いちばんの贈り物
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薄桜学園の剣道部は、春の地区大会において見事優勝を飾った。
また、個人戦でも斎藤が優勝を勝ち取るという、華々しい成果をあげた。
元々強豪校として鳴らしているため、生徒たちの間では『勝って当たり前』という空気があることも確かだ。
それでも、目に見える結果を出すことが出来た部員たちは、やはりそれぞれに喜ばしく誇らしい思いを抱いていた。
そして、今年初めて在校生として共に勝利を祝える千鶴にとって、親しいメンバーの活躍は格別に嬉しいものだった。
全校集会の場で剣道部の面々が表彰された日の放課後。
練習を終え帰り支度をしている斎藤の前に、千鶴が現れた。
ひととおり祝いとねぎらいの言葉を紡いでから、彼女は本題を切り出した。
「私も先輩に何かお祝いをしてさしあげたいのですが、どんなものがよいのか見当がつかなくて……ご希望がありましたら教えて下さいませんか?」
「いや、余計な気遣いは無用だ。気持ちだけ受け取っておく」
思いがけない千鶴の申し出に、とっさに斎藤はそう返した。
しかし、斎藤をじっと見上げたまま黙りこくる千鶴の表情が、だんだん泣きそうに歪んでいくのに気付いて、慌てて言葉を発した。
「いや、あんたの申し出は大変に嬉しい。しかし、この世界まだまだ上には上がいる。この学園の中ですら、無敵というわけではないのだ。こんな未熟な俺が、あんたに祝ってもらうなど……」
斎藤の釈明はまだまだ続きそうだったが、目を潤ませた千鶴が歩み寄ると、彼は言葉を止めた。
「私には、応援することしか出来ません。でも、今回の斎藤先輩のご活躍が、何だか自分のことのように嬉しかったんです。私のわがままですけど……もしご迷惑でなければ、どうかお祝いさせてください」
ここまで自分を思ってくれる、せっかくの彼女の気持ちを無下に断るのも失礼だろう……では一体、祝いと称して何をリクエストすればよいのか……
しばし考えをめぐらせた末、斎藤の頭の中で最終結論が出された。
「では、お言葉に甘えさせてもらうとしよう」
花が開くように千鶴が明るい笑顔になったのを確かめてから、斎藤は言った。
「今度、部活が休みの休日、一日外出に付き合ってほしいのだが」
そんなわけで次の週末、街の映画館には二人の姿があった。
斎藤は、今上映されている映画のタイトルと解説をプリントアウトしたもの(用意周到!)を広げた。
「雪村……あんたはどれが見たい?」
「今回は斎藤先輩のお祝いなのですから、先輩の見たいものにしませんか?」
「いや、俺は、あんたが見たいというものを見たいのだ」
「……では……絶賛上映中の“薄桜鬼第三章”などいかがでしょう?」
「武士(もののふ)が誠を貫く物語か……よし、それに決まりだ」
チケットとポップコーンを購入し、席につく。
「斎藤先輩がアニメをご覧になる所って、今まで想像したことがありませんでした」
「実は、このアニメには以前から興味があったのだ。なんでも、俺と同じ名前の剣豪が登場しているようだからな」
時折途切れながらも他愛のない会話を楽しみ、場内を見渡せば、男性客の姿もわりと多く見受けられる。
そのことに気付いた千鶴が安堵の息をもらした時、上映開始のブザーが鳴った。
*
映画の終了後、斎藤の優しいエスコートで千鶴はお姫様のような気分を味わい続けた。
『もしかしたら斎藤先輩、女の子とこうやって歩くことに慣れているんじゃ……』
街を歩き始めてふと頭をよぎった疑問は、すぐに消し飛んだ。
ことあるごとに、斎藤が“あんちょこ”らしきメモ帳を取り出しては真剣な顔で考えこんでいたからだ。
アイスクリームを食べ、プリクラを撮り、書店や雑貨屋を覗き、にぎわう街中を歩く。
アクセサリーショップの前を通りかかった時、ちらっと店先に目をやった千鶴の顔が輝いたのを、斎藤は見逃さなかった。
「この店に興味があるのか?」
「あ、いえ……アクセサリーのお店ですから、斎藤さんにはつまらないですよ。またお千ちゃんたちと一緒に来ます……って、斎藤さん!?」
千鶴の台詞が終わらないうちに、斎藤はズンズンと店の中に入って行った。
注意深く辺りを見回していた斎藤は、ネックレスが陳列してあるコーナーに目を向けると、足早に近づきその中からひとつを手にとった。
「雪村にはこれが似合うと思うのだが」
「わぁ、可愛い……」
千鶴も気に入ったのだと解釈した斎藤は、すかさずそれをレジに持っていき、プレゼント用のラッピングまで頼んでいる。
「…………」
千鶴は複雑な気持ちで彼を見つめていた。
街路樹の下、小さな公園につづく歩道を、二人並んで歩く。
ほどなく斎藤は、千鶴の表情が暗いことに気付いた。
「どうした?具合でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫です……」
顔を覗き込む斎藤に、薄く微笑んでみせるものの、またすぐに彼女の顔は浮かないものになる。
斎藤は小さくため息をついて視線を落とした。
「……すまない、女子がどのようなものを好むのかよくわからなかったゆえ……。俺が立てた計画で、結局あんたを振り回してしまったのだな」
「違います!そうじゃありません」
千鶴は、斎藤の真正面に立った。
「今日は、夢みたいに素敵な時間を過ごさせていただいて、心から感謝しています。でも、私ばかりが嬉しくって……これじゃまるで、私に対するご褒美です」
「…………」
斎藤は無言のまま、千鶴の言葉にじっと耳を傾ける。
「先輩のためのお祝いなのに……私、先輩に喜んでいただけるようなこと、何にも出来てません」
「いや、それは違う」
「え?」
二人の視線が交わる。
「あんたは俺のために、今日という時間を使ってくれた。それだけでもありがたく思っているのに、前々からやってみたかったことをあれこれさせてもらい、俺としてはこれ以上嬉しい日はなかった」
「やってみたかったこと……ですか?」
「ああ。今日の俺たちは、世間一般で言うところの“恋人どうし”に見えたに違いない。真似事でもよいから、あんたとそんな風に街を歩いてみたかったのだ」
途中から顔をそらし、目を合わせず語る斎藤の頬は、ほんのりと赤い。
しばしの沈黙のあと、千鶴は意を決したように顔を上げた。
「真似事なんて嫌です!私は……本当の恋人どうしとして、先輩の隣にいたいです」
「雪村……」
「あ、す、すみません……」
言ってしまってから急に恥ずかしくなったのか、真っ赤になってうつむく千鶴を、斎藤が微笑みながら見つめた。
「互いに同じことを思っているならば、遠慮なく言わせてもらう」
千鶴の手をとり両手でギュッと握って、斎藤は言う。
「これからも雪村が俺の隣にいてくれること……つまり、あんた自身が、俺にとって一番の祝いだ」
恥ずかしそうにうなずく千鶴を見て斎藤は満足そうに微笑む。
「そうだ、これを」
ふと思い出したように、彼は先ほど購入したネックレスの包みを取り出した。
「これを受け取ってほしい。今後、今日のように共に外出する際には、これをつけてきてもらえると嬉しいのだが……」
「今後……も私と休日を過ごしていただけるんですか?」
「“本当の恋人どうし”だからな」
「……はいっ!」
その後……
「一君、最近付き合い悪ぃよな」
「千鶴ちゃんもね……あ~あ…僕の“デート虎の巻”一君に伝授するんじゃなかったな」
そんな平助と沖田の嘆きが、頻繁に聞かれるようになったとかならなかったとか。
*
また、個人戦でも斎藤が優勝を勝ち取るという、華々しい成果をあげた。
元々強豪校として鳴らしているため、生徒たちの間では『勝って当たり前』という空気があることも確かだ。
それでも、目に見える結果を出すことが出来た部員たちは、やはりそれぞれに喜ばしく誇らしい思いを抱いていた。
そして、今年初めて在校生として共に勝利を祝える千鶴にとって、親しいメンバーの活躍は格別に嬉しいものだった。
全校集会の場で剣道部の面々が表彰された日の放課後。
練習を終え帰り支度をしている斎藤の前に、千鶴が現れた。
ひととおり祝いとねぎらいの言葉を紡いでから、彼女は本題を切り出した。
「私も先輩に何かお祝いをしてさしあげたいのですが、どんなものがよいのか見当がつかなくて……ご希望がありましたら教えて下さいませんか?」
「いや、余計な気遣いは無用だ。気持ちだけ受け取っておく」
思いがけない千鶴の申し出に、とっさに斎藤はそう返した。
しかし、斎藤をじっと見上げたまま黙りこくる千鶴の表情が、だんだん泣きそうに歪んでいくのに気付いて、慌てて言葉を発した。
「いや、あんたの申し出は大変に嬉しい。しかし、この世界まだまだ上には上がいる。この学園の中ですら、無敵というわけではないのだ。こんな未熟な俺が、あんたに祝ってもらうなど……」
斎藤の釈明はまだまだ続きそうだったが、目を潤ませた千鶴が歩み寄ると、彼は言葉を止めた。
「私には、応援することしか出来ません。でも、今回の斎藤先輩のご活躍が、何だか自分のことのように嬉しかったんです。私のわがままですけど……もしご迷惑でなければ、どうかお祝いさせてください」
ここまで自分を思ってくれる、せっかくの彼女の気持ちを無下に断るのも失礼だろう……では一体、祝いと称して何をリクエストすればよいのか……
しばし考えをめぐらせた末、斎藤の頭の中で最終結論が出された。
「では、お言葉に甘えさせてもらうとしよう」
花が開くように千鶴が明るい笑顔になったのを確かめてから、斎藤は言った。
「今度、部活が休みの休日、一日外出に付き合ってほしいのだが」
そんなわけで次の週末、街の映画館には二人の姿があった。
斎藤は、今上映されている映画のタイトルと解説をプリントアウトしたもの(用意周到!)を広げた。
「雪村……あんたはどれが見たい?」
「今回は斎藤先輩のお祝いなのですから、先輩の見たいものにしませんか?」
「いや、俺は、あんたが見たいというものを見たいのだ」
「……では……絶賛上映中の“薄桜鬼第三章”などいかがでしょう?」
「武士(もののふ)が誠を貫く物語か……よし、それに決まりだ」
チケットとポップコーンを購入し、席につく。
「斎藤先輩がアニメをご覧になる所って、今まで想像したことがありませんでした」
「実は、このアニメには以前から興味があったのだ。なんでも、俺と同じ名前の剣豪が登場しているようだからな」
時折途切れながらも他愛のない会話を楽しみ、場内を見渡せば、男性客の姿もわりと多く見受けられる。
そのことに気付いた千鶴が安堵の息をもらした時、上映開始のブザーが鳴った。
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映画の終了後、斎藤の優しいエスコートで千鶴はお姫様のような気分を味わい続けた。
『もしかしたら斎藤先輩、女の子とこうやって歩くことに慣れているんじゃ……』
街を歩き始めてふと頭をよぎった疑問は、すぐに消し飛んだ。
ことあるごとに、斎藤が“あんちょこ”らしきメモ帳を取り出しては真剣な顔で考えこんでいたからだ。
アイスクリームを食べ、プリクラを撮り、書店や雑貨屋を覗き、にぎわう街中を歩く。
アクセサリーショップの前を通りかかった時、ちらっと店先に目をやった千鶴の顔が輝いたのを、斎藤は見逃さなかった。
「この店に興味があるのか?」
「あ、いえ……アクセサリーのお店ですから、斎藤さんにはつまらないですよ。またお千ちゃんたちと一緒に来ます……って、斎藤さん!?」
千鶴の台詞が終わらないうちに、斎藤はズンズンと店の中に入って行った。
注意深く辺りを見回していた斎藤は、ネックレスが陳列してあるコーナーに目を向けると、足早に近づきその中からひとつを手にとった。
「雪村にはこれが似合うと思うのだが」
「わぁ、可愛い……」
千鶴も気に入ったのだと解釈した斎藤は、すかさずそれをレジに持っていき、プレゼント用のラッピングまで頼んでいる。
「…………」
千鶴は複雑な気持ちで彼を見つめていた。
街路樹の下、小さな公園につづく歩道を、二人並んで歩く。
ほどなく斎藤は、千鶴の表情が暗いことに気付いた。
「どうした?具合でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫です……」
顔を覗き込む斎藤に、薄く微笑んでみせるものの、またすぐに彼女の顔は浮かないものになる。
斎藤は小さくため息をついて視線を落とした。
「……すまない、女子がどのようなものを好むのかよくわからなかったゆえ……。俺が立てた計画で、結局あんたを振り回してしまったのだな」
「違います!そうじゃありません」
千鶴は、斎藤の真正面に立った。
「今日は、夢みたいに素敵な時間を過ごさせていただいて、心から感謝しています。でも、私ばかりが嬉しくって……これじゃまるで、私に対するご褒美です」
「…………」
斎藤は無言のまま、千鶴の言葉にじっと耳を傾ける。
「先輩のためのお祝いなのに……私、先輩に喜んでいただけるようなこと、何にも出来てません」
「いや、それは違う」
「え?」
二人の視線が交わる。
「あんたは俺のために、今日という時間を使ってくれた。それだけでもありがたく思っているのに、前々からやってみたかったことをあれこれさせてもらい、俺としてはこれ以上嬉しい日はなかった」
「やってみたかったこと……ですか?」
「ああ。今日の俺たちは、世間一般で言うところの“恋人どうし”に見えたに違いない。真似事でもよいから、あんたとそんな風に街を歩いてみたかったのだ」
途中から顔をそらし、目を合わせず語る斎藤の頬は、ほんのりと赤い。
しばしの沈黙のあと、千鶴は意を決したように顔を上げた。
「真似事なんて嫌です!私は……本当の恋人どうしとして、先輩の隣にいたいです」
「雪村……」
「あ、す、すみません……」
言ってしまってから急に恥ずかしくなったのか、真っ赤になってうつむく千鶴を、斎藤が微笑みながら見つめた。
「互いに同じことを思っているならば、遠慮なく言わせてもらう」
千鶴の手をとり両手でギュッと握って、斎藤は言う。
「これからも雪村が俺の隣にいてくれること……つまり、あんた自身が、俺にとって一番の祝いだ」
恥ずかしそうにうなずく千鶴を見て斎藤は満足そうに微笑む。
「そうだ、これを」
ふと思い出したように、彼は先ほど購入したネックレスの包みを取り出した。
「これを受け取ってほしい。今後、今日のように共に外出する際には、これをつけてきてもらえると嬉しいのだが……」
「今後……も私と休日を過ごしていただけるんですか?」
「“本当の恋人どうし”だからな」
「……はいっ!」
その後……
「一君、最近付き合い悪ぃよな」
「千鶴ちゃんもね……あ~あ…僕の“デート虎の巻”一君に伝授するんじゃなかったな」
そんな平助と沖田の嘆きが、頻繁に聞かれるようになったとかならなかったとか。
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