そらのびいどろ

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ポケットにはいつも、手作りの小さなお守り袋。

そうして持ち歩いているのは、大切な思い出。


空を閉じこめたびいどろの玉。


『びいどろ』っていう名前も、淡い恋心も、あの人が教えてくれた。



  *  *  *


あれは多分、私が幼稚園の年少さんだった時。


街の夏祭りに出かけ、物珍しさにあちこち見回していた私は、興味を引くものがあれば、ついつい足を止めて見入っていた。



家族連れや友達同士のグループなど、大勢の人々で賑わう人込みの中。


ふと気がつけば、両親とはぐれてしまっていた。



「あれ……お父さん?……やだ……お母さん!?」



恐くなって駆け出した私は、誰かにぶつかってしりもちをついた。



「悪ぃ、大丈夫か?」



顔を上げれば、年上の男の子の空色の瞳が、私を見下ろしていた。


半べそをかく私の傍にしゃがみこみ、「おまえ、迷子になっちまったのか?」と問いかける彼に、うなずきで答える。


一人じゃなくなったっていう安心感からか、私の目からは大粒の涙がポロポロとあふれ出した。



「な、泣くなって……あ、そうだ!これやるよ、だから、泣くんじゃねえ」


彼がズボンのポケットから取り出して、私の右手に握らせたのは、透き通ったガラス球に、氷のような空の色を流し込んだビー玉。



「俺の宝物なんだけど……おまえにやるよ。特別だからな」

「わぁーきれい……これ、なあに?」

「びいどろの玉、ビー玉だ。もしかして、見たことなかったか?」

「こないだ飲んだジュースのビンに入ってたけど……こんなにきれいなのは、はじめてだよ!」



手の中のガラスの玉を、角度を変えては眺める。


涙は知らないうちに止まっていた。



やがて私は、彼の顔とそのビー玉を見比べて、さも大発見をしたかのように叫んだのだった。


「これ、お兄ちゃんの目とおんなじ色!!」

「ああ、よくわかったな……いい色だろ?」


彼は得意そうに、その瞳を輝かせた。


手の中のビー玉をじっと覗き込んでいると、お兄ちゃんは「んじゃ行くとすっか」と立ち上がった。



慌てて隣に並び、彼について歩く。


人の波に阻まれ、遅れがちな私を振り返ると、お兄ちゃんは黙って私の手をとった。

そのまま、何事もなかったかのように再び歩き出す。



温かく汗ばんでいる彼の手を、私は離すまいとギュッと握り返した。



「お兄ちゃんも迷子になっちゃったの?」

「俺が迷子なんじゃなくて、親がどっか行っちまったんだ。まあ、探さねぇと後々面倒だからな……本部テントの迷子コーナーにでも行こうかと思ってたとこだ」

「そこに行けば、私もお父さんとお母さんに会える?」

「ああ、きっとな。だから、俺が連れてってやるよ……と、おまえ、名前はなんてぇんだ?」

千鶴

千鶴ちゃんか」

「お兄ちゃんは?」

「俺か?俺はな、新八ってんだ。永倉新八」

「ながくらしんぱち……」



「新八っ!」「千鶴!!」



私の呟きにかぶせるように、叫びに近い声が降ってきた。



「あ、親父とお袋だ」「お父さん!お母さん!」


どうやら、私たちは本部テントのすぐそばにいたらしい。



「じゃあな、千鶴ちゃん。もう迷子になるんじゃねえぞ」


しんぱちお兄ちゃんは、自分が迷子になっといて偉そうなこと言ってんじゃないよ、と彼のお母さんに頭を小突かれ、へへっと笑った。



「ありがとうね、ながくらしんぱちお兄ちゃん!」

「おう!」



大人同士が丁寧に挨拶をかわし、お父さんとお母さんが、しんぱちお兄ちゃんにお礼を言って、私たちはその場をあとにした。


振り返ってブンブンと手を振れば、ニカッと笑って片手をあげてくれた、しんぱちお兄ちゃん……。



もう、すっかり大人になってるんだろうなあ。




お兄ちゃんの宝物だったビー玉が、今は私の宝物。


なんの変哲もないガラスの玉だけど、これはシンデレラを見つけ出すためのガラスの靴なんだ。


あ……『もし私が王子様だったら』って設定でね。もちろん。

新八お兄ちゃんのドレス姿は、ちょっと想像したくない……かも(笑)


*


ゴールデンウイークを間近に控えた、よく晴れた日曜日。

地域の交流センターで、ふれあい広場というイベントが行われた。


先着百名に花の苗が配られるということで、 頭数として駆り出された私は、両親に連れられ会場に出かけた。


首尾よく苗を受け取れば、お役御免。

もらった苗を母に渡し、一人で気の向くままに会場を歩き回ってみることにした。




古本、小物や雑貨のフリーマーケットや、焼きそば、フランクフルトの屋台、ステージでは、近隣中学の吹奏楽部の演奏など、手作り感満載の催し物を、老若男女が楽しんでいる。



広場をキョロキョロ見渡すうち、子供たちが集まっている一角に目が引き付けられた。



ダンボールを駆使して器用に作られた台の射的。

輪投げ。

ビー玉すくい。


青年と呼べばよさそうな年代の若い男の人たちが、賑やかに立ち働いている。



「!!」


ポケットの上から、お守り袋をそっと押さえる。



私は、親子連れや小学生のグループが並ぶビー玉すくいの列の先頭を、ちょっと離れた場所から注意深く観察した。



――ああ、やっぱり間違いない。
全体の雰囲気は大人っぽく逞しく変わっているけれど、お日様みたいな笑顔は、あの日の新八お兄ちゃんのままだ―――――



お客さんが途切れるのを見計らって、私は彼の前に足を進めた。



「お、いらっしゃい」



いつか、また会えたら……そう願いながらあたためてきた想い。


高鳴る胸をおさえつつ、私はポケットから空のビー玉をとりだし、手のひらにのせて彼の目の前に差し出した。



彼の笑顔が固まり、一瞬の後に信じられないというような表情に変わった。


「も……もしかして……千鶴ちゃん……か?」

「はい。永倉新八お兄ちゃん……ですよね?」

「う、嘘だろ~~!?ほんとに、あの……あの、ちっこかった千鶴ちゃんか!?」



大きくうなずく私を見て、新八お兄ちゃん(長いから、新八さんでいいか)はガタッと立ち上がった。


その拍子に、ビー玉の入ったカゴを、台にしてあるダンボール箱ごと、見事にひっくり返した。


ザーッという音とともに、色とりどりのガラスの玉が散らばり転がっていく。



「うわ、やべっ……」


彼は、しまったという顔をすぐに引っ込めてから、辺りを眺め声を張り上げた。


「お~い、みんな集まれ!ビー玉拾ってくれ!!拾ってくれたうちの一割は、手間賃としてただでやるからっ!」



わ~と子供たちが集まってきた。

『ビー玉拾ったら、もらえるんだって』
『ほんと!?』

「だ~!!違うっ、一割だっつってんだろうが!」



新八さんの雄叫びも虚しく、群がっていた子供たちが潮が引くようにいなくなったあとには、空っぽのカゴが残された。



「あの……ごめんなさい、私、その分のお金払います」

「へ?あ、いや~いいっていいって」

「でも、私のせいで……」


申し訳なくて、いたたまれない気持ちになっていると、後ろから肩を叩かれた。



「気にしなくていいよ、今のは君に責任なんかないからね」

「総司!おまえ、近くにいるんなら、手伝えって」
「新八さんが勝手に一人でわたわたして、勝手に一人でつまずいて、勝手に一人でひっくり返したんだから」



背が高く、翡翠色の瞳が印象的な人が、新八さんの言葉を無視して、にこやかに言う。


と、私と同じ年頃の賑やかな男の子が、射的の方から飛び込んできた。



「なになに?新八っつぁんの彼女!?」

「ばっ……平助なに言ってんだよ、そんなんじゃねえって」



慌てて否定する新八さんに、ちょっぴり悲しくなった。

きっと、彼女がいるんだよね……。

*
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