your only……
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薄桜学園に入学してから、毎朝幼なじみの平助とともに登校している千鶴。
彼の友達である沖田と途中で合流するのも、当たり前の光景となっていた。
そんなある日の昼休み。
屋上でくつろぐ沖田と千鶴の姿があった。
いつも一緒にいるはずの平助が、今日は見当たらない。
今日中に提出すべき数学の課題がまだ出来上がらず、教室で必死に取り組んでいるためだ。
「まったく平助ってば……こんなのどかな昼休みに、教室にとじ込もって必死にお勉強だなんて……もったいないよね」
「二年生になると、課題もたくさんになって大変なんですね」
真面目な顔でしみじみと言う千鶴に、沖田が笑う。
「あはは、平助は仕方ないよ、自業自得なんだから」
「自業自得?」
「そう。今日中に提出の課題を、今朝の時点で半分も終わらせてないんだからね、呆れるよ。多分これは、二年生がどうこうじゃなく平助だけの問題だと思うよ」
「沖田先輩は、もう提出されたんですね」
「当然でしょ」
ふふん、と鼻で笑った沖田がドヤ顔で続ける。
「どうせ提出しなくちゃならないものなら先延ばししたって仕方ないし、そのために千鶴ちゃんとのおやつタイムを削られちゃうだなんて、まっぴらごめんだからね」
さすが先輩……と沖田に尊敬の眼差しを向けながら、千鶴は微笑む。
「平助君には申し訳ないですけど、こうやってお菓子を食べながらのんびりできる昼休みって、格別ですよね」
「うん……」
「……沖田先輩?」
沖田の差し出したポッキーを、箱から摘まんで口に運んでいた千鶴が、動きを止める。
「……あの、私の顔に何かついてます?」
慌てた様子で顔を擦る千鶴の声で、沖田は、自分が彼女に見とれていたことに気付く。
「いや……」
狼狽える顔など、千鶴に見せたくない。
沖田は即座に、いつものように目を三日月の形に細め、からかうような口調で言った。
「君がお菓子を食べてる様子って、小動物みたいで、見てて飽きないんだよね」
「見てなくて結構ですから、先輩も召し上がってください!」
バカにされたと思ったのか、頬を膨らませた千鶴が、手にした一本のポッキーを沖田の口元に突きつける。
それを口ではなく指で受け取ってから、沖田は抑揚のない声で言った。
「千鶴ちゃんってさ、好きな人いないの?これだけたくさんの男が周りにいるんだから、ちょっとくらい、ときめく相手がいたっておかしくないよね」
「そ……そうでしょうか」
「うん。例えば……そうだな、新八さんとか?」
「な、なな、なんで永倉先生なんですか!?」
一気に頬を染めた千鶴に、沖田は表情を変えず続ける。
「なるほどね、図星なんだ?」
「ちがっ……そんなんじゃありません!」
「そんなんじゃないなら、どんななのかな?」
沖田の意地悪な物言いは、いつものこと。
だから、彼の瞳が冷たく光っていたことに千鶴が気付かなかったのも、無理はない。
「どんなって……永倉先生には、数学のわからない所を質問しに行って、お世話になってるんです」
「勉強を教えてもらいに行くのに、そんなふうに赤くなって嬉しそうな顔してるんだ?」
「なっ!?」
はあ~っと長いため息をついて、沖田がさもつまらなそうに言う。
「あんな筋肉のどこがいいのさ」
「え?」
「新八さんだよ。まるで脳ミソまで筋肉みたいだし、おじさんだし」
「…………」
「競馬ざんまいでいつもスッカラカンらしいし、頭がいいんだか悪いんだか、わからないよね」
「…………」
「暑苦しいし汗くさそうだし大酒飲みだし」
「………………」
「万年ダサいジャージで、そのうちキノコでもはえてきちゃったりして」
「……やめてください」
「なあに?どうして僕が君に命令されなきゃならないの?」
不機嫌極まりない沖田の視線に、思わず目をそらして下を向き、千鶴は震える声をしぼり出す。
「そんな言い方……沖田先輩らしくありません!」
*
千鶴は、口の中で小さくつぶやくように繰り返した。
「沖田先輩らしく……ないです」
「僕らしく……?」
「先輩は、誰かのあげ足をとって馬鹿にしたり、貶めたりする人じゃないはずです」
「……いや、土方さんに対しては、普通にそうしてるつもりだけど」
「土方先生への先輩の態度は、見ていて微笑ましくは思いますけど、不快にはなりません。でも、今の永倉先生に対する言い方は、酷いと思います」
「…………」
「………………」
並んで座る二人は、それぞれ前を向いて口をつぐむ。
吹き抜ける爽やかな風とはうらはらに、気まずい沈黙が流れる。
それを破るように、ひとつため息をついた沖田は、持ったままだったポッキーを口にした。
ポッキーが折れる小気味良い音に、千鶴は恐る恐る顔を上げ、沖田の様子をうかがう。
「……原因は君だよ」
「え?」
「千鶴ちゃん……君が絡むことに関してだと、僕は冷静じゃいられなくなるんだ」
千鶴は神妙な顔で沖田の言葉を聞いていたが、首をかしげて尋ねた。
「それは……どういう意味でしょうか?」
「言葉どおりの意味だよ。君が僕以外の誰かと、僕の知らないところで仲良くしてると思ったら、何て言うかこう……」
空を仰いで言葉を探していた沖田は、やがて肩を落として大きく息を吐いた。
「あ~あ……思いっきり焼きもちやいてる、みっともない所を見せちゃったな」
「みっともなくなんかないです!ちょっと怖かったですけど……」
体ごと沖田の方に向き直って見上げる、まっすぐな千鶴の瞳に、沖田はフッと笑みをこぼす。
「悪かったよ、嫌な思いさせて。別に、新八さんがどうのこうのって訳じゃないんだ。最近、君があんまり仲良くしてたからさ……」
「仲良くだなんて、そんなんじゃないです」
恥ずかしいですから、できれば言いたくなかったんですけどね……
そう前置きして、千鶴は言った。
「私、どうしても数学が苦手で……でも、沖田先輩に少しでも追いつきたくて、がんばることに決めたんです」
「僕に追いつく……?」
「あ、あの……そんなの大それた夢だって、ちゃんとわかってます。私が先輩の背中を追いかけるなんて、おこがましいですよね……」
赤く染まった顔を隠すように、シュンとうなだれる千鶴。
――千鶴ちゃん、君が可愛い反応を示していたのは、『新八さん』にではなく、そこで思い浮かんだ『僕』に対してだったんだね――
合点がいき、沖田はちょっぴり安心したような表情を浮かべる。
「で……君は、遠目に僕の背中が見えるくらいまでには、距離を縮められたのかな?」
「それがですね……」
千鶴は沈痛な面持ちで、言いにくそうに言葉を続けた。
「『沖田先輩に追いつけるくらいになりたい』と言いましたら、まず永倉先生に驚かれました。でも、『目標があるのはいいことだ』とおっしゃってくださって……それで……頑張ってはいるんですけれど、まだまだ先輩の背中は見えません。残念ながら」
健気な可愛い後輩。
がんばり屋で、そのくせちょっぴり天然で……
誰からも愛されるに違いないこの少女を、やっぱり自分だけのものにしたい、と沖田は思う。
*
「もう、僕に隠し事なんかしないでほしいな」
「隠していた訳ではなかったんですけど……すみません」
ペコリと下げられた千鶴の頭を、沖田はポンと撫でた。
「僕は誰よりも君のことを知っていたいんだ。平助にも……もちろん新八さんにも負けないくらいにね」
「沖田先輩……」
困ったように眉を下げながらも、ほんのり頬を染めて、まっすぐ沖田を見つめる千鶴。
その様子に柔らかな微笑みを向けてから、同じようにまっすぐ千鶴を見据えて沖田は言う。
「僕は、君にとっての一番になりたい。僕にとって君は、たった一人の大切な人なんだよ」
なんだか大げさな愛の言葉に思え、戸惑いを苦笑いでごまかそうとした千鶴だったが、沖田の瞳の真剣さに、思わず背すじを伸ばした。
「だから……ね、君にも僕のこと、そう思ってほしいな」
「私なんかが……沖田先輩の一番になりたいって、願ってもいいんですか?」
おずおずと、しかし真剣な眼差しで尋ねる千鶴に、沖田は「いいに決まってるよ」と微笑む。
「そうそう、これ」
思い出したようにコンビニ袋をガサガサと探ると、沖田は小さな箱の包装を破り中身を取り出した。
「千鶴ちゃん、口あいて」
「?あ……はい……」
不思議そうに目を瞬きながらも、素直に口を開く千鶴。
沖田の指から、一粒のチョコが千鶴の口の中に消えていった。
「どうかな?僕が、千鶴ちゃんのために用意した“魔法のチョコ”だよ。お菓子の新製品が発売される度に、いつもワクワクしながら選ぶんだ。千鶴ちゃんは、どれが一番好きかな……って」
「ありがとうございます……おいしいです!」
瞳を輝かせ嬉しそうに笑う千鶴を、沖田が満足そうに眺める。
「気に入ってもらえて嬉しいよ。君はさ……いつだって僕のことだけを思っていればいいから」
小さくうなずいて、千鶴が言う。
「こんなにおいしいチョコレート、私だけ頂くんじゃもったいないです。先輩も、どうぞ」
あふれるような笑顔とともに、千鶴は箱の中から取り出したチョコを沖田の目の前に差し出す。
「沖田先輩、あーんしてください」
「え」
いつも千鶴に対して自分が当たり前にとっている行動ではあるが、彼女の方から『あーんして』なんて食べさせてくれることは、めったにない。
一瞬躊躇した沖田だったが、千鶴の手首をつかむと自分の口元に引き寄せた。
「!?」
千鶴の手からチョコをくわえとると、そのまま彼女の体を抱き寄せる。
ベンチに腰かける沖田の膝に、千鶴が横向きに座っている格好になった。
「お、沖田先輩……」
「ん?なあに?」
「だ……誰か来たら……」
屋上の扉を気にしながら慌てる千鶴は、さながら小動物のようで、沖田にしてみればもっと困らせたくなるのだから困ったものだ。
「ご馳走さま、君の手から食べさせてもらうチョコレート、今まで食べたチョコの中で一番おいしいよ」
「あ、ありがとうございます……先輩、もうすぐ昼休み終わりますから」
沖田の膝から降りようと千鶴が身をよじったその時――
先ほどから彼女が気にかけていた扉が、ゆっくりと開いた。
「やっと終わった…………って、おまえら何やってんだっ!?」
「平助君!」
間一髪で沖田から体を離した千鶴が立ち上がった。
続いて、やれやれというように息を吐きながら沖田も立ち上がる。
「平助ったら、そんなによれよれになっちゃって………」
「仕方ねえだろ…ってか、ちゃんと終わったんだから、いいんだよ!」
「沖田先輩、さっきのチョコまだありますか?」
「は?」
千鶴は、“魔法のチョコ”をひとつつまむと平助の前に立った。
「平助君、疲れた脳には甘いものがいいんだよ」
「千鶴……」
チョコを口に入れてもらい嬉しそうな平助を眺めながら、沖田は苦い笑いを噛みしめていた。
――千鶴ちゃん、さっき僕が言ったこと、忘れちゃったみたいだね。
そんな悪い子には、お仕置きが必要だよね……――
*
彼の友達である沖田と途中で合流するのも、当たり前の光景となっていた。
そんなある日の昼休み。
屋上でくつろぐ沖田と千鶴の姿があった。
いつも一緒にいるはずの平助が、今日は見当たらない。
今日中に提出すべき数学の課題がまだ出来上がらず、教室で必死に取り組んでいるためだ。
「まったく平助ってば……こんなのどかな昼休みに、教室にとじ込もって必死にお勉強だなんて……もったいないよね」
「二年生になると、課題もたくさんになって大変なんですね」
真面目な顔でしみじみと言う千鶴に、沖田が笑う。
「あはは、平助は仕方ないよ、自業自得なんだから」
「自業自得?」
「そう。今日中に提出の課題を、今朝の時点で半分も終わらせてないんだからね、呆れるよ。多分これは、二年生がどうこうじゃなく平助だけの問題だと思うよ」
「沖田先輩は、もう提出されたんですね」
「当然でしょ」
ふふん、と鼻で笑った沖田がドヤ顔で続ける。
「どうせ提出しなくちゃならないものなら先延ばししたって仕方ないし、そのために千鶴ちゃんとのおやつタイムを削られちゃうだなんて、まっぴらごめんだからね」
さすが先輩……と沖田に尊敬の眼差しを向けながら、千鶴は微笑む。
「平助君には申し訳ないですけど、こうやってお菓子を食べながらのんびりできる昼休みって、格別ですよね」
「うん……」
「……沖田先輩?」
沖田の差し出したポッキーを、箱から摘まんで口に運んでいた千鶴が、動きを止める。
「……あの、私の顔に何かついてます?」
慌てた様子で顔を擦る千鶴の声で、沖田は、自分が彼女に見とれていたことに気付く。
「いや……」
狼狽える顔など、千鶴に見せたくない。
沖田は即座に、いつものように目を三日月の形に細め、からかうような口調で言った。
「君がお菓子を食べてる様子って、小動物みたいで、見てて飽きないんだよね」
「見てなくて結構ですから、先輩も召し上がってください!」
バカにされたと思ったのか、頬を膨らませた千鶴が、手にした一本のポッキーを沖田の口元に突きつける。
それを口ではなく指で受け取ってから、沖田は抑揚のない声で言った。
「千鶴ちゃんってさ、好きな人いないの?これだけたくさんの男が周りにいるんだから、ちょっとくらい、ときめく相手がいたっておかしくないよね」
「そ……そうでしょうか」
「うん。例えば……そうだな、新八さんとか?」
「な、なな、なんで永倉先生なんですか!?」
一気に頬を染めた千鶴に、沖田は表情を変えず続ける。
「なるほどね、図星なんだ?」
「ちがっ……そんなんじゃありません!」
「そんなんじゃないなら、どんななのかな?」
沖田の意地悪な物言いは、いつものこと。
だから、彼の瞳が冷たく光っていたことに千鶴が気付かなかったのも、無理はない。
「どんなって……永倉先生には、数学のわからない所を質問しに行って、お世話になってるんです」
「勉強を教えてもらいに行くのに、そんなふうに赤くなって嬉しそうな顔してるんだ?」
「なっ!?」
はあ~っと長いため息をついて、沖田がさもつまらなそうに言う。
「あんな筋肉のどこがいいのさ」
「え?」
「新八さんだよ。まるで脳ミソまで筋肉みたいだし、おじさんだし」
「…………」
「競馬ざんまいでいつもスッカラカンらしいし、頭がいいんだか悪いんだか、わからないよね」
「…………」
「暑苦しいし汗くさそうだし大酒飲みだし」
「………………」
「万年ダサいジャージで、そのうちキノコでもはえてきちゃったりして」
「……やめてください」
「なあに?どうして僕が君に命令されなきゃならないの?」
不機嫌極まりない沖田の視線に、思わず目をそらして下を向き、千鶴は震える声をしぼり出す。
「そんな言い方……沖田先輩らしくありません!」
*
千鶴は、口の中で小さくつぶやくように繰り返した。
「沖田先輩らしく……ないです」
「僕らしく……?」
「先輩は、誰かのあげ足をとって馬鹿にしたり、貶めたりする人じゃないはずです」
「……いや、土方さんに対しては、普通にそうしてるつもりだけど」
「土方先生への先輩の態度は、見ていて微笑ましくは思いますけど、不快にはなりません。でも、今の永倉先生に対する言い方は、酷いと思います」
「…………」
「………………」
並んで座る二人は、それぞれ前を向いて口をつぐむ。
吹き抜ける爽やかな風とはうらはらに、気まずい沈黙が流れる。
それを破るように、ひとつため息をついた沖田は、持ったままだったポッキーを口にした。
ポッキーが折れる小気味良い音に、千鶴は恐る恐る顔を上げ、沖田の様子をうかがう。
「……原因は君だよ」
「え?」
「千鶴ちゃん……君が絡むことに関してだと、僕は冷静じゃいられなくなるんだ」
千鶴は神妙な顔で沖田の言葉を聞いていたが、首をかしげて尋ねた。
「それは……どういう意味でしょうか?」
「言葉どおりの意味だよ。君が僕以外の誰かと、僕の知らないところで仲良くしてると思ったら、何て言うかこう……」
空を仰いで言葉を探していた沖田は、やがて肩を落として大きく息を吐いた。
「あ~あ……思いっきり焼きもちやいてる、みっともない所を見せちゃったな」
「みっともなくなんかないです!ちょっと怖かったですけど……」
体ごと沖田の方に向き直って見上げる、まっすぐな千鶴の瞳に、沖田はフッと笑みをこぼす。
「悪かったよ、嫌な思いさせて。別に、新八さんがどうのこうのって訳じゃないんだ。最近、君があんまり仲良くしてたからさ……」
「仲良くだなんて、そんなんじゃないです」
恥ずかしいですから、できれば言いたくなかったんですけどね……
そう前置きして、千鶴は言った。
「私、どうしても数学が苦手で……でも、沖田先輩に少しでも追いつきたくて、がんばることに決めたんです」
「僕に追いつく……?」
「あ、あの……そんなの大それた夢だって、ちゃんとわかってます。私が先輩の背中を追いかけるなんて、おこがましいですよね……」
赤く染まった顔を隠すように、シュンとうなだれる千鶴。
――千鶴ちゃん、君が可愛い反応を示していたのは、『新八さん』にではなく、そこで思い浮かんだ『僕』に対してだったんだね――
合点がいき、沖田はちょっぴり安心したような表情を浮かべる。
「で……君は、遠目に僕の背中が見えるくらいまでには、距離を縮められたのかな?」
「それがですね……」
千鶴は沈痛な面持ちで、言いにくそうに言葉を続けた。
「『沖田先輩に追いつけるくらいになりたい』と言いましたら、まず永倉先生に驚かれました。でも、『目標があるのはいいことだ』とおっしゃってくださって……それで……頑張ってはいるんですけれど、まだまだ先輩の背中は見えません。残念ながら」
健気な可愛い後輩。
がんばり屋で、そのくせちょっぴり天然で……
誰からも愛されるに違いないこの少女を、やっぱり自分だけのものにしたい、と沖田は思う。
*
「もう、僕に隠し事なんかしないでほしいな」
「隠していた訳ではなかったんですけど……すみません」
ペコリと下げられた千鶴の頭を、沖田はポンと撫でた。
「僕は誰よりも君のことを知っていたいんだ。平助にも……もちろん新八さんにも負けないくらいにね」
「沖田先輩……」
困ったように眉を下げながらも、ほんのり頬を染めて、まっすぐ沖田を見つめる千鶴。
その様子に柔らかな微笑みを向けてから、同じようにまっすぐ千鶴を見据えて沖田は言う。
「僕は、君にとっての一番になりたい。僕にとって君は、たった一人の大切な人なんだよ」
なんだか大げさな愛の言葉に思え、戸惑いを苦笑いでごまかそうとした千鶴だったが、沖田の瞳の真剣さに、思わず背すじを伸ばした。
「だから……ね、君にも僕のこと、そう思ってほしいな」
「私なんかが……沖田先輩の一番になりたいって、願ってもいいんですか?」
おずおずと、しかし真剣な眼差しで尋ねる千鶴に、沖田は「いいに決まってるよ」と微笑む。
「そうそう、これ」
思い出したようにコンビニ袋をガサガサと探ると、沖田は小さな箱の包装を破り中身を取り出した。
「千鶴ちゃん、口あいて」
「?あ……はい……」
不思議そうに目を瞬きながらも、素直に口を開く千鶴。
沖田の指から、一粒のチョコが千鶴の口の中に消えていった。
「どうかな?僕が、千鶴ちゃんのために用意した“魔法のチョコ”だよ。お菓子の新製品が発売される度に、いつもワクワクしながら選ぶんだ。千鶴ちゃんは、どれが一番好きかな……って」
「ありがとうございます……おいしいです!」
瞳を輝かせ嬉しそうに笑う千鶴を、沖田が満足そうに眺める。
「気に入ってもらえて嬉しいよ。君はさ……いつだって僕のことだけを思っていればいいから」
小さくうなずいて、千鶴が言う。
「こんなにおいしいチョコレート、私だけ頂くんじゃもったいないです。先輩も、どうぞ」
あふれるような笑顔とともに、千鶴は箱の中から取り出したチョコを沖田の目の前に差し出す。
「沖田先輩、あーんしてください」
「え」
いつも千鶴に対して自分が当たり前にとっている行動ではあるが、彼女の方から『あーんして』なんて食べさせてくれることは、めったにない。
一瞬躊躇した沖田だったが、千鶴の手首をつかむと自分の口元に引き寄せた。
「!?」
千鶴の手からチョコをくわえとると、そのまま彼女の体を抱き寄せる。
ベンチに腰かける沖田の膝に、千鶴が横向きに座っている格好になった。
「お、沖田先輩……」
「ん?なあに?」
「だ……誰か来たら……」
屋上の扉を気にしながら慌てる千鶴は、さながら小動物のようで、沖田にしてみればもっと困らせたくなるのだから困ったものだ。
「ご馳走さま、君の手から食べさせてもらうチョコレート、今まで食べたチョコの中で一番おいしいよ」
「あ、ありがとうございます……先輩、もうすぐ昼休み終わりますから」
沖田の膝から降りようと千鶴が身をよじったその時――
先ほどから彼女が気にかけていた扉が、ゆっくりと開いた。
「やっと終わった…………って、おまえら何やってんだっ!?」
「平助君!」
間一髪で沖田から体を離した千鶴が立ち上がった。
続いて、やれやれというように息を吐きながら沖田も立ち上がる。
「平助ったら、そんなによれよれになっちゃって………」
「仕方ねえだろ…ってか、ちゃんと終わったんだから、いいんだよ!」
「沖田先輩、さっきのチョコまだありますか?」
「は?」
千鶴は、“魔法のチョコ”をひとつつまむと平助の前に立った。
「平助君、疲れた脳には甘いものがいいんだよ」
「千鶴……」
チョコを口に入れてもらい嬉しそうな平助を眺めながら、沖田は苦い笑いを噛みしめていた。
――千鶴ちゃん、さっき僕が言ったこと、忘れちゃったみたいだね。
そんな悪い子には、お仕置きが必要だよね……――
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