平助君がつぶれてる
『平助君がつぶれてる!』
一歩ずつ君のそばに
これだけの人数の社員が一堂に会する機会は、そうそうない。
まるで合コンのようなノリのお方も、中にはいそうな気配……(永倉さんとか永倉さんとか永倉さんとか。おっと失礼!)
そんな中、私の目はある人物を絶えず追っている。
幼なじみの平助君。
誰にでも優しく、快活な彼は、はっきり言って昔からモテる。
本人は、“みんな友達”(というか今は同僚?)だという位置付けで接してるらしいけれど… …
こういうチャンスに少しでも憧れの人の近くに、と思うのは誰でも同じらしく、各部署の女の子たちが、互いを牽制しつつ平助君の所にお酌しに行く。
けれど、原田さんと永倉さんが、頑として平助君の隣を譲らないため、皆さん早々に諦めて退散しているようだ。
私もそこに突入して、平助君の隣の席を勝ち取りたいのはやまやまなのだが……
伊東さんと、市内の美味しいケーキ屋さん談義に花を咲かせているため、それを放り出すわけにはいかない。
それでも、やはり気になって、ハラハラしながら、時折平助君の様子をチラッと眺める。
あ、飲みすぎたのかな?テーブルに突っ伏してる。
うわ、原田さんと目が合った。
平助君のこと見てるってバレちゃったかな……と思ったその時。
原田さんは、意味ありげに笑うと片目を瞑ってみせた。
私の視線をたどった伊東さんが、小さく笑った。
「あらあら、藤堂君ったら、すっかりつぶれてしまったのね」
「原田さんと永倉さんは、まだまだ大丈夫そうですね」
ことさら平助君の話題に触れないよう返事をすると、伊東さんは、これまた意味ありげに私を見た。
「そろそろ、君にお呼びがかかるのじゃなくて?」
「お呼び?……ですか??」
なんのことやら?と首をひねっていると、原田さんがこちらに歩いてきた。
「伊東さん、お話中のとこ悪ぃな。千鶴、平助がつぶれちまってよ、面倒みてやってくれねぇか?」
「面倒って……寝ちゃってるんですよね?」
「ああ。それがな……あいつ、寝言でおまえの名前をぶつぶつ呟いてやがんだ」
「…………」
答えに窮した私の肩を、伊東さんがバンバンとたたいた。
「ほほほ……寝言で名前を呼ぶなんて、藤堂君たら一体どんな夢を見ているのかしら。雪村君、そういうのを『女冥利に尽きる』っていうのよ」
「そ……そういうものでしょうか?」
「ほら、早く行っておあげなさいな。膝枕なんかよろしいんじゃなくて?」
「伊東さん、あんたもたまにはいいこと言うな」
原田さんまで、ニコニコと伊東さんに同意している。
膝枕……
いくらお酒の席だからって、みんなの目に触れるこの場で、膝枕……!?
「さて」
伊東さんが立ち上がった。
「ようやく土方君がフリーになったようですわね。私は、土方君と美味しくお酒をいただきながら、社の今後の展開について語り合うことにいたしますわ」
いそいそと席を立つ伊東さんに会釈をして、ふぅと息を吐いたら、原田さんと目が合った。
「千鶴……悪いが、頼めるか?」
そんな風に言われてしまえば、断れるはずもない。
原田さんについて平助君のそばに行ったら「おう、千鶴ちゃん!よく来てくれたな」と永倉さんが迎えてくれた。
「おい、平助起きろ!千鶴ちゃんだぞ」
永倉さんが平助君を揺さぶる。
「んあ……?千鶴…………?」
「ほれ、平助。せっかくだから千鶴に膝枕してもらえよ」
「くぅ~っうらやましいぜ!平助、おまえがボヤボヤしてんなら、俺が千鶴ちゃんの膝、独占しちまうぞ!?」
原田さんと永倉さんが、代わる代わる平助君を突っつく。
平助君が一瞬パチッと目を開いた。
「大事な千鶴の膝、新八っつぁんなんかに譲ってたまるかっての」
そう言うと、私の膝にパタンと倒れ込み、頭をあずけて猫のように丸まった。
「お、“大事”ときたか」
原田さんが満足そうな笑みを浮かべた。
「ほら平助、言っちまえよ!」
「そうだ。こういう時でもなけりゃ、おまえは本音を吐かねぇからな」
再び二人が平助君を突っつく。
「………だめだ」
「なんでぇ……寝ちまったのか」
原田さんが顔をしかめ、永倉さんが盛大なため息をついた。
ぐっすり寝入っている平助君にデコピンして(それでも起きない!)、原田さんが私の顔を見た。
「千鶴」
「は……はいっ」
「平助のこと、任せてもいいか?」
「もちろんです……あの、ところで…先ほどお二人は、平助君に何を『言え』っておっしゃってたんですか?」
さっきから気になっていた疑問を口にすると、原田さんは平助君に一瞬視線を向けてから、柔らかく微笑んだ。
「それは、こいつが夢から覚めたら直接聞いてやってくれるか?」
続いて、永倉さんがニカッと笑う。
「それがいいな。俺らが言っちまったんじゃ、あんまりにも平助が不憫だからな」
「はは、違ぇねえ」
結局、忘年会がお開きになっても平助君が目を覚ますことはなかった。
「せっかく千鶴に膝枕してもらっておきながら、こいつ一切覚えてねえんじゃねぇの?」
平助君を背負った原田さんが笑う。
「けどよ、すっげえ幸せそうな顔してるぜ……潜在意識で、ちゃんとわかってんじゃねぇのか?」
永倉さんが平助君の頬をつねる。
「んにゃ……いてぇって……千鶴……」
もぞもぞと首を動かした平助君の寝言に、原田さんと永倉さんは顔を見合わせて爆笑した。
私は……ひたすら気恥ずかしかった。
翌日は、土曜日で会社は休み。
お昼過ぎに平助君がうちを訪ねてきて、昨夜のことを土下座せんばかりの勢いで謝られた。
(平助君ずっと眠ってたから、覚えてないと思うんだけど(笑))
私の部屋で、カフェオレをひとくち飲んでから、平助君はカップを置いて姿勢を正した。
「千鶴……あのさ、初詣一緒に行かねぇか?」
「え?私とでいいの?平助君、確かいつも、原田さんとか永倉さんと一緒に行ってるよね……あ!」
「どうかしたか?」
―――『平助君本人に聞け』って言われてたこと……
どうしよう、聞いてみようかな……
ちらっと目を上げれば、彼は真剣な顔で私を見ている。
―――まあ、いっか。
平助君が必要だと思えば、その時に彼から話してくれるよね、きっと。
「あのね、平助君。ひとつお願いしたいことがあるんだけど」
「ん?」
「平助君のお母さんに、振袖の着付けお願いできないかな」
「お、千鶴、振袖着んの!?」
彼は身を乗り出した。
「うちのおふくろだったら、バッチリオッケーに決まってるって。きっと、大はりきりだぜ!あ、あと…… あのさ……もしよかったら、千鶴も一緒にオレの家で年越ししねえ?」
「え!?それは…私としては嬉しいけど……一人で除夜の鐘聞くのって、寂しいから。でも……家族水入らずのところ、申し訳ないよ」
「んなことねぇって。みんな千鶴が来てくれたら、絶対ぇ喜ぶし。それにさ……」
平助君は、顔を赤く染めると目をそらして言い淀んだ。
「それに……なあに?」
まっすぐ彼の顔を見つめる。
平助君は、小さく息を吐くと、覚悟を決めたように顔を上げた。
「もし、オレたちが……その……け……結婚したら……千鶴だって、家族だろ?」
子供の頃から、幼なじみとしての距離を保ちながら、一緒に時を刻んできた私たち。
大人になって、愛する気持ちを知って、お互いに一歩ずつ歩み寄って……
「平助君、私をお嫁さんにしてくれるの?」
「えっ!ほんとにいいのか!?……っと……悪ぃ……」
うなずいた私に、彼は顔を輝かせたと思ったら頭を抱え、申し訳なさそうに言う。
「こんな大事なこと……ちゃんと指輪も用意して、きちんと話したかったのにな」
「ううん、形なんか関係ないよ。私たちの気持ちが何より大切だもの」
「千鶴……絶対ぇ幸せにするからな」
「私も、平助君を幸せにするね」
微笑み合って、どちらからともなくかわす口付け。
来年の今頃、私は藤堂千鶴になっているのかな…
平助君の唇の熱を感じながら、私はそんなふうに思いを巡らせるのだった。
*
一歩ずつ君のそばに
これだけの人数の社員が一堂に会する機会は、そうそうない。
まるで合コンのようなノリのお方も、中にはいそうな気配……(永倉さんとか永倉さんとか永倉さんとか。おっと失礼!)
そんな中、私の目はある人物を絶えず追っている。
幼なじみの平助君。
誰にでも優しく、快活な彼は、はっきり言って昔からモテる。
本人は、“みんな友達”(というか今は同僚?)だという位置付けで接してるらしいけれど… …
こういうチャンスに少しでも憧れの人の近くに、と思うのは誰でも同じらしく、各部署の女の子たちが、互いを牽制しつつ平助君の所にお酌しに行く。
けれど、原田さんと永倉さんが、頑として平助君の隣を譲らないため、皆さん早々に諦めて退散しているようだ。
私もそこに突入して、平助君の隣の席を勝ち取りたいのはやまやまなのだが……
伊東さんと、市内の美味しいケーキ屋さん談義に花を咲かせているため、それを放り出すわけにはいかない。
それでも、やはり気になって、ハラハラしながら、時折平助君の様子をチラッと眺める。
あ、飲みすぎたのかな?テーブルに突っ伏してる。
うわ、原田さんと目が合った。
平助君のこと見てるってバレちゃったかな……と思ったその時。
原田さんは、意味ありげに笑うと片目を瞑ってみせた。
私の視線をたどった伊東さんが、小さく笑った。
「あらあら、藤堂君ったら、すっかりつぶれてしまったのね」
「原田さんと永倉さんは、まだまだ大丈夫そうですね」
ことさら平助君の話題に触れないよう返事をすると、伊東さんは、これまた意味ありげに私を見た。
「そろそろ、君にお呼びがかかるのじゃなくて?」
「お呼び?……ですか??」
なんのことやら?と首をひねっていると、原田さんがこちらに歩いてきた。
「伊東さん、お話中のとこ悪ぃな。千鶴、平助がつぶれちまってよ、面倒みてやってくれねぇか?」
「面倒って……寝ちゃってるんですよね?」
「ああ。それがな……あいつ、寝言でおまえの名前をぶつぶつ呟いてやがんだ」
「…………」
答えに窮した私の肩を、伊東さんがバンバンとたたいた。
「ほほほ……寝言で名前を呼ぶなんて、藤堂君たら一体どんな夢を見ているのかしら。雪村君、そういうのを『女冥利に尽きる』っていうのよ」
「そ……そういうものでしょうか?」
「ほら、早く行っておあげなさいな。膝枕なんかよろしいんじゃなくて?」
「伊東さん、あんたもたまにはいいこと言うな」
原田さんまで、ニコニコと伊東さんに同意している。
膝枕……
いくらお酒の席だからって、みんなの目に触れるこの場で、膝枕……!?
「さて」
伊東さんが立ち上がった。
「ようやく土方君がフリーになったようですわね。私は、土方君と美味しくお酒をいただきながら、社の今後の展開について語り合うことにいたしますわ」
いそいそと席を立つ伊東さんに会釈をして、ふぅと息を吐いたら、原田さんと目が合った。
「千鶴……悪いが、頼めるか?」
そんな風に言われてしまえば、断れるはずもない。
原田さんについて平助君のそばに行ったら「おう、千鶴ちゃん!よく来てくれたな」と永倉さんが迎えてくれた。
「おい、平助起きろ!千鶴ちゃんだぞ」
永倉さんが平助君を揺さぶる。
「んあ……?千鶴…………?」
「ほれ、平助。せっかくだから千鶴に膝枕してもらえよ」
「くぅ~っうらやましいぜ!平助、おまえがボヤボヤしてんなら、俺が千鶴ちゃんの膝、独占しちまうぞ!?」
原田さんと永倉さんが、代わる代わる平助君を突っつく。
平助君が一瞬パチッと目を開いた。
「大事な千鶴の膝、新八っつぁんなんかに譲ってたまるかっての」
そう言うと、私の膝にパタンと倒れ込み、頭をあずけて猫のように丸まった。
「お、“大事”ときたか」
原田さんが満足そうな笑みを浮かべた。
「ほら平助、言っちまえよ!」
「そうだ。こういう時でもなけりゃ、おまえは本音を吐かねぇからな」
再び二人が平助君を突っつく。
「………だめだ」
「なんでぇ……寝ちまったのか」
原田さんが顔をしかめ、永倉さんが盛大なため息をついた。
ぐっすり寝入っている平助君にデコピンして(それでも起きない!)、原田さんが私の顔を見た。
「千鶴」
「は……はいっ」
「平助のこと、任せてもいいか?」
「もちろんです……あの、ところで…先ほどお二人は、平助君に何を『言え』っておっしゃってたんですか?」
さっきから気になっていた疑問を口にすると、原田さんは平助君に一瞬視線を向けてから、柔らかく微笑んだ。
「それは、こいつが夢から覚めたら直接聞いてやってくれるか?」
続いて、永倉さんがニカッと笑う。
「それがいいな。俺らが言っちまったんじゃ、あんまりにも平助が不憫だからな」
「はは、違ぇねえ」
結局、忘年会がお開きになっても平助君が目を覚ますことはなかった。
「せっかく千鶴に膝枕してもらっておきながら、こいつ一切覚えてねえんじゃねぇの?」
平助君を背負った原田さんが笑う。
「けどよ、すっげえ幸せそうな顔してるぜ……潜在意識で、ちゃんとわかってんじゃねぇのか?」
永倉さんが平助君の頬をつねる。
「んにゃ……いてぇって……千鶴……」
もぞもぞと首を動かした平助君の寝言に、原田さんと永倉さんは顔を見合わせて爆笑した。
私は……ひたすら気恥ずかしかった。
翌日は、土曜日で会社は休み。
お昼過ぎに平助君がうちを訪ねてきて、昨夜のことを土下座せんばかりの勢いで謝られた。
(平助君ずっと眠ってたから、覚えてないと思うんだけど(笑))
私の部屋で、カフェオレをひとくち飲んでから、平助君はカップを置いて姿勢を正した。
「千鶴……あのさ、初詣一緒に行かねぇか?」
「え?私とでいいの?平助君、確かいつも、原田さんとか永倉さんと一緒に行ってるよね……あ!」
「どうかしたか?」
―――『平助君本人に聞け』って言われてたこと……
どうしよう、聞いてみようかな……
ちらっと目を上げれば、彼は真剣な顔で私を見ている。
―――まあ、いっか。
平助君が必要だと思えば、その時に彼から話してくれるよね、きっと。
「あのね、平助君。ひとつお願いしたいことがあるんだけど」
「ん?」
「平助君のお母さんに、振袖の着付けお願いできないかな」
「お、千鶴、振袖着んの!?」
彼は身を乗り出した。
「うちのおふくろだったら、バッチリオッケーに決まってるって。きっと、大はりきりだぜ!あ、あと…… あのさ……もしよかったら、千鶴も一緒にオレの家で年越ししねえ?」
「え!?それは…私としては嬉しいけど……一人で除夜の鐘聞くのって、寂しいから。でも……家族水入らずのところ、申し訳ないよ」
「んなことねぇって。みんな千鶴が来てくれたら、絶対ぇ喜ぶし。それにさ……」
平助君は、顔を赤く染めると目をそらして言い淀んだ。
「それに……なあに?」
まっすぐ彼の顔を見つめる。
平助君は、小さく息を吐くと、覚悟を決めたように顔を上げた。
「もし、オレたちが……その……け……結婚したら……千鶴だって、家族だろ?」
子供の頃から、幼なじみとしての距離を保ちながら、一緒に時を刻んできた私たち。
大人になって、愛する気持ちを知って、お互いに一歩ずつ歩み寄って……
「平助君、私をお嫁さんにしてくれるの?」
「えっ!ほんとにいいのか!?……っと……悪ぃ……」
うなずいた私に、彼は顔を輝かせたと思ったら頭を抱え、申し訳なさそうに言う。
「こんな大事なこと……ちゃんと指輪も用意して、きちんと話したかったのにな」
「ううん、形なんか関係ないよ。私たちの気持ちが何より大切だもの」
「千鶴……絶対ぇ幸せにするからな」
「私も、平助君を幸せにするね」
微笑み合って、どちらからともなくかわす口付け。
来年の今頃、私は藤堂千鶴になっているのかな…
平助君の唇の熱を感じながら、私はそんなふうに思いを巡らせるのだった。
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