きみが生まれた日

若葉が光り、風が薫る季節。

ゴールデンウィークを目前とした世の中は、誰もが心弾ませ、どこか浮き立つような空気を漂わせている。


ここ土方家では、身重の千鶴を見守る歳三が、落ち着かない日々を過ごしていた。




「歳三さん、もうすぐお誕生日ですね。ご馳走を作ってお祝いしたいんですが、何かご希望のメニューはありますか?」

「この年になっちまうと、誕生日を祝うなんてのはどうも気がすすまねぇが……」

「そんなふうにおっしゃらないでください」


洗い物を終えて手を拭きながら、千鶴は柔らかな笑みをたたえる。


彼女は、テーブルで新聞を広げている歳三をまっすぐ見た。


「歳三さんが今ここにいらっしゃるのは、お父様とお母様と、それから、歴史と命をここまで紡いできてくださった御先祖様のおかげです。だから、お誕生日っていうのは、そういった皆さんに感謝する日なんですよ」

「ひとつ年を重ねたことを祝うってよりも、この世に送り出してくれたすべてに感謝する……つまり、そういう日ってことだな」

「だと、私は思っています」



なるほどな、とうなずいてから歳三は続ける。


「それから、こうして命はつながっていくんだな」


彼は千鶴の足元にしゃがみこむと、彼女のふっくらとせり出した腹部をそっと撫でた。

その様子を見下ろしながら、千鶴はくすぐったそうに微笑む。


「パパとお誕生日が同じだったら素敵だねって毎日話しかけてますから、もうすぐ生まれるかもしれませんよ」

「予定日にはちぃっとばかし早いが、もし本当にそうなりゃあ、まさに運命だな」

「はいっ!」



こいつの、屈託のないこの笑顔に俺は弱いんだよな…

そうしみじみと思いながら、歳三は千鶴のお腹に耳を当てる。


「お、元気だな」

「ふふ、蹴ってますね。『早くパパとママに会いたいよ』って言っているんでしょうか?」

「ああ、そうかもしれねえな」



幸せな温もりに目を閉じる歳三の頭上から、ふと思い出したかのような千鶴の声が降ってきた。


「運命といえば」

「ん?どうした?」


ゆっくり立ち上がった歳三は、千鶴と視線を合わせた。


「歳三さんと出会えて、夫婦になれて……これもきっと運命なんですよね」

「ああ、違ぇねえ」

「大好きな人と一緒になれて、子供を授かって……私は本当に幸せです」

「そいつぁ、俺の台詞だ。こんなに大切な、守るべき者を与えてもらったんだ。男としちゃあ、これ以上の幸せはねえだろう」


歳三は、愛しい妻と彼女のお腹の中の我が子をそっと抱きしめた。



 * * *



ゴールデンウィークも終わりにさしかかった頃、陣痛が始まった。


病院に向かいながら、千鶴は申し訳なさそうにつぶやく。


「ごめんなさい……ご馳走作るってお約束したのに」

「はは、んなこと気にする必要ねえよ。母子ともに元気でいてくれることが、俺にとって何よりの贈り物だからな」




五月五日、端午の節句。

未明の分娩室に、ひときわ元気な産声が響き渡った。


たくさんの愛と祝福に包まれて、土方家に長男誕生。





「ほら、やっぱり、歳三さんと同じ日に生まれましたよ」

「ああ、運命だな」


*



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