ノスタルジア
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のどかな昼下がりの縁側で、槍の手入れを終え一服する原田と、隣にちょこんと座る千鶴。
想いが通じ合って間もない二人を、屯所の者が皆それぞれに、あたたかく見守る今日この頃だった。
千鶴のいれた熱めの茶を、美味しそうに啜ると、原田は目を細めた。
「千鶴はきっと、いい嫁さんになるな」
「そ、そんな……あ!」
「ん?どうかしたか?」
小さな叫びとともに、突然黙り込んだ千鶴の顔を、原田が何事かと覗き込む。
「いえ、その……なんでもないんです」
「俺には言えねぇことか?」
「う……」
しばし逡巡していた千鶴だったが、ちらっと目を上げて原田の顔を窺うと、観念したようにため息をついた。
笑わないでくださいね、そう前置きしてから、彼女は神妙な顔で話し始めた。
「ふとした時に……例えば、そう……こんなふうに、縁側で並んでお茶をいただいてたり、段差に躓いて転びそうになった時に支えていただいたり……そういった時に感じるんです。ああ、懐かしいな、前にも、こんなことがあったな……って」
一瞬目を見開いて千鶴を見つめた原田は、フイと顔をそらした後、庭に視線を落とした。
「あの……変なこと言っちゃいました……よね。きっと私の思い過ごしです、ごめんなさい、忘れてください」
焦った様子で手をパタパタ振る千鶴に、原田はゆっくりと向き直る。
「変なんかじゃねぇさ……俺も、ちょくちょくあるぜ。そんなふうに思うこと」
「原田さんもですか!?」
「ああ。確かに、いつかどこかで俺たちは出会っていて、一緒の時間を過ごしていたんだろうな」
「一体、いつのことなんでしょう……。江戸にいた時分に、どこかですれ違ったりしたんでしょうか」
首をかしげ、真剣な面持ちで唸る千鶴に、原田は微かな笑みを浮かべた。
「いや、もっともっと昔だと思うぜ。俺は、俺であっても原田左之助じゃあなかっただろうし、おまえだって、おまえでありながら、雪村千鶴じゃなかったはずだ」
ますます訳が分からない、というふうにハテナマークをたくさん浮かべる千鶴の目を見ながら、原田は静かに言った。
「つまりな、今この世じゃなく、生まれ変わる前の人生……いわゆる前世ってやつだ」
「……そういえば、聞いたことがあります。人は死んでも魂は生まれ変わる……確か、輪廻転生とかって……」
にわかには信じられないのであろう、半分開いたままの口を両手で覆う千鶴に、無理もないことだと思いつつ、原田はうなずく。
原田の顔をまじまじと見つめていた千鶴だったが、やがて、気を取り直したように口を開いた。
「それは……徳川様の世になるより、もっと前のこと……でしょうか?」
「う~ん……そりゃあちっと、俺にもわからねぇな。遠い昔々のことかもしれねぇし、案外、近い時代の話かもわからねえ」
「原田さんは、その時のことを、いくらかは覚えてらっしゃるんですか?」
居住まいを正して体ごと真っ直ぐ向き直った千鶴に、原田も真剣な瞳で向き合う。
「いや、俺もはっきり覚えてるわけじゃねえ」
「そうですか……」
ほんの少し顔を曇らせた千鶴は、言いにくそうに言葉を続けた。
「その……前世の私たちが、どんな晩年を送ったのか、とか……おわかりになりませんか?」
千鶴の言いたいことが何となくわかってしまい、原田は切なそうに眉を下げた。
戦乱の世に生きたのであれば、安穏と暮らし、命を全う出来たという保証などないのだ。
過去、人生を共にしたと思われる二人が、どんなふうに死に別れたのか……
千鶴が知りたがっているのは、まさにそれだと原田は察していた。
切った張ったの世界に身を置き、いつ何が起こってもおかしくないこの時代を生きる自分たちに、過去の生き様をついつい重ね合わせてしまうのだろう。
「悪いな、そこんとこまでは、覚えちゃいねえ。けどな、またこうやって出会えたんだ。過去はどうあれ、今これからをどうやって生きてくか、それが肝要だと思うんだが……違うか?」
「……いえ……違いません……原田さんのおっしゃる通りだと思います」
ゆるく左右に首を振りながら、千鶴は、そう答えた。
そんな彼女に満足そうな笑みを向け、原田は遠くを見つめる眼差しで、腕組みをした。
「朧気な記憶ではあるんだが、前の世でも、俺が男でおまえを守る立場だったような気がするな。父と娘だったのか、兄と妹だったのか……。いろいろ考えちゃあみたんだが、やっぱり、今みてぇな恋仲……そんでもって“夫婦になった”ってぇのが、一番しっくり来るんだよな」
「め……めおと、だったんでしょうか」
千鶴の頬が一気に紅に染まり、彼女はおどおどと目を伏せた。
「おいおい……俺と夫婦じゃあ、不満だったか?」
「そんな訳……!もし、本当にそうだったら……嬉しいです。原田さんと、そんなにも深いご縁があったなんて……嬉しいに決まってます!」
原田は、千鶴の頭をクシャリと撫でた。
「生まれる前、出会う前から、俺たちは深い絆で結ばれてた……ってぇことだもんな」
そっと手を下ろし、感慨深げに空を見上げる原田をいとおしげに見つめながら、千鶴は、意を決したように両の拳を膝の上にそろえた。
「もしも……いつか原田さんに、新選組と私とで、どちらかを選ばなくてはならない時がきたら……。その時はどうか、私のことは気になさらないでくださいね」
「千鶴……?」
「この世でお別れしなくちゃいけない時が、いつか来るとしても……また、生まれ変わってきっと出会える、そんな確信が持てたんです」
原田は、無言のまま千鶴の次の言葉を待つ。
「だから……原田さんは、原田さんが信じるものを、何よりも大切になさってください。絶対、手放したりしないように……」
大きく節くれだった手を、再び千鶴の頭にのせると、原田は穏やかに微笑んだ。
「ああ、わかった。おまえの気持ちは、しかとこの胸に刻ませてもらったぜ」
ちょっぴり寂しげな表情で、しかし精一杯の笑顔を浮かべた千鶴を、原田は心からいとおしく思う。
「俺の大切なものは、ちゃんと俺が決める。だから、千鶴は、なんにも心配しなくていいんだぜ。ただずっと、俺の隣にいてくれりゃあ、それでいい」
千鶴がコクンとうなずけば、庭から心地よい風が吹く。
並んだまま肩を抱き寄せれば、惚れた女の温もりが、原田の身にもたれ掛かった。
触れた場所が熱を帯び、原田の体の芯は、甘く疼く。
しかしまさか、いつ誰の目があるかわからない屯所の縁側で、真っ昼間から押し倒す訳にもいかず、彼は悶々とした気持ちをなんとか抑え込んだ。
……こりゃあ、早ぇとこ、ちゃんとした夫婦になっちまった方がよさそうだな……
千鶴が土方の小姓として男装で屯所にいるうちは、所帯を持つことは、まだ出来ない。
だが、契りをかわし実質的な夫婦となれば、彼女の寂しさや不安を和らげることはできるはずだ。
いや、千鶴の胸の内云々ではない。
何より、一刻も早くそうなりたいと渇望する自分がいるのだ。
「千鶴……今晩おまえの部屋に行くからな」
「あ……はい、お待ちしてます」
どんな時代の荒波にもまれようと、俺は、絶対に千鶴を離さねぇ……
話の繋がりが飲み込めないのか、不思議そうに、だが花のほころぶような笑顔をみせた千鶴の肩を、原田はもう一度強く引き寄せた。
*
想いが通じ合って間もない二人を、屯所の者が皆それぞれに、あたたかく見守る今日この頃だった。
千鶴のいれた熱めの茶を、美味しそうに啜ると、原田は目を細めた。
「千鶴はきっと、いい嫁さんになるな」
「そ、そんな……あ!」
「ん?どうかしたか?」
小さな叫びとともに、突然黙り込んだ千鶴の顔を、原田が何事かと覗き込む。
「いえ、その……なんでもないんです」
「俺には言えねぇことか?」
「う……」
しばし逡巡していた千鶴だったが、ちらっと目を上げて原田の顔を窺うと、観念したようにため息をついた。
笑わないでくださいね、そう前置きしてから、彼女は神妙な顔で話し始めた。
「ふとした時に……例えば、そう……こんなふうに、縁側で並んでお茶をいただいてたり、段差に躓いて転びそうになった時に支えていただいたり……そういった時に感じるんです。ああ、懐かしいな、前にも、こんなことがあったな……って」
一瞬目を見開いて千鶴を見つめた原田は、フイと顔をそらした後、庭に視線を落とした。
「あの……変なこと言っちゃいました……よね。きっと私の思い過ごしです、ごめんなさい、忘れてください」
焦った様子で手をパタパタ振る千鶴に、原田はゆっくりと向き直る。
「変なんかじゃねぇさ……俺も、ちょくちょくあるぜ。そんなふうに思うこと」
「原田さんもですか!?」
「ああ。確かに、いつかどこかで俺たちは出会っていて、一緒の時間を過ごしていたんだろうな」
「一体、いつのことなんでしょう……。江戸にいた時分に、どこかですれ違ったりしたんでしょうか」
首をかしげ、真剣な面持ちで唸る千鶴に、原田は微かな笑みを浮かべた。
「いや、もっともっと昔だと思うぜ。俺は、俺であっても原田左之助じゃあなかっただろうし、おまえだって、おまえでありながら、雪村千鶴じゃなかったはずだ」
ますます訳が分からない、というふうにハテナマークをたくさん浮かべる千鶴の目を見ながら、原田は静かに言った。
「つまりな、今この世じゃなく、生まれ変わる前の人生……いわゆる前世ってやつだ」
「……そういえば、聞いたことがあります。人は死んでも魂は生まれ変わる……確か、輪廻転生とかって……」
にわかには信じられないのであろう、半分開いたままの口を両手で覆う千鶴に、無理もないことだと思いつつ、原田はうなずく。
原田の顔をまじまじと見つめていた千鶴だったが、やがて、気を取り直したように口を開いた。
「それは……徳川様の世になるより、もっと前のこと……でしょうか?」
「う~ん……そりゃあちっと、俺にもわからねぇな。遠い昔々のことかもしれねぇし、案外、近い時代の話かもわからねえ」
「原田さんは、その時のことを、いくらかは覚えてらっしゃるんですか?」
居住まいを正して体ごと真っ直ぐ向き直った千鶴に、原田も真剣な瞳で向き合う。
「いや、俺もはっきり覚えてるわけじゃねえ」
「そうですか……」
ほんの少し顔を曇らせた千鶴は、言いにくそうに言葉を続けた。
「その……前世の私たちが、どんな晩年を送ったのか、とか……おわかりになりませんか?」
千鶴の言いたいことが何となくわかってしまい、原田は切なそうに眉を下げた。
戦乱の世に生きたのであれば、安穏と暮らし、命を全う出来たという保証などないのだ。
過去、人生を共にしたと思われる二人が、どんなふうに死に別れたのか……
千鶴が知りたがっているのは、まさにそれだと原田は察していた。
切った張ったの世界に身を置き、いつ何が起こってもおかしくないこの時代を生きる自分たちに、過去の生き様をついつい重ね合わせてしまうのだろう。
「悪いな、そこんとこまでは、覚えちゃいねえ。けどな、またこうやって出会えたんだ。過去はどうあれ、今これからをどうやって生きてくか、それが肝要だと思うんだが……違うか?」
「……いえ……違いません……原田さんのおっしゃる通りだと思います」
ゆるく左右に首を振りながら、千鶴は、そう答えた。
そんな彼女に満足そうな笑みを向け、原田は遠くを見つめる眼差しで、腕組みをした。
「朧気な記憶ではあるんだが、前の世でも、俺が男でおまえを守る立場だったような気がするな。父と娘だったのか、兄と妹だったのか……。いろいろ考えちゃあみたんだが、やっぱり、今みてぇな恋仲……そんでもって“夫婦になった”ってぇのが、一番しっくり来るんだよな」
「め……めおと、だったんでしょうか」
千鶴の頬が一気に紅に染まり、彼女はおどおどと目を伏せた。
「おいおい……俺と夫婦じゃあ、不満だったか?」
「そんな訳……!もし、本当にそうだったら……嬉しいです。原田さんと、そんなにも深いご縁があったなんて……嬉しいに決まってます!」
原田は、千鶴の頭をクシャリと撫でた。
「生まれる前、出会う前から、俺たちは深い絆で結ばれてた……ってぇことだもんな」
そっと手を下ろし、感慨深げに空を見上げる原田をいとおしげに見つめながら、千鶴は、意を決したように両の拳を膝の上にそろえた。
「もしも……いつか原田さんに、新選組と私とで、どちらかを選ばなくてはならない時がきたら……。その時はどうか、私のことは気になさらないでくださいね」
「千鶴……?」
「この世でお別れしなくちゃいけない時が、いつか来るとしても……また、生まれ変わってきっと出会える、そんな確信が持てたんです」
原田は、無言のまま千鶴の次の言葉を待つ。
「だから……原田さんは、原田さんが信じるものを、何よりも大切になさってください。絶対、手放したりしないように……」
大きく節くれだった手を、再び千鶴の頭にのせると、原田は穏やかに微笑んだ。
「ああ、わかった。おまえの気持ちは、しかとこの胸に刻ませてもらったぜ」
ちょっぴり寂しげな表情で、しかし精一杯の笑顔を浮かべた千鶴を、原田は心からいとおしく思う。
「俺の大切なものは、ちゃんと俺が決める。だから、千鶴は、なんにも心配しなくていいんだぜ。ただずっと、俺の隣にいてくれりゃあ、それでいい」
千鶴がコクンとうなずけば、庭から心地よい風が吹く。
並んだまま肩を抱き寄せれば、惚れた女の温もりが、原田の身にもたれ掛かった。
触れた場所が熱を帯び、原田の体の芯は、甘く疼く。
しかしまさか、いつ誰の目があるかわからない屯所の縁側で、真っ昼間から押し倒す訳にもいかず、彼は悶々とした気持ちをなんとか抑え込んだ。
……こりゃあ、早ぇとこ、ちゃんとした夫婦になっちまった方がよさそうだな……
千鶴が土方の小姓として男装で屯所にいるうちは、所帯を持つことは、まだ出来ない。
だが、契りをかわし実質的な夫婦となれば、彼女の寂しさや不安を和らげることはできるはずだ。
いや、千鶴の胸の内云々ではない。
何より、一刻も早くそうなりたいと渇望する自分がいるのだ。
「千鶴……今晩おまえの部屋に行くからな」
「あ……はい、お待ちしてます」
どんな時代の荒波にもまれようと、俺は、絶対に千鶴を離さねぇ……
話の繋がりが飲み込めないのか、不思議そうに、だが花のほころぶような笑顔をみせた千鶴の肩を、原田はもう一度強く引き寄せた。
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