土方さんの隣に行っちゃおうっと


『土方さんの隣に行っちゃおうっと』


 Sweet Sweet


直属の上司である土方さん。

仕事に厳しい彼は、みんなから“鬼の土方”なんて呼ばれ恐れられている。


けれど、彼のことを密かに慕っている女の子は、けっこう大勢いる。

何を隠そう、この私もその中の一人だ。


……が、仕事中はそんなことを考えている余裕はない。

常に緊張感を持ち、昨日より今日、今日より明日と、レベルを高めるべく自分なりにがんばって……

最近では、たまに、土方さんからお褒めやお礼の言葉を頂戴することもある。
(まだまだ怒られる方が多いけどね)

そういう時の彼は、普段からは想像できないくらいに優しい目をしていて……

散々怒られた後でも、それだけで、すべてのマイナスの感情が上書きされてしまい、幸せな気分になれるのだ。




さて。今日は待ちに待った会社の忘年会。

あわよくば土方さんの隣に……なんて期待は最初から裏切られた。

彼の席は、近藤社長の隣。

挨拶をするだけにしても、あんな上座にお邪魔するのは、やはり勇気がいるしタイミングが難しい。


……もう少し、座がくだけてからでいっか。

上司への挨拶は、皆のお酒がもうちょっとすすんでからにしよう。

そう決めた私は、自分もけっこうなペースで飲みまくった。



なんだか、ハイな気分。
鬼がなんだ、今の私には恐いものなど何もない!!



近藤さんがゲンコツを口に入れる宴会芸で、皆を沸かせている。
原田さんなど、上半身裸になっていて、そのお腹に永倉さんが油性ペンを走らせている。


土方さんは……と見れば、皆の様子を眺めながら、一人静かにグラスを口に運んでいる。



私はスックと立ち上がり、彼に歩み寄った。


沖田さんが「千鶴ちゃん、日頃の鬱憤晴らしに、土方さんに罵詈雑言浴びせちゃいなよ」とちゃかす。

それを『にへら』と受け流し、私は、土方さんの傍らにぺタンと正座した。


「土方さん、いつも大変お世話になっております」

「どうした?……千鶴おまえ、そんなに飲んで大丈夫か?」


菫色の瞳が、心配そうにこちらを見ている。

いつも彼が吸っている煙草の匂いが、やけに近くに感じられた……と思うのと同時に、私の記憶は途切れた。





目が覚めれば、宴会場の畳の上でも駅のベンチでもなく、私はベッドの上にいた。


やや痛む頭に、こめかみを押さえながら寝室らしき部屋を出れば、ソファで新聞を広げる土方さんが目に入った。

その瞬間、昨夜からの経過と自分の置かれた状況が、何となくわかってしまった。




「おう、起きたか」

「いろいろご迷惑をおかけしてしまったようで、申し訳ありません。あの……私、何か変なこと口走ったりしませんでしたか?」

「いや、大丈夫だ」


あからさまにほっとした表情を浮かべた私を、土方さんはじろりと見た。

背中を嫌な汗が流れる。



新聞をバサッと脇に置き、立ち上がって至近距離まで歩み寄ってきた土方さんは、私の真正面で足を止めた。


「けどな」

「はいぃっ」


反射的に、背筋がビシッと伸びる。
不安にひきつる顔で彼を見上げれば、鬼の上司は、口元をわずかにゆるめて仄かに笑った。


仰天して硬直する私を見下ろしながら、取り出した煙草に火を点けた土方さんは、換気扇の下に移動すると、ゆっくり紫煙を吐き、おもむろに口を開いた。

「俺だって生身の男だ。今回は我慢したが……次にこんなことがあれば、その時はどうなっても責任持てねえぞ?」

「あ~……それは……すみませんでした」


ここは、しおらしく謝るしかないよね。

彼の言葉は続く。


「何となくわかっちゃいたが……ようやく、おまえの本音も聞けたしな」

「な……本音?って……やっぱり私、失礼なこと言ってしまったんじゃ……」

「あれを忘れたってんなら、そりゃあ確かに失礼かもしれねえな」

「えぇっ!?」



何時間か前の私……一体土方さんに、何を言ったの!?



焦りまくる私をよそに、彼は淡々と語る。


「公衆の面前で、おまえがわざわざ抱きついてきてくれたんだ。いくら酔っ払いだからって……いや、酔ってるからこそ、むざむざ他の男にお持ち帰りなんざさせる訳にはいかなかったからな」

「だ……抱きついた……!?」

「ああ、それも覚えてないのか?総司の野郎が、おまえのこと送るなんつってたから、それは阻止して、俺が連れてきた」



ひいぃ~なにやってんの!?私ってばーー!!!


一気に、顔に熱が集まる。
なんだかもう、身を縮めて固まっていることしか出来ない。



土方さんは再びフーッと煙を吐き出した。

「酒が入って、抑え込んでた本当の気持ちってやつが解放されちまったんだろう」



大事にしまいこんできた想いが、一夜のうちにバレました。
しかも、きちんと告白したとかではなく、お酒の席で醜態をさらした上でって……


悲しくなって、ますます私はうなだれた。



酔っぱらった部下に想いを告げられた(のであろう)彼は、クスリと笑うと独り言を呟くように言った。

「そのおかげで、俺もてめぇの気持ちに正直になろうかって思えたんだ。そう落ち込むこともねえだろう」

「正直な気持ち……ですか?」


顔を上げれば、穏やかな瞳が私を見つめていた。


「ま、今までも、俺の愛はたっぷり伝えてきてたけどな」

「……?」

「仕事という名の愛を、おまえには特別深く注いでるつもりだが」

「なるほど……いわゆる愛の鞭……ってやつですね」



――馬鹿な子ほどかわいい――……ちょっと違うかな?

なんにしても、あの怒りっぷりを『愛』とか言われてもねぇ……



思わず吹き出してしまった私を、土方さんは咎めるでもなくじっと見ていた。

逆に怖い……



咳払いして姿勢を正したら、彼は灰皿で煙草をもみ消した。


「時間切れだ」

「え?」

「責任持てねぇって言ったはずだ」



あれ?確か『次にこんなことがあれば』っておっしゃいませんでしたか??



「…………ちょ、ちょっと待って……」
「いや、もう待てねぇ」



嗅ぎ慣れた煙草の匂いが、私を包んだ。




飴と鞭と……

今までは、圧倒的に“鞭”ばかりもらってたけど、これからは“飴”の比率が大きくなりそう。


そう、今日みたいに……。



鬼の土方さんが、私の前で初めて見せてくれた恋愛モードの表情は、どんな飴よりも甘いものだった。

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