いつか交わる未来のために
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
秋も深まり、今日は進路希望調査の提出締め切りだった。
書くべきことがどうしても浮かばなかった私は、それを白紙で提出し、案の定呼び出しを食らった。
という訳で、現在、体育科教官室で原田先生と向かい合って立っている。
―――原田先生は、私の憧れだ。
バレンタインデーには、勇気を出して手作りの本命チョコを渡し……玉砕した。
誰もが心を奪われるに違いない“原田スマイル”で「お、ありがとうな」って、頭を撫でてくれた。
ホワイトデーには、お洒落な焼き菓子セットをプレゼントしてくれた。
でも……そこまでだった。
お千ちゃんにコソッと聞いてみたら、島原女子からはるばる、原田先生にチョコを渡しに来た子たちにも、同じお返しだったらしい。
つまり、彼にとって、私のチョコへの返事は、他の女の子へのものと同じ“義理”だったのだ。
だからといって、それから今日までの間も、先生への気持ちが変わることはなかったのだけれど―――
「呼び出した理由は、わかってるよな」
先生は、真っ白な用紙を目の前でヒラヒラさせた。
「すみません。でも、書けないものは書けません。思いつかないんです……やりたいこととか、なりたいものとか」
「まあ、まだ二年生だから実感わかねえって気持ちもわかるけどな……」
原田先生は、難しい顔で腕組みしながら続ける。
「まだ、具体的な職業で学部を絞らなくたっていいんだぞ。こんな風に生きたいとか、自分が楽しいのはこんなことだ、とか……そういうもんなら、何かしらあるだろ?」
ちょっぴり考えてから、私は握った両手に力を込めた。
「……夢なら、あります」
「そうか、どんな夢だ……って、聞いてもいいか?」
誰にでも向けられる穏やかな笑顔が、問いかけるように私の目を覗き込む。
ためらった末、私は意を決して口を開いた。
「私の夢は、大好きな人と一緒に、心安らげる家庭を築くことです」
原田先生はクスッと笑った。
「偶然だな。俺の夢もおまえと同じだ」
――おまえと同じ――
胸がズキンと痛んだ。
言葉にしてみれば同じでも、二つの夢は全くの別物だ。
先生の夢と私の夢とが、交わる未来なんてあり得ないのだから。
口をついて出た言葉は、ふてくされたような声色になってしまった。
「先生はいいじゃないですか。きっとすぐにでも叶えられますよ」
「本当にそう思うか?」
切なげに揺れる琥珀色の瞳に、思わず目をそらした。
大好きな原田先生が、誰かを想う真剣な眼差しなんて、見たくない。
先生にこんな表情をさせる相手は、一体、どんなに素敵な女性なんだろう……
そっぽを向きながら、泣きたい気持ちで口をへの字に固く結ぶ。
そのうち、微かなため息が聞こえたかと思うと、先生の両手が私の頬をはさみ、真正面を向かされた。
「目ぇそらすなって」
視線が絡んでしまえば、もう、そらすことなんか出来ない。
揺らいでいたはずの瞳が、まっすぐ私を見ている。
見つめ返すうちに、どんどん顔が近づいて… …
唇が重ねられた。
突然の出来事に放心する私を、先生はそっと抱きしめ、耳元でささやいた。
「本当に俺の夢を叶えてくれるのか?」
「え??」
はてなマークが頭の中で飛び交う。
「いつか、惚れた女と所帯を持って、幸せに暮らすってのが、俺の夢だ」
先ほどの話を思い出し、私はコクコクとうなずいた。
「千鶴……おまえが傍にいてくれりゃあ、きっと、俺の夢は叶うんだけどな」
*
もしかして、からかわれている……?
ううん、そんな雰囲気じゃない。
思考が追いつかないまま、私は何とか言葉を絞り出した。
「でも……私、ふられたんですよね」
今度は、先生の頭に『?』マークが浮かんだ。
「ホワイトデーに、俺の気持ち伝えただろ?」
「え!?だって、島原の子たちと同じお返しだったって…」
一瞬キョトンとしてから、原田先生は苦笑した。
「なんだ、気づいてなかったのか?首からブレスレット提げたクマがいただろ?」
確かに、クマのぬいぐるみがお菓子と一緒にいた。
けれど、当時の私は『私だけ薄桜学園の生徒だから、きっとおまけなんだよね』と深く考えなかった。
そうか、枕元で見守ってくれている、あのクマの左之さん(と名付けてるんだ)は、特別だったんだ。
じわじわと嬉しさが込み上げて、頬をゆるめる私に、先生が言う。
「その様子じゃ、あのブレスレットに、おまえの誕生石があしらってあるのもわかってなかったんだな」
「そうだったんですか!?……あれは……偶然かと……っていうか、どうして何も言って下さらなかったんですか!? あれから何ヶ月経ってると……」
「はは、悪ぃ悪ぃ……けどな」
申し訳なさそうに、先生は声をひそめた。
「俺が表だって、行動起こす訳にゃいかねぇだろ? それに、おまえの態度見てりゃ、俺に対する気持ちは、ちゃあんとわかってたしな」
これは、夢じゃないだろうか……
原田先生も、私を想ってくれてるってことだよね。
ふわふわ舞い上がりそうな気持ちは、先生の声で現実に引き戻された。
「ただな……おまえにはこの先、いろんな可能性が開けてる。見たことのない世界だってたくさんある。だから……俺がおまえを閉じ込めちまって、その可能性を潰しちまうのが恐いんだよ」
「可能性……ですか?」
先生は大きくうなずいた。
「はじめのうちは、好いた相手と生活を共にする、それだけで満足かもしれねぇ。けどな、人間、落ち着いて安定してくると、『これでよかったのか?』って、疑問を持つようにできてるんだ」
「私、そんなこと思いません!!」
一旦伏せた目をゆっくり上げて、彼は真剣な顔を私に向けた。
「悪ぃ、千鶴の気持ちを疑ってる訳じゃねぇんだ。ただ、いろんなことを経験して、視野を広げることは、おまえにとって絶対ぇプラスになる。俺としちゃあ、おまえには、そういうチャンスから逃げてほしくねえんだ」
「逃げ……なんでしょうか」
世の中の動きや勉強に煩わされず、愛する人のことだけを見ていたいと思うのは……私が進路希望調査に『何も書けない』というのは、ただの逃げで、甘えなのだろうか?
うつむいて唇を噛むしかない私の頭を、原田先生はクシャクシャと撫でた。
「俺もがんばるから……おまえの親御さんに、胸はって『千鶴を幸せにします』って言えるように、もっともっと頼れる男になるから。だから、おまえも勉強がんばって、自分を磨くんだぞ」
胸が熱くなる。
なんだか、我ながら単純だと思うけれど、俄然やる気になった私は、進路希望調査の用紙を受け取り、声高に宣言した。
「ちゃんと記入して、明日、必ず提出します」
「ああ、待ってるぞ」
この“原田スマイル”は、私にだけ向けられてるものだよね。
「秋の日は釣瓶落としだ。暗くならねぇうちに、早く帰れ」
「はい……」
返事はしたものの、名残惜しくて見上げる私の頭を、彼は再び撫でた。
「今はまだ立場上、送ってやれねえ……ごめんな、我慢してくれ」
「大丈夫です。いつか、同じ場所に帰れる日を楽しみにしてますから」
「俺もだ」
そう答えながら、彼が額に落としてくれたキスは、私の心のすき間を全部埋めて、有り余るものだった。
教官室を出て、家路をたどる。
赤々と燃える秋の夕日は、原田先生の髪と同じ色だった。
*
書くべきことがどうしても浮かばなかった私は、それを白紙で提出し、案の定呼び出しを食らった。
という訳で、現在、体育科教官室で原田先生と向かい合って立っている。
―――原田先生は、私の憧れだ。
バレンタインデーには、勇気を出して手作りの本命チョコを渡し……玉砕した。
誰もが心を奪われるに違いない“原田スマイル”で「お、ありがとうな」って、頭を撫でてくれた。
ホワイトデーには、お洒落な焼き菓子セットをプレゼントしてくれた。
でも……そこまでだった。
お千ちゃんにコソッと聞いてみたら、島原女子からはるばる、原田先生にチョコを渡しに来た子たちにも、同じお返しだったらしい。
つまり、彼にとって、私のチョコへの返事は、他の女の子へのものと同じ“義理”だったのだ。
だからといって、それから今日までの間も、先生への気持ちが変わることはなかったのだけれど―――
「呼び出した理由は、わかってるよな」
先生は、真っ白な用紙を目の前でヒラヒラさせた。
「すみません。でも、書けないものは書けません。思いつかないんです……やりたいこととか、なりたいものとか」
「まあ、まだ二年生だから実感わかねえって気持ちもわかるけどな……」
原田先生は、難しい顔で腕組みしながら続ける。
「まだ、具体的な職業で学部を絞らなくたっていいんだぞ。こんな風に生きたいとか、自分が楽しいのはこんなことだ、とか……そういうもんなら、何かしらあるだろ?」
ちょっぴり考えてから、私は握った両手に力を込めた。
「……夢なら、あります」
「そうか、どんな夢だ……って、聞いてもいいか?」
誰にでも向けられる穏やかな笑顔が、問いかけるように私の目を覗き込む。
ためらった末、私は意を決して口を開いた。
「私の夢は、大好きな人と一緒に、心安らげる家庭を築くことです」
原田先生はクスッと笑った。
「偶然だな。俺の夢もおまえと同じだ」
――おまえと同じ――
胸がズキンと痛んだ。
言葉にしてみれば同じでも、二つの夢は全くの別物だ。
先生の夢と私の夢とが、交わる未来なんてあり得ないのだから。
口をついて出た言葉は、ふてくされたような声色になってしまった。
「先生はいいじゃないですか。きっとすぐにでも叶えられますよ」
「本当にそう思うか?」
切なげに揺れる琥珀色の瞳に、思わず目をそらした。
大好きな原田先生が、誰かを想う真剣な眼差しなんて、見たくない。
先生にこんな表情をさせる相手は、一体、どんなに素敵な女性なんだろう……
そっぽを向きながら、泣きたい気持ちで口をへの字に固く結ぶ。
そのうち、微かなため息が聞こえたかと思うと、先生の両手が私の頬をはさみ、真正面を向かされた。
「目ぇそらすなって」
視線が絡んでしまえば、もう、そらすことなんか出来ない。
揺らいでいたはずの瞳が、まっすぐ私を見ている。
見つめ返すうちに、どんどん顔が近づいて… …
唇が重ねられた。
突然の出来事に放心する私を、先生はそっと抱きしめ、耳元でささやいた。
「本当に俺の夢を叶えてくれるのか?」
「え??」
はてなマークが頭の中で飛び交う。
「いつか、惚れた女と所帯を持って、幸せに暮らすってのが、俺の夢だ」
先ほどの話を思い出し、私はコクコクとうなずいた。
「千鶴……おまえが傍にいてくれりゃあ、きっと、俺の夢は叶うんだけどな」
*
もしかして、からかわれている……?
ううん、そんな雰囲気じゃない。
思考が追いつかないまま、私は何とか言葉を絞り出した。
「でも……私、ふられたんですよね」
今度は、先生の頭に『?』マークが浮かんだ。
「ホワイトデーに、俺の気持ち伝えただろ?」
「え!?だって、島原の子たちと同じお返しだったって…」
一瞬キョトンとしてから、原田先生は苦笑した。
「なんだ、気づいてなかったのか?首からブレスレット提げたクマがいただろ?」
確かに、クマのぬいぐるみがお菓子と一緒にいた。
けれど、当時の私は『私だけ薄桜学園の生徒だから、きっとおまけなんだよね』と深く考えなかった。
そうか、枕元で見守ってくれている、あのクマの左之さん(と名付けてるんだ)は、特別だったんだ。
じわじわと嬉しさが込み上げて、頬をゆるめる私に、先生が言う。
「その様子じゃ、あのブレスレットに、おまえの誕生石があしらってあるのもわかってなかったんだな」
「そうだったんですか!?……あれは……偶然かと……っていうか、どうして何も言って下さらなかったんですか!? あれから何ヶ月経ってると……」
「はは、悪ぃ悪ぃ……けどな」
申し訳なさそうに、先生は声をひそめた。
「俺が表だって、行動起こす訳にゃいかねぇだろ? それに、おまえの態度見てりゃ、俺に対する気持ちは、ちゃあんとわかってたしな」
これは、夢じゃないだろうか……
原田先生も、私を想ってくれてるってことだよね。
ふわふわ舞い上がりそうな気持ちは、先生の声で現実に引き戻された。
「ただな……おまえにはこの先、いろんな可能性が開けてる。見たことのない世界だってたくさんある。だから……俺がおまえを閉じ込めちまって、その可能性を潰しちまうのが恐いんだよ」
「可能性……ですか?」
先生は大きくうなずいた。
「はじめのうちは、好いた相手と生活を共にする、それだけで満足かもしれねぇ。けどな、人間、落ち着いて安定してくると、『これでよかったのか?』って、疑問を持つようにできてるんだ」
「私、そんなこと思いません!!」
一旦伏せた目をゆっくり上げて、彼は真剣な顔を私に向けた。
「悪ぃ、千鶴の気持ちを疑ってる訳じゃねぇんだ。ただ、いろんなことを経験して、視野を広げることは、おまえにとって絶対ぇプラスになる。俺としちゃあ、おまえには、そういうチャンスから逃げてほしくねえんだ」
「逃げ……なんでしょうか」
世の中の動きや勉強に煩わされず、愛する人のことだけを見ていたいと思うのは……私が進路希望調査に『何も書けない』というのは、ただの逃げで、甘えなのだろうか?
うつむいて唇を噛むしかない私の頭を、原田先生はクシャクシャと撫でた。
「俺もがんばるから……おまえの親御さんに、胸はって『千鶴を幸せにします』って言えるように、もっともっと頼れる男になるから。だから、おまえも勉強がんばって、自分を磨くんだぞ」
胸が熱くなる。
なんだか、我ながら単純だと思うけれど、俄然やる気になった私は、進路希望調査の用紙を受け取り、声高に宣言した。
「ちゃんと記入して、明日、必ず提出します」
「ああ、待ってるぞ」
この“原田スマイル”は、私にだけ向けられてるものだよね。
「秋の日は釣瓶落としだ。暗くならねぇうちに、早く帰れ」
「はい……」
返事はしたものの、名残惜しくて見上げる私の頭を、彼は再び撫でた。
「今はまだ立場上、送ってやれねえ……ごめんな、我慢してくれ」
「大丈夫です。いつか、同じ場所に帰れる日を楽しみにしてますから」
「俺もだ」
そう答えながら、彼が額に落としてくれたキスは、私の心のすき間を全部埋めて、有り余るものだった。
教官室を出て、家路をたどる。
赤々と燃える秋の夕日は、原田先生の髪と同じ色だった。
*
1/1ページ