冬空にぬくもりを
玖々廼馳編:双方向TRUST
はるかにとって、常盤國で迎える初めての冬。
ここのところ、どんよりと曇った日が続き、昨日は一日雪が降っていた。
そんな中、今日は久しぶりに、まぶしい太陽が顔を出している。
はるかと玖々廼馳は連れ立って、翠玉の森の裏手の山に出かけた。
小高い場所から、真っ白に雪化粧した町の景色を見てみよう、という話になったのだ。
「お姉ちゃん……大丈夫ですか?」
「だ……大丈夫……だと、思う……」
「でも……つらそうですよ?」
「けっこう急な登り坂と下り坂が、交互にあるからねぇ……足がガクガクしてきそう」
身体を折って両手を膝につき、息を整えながら、はるかが続ける。
「玖々廼馳は、さすが男の子だね。息ひとつ、切らしてないもんね」
「……この辺りは……僕の庭と同じですから……」
頬をちょっぴり赤く染めてそう言ってから、玖々廼馳の口調は申し訳なさそうなものに変わる。
「お姉ちゃん……ごめんなさい。雪が少ない方が歩きやすいと思って……この道を選んだのに……お姉ちゃんに、大変な思いをさせてしまいました」
「や、やだ……玖々廼馳のせいじゃないってば。それにね、ちょっとは大変な方が、登りきった時の感動が大きいんだよ」
「お姉ちゃん……」
大きく深呼吸をして、はるかが背筋を伸ばした。
「さ!行こっか」
「はい!ここまで来れば、あと少しです」
笑顔とともに、玖々廼馳ははるかに向かって右手を差し出した。
ちょっぴり恥ずかしそうな玖々廼馳が、なんだかやけに男らしく頼もしく見える。
「あ……ありがとう……」
ためらいながらも、はるかがその手をとる。
「こうやって直接手をつなぐことも出来るようになったのも、お姉ちゃんのおかげです……」
人間と鬼とが共存出来る世界。
それは同時に、玖々廼馳の忌まわしい力からの解放も意味していた。
「当たり前のことが当たり前にできるって……嬉しいね」
はるかは、とびきりの微笑みを玖々廼馳に返す。
手をつないだ二人は、山頂を目指して再び歩き始めた。
「わあ~きれい!!」
「お姉ちゃん……良かったです」
「がんばって登ってきて、本当に良かったよ!玖々廼馳、ありがとう」
「僕の方こそ……お姉ちゃんと二人でこの景色を見られて……とっても嬉しいです」
二人並んで、白銀に彩られた町を見下ろす。
まるでお伽噺の世界を覗き込んでいるかのよう。
「今、あの中のどこかに月讀さんや久遠がいるんだって思うと、不思議な気がするね」
「……いつもは、お姉ちゃんもあの中にいるんですよ」
「あはは、そうだよね。こうやって見てると……ちっぽけなことで悩んだりクヨクヨするのが、バカらしくなっちゃうよね」
「お姉ちゃんにも、悩みがあるんですか?」
「そりゃ……まあ……いろいろあるけどさ……。ん~でも、何だかすっきりした気分!玖々廼馳……素敵な景色を見せてくれて、本当にありがとうね」
「お姉ちゃん……」
互いに微笑み合ってから、再び視線を眼下の景色に落とす。
時が経つのを忘れて、山の頂きに立ち尽くすはるかと玖々廼馳だった。
小一時間ほどたった頃。
風向きが変わったかと思うと、空が急に暗くなった。
晴れ間をかき消すように、黒い雪雲が一気に広がっていく。
「お姉ちゃん……早めに戻った方がよさそうです」
「うん……山の天気は変わりやすいっていうもんね。急いで帰ろう」
大自然の中に取り残されそうな恐怖を感じ、二人は帰り道を急いだ。
あんなに晴れていたのが嘘のように、辺りはあっと言う間に猛吹雪に包まれた。
「玖々廼馳……どうしよう」
「お姉ちゃん、大丈夫です。しっかり僕の手を握っていて下さい」
「うん……」
舞い飛ぶ雪に視界をさえぎられ、右も左もわからない。
つないだ手を離したら、たちまち互いの姿を見失ってしまいそうだ。
とにかく、翠玉の森にたどり着かなければ……
足元の道を見失わないよう、二人は無言のまま、ひたすら歩き続けた。
どれだけ歩いたのだろう。
風が弱まり、落ちてくる雪もまばらになった。
だが、坂道が終わる気配はない。
一体、今どこを歩いているのか……
だんだんと頭が朦朧としてくる。
ついに足を止めたはるかが、泣き出しそうに唇を噛みしめる。
つないだ手がほどけそうになり、前を歩いていた玖々廼馳が振り返る。
「お姉ちゃん……」
「玖々廼馳……」
はるかの目に、涙がにじむ。
「私達……ちゃんと帰れるのかな……」
「お姉ちゃん……」
「もう……歩けないよ……」
座り込みそうになったはるかを、玖々廼馳が慌てて支える。
「お姉ちゃん、ほら、雪がやんできましたよ。大丈夫です……僕がお姉ちゃんを、きっと無事に送り届けます!」
玖々廼馳の力強い言葉に、はるかが、こらえていた涙をこぼす。
「ごめん……私ってば、頼りなくって……」
「今はまだ、お姉ちゃんより背が小さいけど……僕は男なんですよ。……もっと、僕を頼って下さい」
「うん……ありがとう」
はるかが再び、玖々廼馳の手を握る。
「玖々廼馳、頼りにしてるよ」
「はいっ!」
薄く積もった雪を踏みしめて歩く。
まだ先は見えないけれど、心はさっきよりもずっと軽い。
一人じゃない。
つないだ手からは、大切な人の温もりがしっかり伝わってくる。
大丈夫、この手を信じて――
「あ!玖々廼馳、見て!!」
垂れ込めた雲の間からちょっぴり青空が顔をのぞかせている。
そしてそこには、見慣れた森の大樹のてっぺんが頭を出していた。
「お姉ちゃん……!」「玖々廼馳!」
互いの名を呼ぶ声が重なり、二人は顔を見合わせて笑った。
さあ、帰ろう。
あの森を目指して――。
日差しに浮かび上がった大樹が、梢を揺らして二人を見守っていた。
*
はるかにとって、常盤國で迎える初めての冬。
ここのところ、どんよりと曇った日が続き、昨日は一日雪が降っていた。
そんな中、今日は久しぶりに、まぶしい太陽が顔を出している。
はるかと玖々廼馳は連れ立って、翠玉の森の裏手の山に出かけた。
小高い場所から、真っ白に雪化粧した町の景色を見てみよう、という話になったのだ。
「お姉ちゃん……大丈夫ですか?」
「だ……大丈夫……だと、思う……」
「でも……つらそうですよ?」
「けっこう急な登り坂と下り坂が、交互にあるからねぇ……足がガクガクしてきそう」
身体を折って両手を膝につき、息を整えながら、はるかが続ける。
「玖々廼馳は、さすが男の子だね。息ひとつ、切らしてないもんね」
「……この辺りは……僕の庭と同じですから……」
頬をちょっぴり赤く染めてそう言ってから、玖々廼馳の口調は申し訳なさそうなものに変わる。
「お姉ちゃん……ごめんなさい。雪が少ない方が歩きやすいと思って……この道を選んだのに……お姉ちゃんに、大変な思いをさせてしまいました」
「や、やだ……玖々廼馳のせいじゃないってば。それにね、ちょっとは大変な方が、登りきった時の感動が大きいんだよ」
「お姉ちゃん……」
大きく深呼吸をして、はるかが背筋を伸ばした。
「さ!行こっか」
「はい!ここまで来れば、あと少しです」
笑顔とともに、玖々廼馳ははるかに向かって右手を差し出した。
ちょっぴり恥ずかしそうな玖々廼馳が、なんだかやけに男らしく頼もしく見える。
「あ……ありがとう……」
ためらいながらも、はるかがその手をとる。
「こうやって直接手をつなぐことも出来るようになったのも、お姉ちゃんのおかげです……」
人間と鬼とが共存出来る世界。
それは同時に、玖々廼馳の忌まわしい力からの解放も意味していた。
「当たり前のことが当たり前にできるって……嬉しいね」
はるかは、とびきりの微笑みを玖々廼馳に返す。
手をつないだ二人は、山頂を目指して再び歩き始めた。
「わあ~きれい!!」
「お姉ちゃん……良かったです」
「がんばって登ってきて、本当に良かったよ!玖々廼馳、ありがとう」
「僕の方こそ……お姉ちゃんと二人でこの景色を見られて……とっても嬉しいです」
二人並んで、白銀に彩られた町を見下ろす。
まるでお伽噺の世界を覗き込んでいるかのよう。
「今、あの中のどこかに月讀さんや久遠がいるんだって思うと、不思議な気がするね」
「……いつもは、お姉ちゃんもあの中にいるんですよ」
「あはは、そうだよね。こうやって見てると……ちっぽけなことで悩んだりクヨクヨするのが、バカらしくなっちゃうよね」
「お姉ちゃんにも、悩みがあるんですか?」
「そりゃ……まあ……いろいろあるけどさ……。ん~でも、何だかすっきりした気分!玖々廼馳……素敵な景色を見せてくれて、本当にありがとうね」
「お姉ちゃん……」
互いに微笑み合ってから、再び視線を眼下の景色に落とす。
時が経つのを忘れて、山の頂きに立ち尽くすはるかと玖々廼馳だった。
小一時間ほどたった頃。
風向きが変わったかと思うと、空が急に暗くなった。
晴れ間をかき消すように、黒い雪雲が一気に広がっていく。
「お姉ちゃん……早めに戻った方がよさそうです」
「うん……山の天気は変わりやすいっていうもんね。急いで帰ろう」
大自然の中に取り残されそうな恐怖を感じ、二人は帰り道を急いだ。
あんなに晴れていたのが嘘のように、辺りはあっと言う間に猛吹雪に包まれた。
「玖々廼馳……どうしよう」
「お姉ちゃん、大丈夫です。しっかり僕の手を握っていて下さい」
「うん……」
舞い飛ぶ雪に視界をさえぎられ、右も左もわからない。
つないだ手を離したら、たちまち互いの姿を見失ってしまいそうだ。
とにかく、翠玉の森にたどり着かなければ……
足元の道を見失わないよう、二人は無言のまま、ひたすら歩き続けた。
どれだけ歩いたのだろう。
風が弱まり、落ちてくる雪もまばらになった。
だが、坂道が終わる気配はない。
一体、今どこを歩いているのか……
だんだんと頭が朦朧としてくる。
ついに足を止めたはるかが、泣き出しそうに唇を噛みしめる。
つないだ手がほどけそうになり、前を歩いていた玖々廼馳が振り返る。
「お姉ちゃん……」
「玖々廼馳……」
はるかの目に、涙がにじむ。
「私達……ちゃんと帰れるのかな……」
「お姉ちゃん……」
「もう……歩けないよ……」
座り込みそうになったはるかを、玖々廼馳が慌てて支える。
「お姉ちゃん、ほら、雪がやんできましたよ。大丈夫です……僕がお姉ちゃんを、きっと無事に送り届けます!」
玖々廼馳の力強い言葉に、はるかが、こらえていた涙をこぼす。
「ごめん……私ってば、頼りなくって……」
「今はまだ、お姉ちゃんより背が小さいけど……僕は男なんですよ。……もっと、僕を頼って下さい」
「うん……ありがとう」
はるかが再び、玖々廼馳の手を握る。
「玖々廼馳、頼りにしてるよ」
「はいっ!」
薄く積もった雪を踏みしめて歩く。
まだ先は見えないけれど、心はさっきよりもずっと軽い。
一人じゃない。
つないだ手からは、大切な人の温もりがしっかり伝わってくる。
大丈夫、この手を信じて――
「あ!玖々廼馳、見て!!」
垂れ込めた雲の間からちょっぴり青空が顔をのぞかせている。
そしてそこには、見慣れた森の大樹のてっぺんが頭を出していた。
「お姉ちゃん……!」「玖々廼馳!」
互いの名を呼ぶ声が重なり、二人は顔を見合わせて笑った。
さあ、帰ろう。
あの森を目指して――。
日差しに浮かび上がった大樹が、梢を揺らして二人を見守っていた。
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