冬空にぬくもりを

魁童編:LOVE ☆ AID

「おいっ!行くぞ」

「この寒いのに、魁童ってば元気だねえ。"子供は風の子"だもんね」

「あぁ?なんか言ったか!?」

「いえ、別に……寒空の下で喜んで遊ぶのは犬と子供だけ、なんて言ってませんよ……あたっ」

「しっかり言ってんじゃねぇか」

はるかの頭を軽くたたき、魁童は玄関に向かう。

「もたもたしてっと、おいてくぞ……っくしょんっ!!」

「魁童……風邪ひいたの?」

「へっ、たいしたことねえ。ちょっと鼻がむずむずしただけだ」

言うが早いか、魁童は表に飛び出した。

「ちょ……ちょっと待ってよ」

はるかが慌てて後を追う。


距離が縮まったかと思うと、魁童がまた走り出してしまうため、はるかはなかなか追いつけない。
そのうち、しびれを切らして戻って来た魁童が彼女の手を引きながら、ちょっぴり速度を落として山道を進んだ。


はるかにとっては、初めて足を踏み入れる場所。
心細さが募る。

「ねえ、魁童……どこまで行くの?」

「もうじきだって」

ひたすら前を見て早足で歩いていた魁童が、程なく立ち止まった。

「着いたぞ」

「わぁ……」

目の前には、屋敷の庭ほどの大きさの池が広がり、一面に氷がはっている。
魁童は、慣れた様子で氷の上に立つ。

「こっち半分は特に氷が厚いから、乗っても大丈夫だ」

魁童に手を引かれ、こわごわ足を踏み出したはるかだったが、すぐに笑顔になった。

「魁童、私たち池の上を歩いてるよ!」

「へへっ、すげえだろ。他の奴には教えてねぇからな、おまえだけ特別だ」

「え?なんで?」

「そ、そんなこと、どうでもいいだろっ」

つないでいた手を離すと、照れくさそうな顔で、はるかに背中を向ける魁童。

「ふ~ん……あ!きれいな花、発見!」

少し離れた岸に、見たことのない可愛らしい花を見つけたはるか。
ゆっくりと足を交互に踏み出し、花の方に向かって歩き出した。

「おいっ、待て!!そっちは…」「きゃあっ!!」

魁童が叫んだのと、大きな水飛沫をあげてはるかが池に落ちたのと、同時だった。
間髪入れずに、冷たい水に飛び込む魁童。
必死の形相で、はるかを引き上げると、彼女を抱きかかえ、来た道を駆け戻って月讀の屋敷にたどり着いた。



何事かと飛び出してきた久遠の目の前には、震えるはるかと、彼女を守るように抱える魁童。
二人とも、ずぶ濡れだ。

「子狐、こいつのこと頼むぞ」

「魁童、礼を言うぞ。さあ、はるか。すぐに風呂を沸かすから、濡れたものを脱いで暖かい部屋で休んでおれ!」

久遠が、冷えきって声も出ない彼女の手を引こうとした時、一瞬よろけた魁童が、そのまま崩れ落ちた。
はるかが、弾かれたように魁童に駆け寄る。

「魁童!?……やだっ!すごい熱!!」

「何でもないような顔をしておったが……かなりつらいはずじゃな」

久遠の言葉に、はるかが涙ぐむ。

「どうしよう……魁童ってば……風邪ひいてたくせに、氷のはってる池に飛び込んで……おまけに冷たい風の中を、走ってここまで来たから」

はるかが目を潤ませたまま久遠を見つめる。

「魁童の看病しなくちゃ……。いいでしょ?私を助けてこんなことに……」

憎まれ口のたたき合いばかりしているくせに、本当は心から互いを大切に思っている二人。
普段は見られない、はるかの取り乱した様子を、久遠は微笑ましいと感じながら、あえて明るい口調で言った。

「心配いらないのじゃ。わしが魁童の世話をしておるから、おぬしはまず着替えるのじゃ。そこでわしと交代してくれれば、すぐに風呂を沸かすとしよう」

てきぱきと指示を出す久遠に背中を押されるように、はるかは自分の部屋に向かった。



翌日。

日もすっかり高くなり、そろそろお昼時かという頃に、魁童が目を覚ました。

「魁童、大丈夫!?」

「ああ……大丈夫に決まってるだろ。俺は頑丈に出来てんだよ」

「よかった……丸一日目を覚まさなかったから、私……」

半泣きのはるかに顔を向け、ゆっくりと身体を起こした魁童は、小さな笑いを浮かべながら、ため息とともにつぶやいた。

「情けねえよな……鬼ともあろう俺様が、たかが風邪でぶっ倒れるなんてな……」

「そんなことないっ!鬼だって、人間と同じ温かい血がかよってるでしょ?」

魁童に膝を近づけたはるかは、彼の上体をそっと包み込んだ。

「その証拠に魁童は、こんなに温かいじゃない……」

「……はるか………っくしょいっ」

顔を赤くしながら大きなクシャミをした魁童に、はるかが慌てる。

「ほらほら、魁童!まだ本調子じゃないんだから、もう少し寝てなくちゃ。こじらせちゃったら大変なんだから!」

「……わかったよ、しょうがねえな」

大人しく、言われるがままに布団に横たわる魁童。
その枕元には、熱を出した子供を心配して見守る母親のように、はるかが正座をしている。

一旦は目をつぶった魁童だったが、はるかにじっと見つめられるのが気恥ずかしかったのか、再び身体を起こした。
そして、彼女の膝に手をかけると、そのまま頭を乗せた。

「か、魁童?」

「へへ、膝枕……こういう時くらい、いいだろ?」

「うん……」

布団を肩までかけ直してもらいながら、魁童が気持ちよさそうに目を閉じる。

「あったけえな」

「ふふふ、魁童もあったかいよ」

「この場所は、俺様だけの特別だぞ」

「え……膝枕のこと?」

「ああ、そうだ。なんたって、おまえは俺様のもんだからな」

「…………」


まるで、ストレートな愛の告白にも思える言葉。
返事に詰まってしまい、はるかは無言のまま魁童の髪を撫でた。

その途端、聞こえてきたのは安らかな寝息。

「んもう……!あんなこと言って、魁童ってば、寝ぼけてたんじゃない!?」

まったく!
ドキドキしちゃったじゃん……

そう心の中で叫びながら、はるかが魁童の頬を指でつついていたら

「……俺のはるか……」

幸せそうな寝顔の魁童が、そうつぶやいた。


暖かな日だまりのような時間の中、はるかは魁童の柔らかい髪を撫で続けた。

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