冬空にぬくもりを

無月編:君の温度

凍てつく冬の日。
風がない分、冷え込みが一段と厳しい日暮れ前。
この冷たい夜を、無月がどうやってしのいでいるのか心配した瑠璃が、蒼玉の湖を訪れていた。

「無月、ちゃんと暖かくして眠れてる?」

「我が身は水の鬼ゆえ……これしきの寒さは、なんということはない」

「……でも……風邪ひいたりしたら……」

なんと言葉をかければ心を開いてもらえるのか……

黙ってしまった瑠璃を見つめ、無月が小さな笑みとともに息を吐く。

「そなたは優しいのだな」

「だって……!好きな相手のことを心配するのは当たり前でしょ」

「好き……?」

無月は考えこむような仕草をして、ため息とともに言った。

「そなたは優しい……。ゆえに、我だけではなく他の者達のことも、同じように好いて、同じように案じているのであろうな ……」

「そうじゃない!……そんなんじゃないよ……」

戸惑いを隠せず、無月の袂をそっとつかんで首を左右に振る瑠璃。


しばしの沈黙の後、無月が口を開いた。

「すまぬ……我がそなたを想っているように、そなたも我のことを想ってくれたら……などと、虫のよいことを考えてしまう……。そんな自分に、近頃嫌気がさしているのだ」

独り言ともとれる弱々しい声で言いながら、無月が目を伏せる。

瑠璃が、意を決したようにまっすぐ顔を上げた。

「私は……私は、無月のこと好きだよ。とっても大切だって思う……」

無月は、寂しげな笑顔を弱々しく横に振る。

「そなたの気持ちには、穢れがない。それ故……我がそなたに想いを寄せることが、後ろめたいと思えるのだ」

「どうして!?人を好きになるって、大切な感情だよ。後ろめたく思う必要なんて……」

「鬼に身を落としたとて、我も一人の男。望んではならぬと知りつつ……こんな寒さの夜は、人肌が恋しくなってしまうのだ」

自身を嘲るように笑ってみせた無月を、瑠璃が目をそらさず見つめる。

「無月……」

瑠璃は、無月との距離を一歩縮めて、彼の顔を見上げた。

「私じゃ……無月にぬくもりをあげられないのかな……」

「瑠璃……」

「無月が寒いって感じるのは、きっと、体じゃなくて心なんだと思う……」

瑠璃は、無月の心臓の辺りに手を当てる。
一瞬驚いたように目を瞬いて、すぐに無月の表情は穏やかな笑みに変わる。

「確かに……そうかもしれぬな」

そっと瑠璃を抱き寄せ、いとおしげに彼女の髪を撫でる。

「そなたは……あたたかい」

「私がそばにいるよ……」

瑠璃が、無月の着物をギュッと握りしめる。

「こんな我の……そばに、いてくれるというのか?」

「迷惑かな……?」

「馬鹿な!迷惑な訳あるまい!」

「無月……」

「すまぬ」

大きな声を出してしまったことを詫びながら、無月が瑠璃の背中をなでる。

「そなたを……我だけのものにしたい」

「私の心は、無月だけのものだよ」

瑠璃の髪に頬を寄せた無月が、抱き締める腕にほんの少し力をこめる。

「そなたの心も体も、全てを我が物にしたいと思うのは……やはり我が儘だろうか」

「ううん……そんなこと……ない」

無月の胸に顔をうずめた瑠璃が、ゆっくりと首を左右に動かす。

一瞬閉じた瞳を静かに開いた無月は、彼女の両肩をつかんで身体を離した。
瑠璃が不安げに見上げる。
そんな彼女に応えるように微笑みかけると、無月は彼女に口づけた。


優しく長い口づけを終え、互いにそっと抱きしめ合う。

「瑠璃……そなたを離さぬ」

「うん……離さないで、絶対」


空から音もなく、白いものが落ちてきた。

「あ、雪。寒いはずだよね」

空を見上げた瑠璃に、無月がささやく。

「ここにいては、そなたが風邪をひく。こちらへ……」

無月に肩を抱かれ、瑠璃は黙って頷くと、彼に寄り添って歩き出した。



二人が初めて夜を共に過ごしたのは、粉雪の舞う、こんな寒い日のことだった。

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