冬空にぬくもりを

竜尊編:終わり良ければ

木枯らしの吹きすさぶ柘榴の祠。
枯れ草を踏みしめながら、竜尊を探す瑠璃の姿があった。

朝食もそこそこに出てきたのだが、いくら呼んでも彼は現れない。
住処とする祠近くの小屋も、もぬけの殻。

『そろそろ帰ろう』
『ううん、あとちょっとだけ……』
小屋の入り口に座り込み、手にした包みに時折顔をうずめながら、待ち続ける瑠璃。


昼近くになってようやく、竜尊の姿が見えた。
胸を躍らせて立ち上がった彼女に、驚きながらも笑顔を見せる竜尊。

二人の距離が縮まった時、竜尊の首筋につけられた紅に目を止め、瑠璃は顔を曇らせた。

「瑠璃……どうした?」

「朝から待ってたんだ……竜尊は、こんな時間までどこに行ってたの?」

「ちょっと野暮用でな」

「……祠は冷えるかな、と思って、これ持ってきたんだけど……」

瑠璃は、大切に抱えていたマフラーを忌々しげに投げ捨てた。

「必要なかったね。竜尊には、温めてくれる人がいるんだから」

「おい、ちょっと待て」「さわらないで、穢らわしい!!」

瑠璃は、涙の湧き上がってくる瞳を瞬かせながら後ずさる。

「他の女の人に触れた手で、さわらないで」
「瑠璃っっ!?」

瑠璃は振り返らずに走り去った。
後を追うこともできず、竜尊は、投げ捨てられた布らしきものを拾い上げると、大きなため息をついた。



三日がたち、一週間がたった。

『そのうち機嫌を直して、いつものようにはにかんだ笑顔を浮かべながら、あいつは訪ねてくるに決まっている……』

竜尊のそんな予想は、見事にはずれた。
待てど暮らせど、彼女は現れない。
さすがに焦燥感にかられ、竜尊は月讀の屋敷まで足を運んだ。

「おい、子狐。瑠璃はどうしてる?」

「どうもこうも……ようやく起き上がれるようになったところじゃ」

「起き上がれる……?何かあったのか?」

久遠は、大きなため息をついた。

「なんじゃ、おぬし、何も知らんのか?おぬしが寒かろうと届け物に出かけた後、ひどい熱を出して寝込んでおったのじゃよ」

「何だって……!?」

久遠の脇をすり抜けた竜尊は、玄関を駆け上がると、まっすぐに瑠璃の部屋へ向かった。

「あ!こらっ竜尊ー!!女子の寝所に入り込むとは何事じゃーー!?」

竜尊を見送り、久遠は苦笑いをもらす。

「まあ……月讀もおらんことじゃし、今の瑠璃には一番の薬であろう。まったく……わしに感謝せいよ」



「瑠璃!!」「!?」

襖が音をたてて開くのと同時に、竜尊が現れたのを見て、瑠璃は飛び上がって驚いた。
手にしていた編みかけの編み物を放り出し、慌てて布団をかぶる。

「瑠璃……俺を待っていたせいで、風邪ひいちまったんだろ?」

「…………」

「そこにいるのは、わかってるんだぞ?」

「………………」

「だんまりを決め込む気か?」

「……………………」

「そっちがそのつもりなら」

竜尊が、布団に手を伸ばしたその時――

「あああーーーっっ!!!」

布団が勢いよく跳ね上がり、瑠璃がガバッと起き上がった。

「せっかくここまで編んだのに~!!」

先ほどまで一心不乱に取り組んでいた編み物の生地が、棒針からはずれてほつれていた。

「ああ……なんてこと……ひゃっっ!?」

ビクッと体を震わせた瑠璃が恐る恐る目を上げると、にっこりと笑う竜尊が、彼女を包み込んでいた。

「竜尊……!?」

「まったく、おまえは……」

竜尊は、彼女の額に自身の額をコツンとつける。

「もう、熱はないな」

「よ……余計なお世話だよ……っ!」

顔を逸らした彼女の頬を両手で挟み、竜尊は、自分の方を向かせて口付けた。

「な、な……何するの!?」

「俺を温めてくれるのは……瑠璃、おまえじゃなきゃ、だめみたいだ。どんな女の体より、おまえ一人がほしいんだって……思い知ったよ」

「あのね……私は、体より心を求めてくれる人を、好きになりたいの」

どことなく下世話に聞こえる彼の言葉に顔をしかめながら瑠璃が返す。
それに構わず、竜尊は真面目な顔で続ける。

「だから……あの後、どの女にも会ってない。本当だ」

「そんなこと言って……男の意地とやらで会いに行かなかっただけでしょ」

「ふっ、病み上がりの割には厳しいな」

竜尊は、困ったように目を細めた。

「けどな、冷たい川で禊だってしたんだぜ?おまえに触れるために」

「みそぎ?」

「ああ、おまえに『穢らわしい』って言われたのは、結構こたえたからな」

「あ……あれは……。言葉のあやっていうか……」

瑠璃は、下を向いた。

「……ごめんなさい、言い過ぎたって思ってる」

と、竜尊の帯に重ねて巻いてあるものが視界の隅に入り、瑠璃がつぶやく。

「竜尊、それ……」

「ああ、これな。使い方がわからなかったんだが、こうしておけば、いつも身につけていられるからな」

竜尊の腰に巻かれていたのは、一週間前に瑠璃が投げ捨てたマフラーだった。

「どうして……」

「おまえが俺のために届けてくれたものを、無下に扱える訳ないだろう」

竜尊は、ほつれた編みかけの毛糸を拾い上げる。

「しかも、こんなふうにおまえの手で作り出した布だったんだな……」

「竜尊……私……」

「なんだ?」

竜尊が、瑠璃の顔を覗き込む。

「恥ずかしいな……焼きもち焼いたりして」

「いや……嬉しかった」

「え?」

「焼きもち焼くほど、俺のことを好きになってくれたってことだろ?」

抱き締められ、黙って頷く瑠璃。



「まったく……人騒がせな奴らじゃ」

廊下からそっと様子を伺っていた久遠が、呆れ顔で笑う。

「まあ、よい。瑠璃が笑っていてくれるのが、何よりじゃからな」

互いをいたわり合う二人に、安心したような眼差しを向けてから、久遠は瑠璃の部屋を後にした。

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