はじまりは眠りの森で
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【不穏の種】
そんなある日。
夕食を終え、洗い物を片付けている瑠璃と久遠に、月讀が声をかけた。
「瑠璃さん、久遠。そちらが済みましたら、どうぞこちらへ。お話したいことがあります」
いつになく険しい表情の月讀に、瑠璃と久遠は顔を見合わせた。
そろって無言になると、手早く作業を終わらせ、居間で待つ月讀の前に座った。
「瑠璃さん、近頃、山向こうの村がどのような状態になっているかご存じですか?」
いつも穏やかな笑顔を絶やさない彼が、こんな表情を見せることは珍しい。
何かが起こっているのだ……ということを察し、瑠璃は姿勢を正して答えた。
「はい、噂は耳にしています。村が鬼に襲われて、こちらの町に逃れて来る人が後を絶たないとか……」
「ええ、そのとおりです。ただ、あまりにも不可解です」
「なんじゃと?鬼が村を襲うことの、どこが不思議なのじゃ?」
久遠が身を乗り出す。
二人の顔を順に見てから、月讀が口を開く。
「問題は……"時"です」
「鬼が現れるとしたら、夜に決まっておるのではないか?」
首をかしげる久遠に、月讀が返す。
「昼に暴れることも無いとは言えませんが、基本的には、力の強まる夜に活動するはずです。しかし、今回は……」
「夜ではなく、力が弱まっている昼間に、鬼が現れている……ということですね」
言葉を選ぶように、瑠璃が小声で言うと、月讀が頷いた。
「彼らにとって、行動するならば、夜の方が断然好都合です。なにも、まだ明るい夕刻前だけを選ぶ理由は、考えられない。しかも……もっとも警戒すべき鳳月の近辺には、全くと言ってよいほど動きがありません」
瑠璃も久遠も、薄々感じていた違和感に気づき、小さく声を上げた。
鬼の力が最も強くなる鳳月。
その時期に限って何も起きないということが、逆に不気味さを感じさせる。
「確かにな……。わざわざ、自分達の力が弱まっている時ばかりに事を起こすのも、おかしな話じゃ」
ふむ、と頷く久遠。
「それなら、考えられるのは」
瑠璃の声がかすれる。
「鬼が自らの意志で動いている訳ではなく、何者かに操られている……と?」
「その可能性が高いと考えざるを得ないでしょう」
人を襲った鬼達が、その後例外なく始末されている――
そのことも、かなりの力を持つ者の存在をうかがわせる一因となっている、と月讀は語った。
瑠璃が考え込んだ末に口を開く。
「同じ術士として考えたくはありませんが……鬼に人を襲わせて退治して、村の人々から報酬を得ているとか……」
「いえ、そうではありません。 それならば、被害がある程度のところで止めるはずです」
「あまりにも被害が大きくなってしまったら、確かに報酬どころではないな」
なるほどと唸る久遠に目で頷き、月讀が続ける。
「ところが、今までの様子を見ると、鬼に暴れるだけ暴れさせ、その日襲った集落が壊滅状態になったところで初めて、鬼に対して手をくだしているのです」
「そこまでわかっているのなら、すべての村人をこの町に避難させることは出来ないのですか?」
もっともな瑠璃の言い分に、悲しげに首を振り月讀が答えた。
「安全な場所を求めて逃れられる人は、恵まれています。逃げ出そうにも行くところのない貧乏な層の人々は、いつ自分の集落に鬼が現れるかと脅えながら、荒れ果てた村に居続けるしかないのですよ」
「……いつまで続くのじゃろうな……」
恐怖に疲れ果て、もう涙も残っていない村人の気持ちを代弁するように、久遠がつぶやく。
「最後の一人がいなくなり、村全体が完全な廃墟になるまで……。そして、そうなった暁には」
いったん月讀が言葉を切る。
「次に狙われるのは、この町です」
「なんじゃと!」
「そんな!!」
思わず互いの顔を見合わせる、瑠璃と久遠。
「あちらの村を根絶やしにすることが目的ならば、村人の幾らかが避難してきているこの町は、当然次なる攻撃対象になるでしょうね」
「何とかできないものでしょうか」
冷静に語る月讀に、瑠璃が救いを求めるように訴える。
「……そういえば、瑠璃さん」
月讀の呼びかけに、瑠璃が不思議そうに彼の目を見る。
「あなたは竜尊と懇意にしていますね」
「!!!」
いきなり月讀が口にした、鬼である竜尊の名前に、瑠璃は狼狽した。
「え……あ……あの……ご、ごめんなさい。仲良くしてるって訳じゃなくて……修行の仕方を教えてもらって……本当にそれだけで…………って、その……月讀さん、知ってらしたんですね」
しどろもどろになっている瑠璃を見て、月讀は小さな笑みを漏らした。
「ふふ、当然です。あなたのことを、私が把握していない訳がないでしょう?」
クスリと笑う月讀に、すみませんと口ごもりながら小さくなる瑠璃。
「まあ……」
俯いてしまった瑠璃をなだめるような口調で、月讀が言う。
「あなたが竜尊の元に通い始めた当初は、鬼を滅ぼすための糸口を見つけられるかもしれない、と静観していました。しかし、彼との修行によって、あなたは格段に力をつけている。それはそれで、大変有用なことです」
瑠璃がそっと目を上げて、月讀の表情をうかがう。
「どちらにしても、この件は私達だけでは対処できません。鬼とは一時休戦して、共にあたらなければなりません」
「月讀が鬼とともに行動するとは……そこまで厄介な相手、ということじゃな」
う~む……と深刻そうに腕組みしながら、久遠が唸った。
「心して、かからねばなりません」
真剣な眼差しで背筋を伸ばした月讀に、瑠璃も気持ちを引き締める。
「つきましては、瑠璃さん」
「はい」
「鬼の側からの情報収集を、あなたにお願いします」
瑠璃は大きく頷くと、声に力を込めた。
「わかりました。明日、竜尊に話してみます」
「ええ、そうしてください。じきに鳳月ですから、しばらくは大丈夫かと思いますが……出来るだけ早く動いた方がよいでしょう」
緊張の面持ちで頷く瑠璃の肩を、久遠がポンとたたいた。
「わしもついておる」
強い決意を秘めて誰からともなく微笑み合う、嵐の前の静けさのような晩だった。
*
そんなある日。
夕食を終え、洗い物を片付けている瑠璃と久遠に、月讀が声をかけた。
「瑠璃さん、久遠。そちらが済みましたら、どうぞこちらへ。お話したいことがあります」
いつになく険しい表情の月讀に、瑠璃と久遠は顔を見合わせた。
そろって無言になると、手早く作業を終わらせ、居間で待つ月讀の前に座った。
「瑠璃さん、近頃、山向こうの村がどのような状態になっているかご存じですか?」
いつも穏やかな笑顔を絶やさない彼が、こんな表情を見せることは珍しい。
何かが起こっているのだ……ということを察し、瑠璃は姿勢を正して答えた。
「はい、噂は耳にしています。村が鬼に襲われて、こちらの町に逃れて来る人が後を絶たないとか……」
「ええ、そのとおりです。ただ、あまりにも不可解です」
「なんじゃと?鬼が村を襲うことの、どこが不思議なのじゃ?」
久遠が身を乗り出す。
二人の顔を順に見てから、月讀が口を開く。
「問題は……"時"です」
「鬼が現れるとしたら、夜に決まっておるのではないか?」
首をかしげる久遠に、月讀が返す。
「昼に暴れることも無いとは言えませんが、基本的には、力の強まる夜に活動するはずです。しかし、今回は……」
「夜ではなく、力が弱まっている昼間に、鬼が現れている……ということですね」
言葉を選ぶように、瑠璃が小声で言うと、月讀が頷いた。
「彼らにとって、行動するならば、夜の方が断然好都合です。なにも、まだ明るい夕刻前だけを選ぶ理由は、考えられない。しかも……もっとも警戒すべき鳳月の近辺には、全くと言ってよいほど動きがありません」
瑠璃も久遠も、薄々感じていた違和感に気づき、小さく声を上げた。
鬼の力が最も強くなる鳳月。
その時期に限って何も起きないということが、逆に不気味さを感じさせる。
「確かにな……。わざわざ、自分達の力が弱まっている時ばかりに事を起こすのも、おかしな話じゃ」
ふむ、と頷く久遠。
「それなら、考えられるのは」
瑠璃の声がかすれる。
「鬼が自らの意志で動いている訳ではなく、何者かに操られている……と?」
「その可能性が高いと考えざるを得ないでしょう」
人を襲った鬼達が、その後例外なく始末されている――
そのことも、かなりの力を持つ者の存在をうかがわせる一因となっている、と月讀は語った。
瑠璃が考え込んだ末に口を開く。
「同じ術士として考えたくはありませんが……鬼に人を襲わせて退治して、村の人々から報酬を得ているとか……」
「いえ、そうではありません。 それならば、被害がある程度のところで止めるはずです」
「あまりにも被害が大きくなってしまったら、確かに報酬どころではないな」
なるほどと唸る久遠に目で頷き、月讀が続ける。
「ところが、今までの様子を見ると、鬼に暴れるだけ暴れさせ、その日襲った集落が壊滅状態になったところで初めて、鬼に対して手をくだしているのです」
「そこまでわかっているのなら、すべての村人をこの町に避難させることは出来ないのですか?」
もっともな瑠璃の言い分に、悲しげに首を振り月讀が答えた。
「安全な場所を求めて逃れられる人は、恵まれています。逃げ出そうにも行くところのない貧乏な層の人々は、いつ自分の集落に鬼が現れるかと脅えながら、荒れ果てた村に居続けるしかないのですよ」
「……いつまで続くのじゃろうな……」
恐怖に疲れ果て、もう涙も残っていない村人の気持ちを代弁するように、久遠がつぶやく。
「最後の一人がいなくなり、村全体が完全な廃墟になるまで……。そして、そうなった暁には」
いったん月讀が言葉を切る。
「次に狙われるのは、この町です」
「なんじゃと!」
「そんな!!」
思わず互いの顔を見合わせる、瑠璃と久遠。
「あちらの村を根絶やしにすることが目的ならば、村人の幾らかが避難してきているこの町は、当然次なる攻撃対象になるでしょうね」
「何とかできないものでしょうか」
冷静に語る月讀に、瑠璃が救いを求めるように訴える。
「……そういえば、瑠璃さん」
月讀の呼びかけに、瑠璃が不思議そうに彼の目を見る。
「あなたは竜尊と懇意にしていますね」
「!!!」
いきなり月讀が口にした、鬼である竜尊の名前に、瑠璃は狼狽した。
「え……あ……あの……ご、ごめんなさい。仲良くしてるって訳じゃなくて……修行の仕方を教えてもらって……本当にそれだけで…………って、その……月讀さん、知ってらしたんですね」
しどろもどろになっている瑠璃を見て、月讀は小さな笑みを漏らした。
「ふふ、当然です。あなたのことを、私が把握していない訳がないでしょう?」
クスリと笑う月讀に、すみませんと口ごもりながら小さくなる瑠璃。
「まあ……」
俯いてしまった瑠璃をなだめるような口調で、月讀が言う。
「あなたが竜尊の元に通い始めた当初は、鬼を滅ぼすための糸口を見つけられるかもしれない、と静観していました。しかし、彼との修行によって、あなたは格段に力をつけている。それはそれで、大変有用なことです」
瑠璃がそっと目を上げて、月讀の表情をうかがう。
「どちらにしても、この件は私達だけでは対処できません。鬼とは一時休戦して、共にあたらなければなりません」
「月讀が鬼とともに行動するとは……そこまで厄介な相手、ということじゃな」
う~む……と深刻そうに腕組みしながら、久遠が唸った。
「心して、かからねばなりません」
真剣な眼差しで背筋を伸ばした月讀に、瑠璃も気持ちを引き締める。
「つきましては、瑠璃さん」
「はい」
「鬼の側からの情報収集を、あなたにお願いします」
瑠璃は大きく頷くと、声に力を込めた。
「わかりました。明日、竜尊に話してみます」
「ええ、そうしてください。じきに鳳月ですから、しばらくは大丈夫かと思いますが……出来るだけ早く動いた方がよいでしょう」
緊張の面持ちで頷く瑠璃の肩を、久遠がポンとたたいた。
「わしもついておる」
強い決意を秘めて誰からともなく微笑み合う、嵐の前の静けさのような晩だった。
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