はじまりは眠りの森で
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【はじまり】
「術士の所に、異界の女がいるそうだ。なんでも、俺らを滅ぼすために呼ばれたらしいぞ」
竜尊、おまえ何か知ってるか?
そう続ける祢々斬に、竜尊は素直に答えた。
「それは初耳だな。誰がどこにいようが、俺には関係ないんだが……しかし、女ってとこが興味をそそるな」
すすめられた酒には手をつけずに、祢々斬は苦笑する。
「まったく、おまえらしいな。とにかく、用心するにこしたことはない。何か分かったら教えろよ」
手短に用件だけを済ませ、祢々斬は姿を消した。
日が傾き、柘榴の祠に夕闇が降りてきても、竜尊の頭には『異界の女術士』の存在が、ずっと居座っていた。
一体どんな女なのか。純粋に興味がある。
ここは一丁、敵情視察といくか。
翌日、巳の刻。
月讀の屋敷に続く小路を歩く竜尊の姿があった。
屋敷が遠目に見える辺りまでやって来ると、見慣れない身なりの女が時折空を見上げながら、ゆっくりと歩いている。
竜尊は、僅かに口角を上げると、彼女目指して歩みを進めた。
「やあ、一人で散歩かい?」
女が立ち止まって、訝しげな視線を竜尊に向ける。
「見かけない顔だが……どこの娘さんだ?」
「…………月讀さんの所でご厄介になってます……あなたは?」
「通りすがりの近場の者さ。ここいらのことについては事情通のつもりでいたんだが、君の事は残念ながら知らなかったんだ」
「………………」
「名前は?」
「……瑠璃……あなたは……竜尊?」
思いがけない答えに、竜尊は声をひそめた。
「……こいつは驚いたな。どうしてわかったんだ?」
「月讀さんにいろいろ教えてもらったから……多分そうかな?って」
こいつは、侮れないかもしれないぞ。
女だと思って油断したら、とんでもないことになるかもしれん――
竜尊は、彼女との間合いを一歩詰めると、声を一段と低くした。
「なら話は早い。俺が鬼だってことも、ちゃんとわかってるんだろ?」
「この世界について、ある程度の説明は一応聞いたけど……」
「異界からわざわざ、俺達を倒しに来たんだろ?」
「あなたを倒す?私が?」
「ああ、そのために呼ばれたんだろ?」
瑠璃は、不思議そうに目を瞬く。
「でも……普通にしゃべってるよ、お互い。それに」
ちょっと傾げていた首をまっすぐにすると、彼女は竜尊の目をじっと見つめた。
「あなたからは邪気を感じない」
「ふっ、そんなもの、隠そうと思えば簡単に隠せる」
瑠璃は、ゆっくりと首を左右に振った。
「どんなに隠そうとしても、何となくわかるんだ、私。あなたは、倒すべき相手なんかじゃない」
「ほぉ……たいした自信だな」
竜尊が興味深そうに目を細める。
「人間だってね……真っ黒なオーラに……あ、オーラって、体に纏う靄みたいなものなんだけどね……」
違う世界に生きる相手に、若干補足をしながら瑠璃は話し続ける。
「寒気がするくらいの、邪気に包まれてる人もいるの。そんな人間のために、あなたを倒すなんて……納得できないな」
「鬼を滅ぼすためにわざわざ異界から来たんだろ?そんな甘っちょろいことを言ってて、大丈夫なのか?」
「気が付いたら、ここにいたからね……別に、私の意志で来た訳じゃないよ」
緊張感漂うやり取りのはずだというのに、この女には通じないらしい。
「術士が勝手に、おまえをこの世界に連れて来た……そういうことか?」
「うん」
「だったら、とっとと異界に帰れば済むだけの話じゃないのか?」
瑠璃は、竜尊をじっと見つめると、その目を伏せてため息をついた。
「そこまでの力が、私にはまだないんだ……」
「…………」
『俺の力で元の世界に送り返してやる』
彼女の表情から察するに、竜尊がそう切り出せば、簡単に乗って来そうな雰囲気だった。
だが、竜尊の彼女への興味は、思いの外大きくなっていた。
今この女と完全に縁を切ってしまうのは、何だかもったいない……
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、瑠璃は一転、明るい笑顔を見せる。
「竜尊って、土行を司る鬼なんだよね」
「ああ、そうだ」
「やっぱり、小さい頃から一生懸命修行したの?」
…………何が言いたいんだ?こいつは!?
彼女の言葉の真意をはかりかね、竜尊は黙りこむ。
「そういえば、竜尊は夢行にも長けてるんだよね。すごく能力が高い鬼なんだってね……羨ましいなあ」
「…………」
何だか会話が噛み合わなくなってきた。
彼女のペースに巻き込まれかけているのが、竜尊自身にもわかった。
この女、何を企んでいる?
今日はもう、充分収穫があった。
あまり深入りせず退散するかな……
竜尊は、満面の笑みを作り、別れの挨拶を切り出す。
「俺は、柘榴の祠を聖域としている。会いたくなったら、いつでも訪ねてくるといい」
「ありがとう。修行の相手をしてもらえたりしたら嬉しいな」
「はぁ!?」
「私、土行がいまいちで、まだ夢行が完全に覚醒出来てなくてね……土の鬼の竜尊に教えてもらったら、上達すると思うんだ」
竜尊は、一瞬軽い目眩を覚えた。
だが、気を取り直して彼女に鋭い視線をぶつけた。
「俺達を倒すための術を俺に教えろとは……おまえは自分が何を言ってるか、わかってんのか!?」
きょとんとした表情を見せた後、瑠璃はクスッと笑った。
「あなたは倒す相手じゃないって、言ったじゃない」
「だ、だからって……」
――だめだ。これ以上こいつと話していても、埒があかない。
竜尊は、額に手を当て、小さく息を吐く。
――だが、面白そうな女だってことは、充分わかった。
なに、焦る必要はない。こいつは、俺に対して警戒心を持っていないからな。
祠にやって来たら、体を奪ってしまえば、こっちのもの。
夢に取り込むのは、容易いことだ……
「わかった。俺の力が、君みたいな可愛らしいお嬢さんのお役に立てるなら、そんなに嬉しいことはないさ。何時でも相手をしてやろう」
「ほんと?それじゃあ、明日……。早く……ちょっとでも早く、上達したいの」
「ああ、待っている」
本来なら、こんなふうに、女性が竜尊との約束をとりつける場合、理由は口実。
少なくとも、今までに相手をしてきた女達はそうだった。
だが……瑠璃は、何かが違う。
土行、夢行の使い手としての竜尊には憧れているようだが、彼自身には、さほど興味がないようだ。
「竜尊先生、明日から、よろしくお願いします」
年相応の無邪気な笑顔でそう言いながら、深々とお辞儀をすると、瑠璃は屋敷への道をたどり始めた。
遠ざかっていく彼女の背中をじっと眺めながら、竜尊はしばしの間、その場にたたずんでいた。
*
「術士の所に、異界の女がいるそうだ。なんでも、俺らを滅ぼすために呼ばれたらしいぞ」
竜尊、おまえ何か知ってるか?
そう続ける祢々斬に、竜尊は素直に答えた。
「それは初耳だな。誰がどこにいようが、俺には関係ないんだが……しかし、女ってとこが興味をそそるな」
すすめられた酒には手をつけずに、祢々斬は苦笑する。
「まったく、おまえらしいな。とにかく、用心するにこしたことはない。何か分かったら教えろよ」
手短に用件だけを済ませ、祢々斬は姿を消した。
日が傾き、柘榴の祠に夕闇が降りてきても、竜尊の頭には『異界の女術士』の存在が、ずっと居座っていた。
一体どんな女なのか。純粋に興味がある。
ここは一丁、敵情視察といくか。
翌日、巳の刻。
月讀の屋敷に続く小路を歩く竜尊の姿があった。
屋敷が遠目に見える辺りまでやって来ると、見慣れない身なりの女が時折空を見上げながら、ゆっくりと歩いている。
竜尊は、僅かに口角を上げると、彼女目指して歩みを進めた。
「やあ、一人で散歩かい?」
女が立ち止まって、訝しげな視線を竜尊に向ける。
「見かけない顔だが……どこの娘さんだ?」
「…………月讀さんの所でご厄介になってます……あなたは?」
「通りすがりの近場の者さ。ここいらのことについては事情通のつもりでいたんだが、君の事は残念ながら知らなかったんだ」
「………………」
「名前は?」
「……瑠璃……あなたは……竜尊?」
思いがけない答えに、竜尊は声をひそめた。
「……こいつは驚いたな。どうしてわかったんだ?」
「月讀さんにいろいろ教えてもらったから……多分そうかな?って」
こいつは、侮れないかもしれないぞ。
女だと思って油断したら、とんでもないことになるかもしれん――
竜尊は、彼女との間合いを一歩詰めると、声を一段と低くした。
「なら話は早い。俺が鬼だってことも、ちゃんとわかってるんだろ?」
「この世界について、ある程度の説明は一応聞いたけど……」
「異界からわざわざ、俺達を倒しに来たんだろ?」
「あなたを倒す?私が?」
「ああ、そのために呼ばれたんだろ?」
瑠璃は、不思議そうに目を瞬く。
「でも……普通にしゃべってるよ、お互い。それに」
ちょっと傾げていた首をまっすぐにすると、彼女は竜尊の目をじっと見つめた。
「あなたからは邪気を感じない」
「ふっ、そんなもの、隠そうと思えば簡単に隠せる」
瑠璃は、ゆっくりと首を左右に振った。
「どんなに隠そうとしても、何となくわかるんだ、私。あなたは、倒すべき相手なんかじゃない」
「ほぉ……たいした自信だな」
竜尊が興味深そうに目を細める。
「人間だってね……真っ黒なオーラに……あ、オーラって、体に纏う靄みたいなものなんだけどね……」
違う世界に生きる相手に、若干補足をしながら瑠璃は話し続ける。
「寒気がするくらいの、邪気に包まれてる人もいるの。そんな人間のために、あなたを倒すなんて……納得できないな」
「鬼を滅ぼすためにわざわざ異界から来たんだろ?そんな甘っちょろいことを言ってて、大丈夫なのか?」
「気が付いたら、ここにいたからね……別に、私の意志で来た訳じゃないよ」
緊張感漂うやり取りのはずだというのに、この女には通じないらしい。
「術士が勝手に、おまえをこの世界に連れて来た……そういうことか?」
「うん」
「だったら、とっとと異界に帰れば済むだけの話じゃないのか?」
瑠璃は、竜尊をじっと見つめると、その目を伏せてため息をついた。
「そこまでの力が、私にはまだないんだ……」
「…………」
『俺の力で元の世界に送り返してやる』
彼女の表情から察するに、竜尊がそう切り出せば、簡単に乗って来そうな雰囲気だった。
だが、竜尊の彼女への興味は、思いの外大きくなっていた。
今この女と完全に縁を切ってしまうのは、何だかもったいない……
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、瑠璃は一転、明るい笑顔を見せる。
「竜尊って、土行を司る鬼なんだよね」
「ああ、そうだ」
「やっぱり、小さい頃から一生懸命修行したの?」
…………何が言いたいんだ?こいつは!?
彼女の言葉の真意をはかりかね、竜尊は黙りこむ。
「そういえば、竜尊は夢行にも長けてるんだよね。すごく能力が高い鬼なんだってね……羨ましいなあ」
「…………」
何だか会話が噛み合わなくなってきた。
彼女のペースに巻き込まれかけているのが、竜尊自身にもわかった。
この女、何を企んでいる?
今日はもう、充分収穫があった。
あまり深入りせず退散するかな……
竜尊は、満面の笑みを作り、別れの挨拶を切り出す。
「俺は、柘榴の祠を聖域としている。会いたくなったら、いつでも訪ねてくるといい」
「ありがとう。修行の相手をしてもらえたりしたら嬉しいな」
「はぁ!?」
「私、土行がいまいちで、まだ夢行が完全に覚醒出来てなくてね……土の鬼の竜尊に教えてもらったら、上達すると思うんだ」
竜尊は、一瞬軽い目眩を覚えた。
だが、気を取り直して彼女に鋭い視線をぶつけた。
「俺達を倒すための術を俺に教えろとは……おまえは自分が何を言ってるか、わかってんのか!?」
きょとんとした表情を見せた後、瑠璃はクスッと笑った。
「あなたは倒す相手じゃないって、言ったじゃない」
「だ、だからって……」
――だめだ。これ以上こいつと話していても、埒があかない。
竜尊は、額に手を当て、小さく息を吐く。
――だが、面白そうな女だってことは、充分わかった。
なに、焦る必要はない。こいつは、俺に対して警戒心を持っていないからな。
祠にやって来たら、体を奪ってしまえば、こっちのもの。
夢に取り込むのは、容易いことだ……
「わかった。俺の力が、君みたいな可愛らしいお嬢さんのお役に立てるなら、そんなに嬉しいことはないさ。何時でも相手をしてやろう」
「ほんと?それじゃあ、明日……。早く……ちょっとでも早く、上達したいの」
「ああ、待っている」
本来なら、こんなふうに、女性が竜尊との約束をとりつける場合、理由は口実。
少なくとも、今までに相手をしてきた女達はそうだった。
だが……瑠璃は、何かが違う。
土行、夢行の使い手としての竜尊には憧れているようだが、彼自身には、さほど興味がないようだ。
「竜尊先生、明日から、よろしくお願いします」
年相応の無邪気な笑顔でそう言いながら、深々とお辞儀をすると、瑠璃は屋敷への道をたどり始めた。
遠ざかっていく彼女の背中をじっと眺めながら、竜尊はしばしの間、その場にたたずんでいた。
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