笹に願えば

明日は七夕。

一年に一度のことだから、やっぱり、願い事を記した短冊を笹に飾りたい。

そう考えた千鶴は、それとなく近藤に話してみた。

「なるほど、君の言うとおり季節の行事は大切だ。その時期ごとの節目であるからな」


早速、近藤の指示で、物干し台に背の高い笹がくくりつけられた。


「なかなか風情があって、いいものだな」
「童心に返ったような気がするぜ」
「けっこう面白ぇな、こういうのも」

入れ替わり立ち替わり、みんなが思い思いの短冊を吊るしていく。

その様子に微笑みながら、小ぶりな一本の笹を手にした千鶴が部屋に戻っていった。


彼女は、持ち帰った笹を部屋の片隅に立てかけて文机で押さえると、その細い枝に色とりどりの短冊を飾りつけた。

なんとも賑やかになった笹を眺め、千鶴は一人、嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。



そんな彼女を、この人物が放っておくはずもなく……

「千鶴ちゃん、みんなに隠れて、なに面白そうなことしてるの?」

「沖田さん!!」

「近藤さんが用意してくれた笹じゃなく、わざわざ部屋に飾るなんて……一体君は、星に何を願うつもりなのかな?」


当然のように彼女の部屋に歩み入った沖田は、七夕飾り縮小版に近づく。

警戒した千鶴は、笹を握りしめて叫んだ。

「見ちゃ駄目です!……あっ!?」

だが、沖田に敵う訳もない。
あっけなく、短冊が鈴なりの笹を奪取されてしまった。


「ふうんどれどれ……ずいぶん沢山書いたんだね」

笹を高く掲げ、一枚の紙片を手にとると、沖田は声に出して読み上げた。

「『平助君の背がもっと伸びますように』……なにこれ」

「…………」


はるか頭上の笹に千鶴が伸ばす手を、悠々とかわしながら、沖田は短冊を次々にめくっていく。

「『土方さんの豊玉発句集が京の町で大人気になりますように』 『斎藤さんがもっと愛想よく笑ってくれますように』それからえっと『永倉さんが島原で沢山もてますように 』お次は……」

「わーっわーっ」

聞いていて耐えられなくなってきたのか、何とか枝を取り戻そうと跳ね続けながらも、沖田の朗読を妨害し始めた千鶴。


彼女をちらっと見てから、沖田はクスッと笑った。

「なんだか、本人が聞いたら泣いて喜ぶか泣いて怒るかどっちかの内容だね」

「うぅ……」

沖田から笹を取り戻すことは諦め、身を小さくして座り込む千鶴。


そんな彼女を横目で眺めながら、沖田は更なる短冊を手にとる。


「どれどれ……『原田さんと永倉さんと平助君においしいお酒をお願いします』……なにこれ?異国の“さんた”とかいうやつと混同してない?」

「いいんですよ、神様でも仏様でもさんた様でも、お願いを叶えてくださるのであれば、その方のお名前は問いませんから」

膝を抱えた千鶴は、完全に開き直ったように言い放つ。


「確かに、願い事を叶えてくれるんだったら、誰だってかまわないよね。え~っと次は……『斎藤さんがおいしいお豆腐を沢山食べられますように』『土方さんがお酒をおいしく飲めますように』『島田さんがおいしい甘味を沢山食べられますように』……この辺の短冊、おいしいって言葉がずいぶん多くない?」

「!!ちょっ……待って……」

千鶴が慌てて立ち上がった時、沖田は次の短冊を読み上げていた。

「『沖田さんと一緒においしい金平糖を食べたい』……」

「あ!」


短冊から千鶴に視線を移し、まじまじと見つめる沖田。

顔を真っ赤に染めた千鶴は、再び笹の枝を取り戻そうと沖田ににじり寄る。

「返してください!沖田さんは意地悪です」

「そんな意地悪な相手と一緒に、君は金平糖を食べたいんだ?」


自分より背が高く体格のよい沖田に敵うはずなどないのに、千鶴はぴょんぴょんと跳ねては手を伸ばす。

笹を持つ手をさらに高く上げた沖田は、目を細めると、千鶴の体を片手でガシッと抱き止めた。

「きゃっ」

にんまり笑った沖田の顔が、千鶴の目の前に迫る。

「千鶴ちゃんったら、そんなに僕に密着したいんだ?なんなら、金平糖は口移しで食べさせてあげようか?」

「けっ……けっこうですっ!」

遠慮しなくたっていいのに…とつぶやきながら、沖田は千鶴を抱える腕をゆるめる。


「せっかくだからさ、みんなにも、この七夕飾り見せてあげようよ」

「やめてください!」

「え~どうして?みんな感動して涙流すんじゃない?」

「さっき沖田さん、『泣いて怒る』っておっしゃったじゃないですか!?」




笹を握りしめたまま廊下に駆け出す沖田を、千鶴が必死で追いかける。


「あ、近藤さん!」

「総司、どうした?そんなに急いで」

「鬼ごっこですよ」

愉快そうに駆け抜ける沖田に続いて、鬼気迫る勢いで千鶴が走ってくる。

「あ、近藤さん!笹をありがとうございました」

「はは、総司と雪村君は仲がいいなあ」


バタバタと走り去っていく二人を、微笑みながら見送る近藤だった。


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