風間さんが隣に……
『風間さんが隣に……』
Going my way
宴もたけなわ。
そろそろ二次会へ、という頃合いのはずなのだが……
御開きの挨拶をするべき近藤社長が、皆とともに酔いつぶれている。
年に一度の無礼講、毎日忙しい近藤さんと一緒に飲めるのを、みんな随分楽しみにしていたもんね……
微笑ましく思いながら、ぬるくなったビールをちびちびと口に運んでいると、隣に誰かが座った。
見なくてもわかる。この威圧感は……
「その憂い顔から察するに、俺が傍にいなくてよほど寂しかったとみえる」
「え?あ、まあ……」
実際そうなのだが、素直に認めるのも気恥ずかしい。
照れ隠しに、残りのビールを一気に喉に流し込んだ。
顔を合わせるたび、私を“嫁”扱いする風間さん。
いつからか、彼にそう呼ばれることを嬉しく思う自分がいた。
顔には出していないつもりだけど、多分、気付かれてるんだろうな……
空になったグラスをそのまま握りしめていたら、風間さんがそれを手に取り、離れた場所に置いた。
「では行くぞ」
「え?だって、忘年会……」
「酔いつぶれた者ばかりのこの有り様、既に忘年会とは呼べぬ。俺たちは俺たちの時間を楽しむべきだと思うが」
「でも……行くって、一体どこへ……?お酒、けっこう飲んでらっしゃいますよね」
「大丈夫だ、運転は天霧に任せてある」
「いえ、あの……」
何をどう言葉にすればよいのやら……
口ごもる私を見て、風間さんは不敵に笑った。
「案ずることはない。俺は、酒が多少入ったからといって勃たなくなるような、やわなモノの持ち主ではない」
「いや、だからそうじゃないですってば」
「だったら、なんだと言うのだ?」
目を細めた風間さんに、怖じ気づきそうになりながら、何とか口を開く。
「風間さんと私は、きちんとお付き合いしてる訳ではありませんよね。どうしていきなり、そういう展開になるんですか」
「おまえの言っていることは、よくわからんな。付き合うも何も、おまえは俺の嫁……そのような営みに、何の不都合がある?」
私は思わず、ため息をついた。
初めて会った日、風間さんから「おまえは俺の嫁となるべく、ここにいるのだ」と言われた時には、何かの冗談だと思った。
けれど、いつの間にか心引かれ、気づけば彼の姿を探していた。
なのに……
散々『俺の嫁』『俺の嫁』と言うくせに、彼からちゃんと愛を告白されたことはない。
だから、私としては彼の本当の気持ちをはかりかねていた。
「率直に申し上げますとですね」
「なんだ?」
「私も飲んでますし……正直、お酒の勢いでっていうのは嫌なんです。それに、嫁々おっしゃいますけど、風間さんの私に対するお気持ちが、今ひとつわからないんです」
彼は、一瞬不思議そうな表情を浮かべた後、もっともだという顔でうなずいた。
「確かに……言葉に出さねば伝わらぬ、か」
「それに」
私は続けた。
「大好きな人とでしたら、手を繋いだり、ただ傍にいたり……それだけで、私はとても幸せです」
風間さんは小さくため息をもらしたが、その瞳は優しい色を帯びていた。
「焦る必要はないということだな。これからずっと、いつでも共にあるのだからな」
彼のつぶやきは、私の胸の奥に灯りをともした。
ああ、今更、愛の言葉を望む必要などないんだ。
私が隣にいる未来を思い描いてくれてる、彼の気持ちに嘘はないのだから……。
「せっかくですから、飲み直されてはいかがでしょうか? もし酔いつぶれても、私がしっかり介抱して差し上げます」
「ふむ……悪くないな。今までになく美味い酒になりそうだ」
天霧さんに送ってもらった私たちは、風間さんの部屋で飲み直した。
彼の隣は、とっても心地よくて、傾けるグラスのお酒は、格別に美味しくて……
『介抱して差し上げる』どころか、私の方が先につぶれてしまった。
翌朝目覚めれば、慣れない人肌の温もり。
途切れた記憶を必死でたどっていれば、「起きたか」
今までで一番の至近距離から、気だるそうな低音が耳をくすぐる。
「わわっ私っ……」
これは一体どういう状況!?
慌てて体を起こそうとしたが、回された腕にしっかりと抱き締められていたため、逆にギュウッと引き寄せられる。
あれ?
……裸じゃない……昨夜のままの格好だ。
強引に起き上がった私は、ベッドの上に正座した。
ちょっぴり驚いた顔をみせた風間さんだったが、面白そうに目を細めると、私の正面に正座した。
彼もやはり、昨夜のワイシャツのままだ。
風間さんって……
口ではけっこう物騒な(!?)ことを言うから、引きそうになってしまうこともあった。
常に貞操の危機を案じていなければならないというか。
でも、多分、それはポーズ。
きっと、私が主張すれば、ちゃんと結婚するまで、彼は私に何もしないのだろう。
それって、私を愛すると同時に信用してくれてるってことだよね……
「風間さん」
「なんだ?ようやく俺のプロポーズを受け入れる気になったか?」
「はいっ!」
「…………」
予想外の返事だったのか、彼は言葉につまった。
まじまじと私を見つめる風間さんに微笑み返し、私は深々と頭を下げた。
「ふつつかものですが、よろしくお願いします」
ややあって頭を上げると、いきなり抱き締められた。
「ふ……それでこそ我が嫁。これで、おまえの言う『きちんと付き合っている』状態になれたということだな」
もう、拒む気持ちも理由もなかった。
私は目をとじ、包み込んでくれる温もりに身をゆだねた。
いつだって、我が道を行く風間さん。
だけど必ず、私の気持ちを尊重してくれる。
それ故きっと、彼の隣は居心地がよいのだろう。
風間さん……ううん、千景さんの進む道を、私も共に歩んで行く。
その始まりとなる、冬の朝だった。
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