眠れる森の誰かさん

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「お、千鶴、ちょっと頼まれてくれねえか?」

「はい、なんでしょうか?」


日直の日誌を置きに職員室へ行くと、土方先生に声をかけられた。


「沖田の野郎、放課後俺んとこに来いって言ってあるのに、来やしねぇ。悪いが、教室にいたら、絶対来るように伝えてくれ」

「わかりました。もしいなかったら、校内放送で呼び出しますか?」

「まあ、どっちにしても、素直に来るような玉じゃねぇけどな」


苦笑いをする土方先生にペコリと頭を下げると、私は、沖田先輩を探しに二年生の教室に向かった。




二年一組の教室。

窓際の机に俯し、腕に頭をあずけて寝ている沖田先輩を見つけた。
射し込む夕暮れの陽光を受け、そこだけが一枚の絵のようだ。


教室の入り口から顔だけ出し、私は声をはりあげた。


「沖田先輩、起きてください」


熟睡しているのか、ピクリとも動かない。

困ったな…
ちゃんと土方先生の所に行ってくれないと、私がお役目を果たしたことにならないんだけどな…。


教室に足を踏み入れると、まっすぐ先輩に向かって進む。

「沖田先輩ってば!」

彼の頭上で大音量で叫ぶ……も、空振り。

まさか、体を揺すって起こす訳にもいかないし…


困り果てながらも、つい先輩の寝顔に目がいってしまう。


端整な顔立ちは、女の私よりも余程“美しい”という表現がぴったりくる。


「土方先生がお呼びですよ」


もしも狸寝入りであれば、土方先生の名前に反応するに違いないと思い、注意深く先輩の顔を見つめる。

だが、特に表情に変化はなかった。


沖田先輩の顔をこんな至近距離で見られるチャンスなど、めったにない。

長い睫毛やすべすべの肌に羨ましさを覚えながら、私は、彼の顔を覗き込んだ。


ほんの、ちょっとだけ……


魔がさしたというのは、まさにこのような状況のことをいうのだと思う。

そろそろと伸ばした私の右手は、先輩の柔らかそうな頬を、ムニ~ッと摘まんでいた。


途端、先輩がガバッと体を起こす。


「ちょっと……なんてことしてくれちゃうわけ!?まったく、君って子は……」

「あ、沖田先輩!さっきから、土方先生がお待ちかねですよ」

「気持ちいい眠りから覚めたばっかりなのに、そんな名前言わないでよね」

「そ、そんなこと言われましても……」


なんとも返答のしようがない。

そんな私に構わず、彼は目を細めた。


「それからさ……さっきのシチュエーションは、キスで起こすってのが定番じゃないの?」

「!!やっぱり、寝たふりだったんですね!」


怒気を含んだ声で抗議してはみたが、彼は、私の怒りなど痛くも痒くもないらしい。


「さ~て……」


意味ありげに笑いながら、沖田先輩は立ち上がった。

何かを企んでいるような瞳に、背筋が凍りつく。


無意識のうちに後退ると、机やら椅子やらにガタガタとぶつかってしまい、静かな教室に大きな音が響く。


その時、開け放した教室のドアから、誰かが入ってきた。



「おい、そろそろ下校の時刻だ」

「斎藤先輩!?」


そこには、風紀委員の腕章を燦然と輝かせる斎藤先輩の姿があった。


「ちょうどよかった……ねえ、一君はどう思う?」

「?」


沖田先輩の唐突な質問に、斎藤先輩の顔には、ハテナマークが浮かぶ。

私は慌てて、かいつまんだ事情を説明した。



しばし思案した後に、斎藤先輩は答える。

「神聖な教室で寝とぼけているのが総司であれば、斬る(竹刀で)」

「ひどいな、一君ってば」

「真剣でないだけありがたいと思え」

「じゃあ、寝てるのが僕じゃなくて千鶴ちゃんだったら、どうする訳?まさか、いきなり斬っちゃったりしないよね?」

雪村だったら……」


腕組みをして、うーむ…と考えこむ斎藤先輩。


「あ、あの、斎藤先輩……そんな、真剣にお考えになるほどのことじゃありませんから……」


*


「おいっ!てめえら、何してやがる!?」

「「土方先生!!」」


三人そろって教室の入り口に顔を向けると、そこには、文字どおり鬼の形相の土方先生が仁王立ちしていた。


「総司!俺の所に来るように、雪村から伝えてもらったはずだが?」

「やだなあ、土方先生。僕は、行きたくないという自分の意志を尊重してるだけですよ?」

「てめえの意志なぞ聞いちゃいねぇ!こっちが用があるから呼んでんだ!!」

「そうそう、土方先生だったら、どうしますか?」


沖田先輩は、机の上に腰かけて言葉を続けた。


「もし、千鶴ちゃんが教室で無防備に眠っていた場合……」


呼び出されている立場をまるっきり無視する沖田先輩に、土方先生の眉がピクリと動き、眉間にしわが刻まれる。


「その場合、キスするのか「くだらんことを言ってないで、さっさと来んかーーっ!! 」」


土方先生は、沖田先輩の首根っこを、猫を持ち上げるかのようにつかんで立ち上がらせると、私の方に顔を向けた。


「ああ、千鶴、面倒かけて悪かったな」

「いえ、結局お役に立てませんで…」

「ちょっと、カーディガン引っ張るの、やめてくださいよ。そもそも、土方さんが、この子を来させるからいけないんじゃないですか」

「だったら、最初からこうやって強制連行すれば、文句ねぇってことだな?」


土方先生は、そのまま沖田先輩を引きずっていこうとする。


「ああもう、行けばいいんでしょ、行けば。そのかわり、おいしいお茶とお菓子くらいは用意してもらえるんでしょうね?」


面倒くさそうに土方先生の手を払いのけた沖田先輩が、わざとらしい笑みをつくる。


「っ……寝言は、寝てから言いやがれ!!」


怒鳴り付けたところで、沖田先輩には暖簾に腕押し。

土方先生は大きなため息をつくと、再び私を見た。


「おい千鶴、もう暗くなるから、気をつけて帰れよ」

千鶴ちゃん、変質者が出たら困るから、僕が送ってくよ」


いかにもそのまま、この場を立ち去ろうという風情の沖田先輩の腕を、土方先生がガシッとつかんだ。


「待て総司、てめえは今から説教だ!」

「え~、こんな暗い中、か弱い女の子を一人で帰らせるなんて、ひどくないですか?それに、千鶴ちゃんが帰るの遅くなっちゃったのって、土方さんが引き止めたからでしょ?彼女に何かあったら、責任とってくれるんですか?」

「ちっ……よくそんだけベラベラと、ご託を並べられるもんだな……。斎藤、頼めるか?」

「は、俺が責任をもって、雪村を送り届けます」

「ちょっと!一君の裏切り者!」

「総司、こちらのことは案ずるな。土方先生のありがたいお言葉を、しかとその身に刻みこんでこい」



そんなこんなで、なぜか私は、斎藤先輩に伴われて帰宅することになった。



「先輩、このあと学校に戻られて、剣道部の練習ですよね……お忙しいのに、本当にすみません」

「それは一向に構わん。……ところで、さっきの答えだが」

「え?なんでしたっけ?」


すっかり日が暮れて街灯のともり始めた通学路を歩きながら、私は首をかしげた。


「教室で雪村が寝ていたらどうするか、という質問だ」

「あ……!もしかして、先輩…ずっと考えていてくださったんですか?」


総司の問いに答えていないままだったからな、と前置きをしてから、まっすぐ進行方向を見据えて、斎藤先輩が言った。

「あんたが寝ていたら……風邪をひかぬよう、俺のブレザーを背中にかける」

「…………」


何も言えずに斎藤先輩の横顔を見つめると、彼もこちらを向いて、目が合った。


「どうした?俺は何か、おかしなことを言ったか?」

「あ……いえっ……ありがとうございます」


先輩は優しく微笑むと、再び前を向いて歩き出した。

私も慌てて後に続く。



斎藤先輩らしい気遣いは、女の子なら誰でも、ときめいてしまうに違いない。

けれど、やっぱり、王子さまの口付けで眠りから覚めるっていうのも素敵だなあ……


そんなことを思いながら、一歩前を行く斎藤先輩に追いつき隣に並んだ。

*
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