い奴からも、俺がちゃーんと護ってやるからな」
「一番危険なのは、おぬしじゃっ!」
またしても、竜尊の頭を久遠がひっぱたいた。
今度は、どこから出てきたのか、ハリセンを手にしていた。
「あ、久遠!それいいね!」
「じゃろ?わしの最近のお気に入りじゃ♪」
盛り上がり始めた瑠璃と久遠に、ひとつ咳払いをして月讀が言う。
「それでは、竜尊。こちらのことは、あなたにお任せします。念のため屋敷の外に結界を張っておきますが……。くれぐれも、瑠璃さんをお願いしますよ」
「ああ、任せておけ。千代に栄えし鬼の誇りにかけて、そんな若造をのさばらせておく訳にはいかないからな」
しかもあいつは、この俺よりも先に瑠璃の小袖姿を見やがって、絶対許せん!!
続けて、そう吠えている竜尊を受け流して、月讀は席を立った。
「では、私は早速出立します。瑠璃さん、久遠。くれぐれも、用心してくださいね」
「はい、月讀さんもどうかお気をつけて」
「ここはわしらに任せるのじゃ!」
深影についての情報を集めるべく、月讀は町へ、そして山向こうの村へと向かって、屋敷を離れた。
*
「ねえ、久遠。こんな大変な時に、なんだか申し訳ないような気がするんだけど」
大勢の人で賑わう昼下がりの町。
たくさんの店が立ち並ぶ通りを歩く、瑠璃と久遠の姿があった。
「月讀の心遣いじゃ、ありがたく受ければ良い」
「けど、月讀さんは寝る間も惜しんで、護符を作ってくれてるのに」
久遠は、笑いながら彼女の背中をたたいた。
「なんでも後ろ向きに考えるのは、おぬしの悪い癖じゃな!昨日、月讀が言っておったじゃろ?おぬしは近頃、頑張り過ぎじゃ」
「で、でも……」
瑠璃は、昨夜の月讀の言葉を思い返す。
これから、すべきことの相談をしている最中のことだった。
「ずっと張りつめたままの糸は、弱くなり、いずれ切れてしまいます。瑠璃さん、あなたも同じですよ。大きな戦いの前だからこそ、上手に力を抜くことも重要なのです」
そう言った月讀の、提案というよりも半ば命令で、今日は町で甘味を食べたり買い物をしたり、のんびりとした時間を過ごしているのだ。
「月讀には、ちゃんとみやげを買ったから、気にすることはない。ともかく、今日のおぬしの仕事は、一息ついて楽しく過ごすことなのじゃ」
「うん……」
豆大福の包みを揺らしてみせる久遠は、町に遊びに来たことが嬉しくて仕方ないようだった。
「さて、次はどの店を覗いてみようかの?」
ウキウキとした久遠につられて、瑠璃も自然と笑顔になる。
「どのお店も活気があって、迷っちゃうよね」
通りを見回そうと目を上げたその時、人混みを避けるように歩く男が目に入った。
紫色の髪のその男が、なぜかひどく気になり、瑠璃は彼の姿を目で追った。
「…………」
「瑠璃、どうしたのじゃ?」
立ち止まったまま何かを見つめ動かない瑠璃に、久遠が訝しげな顔で声をかける。
返事をしなければ、という気持ちとは裏腹に、男から視線をそらせない。
「おぬし……具合でも悪いのか?」
心配そうに見上げる久遠の声が、遠くに聞こえる気がする。
ほどなく、距離の縮まった男がこちらを向き、視線がぶつかった。
「!!!」「!?!」
雑踏の中。
まるで、この世界に存在するのは、二人だけ――そんな錯覚に陥る。
『お前は、巫女か!?』
男のものと思われる声が、瑠璃の頭の中に響いた。
その途端、早送りの映画でも見ているかのような映像が、洪水のように意識の中に流れ込んできた。
「っっ!!??」
「瑠璃っ!?どうした?」
頭を抱えてうずくまる瑠璃に、懸命に声をかける久遠。
そのうち通行人達が足を止め、集まり始めた。
「瑠璃……一体、何が起こったんじゃ?しっかり、しっかりせい!!」
両手で耳をふさぎ、地面に突っ伏す瑠璃。
彼女の背をなでながら、久遠がおろおろしていると、人だかりの向こうから、声が聞こえた。
「瑠璃!!」
「おぉ、竜尊っ!?」
思いがけない男の出現に、久遠が驚きと安堵の入りまじった声をあげた。
駆け寄ってきた竜尊は、久遠を押しのけて瑠璃を抱きかかえる。
「おいっ瑠璃!大丈夫か?俺がわかるか!?」
「……竜……尊?どう……して、ここに…………」
「細かいことは後だ。ひとまず、術士の屋敷に戻るぞ」
青ざめ、息も絶え絶えといった様子の瑠璃を横抱きに抱き上げると、竜尊は月讀の屋敷に向かった。
*
「おや、久遠?ずいぶん早い帰りですね」
人の気配を察知した月讀が、部屋から顔を出した途端
「月讀!瑠璃が、瑠璃が……!」
泣き出さんばかりの久遠が、玄関から飛び込んできた。
「瑠璃さん!これは一体……」
玄関のたたきに駆け下りてきた月讀に、竜尊に抱きかかえられた瑠璃が顔を向ける。
「ふむ……顔色は悪いですが、邪悪なものを背負ってきた訳ではなさそうですね」
瞬時に彼女の様子を判断した月讀が、ひとまず安堵の息をついた。
「ごめんなさい……大丈夫です。あんまり突然のことだったから、受けとめきれなくて」
ゆっくり息を吐くと、竜尊の腕から下ろしてもらった瑠璃は、彼につかまって立った。
「”みかげ”…………月讀さん、その名前をご存じではありませんか?」
「なんですって!?やはり……!」
「『やはり』とは……月讀、おぬし、知っておるのじゃな?」
噛みつきそうな勢いで、久遠が月讀を見る。
「とにかく、町での話を詳しく聞かせてください。さあ、中へ!」
「俺も聞かせてもらうぜ」
瑠璃の肩を抱いて支えながら、険しい顔で竜尊が言った。
「ことと次第によっては、瑠璃……おまえには、この件から手を引いてもらう」
「そうでしたか……」
町で、紫色の髪の男を見かけてからのこと、流れ込んできた映像のあらましについて、瑠璃は皆に語った。
月讀が大きくうなずくと、三人を見渡してから静かに言った。
「深影というのは、以前、山向こうの村を護っていた巫女の息子です」
「巫女さんの……?あ、だから『巫女か?』って……」
「力のあるものには、同じく力を持つ者がわかりますからね。今日の貴女は巫女装束ではありませんが、纏う気が、彼のお母様のそれとあまりにも似ていたのでしょう。一時的にとはいえ、思念の流出を制御出来なくなってしまうほどに」
「おい、今日は……って、瑠璃は巫女の格好をすることがあるのか?」
真剣に座に加わっていたはずの竜尊が、おもむろに言葉を発した。
彼の言いたいことがつかめず、月讀と久遠がきょとんとする。
間を置かず、瑠璃が大真面目に、竜尊の問いに答えた。
「神社で月讀さんのお手伝いをする時は、一応ね。白い衣と緋色の袴。お仕事だから」
「おいおい、俺が見るおまえの姿は、修行用の作務衣ばかりだぞ。巫女装束のおまえを、ぜひとも拝んでみたいものだな。今日の小袖も、そそられるが……っいてぇ!何すんだ!?」
「おぬし、真面目にやらんかいっ!」
久遠が竜尊の頭を、後ろからひっぱたいた。
「なにをぉ!?俺はいつだって、いたって真面目だ!」
応戦の構えの竜尊をさらっと無視し、久遠が口を開く。
「時に月讀、巫女とは神の声を聞ける、神の花嫁ではないのか?」
月讀が、小さいため息をついた。
「……そこが、悲劇の発端なのです」
「悲劇……」
意識の中で見た光景を思い出したのか身震いをした瑠璃の肩に、竜尊がそっと手を置く。
「十五年ほど前、噂に聞いた話ですが……竜尊、あなたも知っているのでは?」
「……俺が知ってるのは、村を護る巫女が鬼に殺され、その息子が鬼を返り討ちにした後、行方知れず……ってことだけだ」
「お母様が敵わなかった鬼を、返り討ちに!?でも……さっき見たあの人……十五年前なら、まだ子供だったんじゃ?」
「恐るべき力の持ち主なのじゃな」
瑠璃と久遠が、驚きの声を上げる。
「純潔を守り通さねばならない巫女が、過ちを犯した。神の花嫁たる資格はなくなったものの、鬼や疫病から村を護る存在が彼女の他にはいなかったため、生まれた子供と共に幽閉状態に置かれていた、と聞いています」
「村を護ってくれてるのに、幽閉……その結末が、あんな血まみれの最期だなんて……」
瑠璃が、涙を浮かべて俯く。
眉間にしわを寄せた月讀に、瑠璃の肩に触れたまま竜尊が言う。
「その”深影”とやらが関係してるとわかった以上、詳しく調べる必要があるな」
「ええ、その通りです。私は取り急ぎ、この町に避難してきている村人と、まだ村に残っている人々に、十五年前の話を聞き出してきます」
「あ……」
瑠璃が小さな叫び声を上げた。
「どうしたっ!?」
顔を覗き込む竜尊に、彼女は手のひらを広げて見せた。
「なっ……!?いつの間に!!」
彼女の手の中には、黒い羽根があった。
「あの声が……『おまえとは、また会うことになるだろう』……そう聞こえました」
月讀が、苦々しげにその羽根を見つめた。
「瑠璃さんの存在を、しっかり認識されてしまいましたね」
「月讀、今、おぬしが瑠璃から離れるのは、危険じゃ。こちらの所在を知られてしまった以上、奴が何を仕掛けてくるかわからんからの」
心配そうに訴える久遠に、月讀が苦渋の表情を向ける。
「しかし、私が今行かなければ……」
「俺が、この屋敷を護るぜ」
「なんじゃと?」「なんですって?」
久遠と月讀が、同時に叫んだ。
竜尊は、瑠璃の肩を抱き寄せると、自信ありげに目を細めた。
「こいつは、絶対に俺が護る。ついでに、子狐と屋敷の面倒もみてやる」
「ちょっ……竜尊!」
頬を赤く染めて体を離そうとする瑠璃を逃すまいと、ますます肩を抱く腕に力を込める竜尊。
「そうしていただけるのなら、私も安心して出かけることが出来ますが……」
「おぬし、さっきからベタベタと瑠璃にひっつきおって!いいかげん、離れるのじゃ!!」
久遠が、二人の間に割って入ろうと試みたが、ひとにらみした竜尊に、難なくかわされた。
「おのれ、竜尊~!」
歯噛みする久遠に苦笑いしながら、月讀が言う。
「瑠璃さん、あなたの部屋に、鬼封じの護符を貼るのを忘れないでくださいね。就寝中に、不埒な輩が忍んで来ないとも限りませんから」
言いながら、彼が竜尊をちらっと見やったことには気づかず、瑠璃が素直に応じた。
「はい、わかりました。竜尊一人に負担をかけないですむように、私も出来るだけ自分の身は自分で守るように心がけます」
月讀と久遠が不思議そうに顔を見合わせ、竜尊は吹き出しそうになるのを、すんでのところで堪えた。
「瑠璃、そんな護符は、貼る必要ないぜ。夜這いをかけるような悪い奴からも、俺がちゃーんと護ってやるからな」
「一番危険なのは、おぬしじゃっ!」
またしても、竜尊の頭を久遠がひっぱたいた。
今度は、どこから出てきたのか、ハリセンを手にしていた。
「あ、久遠!それいいね!」
「じゃろ?わしの最近のお気に入りじゃ♪」
盛り上がり始めた瑠璃と久遠に、ひとつ咳払いをして月讀が言う。
「それでは、竜尊。こちらのことは、あなたにお任せします。念のため屋敷の外に結界を張っておきますが……。くれぐれも、瑠璃さんをお願いしますよ」
「ああ、任せておけ。千代に栄えし鬼の誇りにかけて、そんな若造をのさばらせておく訳にはいかないからな」
しかもあいつは、この俺よりも先に瑠璃の小袖姿を見やがって、絶対許せん!!
続けて、そう吠えている竜尊を受け流して、月讀は席を立った。
「では、私は早速出立します。瑠璃さん、久遠。くれぐれも、用心してくださいね」
「はい、月讀さんもどうかお気をつけて」
「ここはわしらに任せるのじゃ!」
深影についての情報を集めるべく、月讀は町へ、そして山向こうの村へと向かって、屋敷を離れた。
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