鬼の姫異聞・壱~守りたいもの~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
千鶴を訪ねてきた二人を見かけたのが、出会いだった。
気配を消していたはずの山崎の存在に、まず君菊が、その一瞬の後に千が気付いた。
「新選組にも、忍びの方がいらっしゃるのね」
興味深そうに山崎を眺め回す千を、君菊が軽くたしなめ山崎に向き直る。
「私どもは怪しい者ではございません。こちらは千姫、本日は新選組屯所に人を訪ねてまいりましたが、もう失礼するところで「もう、君菊ったら、自分の名前くらい自分で名乗らせてほしいわ」」
何か言いたげな君菊を制して、千は山崎の正面に立った。
「私は千。千鶴ちゃんを迎えに来たのだけれど、ふられちゃった。見たところ、あなたも新選組の幹部に近い立場の方よね」
彼女の口ぶりから、複数の幹部と面談したであろうことがうかがえる。
ということは、信用に足る人物であるのかもしれない。
「俺は山崎……君たちは、雪村君の知り合いなのか?」
「千鶴ちゃんは、私たちの同胞……一緒に過ごした時間はほとんどないけれど、深いところでつながっているんです」
彼女の言葉の意味するところを理解しかね黙り込む山崎に、千が人懐こそうな笑顔をみせる。
「山崎さんね!お互いこの京で暮らしていれば、またお会いすることがあるかもしれないわね」
「姫様、そろそろ参りませんと」
耳打ちする君菊に、軽く頬をふくらませ「わかってるわよ」と返してから、千は山崎に向かって優雅に一礼した。
「それじゃ、千鶴ちゃんのこと、よろしくお願いします」
「もちろんだ」
あっという間に視界から消えた、千という少女。
千鶴のことを迎えに来たのだ、と言っていた。
「千姫……か」
なぜか山崎は、胸の奥底に閉じ込め封をしたはずの、淡い想いがよみがえってくるのを感じていた。
将来を誓い合った、そして、次にいつ会えるのかもわからない女性への思慕の情を……。
次に二人が顔を合わせたのは、一条戻橋のたもと。
新選組が屯所を西本願寺から不動堂村に移して間もない夏の日のことだった。
「あら、奇遇ね。山崎さん……だったかしら?」
「君は確か……」
忘れられるはずもない少女が目の前に現れ、山崎の鼓動は速くなった。
しかし、それも一瞬のこと、すぐに彼は平常心を取り戻す。
私情は禁物だ。
先だって土方から聞かされた話では、千鶴を訪ねて来た二人連れは鬼と名乗ったという。
そのうちの一人である千は、一見すれば品の良い、それでいて多少お転婆そうな少女である。
が、自らを鬼と称する時点で、あの風間たちと同じ薩長の手の者である可能性も否定できないのだ。
外見に惑わされて判断を誤るようなことがあっては、土方に申し訳が立たない……
瞬時に様々な考えをめぐらせていた山崎は、千の声でハッと現実に引き戻された。
「ちょっとお話ししない?」
「…………」
無言のまま訝しげな視線を向ける山崎に、千はにっこりと微笑んでみせる。
「これも隊務のひとつ、そう言えば、お付き合いいただけるのかしら?」
「一体、何をどう考えたら、君と話をすることが隊務になるんだ?」
山崎が、さらに目付きを鋭くする。
千は動じるふうもなく、笑顔のまま言葉を続けた。
「こう見えても、私の元には京の出来事がすべて入ってくるの。多少時間をとらせてしまっても、それを補って余りある情報と利益を、あなたに……いえ、新選組にもたらすことが出来ると思うけれど?」
「……『新選組のため』……そう言われては、俺に『断る』という選択はないな」
山崎がこぼした、ため息ともつかぬ言葉に、千は「でしょう?」と言いたげに小さくうなずいた。
「ではこちらへ」
軽やかに身を翻した彼女の後に、一歩離れて山崎が続く。
橋に差し掛かるその時、千が足を止めて振り返った。
「戻橋を渡るわよ、山崎さん」
「?……あ、ああ……」
橋のこちらからあちらに渡るという当たり前のことを、何故わざわざ念押しせねばならないのか?
釈然としない気持ちで、彼は歩き出した――
足を進めるうち、山崎はどことなく違和感を覚え始めた。
ちょうど中ほどに差し掛かかると、周囲はいつの間にか白い靄のようなものに包まれている。
一瞬にしてそれが消えた途端、空気が変わった。
「!!?」
千は特に気にするふうでもなく、橋を渡り終えると細い小路を折れていく。
彼女の後を追うように角を曲がった山崎の目の前には、こじんまりとした民家が一軒たたずんでいた。
*
気配を消していたはずの山崎の存在に、まず君菊が、その一瞬の後に千が気付いた。
「新選組にも、忍びの方がいらっしゃるのね」
興味深そうに山崎を眺め回す千を、君菊が軽くたしなめ山崎に向き直る。
「私どもは怪しい者ではございません。こちらは千姫、本日は新選組屯所に人を訪ねてまいりましたが、もう失礼するところで「もう、君菊ったら、自分の名前くらい自分で名乗らせてほしいわ」」
何か言いたげな君菊を制して、千は山崎の正面に立った。
「私は千。千鶴ちゃんを迎えに来たのだけれど、ふられちゃった。見たところ、あなたも新選組の幹部に近い立場の方よね」
彼女の口ぶりから、複数の幹部と面談したであろうことがうかがえる。
ということは、信用に足る人物であるのかもしれない。
「俺は山崎……君たちは、雪村君の知り合いなのか?」
「千鶴ちゃんは、私たちの同胞……一緒に過ごした時間はほとんどないけれど、深いところでつながっているんです」
彼女の言葉の意味するところを理解しかね黙り込む山崎に、千が人懐こそうな笑顔をみせる。
「山崎さんね!お互いこの京で暮らしていれば、またお会いすることがあるかもしれないわね」
「姫様、そろそろ参りませんと」
耳打ちする君菊に、軽く頬をふくらませ「わかってるわよ」と返してから、千は山崎に向かって優雅に一礼した。
「それじゃ、千鶴ちゃんのこと、よろしくお願いします」
「もちろんだ」
あっという間に視界から消えた、千という少女。
千鶴のことを迎えに来たのだ、と言っていた。
「千姫……か」
なぜか山崎は、胸の奥底に閉じ込め封をしたはずの、淡い想いがよみがえってくるのを感じていた。
将来を誓い合った、そして、次にいつ会えるのかもわからない女性への思慕の情を……。
次に二人が顔を合わせたのは、一条戻橋のたもと。
新選組が屯所を西本願寺から不動堂村に移して間もない夏の日のことだった。
「あら、奇遇ね。山崎さん……だったかしら?」
「君は確か……」
忘れられるはずもない少女が目の前に現れ、山崎の鼓動は速くなった。
しかし、それも一瞬のこと、すぐに彼は平常心を取り戻す。
私情は禁物だ。
先だって土方から聞かされた話では、千鶴を訪ねて来た二人連れは鬼と名乗ったという。
そのうちの一人である千は、一見すれば品の良い、それでいて多少お転婆そうな少女である。
が、自らを鬼と称する時点で、あの風間たちと同じ薩長の手の者である可能性も否定できないのだ。
外見に惑わされて判断を誤るようなことがあっては、土方に申し訳が立たない……
瞬時に様々な考えをめぐらせていた山崎は、千の声でハッと現実に引き戻された。
「ちょっとお話ししない?」
「…………」
無言のまま訝しげな視線を向ける山崎に、千はにっこりと微笑んでみせる。
「これも隊務のひとつ、そう言えば、お付き合いいただけるのかしら?」
「一体、何をどう考えたら、君と話をすることが隊務になるんだ?」
山崎が、さらに目付きを鋭くする。
千は動じるふうもなく、笑顔のまま言葉を続けた。
「こう見えても、私の元には京の出来事がすべて入ってくるの。多少時間をとらせてしまっても、それを補って余りある情報と利益を、あなたに……いえ、新選組にもたらすことが出来ると思うけれど?」
「……『新選組のため』……そう言われては、俺に『断る』という選択はないな」
山崎がこぼした、ため息ともつかぬ言葉に、千は「でしょう?」と言いたげに小さくうなずいた。
「ではこちらへ」
軽やかに身を翻した彼女の後に、一歩離れて山崎が続く。
橋に差し掛かるその時、千が足を止めて振り返った。
「戻橋を渡るわよ、山崎さん」
「?……あ、ああ……」
橋のこちらからあちらに渡るという当たり前のことを、何故わざわざ念押しせねばならないのか?
釈然としない気持ちで、彼は歩き出した――
足を進めるうち、山崎はどことなく違和感を覚え始めた。
ちょうど中ほどに差し掛かかると、周囲はいつの間にか白い靄のようなものに包まれている。
一瞬にしてそれが消えた途端、空気が変わった。
「!!?」
千は特に気にするふうでもなく、橋を渡り終えると細い小路を折れていく。
彼女の後を追うように角を曲がった山崎の目の前には、こじんまりとした民家が一軒たたずんでいた。
*
1/3ページ