木もれ日の色

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千鶴が新選組に庇護され、屯所で生活するようになってから、しばらく経った頃。


岩城升屋事件で深手を負った山南は、今までのように剣を振るうことが出来なくなった。

武士として生きる道を閉ざされ、己れの存在意義に思い悩んでいた彼は、伊東参謀の加入により、新選組内でますます肩身の狭い立場に追いやられていった。



――「一番こわいのはあんただろ、山南さん」――


ここに連れて来られて、初めて幹部達に顔を合わせた際聞いた土方の台詞は、千鶴の脳裏に焼き付いていた。
それゆえ当初は、できるだけ山南に近寄らないよう神経をつかった。


しかし実際には、山南は細かいところにまで気の付く、心根の優しい男であった。

その時々で千鶴がもっとも聞きたい言葉や、困り事への手助けを、さりげなく与えてくれるのはいつも彼だった。


『新選組にとって何の役にも立たない私なのに、山南さんは何かにつけて手を差しのべてくださる……』

山南が自分を気にかけているのは、監視の必要があるから――それは重々承知している。

しかし、それだけでは説明のできないあたたかさを、千鶴は彼の眼差しから感じとっていた。


――京の町の女や子供に人気のあるのは山南と沖田――

誰かのそんな雑談を小耳にはさんだ千鶴は、さもありなんと一人うなずいたものだった。
やたら「斬る」とか「殺す」とか口にする沖田については、多少納得しかねる部分もあったが。


それでなくても、頼るべき人もなく、さりとて父の手がかりが見つかるでもなく、単身やって来た異郷の地。

心細くないはずがない。

折に触れ身にしみる山南の優しさに、千鶴が心を開いたのは自然な流れといえた。




そして、大坂での事件が起こる。


怪我を負って生死の境をさまよい、辛くも一命を取り止めてからの山南は、いたわしいほどに棘を纏った。

それは、千鶴に対しても変わらなかった。


「あんな大変なことになってしまったのだから、ご自身のことで精一杯なのに決まっている。せめて、ほんの少しでも山南さんのお役に立てればよいのに……」

千鶴は、自分の無力さに唇を噛むことしかできなかった。


山南が好んで、卑屈な言葉を口にしたり自分や周囲の者に冷たく当たったりしているのではないことくらい、千鶴にもわかっている。

きっと彼は、他人に対する以上に、彼自身に対して憤りを抱え苦しんでいるのだろう。


*


そんなある日、珍しく穏やかな目をした山南が、千鶴の部屋を訪れた。


雪村君、ちょっと庭に出ませんか?」

「山南さん!!」


以前のような優しげな彼の表情に、千鶴はひそかに胸を撫で下ろした。

けれど、安穏としていられる状況でないことは、よくわかっている。
心の片隅にひんやりとした思いを抱えながら、千鶴は山南に続いて庭に下りた。



空高くトンビが輪を描いて飛んでいく。
市井の喧騒や憂いなど存在しないかのように。


『この庭の景色や空の色は、私がここに来たばかりの頃とちっとも変わらないのに』

山南が刀傷を負ったのは、一瞬のことであったはずだ。

変わらないものがある一方で、彼の身にふりかかったあまりにも大きな試練である変化を思い、千鶴は微かなため息をつく。


乾いた空気に溶け込むように、山南の声が千鶴の耳に届いた。

「君のお父上探しを助けてあげたかったのですが、こんな私ではお役に立てそうにありません。申し訳ないと思っています」

「そ……そんな……私のことで山南さんにご迷惑をおかけするつもりは……」

「私としては、役に立ちたかったのですよ。新選組のためにだけでなく、雪村君……君のためにも」

「そんなこと……もったいないです、新選組総長である山南さんに、そんなふうに思っていただけるだけで」


千鶴の言葉を受けるように、山南が寂しげな笑みを浮かべながらつぶやく。

「しかし、その新選組にとって、死んだも同然の私は、もはや必要のない人間なのです」

「そんなことありません!山南さんは、大事な論客で剣客だって……土方さんが、そうおっしゃってたじゃないですか!?」

「いいのですよ、己が一番よくわかっていますから……」

ゆるく首を左右に振り、山南はポツリポツリと語る。

「皮肉なものです。これまでは……ひたすら剣に生きることに疑問も感じず、そのために散るのなら誇らしいとさえ思っていました。……しかし、それが叶わないと知って初めて、生まれた思いがある」

「生まれた思い……?」

「新選組総長の山南敬助としてではなく、最初から、ただの一個の私として生きていたなら、何かが変わっていたのだろうか……そんなふうに考えてしまうのですよ」


空を見上げて眩しそうに目を細め、独り言のようにつぶやく山南に、千鶴がまっすぐ歩み寄る。

「今からでも、そうやって生きていけばいいじゃないですか!私が……私がいつでも山南さんのお側にいますから」

それは嬉しいですね、と微笑みながら、山南は遠く流れる雲に視線を投げた。

「このような世でなければ、みどり深い山奥で、君と二人のどかに暮らしたかった」

「山南さん……?」


まるで遺言でもしたためるように静かに語る山南に、千鶴は胸騒ぎにも似た不安を覚える。


自分を見上げる泣き出しそうな瞳に気づき、山南は再び穏やかな笑みを向けた。

「二人で連れ立って歩きながら、時折足を止めて木漏れ日を眺める……一瞬でも、そんな夢を私がみていたと言ったら笑いますか?」

「私も!私も一緒に、その夢をみたいです!」

「ありがとうございます……しかし、それも」

山南は小さく息を吐いた。

「…………今となっては、夢の残骸にすぎません」

「そんなこと言わないでくださいっ!」

*
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