なみだ雨

新選組を離れ、私とともに生きることを選んでくれた原田さん。

まだ世の中に平和と安寧が訪れたとは言い難く、幕軍と新政府軍の戦いの場は北へ北へと向かっている。


そんな世相の中、二人での新しい生活にも、だいぶ慣れてきた。
愛する人の隣で目覚め、穏やかに微笑み合って暮らす日常。

そうして毎日を過ごしているうち、季節は移り変わっていく。




二人で町に買い物に出かけた帰り道。
空いっぱいに、どんよりとした雲が一気に広がった。

「こりゃあ、ひと雨来そうだな」

「はい、急いだ方がよさそうですね」

「ああ……っと、降り出してきちまったか?」


暗く垂れ込めた雲から落ち始めた滴は、そこはかとなく重苦しく感傷的な気配を、私の胸に忍び込ませた。

「この空が、皆さんのいる場所にもつながっているんですね」

ふと新選組のことが頭をよぎり、熱い何かが込み上げてきた。
みんなと過ごした京での日々が、懐かしく思い出される。


離ればなれになってしまった、大切な大切な人たち…

あんなにも生の躍動感に満ちていたはずの日々が、実はこんなにも儚いものだったなんて……

それぞれが別々の道を歩き始めてしまった今。もう二度と、あの頃には戻れないのだ。


いつの間にか、私は歩みを止めて立ち尽くしていた。
買い物の荷物を強く抱きしめ、自分でも気付かぬうちに涙が頬をつたっていた。


「千鶴?」

「あ……ご、ごめんなさい……私ったら、なんだってこんな時に……」


何も言わず私を見つめていた原田さんは、ほどなく視線を空に移した。

「……本降りになってきやがった。とりあえず、そこの神社で雨宿りだ」


彼に手を引かれ、早足で近くの神社の境内に駆け込んだ。
持っていた手ぬぐいで互いの髪と着物を拭い、小さな社の軒下でホッと一息つく。


生い茂る木々の梢から降り注ぐ雨粒は、空の涙のよう。


ふいに原田さんが口を開いた。

「懐かしく思うのは構わねえ。けどな……」

琥珀色の瞳でやさしく微笑み、彼は続けた。

「今を悲しんじゃいけねぇ」


つぶやかれた声の真剣さに、私は彼の顔をじっと見つめる。

原田さんは私の頭にそっと手を置いた。


「みんな、自分の選んだ道を未来に向かって歩いてるんだ。それがどんな結末になったとしてもな……本人はきっと、満足してるはずだ」

ひと言ひと言噛みしめるように話す様子は、まるで彼自身に言い聞かせているかのようで…

切なさに胸が締め付けられる心地がして、原田さんの瞳が苦しそうで、でも力強くて……

私は、声に力をこめた。

「悲しくなんかないです……だって私は、心から愛する人と一緒にいられるんですから」




雨は、止むどころかますます勢いを増す。

音を立て始めた雨脚に目をやると、原田さんが私の肩を抱き寄せた。

「おまえの代わりに、空が泣いてるみてえだな」

「もう、泣き言はいいません。私たちも、この国のどこかにいらっしゃる皆さんも、誠を貫くためにひたすら前に進んでいるんですから」

「泣いてる暇はない……か」

「はい」

「そうか、そうだな……けどな、千鶴。泣きたい時には泣いていいんだぜ?」

「…………はい」

私は小さくうなずくと、彼の肩に頬を寄せた。



寄り添ったまま、しばしの時が過ぎる。

相変わらずの雨が、景色を全て濡れそぼった灰色に変えてゆく。


原田さんは、私を抱く手に力を込めると、ポツリとつぶやいた。

「雨も悪かないな」

「…………?」

「おまえの存在だけを感じていられる」

「動乱の世であっても、今私たちを包むのは、この雨だけですものね」

「ああ。そんでもって、泣きたいだけ泣いた後の空には、明るいお天道さんが光り輝くに違ぇねえ」

「はい!きっと、そうですね」




どんな時もあたたかく包み込んでくれる原田さんは、私にとってのお天道様だ。

そんな彼が、この時、もっともっと大きな世界に目を向けていたのだと――

そう私が知るのは、もう少し後のお話。


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