星結び
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* * *
新八、梅、そして原田の三人は、薄桜デパートに同期入社した仲間だった。
何故かやけに気が合い、このメンバーで仕事帰りに飲みに行ったり食事をする機会も多かった。
そのうち、互いを意識し始めた新八と梅に、原田がいち早く気付いた。
当の新八は、自分の感情を仲間意識と思い込んでいた節があったのだろう。
原田が気を利かせて遠慮しようとしても
「左之、付き合い悪ぃこと言ってんじゃねぇよ!俺ら三人、薄桜デパート花の同期組だろ!?」
原田と梅の肩を背後から抱えて、居酒屋に向かう始末。
(原田と梅では身長差があるため、三人とも、かなり歩きづらい体勢だったに違いない)
「新八、おまえなぁ……」
「ん?どうした、左之。おごってくれるってんなら、大歓迎だぜ?」
「ドンマイ、原田君」
額に手を当てため息をつく原田に、梅がすまなそうに苦笑いを浮かべる。
そんな光景が、皆で出かけるたび繰り返されたものだった。
しかし、原田の陰ながらの応援(実はわかりやすいものであったのだが、当の新八はまったくもって気づいていなかったようだ)の甲斐あって、少しずつ二人の距離は近くなり……
原田に背中を押された梅の、決死の告白が敢行された。
だが、何をどう解釈したのか、新八の返事は、原田と梅をズッコケさせるに充分なものであった。
「ありがとうよ、梅ちゃん。俺ら三人、ずっと仲間だからな」
「…………」
梅に首尾を尋ねた原田は、新八のあまりの鈍さに呆れ果てた。
いや、実際は、三人の関係を壊したくない新八の、無意識のうちの防御反応であったのかもしれないが。
「新八。おまえがいつまでも自分の気持ちに気付かねぇふりしてんなら、梅は俺がもらっちまうぜ?」
ついに、業を煮やした原田が爆弾発言を投下。
新八もようやく、自分の置かれた状況と、己れの気持ちを直視することとなった。
めでたく、新八と梅の関係は“恋人”へと進展し、三人で過ごす時間もだんだんと減っていった。
入社二年目の夏、体調を崩し「夏バテかしら?」なんてぼやいていた梅の妊娠が判明。
「梅ちゃん!俺が二人分、いや、それ以上に稼ぐ。そのうち、庭付きの一戸建てだって、手に入れてみせる。だから……梅ちゃんは、腹ん中の子を大事に、丈夫に育てることに専念しちゃくれねぇか?」
梅の身体を心配しまくった延長線上での、新八のプロポーズ。
これを受け入れ、笑顔でうなずいた梅は、退職を決めた。
ほどなく、近しい人たちを招いての本当にささやかな結婚式を挙げ、桜の季節に、元気な男の子を授かった。
季節がひと巡りしてから、梅のお腹には新たな命が宿り、冬の終わりに女の子が誕生して、今に至る。
* * *
「もしかしたらさ、原田君……井上さんに、仲人さんお願いしちゃったりなんかして」
「お、そういやそうだな。あいつはああ見えて、意外とその辺大切にしそうだよな」
わかるわかる、とうなずく新八に、梅が続ける。
「今時って、仲人さん立てない人の方が多いみたいだし、私たちもそうだったけど……でも、原田君って意外とそういう所、古風なんじゃないかと思うのよね」
「確かに、そういうやつだよな。あ~~みんなで盛大に祝ってやりてぇな……あ、でも、まだ付き合ってるって訳じゃねえんだったな」
「大丈夫、時間の問題よ。原田君と千鶴ちゃんかぁ……なんだか、こっちまで幸せな気持ちになっちゃうわよね」
*
すっかり寝る支度を整え、居間でテレビを見ていたはずの子供たちが駆け寄ってくる。
バラエティの特番が終わったらしい。
「お父さん、みんなで見るものって、なあに?」 「見せて見せて!」
「わかったわかった……梅ちゃん、すまねぇが、先にこっちに付き合ってもらえるか?」
「オッケー!片付けは、あと新八の分だけだから大丈夫。で……“みんなで見たいもの”って、何かしら?」
「それはだな……ジャ~ン……これだ!」
薄桜デパートの紙袋から新八が得意そうに取り出したのは、おもちゃのプラネタリウムだった。
おもちゃといっても結構本格的で、近頃静かなブームになっているものであることは、梅も何かで読んで知っていた。
「うわあ、すっげえ!!」 「早く!早く見ようよ!!」
大喜びの子供たちに、新八が頬をゆるめる。
「左之のプラネタリウム、チビたちにもみせてやりてぇなあ~、けど、時間が遅いしな~なんて話をしたら、家庭用のがあるって教えてくれたんだ」
夫婦の寝室のダブルベッドに、親子四人が川(正確にはプラス一本)の字になって寝ころぶ。
サイドテーブルに置いた真ん丸い機械から映し出される星空に、皆が歓声をあげた。
「きれい~!!ほんとのお空みたい」
「ありがとう、お父さん!これなら、雨でも星が見られるね」
天の川のほとりを、青く尾を引きながら星が流れる。
「「あ、流れ星!!」」
「お兄ちゃん、なんかお願いした?」
「忘れた……ねえお母さん、僕、本物の流れ星見たい!」「わたしも!!」
「そうね、本物の流れ星を見られたら素敵だよね」
「そういや、もうすぐだろ?なんつったっけ……そうだ。あれだ、ペルセウス座流星群」
「確か、お盆辺りがピークだったわね」
「こないだ左之がよこした『プラネタリウムの会報』ってやつに、いろいろ解説が書いてあったな」
ゆっくりと巡る星空を、家族そろって眺める。
いつの間にか、子供たちは規則正しい寝息をたてていた。
夫婦で顔を見合わせ、静かにクスリと笑う。
「あっという間に寝ちゃったね……子供部屋に運ぶ?」
「いや、寝入ったばっかだし、もうちょいこのままにしといてやろう」
そうだね、と微笑んだ梅は、ふと外に目をやる。
「雨、やんだみたいね。気持ちいい風が入るかも」
窓を開けて空を見上げる。
「わぁ……雲の切れ間に星が見えるよ」
「どれ……」
並んで夜空を仰いだ新八が、ため息をもらした。
「作りもんの星空も悪かないが、やっぱり本物にはかなわねぇな」
「そんなこと、ないよ。新八のおかげで見られた雨の夜の星空、とっても素敵だったもの。子供たちも大興奮だったし」
「しばらく、毎晩『見たい』ってねだられるんだろうな」
「お休み前のプラネタリウムなんて、すっごく贅沢だよね」
どことなく誇らしげな気持ちで言いながら新八に顔を向ければ、彼のまっすぐな眼差しは、愛しい妻に注がれていた。
ちょっぴり気恥ずかしくて目をそらすと、梅は雲の上に広がる星空を見上げた。
「私たちには見えないけど、織姫と彦星、ちゃんと会えてるよね」
「ああ。そんで、互いに想い続けてりゃあ、そのうち絶対ぇ結ばれるって」
「やっぱり、ハッピーエンドじゃなくっちゃね」
「だな」
夢の中でも星を見ているのだろうか、どことなく嬉しそうな子供たちの寝顔を眺めながら、新八が口を開いた。
「梅ちゃん、ありがとうよ」
「え?」
唐突な言葉に、梅が首をかしげる。
新八は、そんな彼女に向き直って、頭をポンポンと撫でた。
「俺の幸せは、みんな梅ちゃんからもらってるんだよな」
「そんな……それなら、私の方こそ」
頭の上に手をやった梅は、新八の節くれだった大きな手をとると、胸の前でギュッと包み込んだ。
「新八、ありがとう」
「おうっ」
それ以外の言葉は、いらない。
お互いの存在、そのすべてに告げる『ありがとう』だから……。
流れ星に願いたいことは、いっぱい。
『家族そろって、健やかに朗らかに暮らしていけますように 』
『いつまでも新八と一緒に、笑顔でいられますように』
『子供たちが、元気にのびのびと成長してくれますように』
あ、それから
『原田君と彼女さん――きっと、千鶴ちゃんだよね――が、幸せな家庭を築いていってくれますように』
夏の大三角を形作る星たちに、そして、これから降り注ぐ流星たちに、願いを込めて――
*