鬼の姫異聞・壱~守りたいもの~
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「ここなら誰に聞かれる心配もないわ。隠密にお仕事してるあなたが、町の真ん中で新選組の名を出すわけにはいかないでしょう?」
「ここは……京の町にこのような所があったとは……」
京の地理に精通しているはずの山崎も、初めて目にする風景だった。
一条戻橋が、あの世とこの世との境界であるという話は聞いたことがある。
が……しかし、まさか……信じたくはないが、これは異世界というものなのか?
目を見開き辺りを見回す山崎に、千が微笑む。
「ふふ、驚いた?ここは私たちの一族の者しか立ち入れない場所よ。だから、あなたが知らなかったとしても当然ね」
「一族?そういえば以前、雪村君のことを“同胞”と言っていたが、それと関係があるのか?」
「その辺りの事も、腰かけてゆっくりお話しましょう?」
民家の庭先を千がゆったりと歩み始め、山崎もそれに従う。
庭に面した縁側に腰かけた千は、大きく伸びをする。
京の一部のはずなのに、まったく別の土地であるかのような空の色に、山崎は静かに嘆息した。
二人分の茶を運んできた君菊に「ありがとう。二人だけでお話したいから、下がってちょうだい」と声をかけ、千は姿勢を正した。
君菊の姿が見えなくなると、山崎は待ちきれないように口を開いた。
「一族とか……そんな大切なことを俺に教えてしまっていいのか?」
「私があなたを信用したから……理由はそれで十分。それに、なぜかしら……あなたには知っておいてほしいと思うの。私の一族、そして私のことを」
「何の見返りもなく、ただ情報を与えるというのか?」
千は「あらら……」と肩をすくめた。
「お仕事がらなのかしら、ずいぶん用心深いのね。でも、これだけは信じてちょうだい。私はあなたから、新選組の情報を得ようだなんて気持ちは、これっぽっちもないわ」
「しかし、君がどこかの藩に通じているとなれば、俺も黙って見過ごす訳にはいかない」
「我が一族は、あくまでも中立……だから、あなたが警戒する必要はないと思うわよ? 風間なら話は別だけれど」
新選組の宿敵ともいえる、薩摩に与する鬼の頭領の名に、山崎の表情は険しくなる。
しかし、それには構わず、千は、風間家が薩摩を後ろだてとする理由に始まり、京を統べる自らの一族について、また近頃の京の町の動きについて、淡々と山崎に話して聞かせた。
一通り語り終えた千に、山崎が問いかける。
「鬼というものの存在については、よくわかった。しかし、今の話の中には雪村君が出てこなかったようだが」
「そうね、そこが一番肝腎だものね」
クスリと笑ってから、千は再び居ずまいを正した。
「新選組の皆さんには一応お話したから、あなたもご存じかもしれないけれど……」
そう前置きしてから千は、屯所で幹部たちに語った千鶴に関する話を繰り返した。
「君と雪村君が、あれだけ人間ばなれした者たちの同胞とは……。ただ、君の話によると、同じ鬼といえど必ずしも協力関係にある訳ではない……そういうことか」
「ええ。私は、千鶴ちゃんを守りたい……だから、あの日、私たちと一緒に来ないかって話をしたの」
山崎は、千と君菊の屯所への来訪を思い起こした。
「けれど、彼女は来なかった。千鶴ちゃんはあの場所に、心に想うお相手がいるのですって」
「……その情報は初耳だ」
「あ、そういえば、そうよね。千鶴ちゃんが自分から、女として見つけた幸せのために屯所に残りたいなんて……彼らに言えないわよね」
千は小さく肩をすくめる。
訪れた沈黙に、どちらからともなく茶に口をつけた。
風が庭木をざわざわと揺らす。
顔を庭に向けたまま、千が口を開いた。
「で……あなたはどうなの?」
「どう、とは??」
唐突な千の問いに、山崎は首をかしげた。
京であって京でない空を見上げながら、千が独り言のように呟く。
「あなたは、心に想うお相手がいるのかしら」
「…………」
千に倣って目を上げた山崎は、しばしの逡巡の後低い声で呟いた。
「…………いた」
空を見上げたままの視界の隅に、千の姿をとらえながら、彼は言葉を探す。
「いた……が、過去の話だ。命のやり取りをする任務につく以上、隊を措いて守るべきものがあっては、いざという時迷いが生じる」
*