原田さんがこっち見てる
『原田さんがこっち見てる』
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同じ部署の先輩である原田さんは、老若男女問わず全社員が認める美男子だ。
その上、人当たりもよく常に周囲への気配りを絶やさないとあっては、好意を抱かない人など(あ、もしかしたら犬とか猫とかも!?)この世に存在しないであろう。
毎日そのご尊顔を拝んでいれば、多少免疫がついても良さそうなものだが、今でも毎度、彼の姿が視界に入るたび、ため息がもれてしまう。
今日の忘年会では、残念ながら原田さんとは席が離れてしまった。
私の隣は、同期入社の平助君。
入社二年目、お互い同志!という感覚を持ち続けているためか、話がはずむ。
上司や取引先の担当さんについての、愚痴やら内緒の話やらで盛り上がっていると、後ろを通りかかった沖田さんが、私たちにコソッと告げた。
「なんかさ、さっきから左之さんが君たちのことじっと見てるんだけど、気が付かなかった?」
平助君と私は、顔を見合わせた。
「やっべぇ……左之さん一人にしちまったから、すねてんのかな?……って!いてぇ!!」
振り向きながら「なにすんだよ、総司!?」と怒る平助君を、沖田さんがフンと鼻で笑った。
「左之さんは平助みたいに子供じゃないの」
「悪かったな!ガキで」
沖田さんに踏んづけられた足をさすりながら、平助君が口をとがらせる。
平助君と沖田さん、そして原田さんは、それぞれ所属する部署も年齢も異なるけれど、同じ道場の剣道仲間なんだそうだ。
「そうそう、平助。さっき伊東さんが、『藤堂君はどこ?』って探してたよ」
「げ、そっちもやべぇな」
伊東さんは、平助君の上司。
仲間同士の交流もいいけれど、普段お世話になっている上司との親睦も大切だ。
「んじゃ、オレ伊東さんとこに顔出してくるからさ。千鶴、左之さんの相手してやってくれよ」
「うん!また、おもしろい情報があったら教えてね」
「おう!」
私は、平助君に続いて席を立った。
「沖田さん、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げると
「別に……ただ、左之さんの目があんまり鋭かったから、教えてあげただけ」
そう言って、沖田さんはクスッと笑った。
急いで原田さんの傍らに座り、一通りの挨拶を終えてから、私はテーブルの上のビール瓶に手を伸ばす。
「原田さん、ビールでいいですか?あ、それとも日本酒の方がいいでしょうか?」
「いや、ビールでいい……悪ぃな」
原田さんのグラスをいっぱいにして瓶をテーブルに戻し、ひと安心。
……と思ったら
「乾杯しようぜ」
原田さんがビール瓶を片手に待ち構えている。
「は……はいっ」
慌ててさっきの席からグラスを取って戻る。
「今年一年、お疲れさん。来年も、この調子で一緒に頑張ろうぜ」
「お疲れ様でした!来年もよろしくお願いします」
かんぱ~いとグラスを合わせ、口に運ぶ。
一気に空になった原田さんのグラスに、新たにビールを注ぐ。
しばしの沈黙の後、原田さんがおもむろに口を開いた。
「平助と、ずいぶん仲がいいんだな」
「それは……同期入社の仲間ですので、やはり……」
彼の言葉の意味する所がはっきりわからないため、曖昧に答える。
中身が半分ほどになったグラスをカタンと置きながら、原田さんはため息混じりにこぼす。
「おまえは危なっかしいからな、目が離せやしねぇ」
『危なっかしい』……
ミスのないよう、お仕事がんばっているつもりなんだけどな……
私って、そんなに頼りないんだろうか……
「すみません……」
何だか身の置き所がない気がして俯く私の髪を、原田さんはそっと撫でた。
「今日は、髪おろしてるんだな」
「あ……はい、お仕事中じゃないからいいかなって……あ!いえ、お仕事には変わりないですけどっ」
しどろもどろの私に、彼は穏やかな眼差しを向けた。
「仕事モードの束ねた髪もいいが、これも似合ってるぜ」
「……え」
そんな台詞は想定していなかった。
思わず、彼の整った顔を、まじまじと見つめる。
頬杖をつき、私の髪を弄りながら、原田さんはポツリと呟いた。
「いいかげん俺のもんになっちまえよ」
まるで独り言のように、さらっと発せられた言葉は、ともすれば聞き流してしまいそうに然り気無くて。
彼みたいな色男にとっては、きっと、日常茶飯事の社交辞令。
お酒の席で、当たり前に口にする台詞なのだろう。
それゆえ、私の切なさのボリュームは、目いっぱいまで上がり、胸がギュッと締め付けられた。
そんな内心を悟られないよう、私は頬に薄い笑みをはり付けた。
「素面の時でしたら、喜んでお受けしますけど……原田さん、今、酔ってますよね」
「本音ってぇのは、酔ってる時にこそ出るもんだ」
すかさず返された言葉に、気持ちが揺らぐ。
その時、「宴もたけなわですが……」という幹事の声が響いた。
会は一旦お開きとなり、大部分の社員は、それぞれ二次会へと繰り出して行った。
伊東さんに半ば引きずられるようについていく平助君を見送ってから、なぜか私は、原田さんと並んで駅への道を歩いていた。
「原田さんは、二次会にいらっしゃらないんですか?」
「ん?……今夜はもう、静かに過ごしたい気分なんでな」
「定時に終わらせるために、一日忙しかったですもんね」
ふむふむとうなずいていると、冷たい突風が吹き抜けた。
身震いした途端、肩を抱き寄せられ、原田さんの声が耳元で聞こえた。
「今度は、酒と外野抜きで……二人で、どっか行こうぜ」
驚いて立ち止まり、彼を見上げる。
一体なんと返せばよいのか…
考えあぐねる私の頬に、彼は口づけを落とした。
「唇はそんときまで……千鶴の返事をちゃんと聞くまで、お預けだな」
何も言えないまま立ちすくむ私に、止めを刺すかのように、彼の声が降ってきた。
「それとも……今からうちに来るか?」
原田さん……甘くて危険な“あなた”という存在に、私のすべてが囚われてしまうまで、あと……
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