水心
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一さんと籍を入れ、一緒に暮らし始めて一ヶ月。
式はもう少し落ち着いてから挙げようと二人で決めたので、今は式場やらプランやらをいろいろ調べる、喜びと期待に満ちた幸せな時間を過ごさせてもらっている。
新しい年度が始まったとはいえ、まだまだ寒さの残る晩。
今夜、一さんは、会社の同僚――沖田さんや平助君たち――との飲み会で遅くなるとのこと。
私もちょうど、お千ちゃんと久しぶりに食事をする予定があったので、二人別々に金曜の夜を過ごした。
先に帰宅した私は、コタツでまったり寛ぎながら、一さんのことを考えていた。
こんなふうに、とりとめもない思考に耽るのも何だか久しぶりな気がする。
「斎藤さん」と名字で呼んでいたのが「一さん」に変わり、彼が私を呼ぶ呼び方も「雪村」から「千鶴」に変わった。
それを思うだけで、ああ、愛する人と生活を共にしているんだなあ……って幸せな気持ちがあふれてくる。
より親密な間柄になれたんだ、って。
夜が更ける。
見るとはなしにテレビをつけてはいるけれど、外の物音と玄関ばかりが気になってしまい、今ひとつ集中できない。
バラエティ番組の賑やかな笑い声が止み、ふと時計を見ればもうすぐ日付が変わろうかという時刻。
お千ちゃんと盛り上がったためか、心地よい疲れが私を包み、瞼が重くなってくる。
ごめんなさい、一さん。
お先に休ませていただきますね……
ダブルベッドの半分に丸まり、目を閉じる。
すぐに襲ってきた睡魔に逆らうこともなく、私は眠りについた。
どのくらいたっただろう。
誰かが私の肩を揺さぶっている。
「一さんっ!?」
一気に目が覚めガバッと飛び起きた私を、一さんがギュウと抱きしめた。
「千鶴……すまない」
「え?え?どうかなさったんですか?」
「……総司がっ……」
「沖田さんが??」
「釣った魚にもエサをやらねば、そのうち逃げられると……」
「…………」
「いや、千鶴を魚に例えるなど、そもそも前提が間違っているようにも思うのだが」
――
―――
「一君、籍を入れたからって安心するのは早いんじゃない?千鶴ちゃんを狙ってた男は多いんだよ?僕はもちろんだけど、平助だって左之さんだって、新八さんも、あの土方さんだって……え?知らなかった?一君ってば、鋭いようでいて、そういったことには案外疎いよね」
「それにしても、週末の夜に一人で放っておかれるなんて……千鶴ちゃんかわいそうに。僕が慰めに行ってあげたいくらいだなあ」
「みんなの千鶴ちゃんを独り占めしちゃったんだから、このくらいの嫌がらせは覚悟しておいてもらわないとね」
―――
――
沖田さんの口ぶりが、想像できる気がした。
「そのような類いの文句を散々吹き込まれ、だがしかし、俺が千鶴のもとに駆け付けようとすれば阻止され、挙げ句の果てに終電を逃すまでに引き留められてしまい……」
止めどなく続く一さんのつぶやきに、私は彼の顔をのぞきこんだ。
*
「それでは、タクシーで帰ってらしたんですか?」
突然、私の顔が至近距離に近づいたことに驚いたのか、一さんは一瞬目を見開いた。
しかし、すぐに申し訳なさそうにその目を伏せる。
「ああ……結婚式に備えて節約せねばならぬ、このような大切な時に、思いがけぬ散財…申し開きができぬのは重々承知だ」
「そんな……大丈夫ですよ。一さんが無事にお帰りになることが一番大切なんですから、必要経費です」
そうだろうか?しかし……と自問自答していた一さんだったが、キッと顔を上げると私の両肩をつかんだ。
「俺に出来ることならば何でもする。……だから、俺から離れたりしないでくれ。逃がした魚は大きいのだ、いやこの場合、万が一逃してしまったら、と言うべきか」
「……魚……ですか?」
深酒はしていないようだけれど、それなりに酔ってはいるらしい。
すがるような眼差しで私を見つめる一さん……こんな彼を目にするのは初めてだ!
「寒くないか」「のどは渇いていないか」など矢継ぎ早に気遣いの言葉をかけてくれる一さんに、私は込み上げてくる笑みを隠せなかった。
「ありがとうございます。私はすこぶるよい調子ですから、まずは一さん、お風呂を済ませてきてはどうですか?」
ベッドから下りようとする私を、彼は慌てて押し留めた。
「せっかく布団の中で温まっていたものを、女子が体を冷やしては駄目だ」
「でも……」
「なるべく急いで戻る」
「わかりました。では、一さんの寝る場所も温めておきますね」
ベッドの真ん中で布団をかぶり、目を瞑っていると、やがてドアを開く音が聞こえた。
幾分ふらつくような足取りで部屋に戻ってきた一さんは、ベッドにもぐり込むと安心したように私を抱きしめた。
ドライヤーをかける時間ももどかしかったのか、まだちょっぴり湿気が残っている彼の髪。
「一さんが風邪をひかないようにおまじないです」
私は、冷たい彼の髪にそっと口付けた。
『魚心あれば水心』
前に国語辞典で引いてみたことがある。
解釈の仕方が微妙な言葉だな……という印象を持った覚えがある。
今、なぜか突然この言葉を思い出した。
きっと、一さんが『魚、魚』と言っていたからだろう。
『魚に心あれば、水に心あり』
私が一さんを想うのは、彼が私に好意を示してくれることへの代償ではない。
お互い、相手を心から大切に、愛しく想う――それは、胸の中に自然にわき起こる感情なのだ。
「千鶴、愛している」
慈しむような一さんの口付けが、ぼんやり考え事をしていた私の意識を引き戻した。
「私も愛しています。私が魚なら、一さんは水……私にとって一さんは、なくてはならない大切な大切な存在なんですよ」
「俺とて同じだ」
耳元でささやいた唇が、再び私の唇をふさぐ。
結婚式では……
沖田さんや平助君、原田さんに永倉さんに土方さん……
皆さんに、この幸せをおすそわけできたらいいな……
そう思いながら私は、一さんの背中に腕を回した。
*
式はもう少し落ち着いてから挙げようと二人で決めたので、今は式場やらプランやらをいろいろ調べる、喜びと期待に満ちた幸せな時間を過ごさせてもらっている。
新しい年度が始まったとはいえ、まだまだ寒さの残る晩。
今夜、一さんは、会社の同僚――沖田さんや平助君たち――との飲み会で遅くなるとのこと。
私もちょうど、お千ちゃんと久しぶりに食事をする予定があったので、二人別々に金曜の夜を過ごした。
先に帰宅した私は、コタツでまったり寛ぎながら、一さんのことを考えていた。
こんなふうに、とりとめもない思考に耽るのも何だか久しぶりな気がする。
「斎藤さん」と名字で呼んでいたのが「一さん」に変わり、彼が私を呼ぶ呼び方も「雪村」から「千鶴」に変わった。
それを思うだけで、ああ、愛する人と生活を共にしているんだなあ……って幸せな気持ちがあふれてくる。
より親密な間柄になれたんだ、って。
夜が更ける。
見るとはなしにテレビをつけてはいるけれど、外の物音と玄関ばかりが気になってしまい、今ひとつ集中できない。
バラエティ番組の賑やかな笑い声が止み、ふと時計を見ればもうすぐ日付が変わろうかという時刻。
お千ちゃんと盛り上がったためか、心地よい疲れが私を包み、瞼が重くなってくる。
ごめんなさい、一さん。
お先に休ませていただきますね……
ダブルベッドの半分に丸まり、目を閉じる。
すぐに襲ってきた睡魔に逆らうこともなく、私は眠りについた。
どのくらいたっただろう。
誰かが私の肩を揺さぶっている。
「一さんっ!?」
一気に目が覚めガバッと飛び起きた私を、一さんがギュウと抱きしめた。
「千鶴……すまない」
「え?え?どうかなさったんですか?」
「……総司がっ……」
「沖田さんが??」
「釣った魚にもエサをやらねば、そのうち逃げられると……」
「…………」
「いや、千鶴を魚に例えるなど、そもそも前提が間違っているようにも思うのだが」
――
―――
「一君、籍を入れたからって安心するのは早いんじゃない?千鶴ちゃんを狙ってた男は多いんだよ?僕はもちろんだけど、平助だって左之さんだって、新八さんも、あの土方さんだって……え?知らなかった?一君ってば、鋭いようでいて、そういったことには案外疎いよね」
「それにしても、週末の夜に一人で放っておかれるなんて……千鶴ちゃんかわいそうに。僕が慰めに行ってあげたいくらいだなあ」
「みんなの千鶴ちゃんを独り占めしちゃったんだから、このくらいの嫌がらせは覚悟しておいてもらわないとね」
―――
――
沖田さんの口ぶりが、想像できる気がした。
「そのような類いの文句を散々吹き込まれ、だがしかし、俺が千鶴のもとに駆け付けようとすれば阻止され、挙げ句の果てに終電を逃すまでに引き留められてしまい……」
止めどなく続く一さんのつぶやきに、私は彼の顔をのぞきこんだ。
*
「それでは、タクシーで帰ってらしたんですか?」
突然、私の顔が至近距離に近づいたことに驚いたのか、一さんは一瞬目を見開いた。
しかし、すぐに申し訳なさそうにその目を伏せる。
「ああ……結婚式に備えて節約せねばならぬ、このような大切な時に、思いがけぬ散財…申し開きができぬのは重々承知だ」
「そんな……大丈夫ですよ。一さんが無事にお帰りになることが一番大切なんですから、必要経費です」
そうだろうか?しかし……と自問自答していた一さんだったが、キッと顔を上げると私の両肩をつかんだ。
「俺に出来ることならば何でもする。……だから、俺から離れたりしないでくれ。逃がした魚は大きいのだ、いやこの場合、万が一逃してしまったら、と言うべきか」
「……魚……ですか?」
深酒はしていないようだけれど、それなりに酔ってはいるらしい。
すがるような眼差しで私を見つめる一さん……こんな彼を目にするのは初めてだ!
「寒くないか」「のどは渇いていないか」など矢継ぎ早に気遣いの言葉をかけてくれる一さんに、私は込み上げてくる笑みを隠せなかった。
「ありがとうございます。私はすこぶるよい調子ですから、まずは一さん、お風呂を済ませてきてはどうですか?」
ベッドから下りようとする私を、彼は慌てて押し留めた。
「せっかく布団の中で温まっていたものを、女子が体を冷やしては駄目だ」
「でも……」
「なるべく急いで戻る」
「わかりました。では、一さんの寝る場所も温めておきますね」
ベッドの真ん中で布団をかぶり、目を瞑っていると、やがてドアを開く音が聞こえた。
幾分ふらつくような足取りで部屋に戻ってきた一さんは、ベッドにもぐり込むと安心したように私を抱きしめた。
ドライヤーをかける時間ももどかしかったのか、まだちょっぴり湿気が残っている彼の髪。
「一さんが風邪をひかないようにおまじないです」
私は、冷たい彼の髪にそっと口付けた。
『魚心あれば水心』
前に国語辞典で引いてみたことがある。
解釈の仕方が微妙な言葉だな……という印象を持った覚えがある。
今、なぜか突然この言葉を思い出した。
きっと、一さんが『魚、魚』と言っていたからだろう。
『魚に心あれば、水に心あり』
私が一さんを想うのは、彼が私に好意を示してくれることへの代償ではない。
お互い、相手を心から大切に、愛しく想う――それは、胸の中に自然にわき起こる感情なのだ。
「千鶴、愛している」
慈しむような一さんの口付けが、ぼんやり考え事をしていた私の意識を引き戻した。
「私も愛しています。私が魚なら、一さんは水……私にとって一さんは、なくてはならない大切な大切な存在なんですよ」
「俺とて同じだ」
耳元でささやいた唇が、再び私の唇をふさぐ。
結婚式では……
沖田さんや平助君、原田さんに永倉さんに土方さん……
皆さんに、この幸せをおすそわけできたらいいな……
そう思いながら私は、一さんの背中に腕を回した。
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