Solitaire〜最終夜〜
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
千鶴がシャワーを終え蛇口をキュッとしめたのとほぼ同時に、バスルームの扉が開いた。
「あ!すみません、原田さんお疲れなのに、お待たせしてしまって……すぐに出ますから……わっ!?きゃああ、原田さん!?」
衣服を身につけたままの原田は、全裸の千鶴に歩み寄ると、彼女を強く抱きしめた。
そして、硬直したように固まっている千鶴の耳元でつぶやく。
「ごめんな、おまえがここにいるって思ったら、なんだかじっとしてらんなくてよ」
「………………」
「近頃の俺ときたら、千鶴……おまえを抱くことばっかり夢想しちまって……。店でおまえの顔を見る度に、申し訳ないやら後ろめたいやら……でな」
完全にフリーズ状態の千鶴は、いつぞやの、ぼんやりと雑誌を眺めていた原田の姿を思い出した。
「こんな、余裕のねえ俺は、嫌いか?」
ため息まじりに問いかける原田に、千鶴は声を絞り出すように答える。
「そんな訳ありません……私の方こそ余裕なんて全くなくて……。いつも、原田さんを見かけるたびにドキドキしちゃって……今日だってずっと、心臓がどうにかなりそうでした」
原田は、胸に抱えた千鶴の頭を体から離すと、彼女の頬を両手で包み、そっと口付けた。
角度を変えては何度も繰り返される口付けに、千鶴の体から力が抜けた。
よろけた千鶴を抱き止め、唇を離した原田は「大丈夫か?」と彼女の顔を覗き込む。
原田に体重をあずけた千鶴は、彼の胸にしがみついた。
「力が……入りません」
小さな笑みをこぼした原田は、千鶴の濡れた髪を撫でながら目を細める。
「なんなら、このままベッドまで運んでやろうか?」
「!!?」
千鶴は慌てて飛び退くように体を離した……つもりが、そこは変わらず、原田の腕の中だった。
「いえっ!だ……大丈夫です、自分で歩けます」
「そうか?」
さっき『余裕がない』なんて言っていたわりに、余裕たっぷりに見える原田を前に、千鶴はコクコクとうなずくことしか出来なかった。
「本当はもう、抑えられねえ……けど、こんなとこじゃ嫌だろ?ベッドまで何とか我慢するからよ。先に部屋に行っててくれ」
「…………はい」
目を合わさず、逃げるようにバスルームを後にした千鶴は、原田に借りたダブダブのTシャツに、下着は仕方ないよね……と今日一日身につけていたものを再び着用し、頭からタオルを被ってリビングに駆け込んだ。
シャワーをすませた原田がリビングのドアを開けると、真っ黒なテレビ画面に向かって膝を抱える千鶴の後ろ姿が目に入った。
「千鶴」
傍らにしゃがみこんで肩に手を置くと、泣き出しそうな瞳で振り向いた彼女と目が合った。
「ん?どうかしたか?」
またテレビの方を向いてしまった千鶴に優しく声をかければ、ポツリポツリとつぶやくような言葉が返ってくる。
「あの……なんで自分が今ここにいるのか、混乱しちゃって……。あんまりにも急なことでしたので……」
「好きな男と流星群デート、今からその仕上げだろ?」
「仕上げ……ですか?眠くて仕方ない時には、すぐに寝た方がいいですよ」
「眠気なんぞ吹っ飛んじまった」
「?そうなんですか?」
再び振り返った千鶴の訝しげな視線に原田が微笑みを返すと、一瞬考え込んだ後に彼女は声を上げた。
「………………え?……あ……もしかして……最初からそのつもりだったんですか!?……きゃっ」
*
立ち上がろうとした千鶴を、原田がすがるように抱き止める。
バランスを崩して床に両手をついた千鶴の上に、切羽つまった声が降ってきた。
「悪ぃ……もう、おまえのこと指をくわえて見てるだけ、なんざ無理だ。今すぐにでも奪っちまいてぇって衝動ばっかで……けっこうきつかったんだぜ?」
「あの……私……」
言葉が見つからず口ごもる千鶴をそっと包み込み、その耳元でささやく。
「初めて会った時、一瞬で好きになっちまった。一目惚れってやつだ」
身動ぎせず腕の中に収まっている彼女に、原田は続ける。
「俺が流れ星にかけた願いは、千鶴を自分のものにするってことだったんだ……真剣に願ったんだぜ」
淡く笑ってから、原田は立ち上がり、後ずさる千鶴を抱き上げた。
「ちょっ……原田さん!?」
戸惑う千鶴に構わず、彼は無言のままスタスタと歩き出すと、寝室のベッドに千鶴を横たえた。
起き上がろうとする千鶴の両肩を押さえ、顔を覗き込む。
「ここんとこ、おまえに会えなくて……こりゃあ嫌われちまったな、と思って落ち込みまくってたんだ」
「……すみません……」
射抜くような琥珀色の瞳が、妖しい光を帯びる。
「お互い好き合ってるってわかったんだ、二度と俺の前からいなくなったりしねえように、千鶴が俺のもんだって印をつけとかねえとな」
「印って……あぁっ!や……原田さ……ん!?」
覆い被さって首筋に顔をうずめ、Tシャツの裾を捲り上げる原田の下で、千鶴は必死に身を捩る。
「だめですっ!!こんな展開、私にはついていけません、無理ですっっ!!!」
転がるようにベッドから下りると、シャツの裾を思いきり引っ張ってペタンと床に座り込む。
「……嫌なことはしないって、言ったじゃないですか」
つぶやく千鶴の背後に回り、後ろからふんわりと抱きしめると、原田は彼女の耳元に唇を寄せた。
「大丈夫だ……俺に身を任せろ。古今東西、男と女が愛し合うのは自然なことだろ?無理なんかじゃねぇさ」
「でもっ!…………不安なんです」
消え入りそうな声をこぼす千鶴の頭をそっと撫で、彼女の正面に向き合って座り直した原田が、静かに言う。
「千鶴……おまえは、俺のことだけ考えてりゃあいい。不安なんて、俺が全部消してやる」
その言葉が終わらないうちに、千鶴は首を左右にゆるく振った。
「たとえ、今はそれでよくても……これ以上好きになってしまったら……」
原田を見上げた彼女の顔が、つらそうにゆがむ。
「やっぱり夢だった……なんて独りぼっちに戻るくらいなら、最初から深入りしたくないんです」
顔をそらした千鶴の頬を両手で固定して前を向かせ、原田はまっすぐに彼女の目を見る。
「言ったはずだ、おまえのことしか考えられなくて、俺はもう、これっぽっちも余裕がねえんだ」
「でも…………」
小さなため息をもらした原田は、ふっと寂しそうな笑みを浮かべた。
「それとも……俺とそういうふうになるのが、嫌なのか?」
切なげな声に、千鶴は目を伏せる。
「……嫌……じゃないです……」
返す言葉の代わりに、千鶴の額に、優しいキスが落とされる。
立ち上がった原田が差しのべた手を、千鶴がはにかみながら取った。
その手をグイと引き寄せ、ずっと望んでいた温もりを腕の中に収めた原田は、穏やかに微笑むと、彼女を抱いたままベッドに倒れ込んだ。
男物のTシャツをあっという間に脱がされた千鶴は身を強ばらせたが、原田は難なく彼女の下着も剥ぎ取る。
「千鶴……絶対手放してなんざやらねぇからな、覚悟しとけよ?」
「は、原田さん……なんか怖いです……んんっ」
千鶴の言葉を遮った原田の唇が、首筋から鎖骨へ、さらに下へと口付けの熱を広げていく。
二人が互いの体温を感じながら愛し合う夜、空には、たくさんの星が流れていた。
*
一夜が開けた。
カーテンのすき間から差し込む光に、千鶴が目を瞬かせる。
「……?」
目覚めた視界に入ってくるのは、いつもとは異なる風景。
「あれ……そういえば、私……きゃっ」
起き上がろうとすれば、背中から抱き締められ再びベッドに沈み込む。
「千鶴……もう少しこうしてようぜ……」
まだ眠そうな、そしてちょっぴり甘えたような声が、うなじをくすぐる。
その温度が、昨晩の出来事を脳裏によみがえらせる。
熱くなった頬を両手で押さえながら、千鶴は背中ごしに声をかけた。
「あの……原田さん、おはようございます」
「ああ、おはよ……!!」
言いかけてから、急に何かを思い出したように、原田がガバッと起き上がった。
驚いた千鶴も、続いて体を起こす。
原田と目が合った彼女は、自分が何も身にまとっていないことに、はたと気付いた。
「あ……あの……」
体を隠すものを探しているのか、おたおたと視線をさ迷わせていた千鶴は、発見した枕を、慌てて胸の前に抱いた。
彼女の一連の仕草をじっと眺めていた原田は、枕を抱えて「ふう」と一息ついている千鶴に笑みを向け、頭をクシャッと撫でた。
「千鶴……おまえと『おはよう』って挨拶すんのは、初めてなんだよな」
感慨深げな原田に、千鶴も顔を綻ばせる。
「そういえば、そうですね。いつもお会いするのは夜でしたから」
改めて朝の挨拶をかわし、一呼吸置いて原田が口を開く。
「夕べから考えてたんだがな……指輪をはめていようと思うんだ」
「指輪……ですか?」
「ああ。左手の薬指にな。そうすれば、俺を取り囲むお客さんもいなくなるだろう」
突然の原田の提案に不思議そうな顔をしていた千鶴だったが、その理由を知って眉を下げた。
「それじゃ、お客さんが減ってしまいませんか?私は……原田さんが女性にもてるのは、別に気にしませんが」
「んーなんてぇかな……純粋に星に興味のあるお客さんに、来てほしいんだよな。俺に、じゃなくて」
そう言われてしまえば、返す言葉は見つからない。
黙って原田を見つめる千鶴に、彼はいたずらっぽく微笑んでみせた。
「千鶴、おまえもだぞ」
「私も?……って、何がでしょうか」
「指輪だ、ゆ・び・わ。源さんの店に行ったら、一緒に宝飾品フロア覗いてみようぜ」
「ご自分のお店で売上に貢献しなくていいんですか?」
「……知ったとこじゃあ気恥ずかしいしな……それに、手近で済ましたみてえで、俺としちゃ納得いかねぇんだ」
「女心ならぬ、男心でしょうか」
ふふ、と微笑んだ千鶴の唇を、原田が指でなぞる。
「なんたって、二人の歴史の中で最初の贈り物だからな」
男としちゃあ、気合いが入るもんなんだぜ、と続ける原田に、千鶴が真剣な瞳を向けた。
「原田さん、お願いがあります」
「ん?なんだ?」
「私の頬を思いっきりつねってください」
千鶴の意図が何となくわかってしまった原田は、彼女の頬に右手を伸ばした。
「わかった、こうか?」
「…………痛くない……やっぱり、夢なんですね」
真面目にしょんぼりする千鶴に、原田はククッと笑う。
「そんな訳ねぇだろ?それに……」
原田に両肩をつかまれ、千鶴はそのままベッドに押し倒された。
抱えていた枕は、取り上げられ床に放り出された。
琥珀色の瞳が、彼女を見下ろす。
「ずっと望んでたもんを……千鶴を、やっと俺のものにできたんだ。夢なんかであって、たまるもんか」
「原田さん……」
「そうだ。これならどうだ?」
細められた原田の瞳が妖しく光った。
そのことに千鶴が気付いたのと同時に、彼女の体中を電流のような刺激が走った。
「んっ……やっ……あぁ……」
千鶴の胸の頂を摘まんでいた原田が、大きく息を吐いた。
「朝っぱらから悪ぃとは思うけどな……千鶴、おまえがかわいすぎるのがいけねぇんだぜ?」
「!!!」
午後になり、着替えのため千鶴の住まいを経由して、井上の勤務する薄桜デパートに出かけた二人。
ひとつ目の目的であるペアリングを選んでから、最上階へと向かう。
人混みの中を歩きながら「腰が痛いです……」と半泣きの千鶴。
その原因である原田は、プラネタリウムの案内表示を見つけると、いとおしげな眼差しを彼女に注ぎ、つないだ手をしっかり握り直した。
・ ・ ・ fin.
*
「あ!すみません、原田さんお疲れなのに、お待たせしてしまって……すぐに出ますから……わっ!?きゃああ、原田さん!?」
衣服を身につけたままの原田は、全裸の千鶴に歩み寄ると、彼女を強く抱きしめた。
そして、硬直したように固まっている千鶴の耳元でつぶやく。
「ごめんな、おまえがここにいるって思ったら、なんだかじっとしてらんなくてよ」
「………………」
「近頃の俺ときたら、千鶴……おまえを抱くことばっかり夢想しちまって……。店でおまえの顔を見る度に、申し訳ないやら後ろめたいやら……でな」
完全にフリーズ状態の千鶴は、いつぞやの、ぼんやりと雑誌を眺めていた原田の姿を思い出した。
「こんな、余裕のねえ俺は、嫌いか?」
ため息まじりに問いかける原田に、千鶴は声を絞り出すように答える。
「そんな訳ありません……私の方こそ余裕なんて全くなくて……。いつも、原田さんを見かけるたびにドキドキしちゃって……今日だってずっと、心臓がどうにかなりそうでした」
原田は、胸に抱えた千鶴の頭を体から離すと、彼女の頬を両手で包み、そっと口付けた。
角度を変えては何度も繰り返される口付けに、千鶴の体から力が抜けた。
よろけた千鶴を抱き止め、唇を離した原田は「大丈夫か?」と彼女の顔を覗き込む。
原田に体重をあずけた千鶴は、彼の胸にしがみついた。
「力が……入りません」
小さな笑みをこぼした原田は、千鶴の濡れた髪を撫でながら目を細める。
「なんなら、このままベッドまで運んでやろうか?」
「!!?」
千鶴は慌てて飛び退くように体を離した……つもりが、そこは変わらず、原田の腕の中だった。
「いえっ!だ……大丈夫です、自分で歩けます」
「そうか?」
さっき『余裕がない』なんて言っていたわりに、余裕たっぷりに見える原田を前に、千鶴はコクコクとうなずくことしか出来なかった。
「本当はもう、抑えられねえ……けど、こんなとこじゃ嫌だろ?ベッドまで何とか我慢するからよ。先に部屋に行っててくれ」
「…………はい」
目を合わさず、逃げるようにバスルームを後にした千鶴は、原田に借りたダブダブのTシャツに、下着は仕方ないよね……と今日一日身につけていたものを再び着用し、頭からタオルを被ってリビングに駆け込んだ。
シャワーをすませた原田がリビングのドアを開けると、真っ黒なテレビ画面に向かって膝を抱える千鶴の後ろ姿が目に入った。
「千鶴」
傍らにしゃがみこんで肩に手を置くと、泣き出しそうな瞳で振り向いた彼女と目が合った。
「ん?どうかしたか?」
またテレビの方を向いてしまった千鶴に優しく声をかければ、ポツリポツリとつぶやくような言葉が返ってくる。
「あの……なんで自分が今ここにいるのか、混乱しちゃって……。あんまりにも急なことでしたので……」
「好きな男と流星群デート、今からその仕上げだろ?」
「仕上げ……ですか?眠くて仕方ない時には、すぐに寝た方がいいですよ」
「眠気なんぞ吹っ飛んじまった」
「?そうなんですか?」
再び振り返った千鶴の訝しげな視線に原田が微笑みを返すと、一瞬考え込んだ後に彼女は声を上げた。
「………………え?……あ……もしかして……最初からそのつもりだったんですか!?……きゃっ」
*
立ち上がろうとした千鶴を、原田がすがるように抱き止める。
バランスを崩して床に両手をついた千鶴の上に、切羽つまった声が降ってきた。
「悪ぃ……もう、おまえのこと指をくわえて見てるだけ、なんざ無理だ。今すぐにでも奪っちまいてぇって衝動ばっかで……けっこうきつかったんだぜ?」
「あの……私……」
言葉が見つからず口ごもる千鶴をそっと包み込み、その耳元でささやく。
「初めて会った時、一瞬で好きになっちまった。一目惚れってやつだ」
身動ぎせず腕の中に収まっている彼女に、原田は続ける。
「俺が流れ星にかけた願いは、千鶴を自分のものにするってことだったんだ……真剣に願ったんだぜ」
淡く笑ってから、原田は立ち上がり、後ずさる千鶴を抱き上げた。
「ちょっ……原田さん!?」
戸惑う千鶴に構わず、彼は無言のままスタスタと歩き出すと、寝室のベッドに千鶴を横たえた。
起き上がろうとする千鶴の両肩を押さえ、顔を覗き込む。
「ここんとこ、おまえに会えなくて……こりゃあ嫌われちまったな、と思って落ち込みまくってたんだ」
「……すみません……」
射抜くような琥珀色の瞳が、妖しい光を帯びる。
「お互い好き合ってるってわかったんだ、二度と俺の前からいなくなったりしねえように、千鶴が俺のもんだって印をつけとかねえとな」
「印って……あぁっ!や……原田さ……ん!?」
覆い被さって首筋に顔をうずめ、Tシャツの裾を捲り上げる原田の下で、千鶴は必死に身を捩る。
「だめですっ!!こんな展開、私にはついていけません、無理ですっっ!!!」
転がるようにベッドから下りると、シャツの裾を思いきり引っ張ってペタンと床に座り込む。
「……嫌なことはしないって、言ったじゃないですか」
つぶやく千鶴の背後に回り、後ろからふんわりと抱きしめると、原田は彼女の耳元に唇を寄せた。
「大丈夫だ……俺に身を任せろ。古今東西、男と女が愛し合うのは自然なことだろ?無理なんかじゃねぇさ」
「でもっ!…………不安なんです」
消え入りそうな声をこぼす千鶴の頭をそっと撫で、彼女の正面に向き合って座り直した原田が、静かに言う。
「千鶴……おまえは、俺のことだけ考えてりゃあいい。不安なんて、俺が全部消してやる」
その言葉が終わらないうちに、千鶴は首を左右にゆるく振った。
「たとえ、今はそれでよくても……これ以上好きになってしまったら……」
原田を見上げた彼女の顔が、つらそうにゆがむ。
「やっぱり夢だった……なんて独りぼっちに戻るくらいなら、最初から深入りしたくないんです」
顔をそらした千鶴の頬を両手で固定して前を向かせ、原田はまっすぐに彼女の目を見る。
「言ったはずだ、おまえのことしか考えられなくて、俺はもう、これっぽっちも余裕がねえんだ」
「でも…………」
小さなため息をもらした原田は、ふっと寂しそうな笑みを浮かべた。
「それとも……俺とそういうふうになるのが、嫌なのか?」
切なげな声に、千鶴は目を伏せる。
「……嫌……じゃないです……」
返す言葉の代わりに、千鶴の額に、優しいキスが落とされる。
立ち上がった原田が差しのべた手を、千鶴がはにかみながら取った。
その手をグイと引き寄せ、ずっと望んでいた温もりを腕の中に収めた原田は、穏やかに微笑むと、彼女を抱いたままベッドに倒れ込んだ。
男物のTシャツをあっという間に脱がされた千鶴は身を強ばらせたが、原田は難なく彼女の下着も剥ぎ取る。
「千鶴……絶対手放してなんざやらねぇからな、覚悟しとけよ?」
「は、原田さん……なんか怖いです……んんっ」
千鶴の言葉を遮った原田の唇が、首筋から鎖骨へ、さらに下へと口付けの熱を広げていく。
二人が互いの体温を感じながら愛し合う夜、空には、たくさんの星が流れていた。
*
一夜が開けた。
カーテンのすき間から差し込む光に、千鶴が目を瞬かせる。
「……?」
目覚めた視界に入ってくるのは、いつもとは異なる風景。
「あれ……そういえば、私……きゃっ」
起き上がろうとすれば、背中から抱き締められ再びベッドに沈み込む。
「千鶴……もう少しこうしてようぜ……」
まだ眠そうな、そしてちょっぴり甘えたような声が、うなじをくすぐる。
その温度が、昨晩の出来事を脳裏によみがえらせる。
熱くなった頬を両手で押さえながら、千鶴は背中ごしに声をかけた。
「あの……原田さん、おはようございます」
「ああ、おはよ……!!」
言いかけてから、急に何かを思い出したように、原田がガバッと起き上がった。
驚いた千鶴も、続いて体を起こす。
原田と目が合った彼女は、自分が何も身にまとっていないことに、はたと気付いた。
「あ……あの……」
体を隠すものを探しているのか、おたおたと視線をさ迷わせていた千鶴は、発見した枕を、慌てて胸の前に抱いた。
彼女の一連の仕草をじっと眺めていた原田は、枕を抱えて「ふう」と一息ついている千鶴に笑みを向け、頭をクシャッと撫でた。
「千鶴……おまえと『おはよう』って挨拶すんのは、初めてなんだよな」
感慨深げな原田に、千鶴も顔を綻ばせる。
「そういえば、そうですね。いつもお会いするのは夜でしたから」
改めて朝の挨拶をかわし、一呼吸置いて原田が口を開く。
「夕べから考えてたんだがな……指輪をはめていようと思うんだ」
「指輪……ですか?」
「ああ。左手の薬指にな。そうすれば、俺を取り囲むお客さんもいなくなるだろう」
突然の原田の提案に不思議そうな顔をしていた千鶴だったが、その理由を知って眉を下げた。
「それじゃ、お客さんが減ってしまいませんか?私は……原田さんが女性にもてるのは、別に気にしませんが」
「んーなんてぇかな……純粋に星に興味のあるお客さんに、来てほしいんだよな。俺に、じゃなくて」
そう言われてしまえば、返す言葉は見つからない。
黙って原田を見つめる千鶴に、彼はいたずらっぽく微笑んでみせた。
「千鶴、おまえもだぞ」
「私も?……って、何がでしょうか」
「指輪だ、ゆ・び・わ。源さんの店に行ったら、一緒に宝飾品フロア覗いてみようぜ」
「ご自分のお店で売上に貢献しなくていいんですか?」
「……知ったとこじゃあ気恥ずかしいしな……それに、手近で済ましたみてえで、俺としちゃ納得いかねぇんだ」
「女心ならぬ、男心でしょうか」
ふふ、と微笑んだ千鶴の唇を、原田が指でなぞる。
「なんたって、二人の歴史の中で最初の贈り物だからな」
男としちゃあ、気合いが入るもんなんだぜ、と続ける原田に、千鶴が真剣な瞳を向けた。
「原田さん、お願いがあります」
「ん?なんだ?」
「私の頬を思いっきりつねってください」
千鶴の意図が何となくわかってしまった原田は、彼女の頬に右手を伸ばした。
「わかった、こうか?」
「…………痛くない……やっぱり、夢なんですね」
真面目にしょんぼりする千鶴に、原田はククッと笑う。
「そんな訳ねぇだろ?それに……」
原田に両肩をつかまれ、千鶴はそのままベッドに押し倒された。
抱えていた枕は、取り上げられ床に放り出された。
琥珀色の瞳が、彼女を見下ろす。
「ずっと望んでたもんを……千鶴を、やっと俺のものにできたんだ。夢なんかであって、たまるもんか」
「原田さん……」
「そうだ。これならどうだ?」
細められた原田の瞳が妖しく光った。
そのことに千鶴が気付いたのと同時に、彼女の体中を電流のような刺激が走った。
「んっ……やっ……あぁ……」
千鶴の胸の頂を摘まんでいた原田が、大きく息を吐いた。
「朝っぱらから悪ぃとは思うけどな……千鶴、おまえがかわいすぎるのがいけねぇんだぜ?」
「!!!」
午後になり、着替えのため千鶴の住まいを経由して、井上の勤務する薄桜デパートに出かけた二人。
ひとつ目の目的であるペアリングを選んでから、最上階へと向かう。
人混みの中を歩きながら「腰が痛いです……」と半泣きの千鶴。
その原因である原田は、プラネタリウムの案内表示を見つけると、いとおしげな眼差しを彼女に注ぎ、つないだ手をしっかり握り直した。
・ ・ ・ fin.
*
1/1ページ