Candy Days
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「んな顔するんじゃねぇよ……気持ちが抑えられなくなっちまうだろ」
私は困惑いっぱいの目で、先生を見上げた。
「!」
頭をギュウと押さえ付けられ、私の視界は先生のワイシャツでいっぱいになる。
ゆっくり息を吸い込むと、煙草の匂いが私を包み込んだ。
「もう、手離してなんぞやれねえからな……覚悟しとけよ」
「……へ?」
話の展開にいまいちついていけず、間抜けな声を出した私を抱きしめる腕に力を込め、土方先生はもどかしそうに言葉を紡いだ。
「だからっ……おまえは俺のもんだ……そう言ってんだよ」
「でも……」
「なんだ、文句あるのか?」
「永倉先生が言ってた女の人は……」
土方先生は、一瞬の沈黙の後で、合点がいったとばかりに笑った。
「多分あれだな……新八が言ってたんなら、島原の古文教師のことだろ」
「そうなんだ……」と独り言をつぶやく私からは、安堵のため息がもれたらしい。
「ホッとしてるってことは、妬いてくれてたのか?」
抱きしめていた腕をゆるめ、顔を離して私を見つめるいたずらっぽい瞳には、大人の余裕すら感じられて、なんだか悔しくなる。
「言っとくがな、あの女は亭主も子供もいる。お互い恋愛対象になんか、なり得ねぇんだよ」
「えっ!?でも……永倉先生が狙ってたって……」
食い下がる私に、土方先生は苦笑いを浮かべながら言った。
「見た目が童顔なのをいいことに、本人が素性を隠して面白がってんだよ」
…………永倉先生は、まんまと騙されてしまっている、そういうこと?
あ、でも、私が聞いたのは会話のほんの一部。
永倉先生も原田先生も、ちゃんと真実をご存じで冗談を言い合っていただけなのかもしれない。
完全に私一人の早とちり&取り越し苦労だった…のかもしれない。
そこまで思い至り、私はがっくりと肩を落とした。
土方先生は続ける。
「多分、あいつがチョコレートを置きに来た現場を、新八に見られてたんだな」
「チョコ……もらったんですね」
「義理だ、義理!ったく新八の野郎……同業者からの義理チョコくれえで大騒ぎしやがって」
あとで覚えてやがれ……続いて聞こえたつぶやきに、私は永倉先生への同情を禁じ得なかった。
「とにかく、そういうことだ。わかったか?」
「あ、はい……義理チョコですね」
土方先生はジロリとこちらをにらんだ。
怖そうな表情に反して、その頬はほんのり赤くて……
「何度も言わせんじゃねぇ。俺がチョコレートを受け取りたいと思うのは、惚れてる女だけなんだよ。千鶴……おまえだけだ」
言い終わらないうちに先生の顔が近づいてきて、気付いた時には離されていた。
ほんの一瞬の、触れるだけのキス。
「………………!」
何が起こったのかすぐにはわからなかったが、ことの次第を理解した私の顔は真っ赤になったに違いない。
目を見開いたまま立ち尽くす私の肩をポンポンとたたいて、土方先生は言った。
「明日からは、またきちんと授業受けろよ?古文以外のことも、俺がちゃんと教えてやるが、それはまたゆっくりな」
*
次の朝は、久々に晴れ晴れとした気分で登校し、世の中ってこんなに明るかったのね……なんて、さも新しい発見をしたかのように一日を過ごした。
例によって、帰りのホームルーム終了後、バタバタと席を立っていくクラスメイトたちとは対照的に、私はのんびりと帰り支度をしていた。
教室の中からは、瞬く間に人気がなくなっていく。
ややあってから、例のごとく原田先生が歩み寄ってきた。
「前みてえな、明るい顔になったじゃねえか」
「はい、おかげさまで。いろいろとご迷惑をおかけしました」
「迷惑だなんて思っちゃいねえよ」
先生にとってはお芝居だったにせよ、私には刺激の強すぎた昨日の体育科教官室での出来事が頭をよぎり、思わず顔が熱くなる。
私の顔色の変化に気付いたのか、
「悪かったな、昨日はちぃとばかし、やり過ぎちまった」
そう言って笑いながら、彼は続けた。
「土方先生から伝言だ。放課後、国語科教官室に来いって」
「え?あ……はい、わかりました」
原田先生は、にっこり笑って私の肩をたたいた。
「よかったな」
「あ……ありがとうございます」
土方先生と気持ちが通じ合ったこと、もう原田先生には伝わっているみたいだ。
「なあ、千鶴」
「はい」
原田先生は、穏やかな笑みを浮かべたまま、いつになくしんみりとした声で言った。
「『なんかあったら俺に相談するんだぞ』って台詞は、俺じゃなく土方さんのもんになっちまったが……まあ、土方さんに泣かされるようなことがあったら、すぐ俺んところに来いよ?」
「はい!」
「そうだ、おまえはいつも、そうやって笑ってりゃいいんだ」
原田先生の優しさが嬉しくて満面の笑顔で返事をした私とは裏腹に、先生の笑顔はどことなく寂しげだった。
国語科教官室にたどり着くと、土方先生の仏頂面が待っていた。
「おい、三月十四日空けておけ」
「別に、意識的に空けなくても元々予定なんかないですから、大丈夫ですが……」
「そうか、ならいい」
先生は、コホンとひとつ咳払いをすると、机の上から小さな紙袋をとって「ほれ」と私の前に差し出した。
「……なんですか、これ?」
恐る恐る目を上げて尋ねると、一瞬先生の顔が紅く染まったように見えた。
「……黙って受け取りゃいいんだよ」
グイッと目の前に迫ってきたそれを、慌てて手を出して受け取る。
思ったよりも重量感がある、これは……
「開けてみろ」
ぶっきらぼうな言葉に、黙ってうなずく。
袋の中には――
パステルカラーの小さなキャンディが詰められた、ガラスの小瓶が入っていた。
「かわいい……」
思わず正直な感想が口をついて出る。
薄いピンクのリボンがかけられた瓶には、お洒落なラベルが貼ってあり、土方先生のセンスのよさに惚れ惚れしてしまう。
それにしても、先生がこれをご自分で買って来てくださったのだろうか…
「ホワイトデーの晩に、どっか連れてってやる。昼は仕事だからな」
まるで、わざわざ夜に約束をすることの言い訳をしてるみたいで……。
手の届かない存在だった土方先生が、普通の男の人として身近に感じられてしまう。
「それは、ホワイトデーまでのつなぎだ。他の男になびいたりしないように、毎日ひとつずつ食え」
それは、いつでも土方先生のことを想っていろ……ってことだよね。
「あの……私、バレンタインデーに先生にチョコレート渡せなかったのに、どうしてホワイトデーなんでしょうか?」
「……そういう日の方が、特別って感じがするだろ」
目を合わさずに答える土方先生を、ついつい『可愛い』なんて思ってしまい、私はこぼれる笑いを隠しきれなかった。
「うふふ……先生って、けっこう独占欲強くてイベント好きなんですね」
「ばっ……なに言ってる!?」
そんな怖そうな声を出されたって、赤い顔で言われたのでは、まったく迫力ありませんよ。
「ありがとうございます、食べちゃうのもったいないですけど、毎日ありがたーくいただきます」
紙袋を大切に抱える私に、満足そうにうなずきながら土方先生は言う。
「ホワイトデーにはもっと甘いもんを用意してやるから、それまでに全部食っとけ」
毎晩、一粒のキャンディ。
恋する人を想う、幸せな時間。
ホワイトデーまでを指折り数えながら過ごす日々は、瓶の中のキャンディのようにキラキラしていた。
そして、ホワイトデー当日…
キャンディよりもずっとずっと甘い時間を土方先生がプレゼントしてくれたこと、みんなには内緒にしておくね。
*
私は困惑いっぱいの目で、先生を見上げた。
「!」
頭をギュウと押さえ付けられ、私の視界は先生のワイシャツでいっぱいになる。
ゆっくり息を吸い込むと、煙草の匂いが私を包み込んだ。
「もう、手離してなんぞやれねえからな……覚悟しとけよ」
「……へ?」
話の展開にいまいちついていけず、間抜けな声を出した私を抱きしめる腕に力を込め、土方先生はもどかしそうに言葉を紡いだ。
「だからっ……おまえは俺のもんだ……そう言ってんだよ」
「でも……」
「なんだ、文句あるのか?」
「永倉先生が言ってた女の人は……」
土方先生は、一瞬の沈黙の後で、合点がいったとばかりに笑った。
「多分あれだな……新八が言ってたんなら、島原の古文教師のことだろ」
「そうなんだ……」と独り言をつぶやく私からは、安堵のため息がもれたらしい。
「ホッとしてるってことは、妬いてくれてたのか?」
抱きしめていた腕をゆるめ、顔を離して私を見つめるいたずらっぽい瞳には、大人の余裕すら感じられて、なんだか悔しくなる。
「言っとくがな、あの女は亭主も子供もいる。お互い恋愛対象になんか、なり得ねぇんだよ」
「えっ!?でも……永倉先生が狙ってたって……」
食い下がる私に、土方先生は苦笑いを浮かべながら言った。
「見た目が童顔なのをいいことに、本人が素性を隠して面白がってんだよ」
…………永倉先生は、まんまと騙されてしまっている、そういうこと?
あ、でも、私が聞いたのは会話のほんの一部。
永倉先生も原田先生も、ちゃんと真実をご存じで冗談を言い合っていただけなのかもしれない。
完全に私一人の早とちり&取り越し苦労だった…のかもしれない。
そこまで思い至り、私はがっくりと肩を落とした。
土方先生は続ける。
「多分、あいつがチョコレートを置きに来た現場を、新八に見られてたんだな」
「チョコ……もらったんですね」
「義理だ、義理!ったく新八の野郎……同業者からの義理チョコくれえで大騒ぎしやがって」
あとで覚えてやがれ……続いて聞こえたつぶやきに、私は永倉先生への同情を禁じ得なかった。
「とにかく、そういうことだ。わかったか?」
「あ、はい……義理チョコですね」
土方先生はジロリとこちらをにらんだ。
怖そうな表情に反して、その頬はほんのり赤くて……
「何度も言わせんじゃねぇ。俺がチョコレートを受け取りたいと思うのは、惚れてる女だけなんだよ。千鶴……おまえだけだ」
言い終わらないうちに先生の顔が近づいてきて、気付いた時には離されていた。
ほんの一瞬の、触れるだけのキス。
「………………!」
何が起こったのかすぐにはわからなかったが、ことの次第を理解した私の顔は真っ赤になったに違いない。
目を見開いたまま立ち尽くす私の肩をポンポンとたたいて、土方先生は言った。
「明日からは、またきちんと授業受けろよ?古文以外のことも、俺がちゃんと教えてやるが、それはまたゆっくりな」
*
次の朝は、久々に晴れ晴れとした気分で登校し、世の中ってこんなに明るかったのね……なんて、さも新しい発見をしたかのように一日を過ごした。
例によって、帰りのホームルーム終了後、バタバタと席を立っていくクラスメイトたちとは対照的に、私はのんびりと帰り支度をしていた。
教室の中からは、瞬く間に人気がなくなっていく。
ややあってから、例のごとく原田先生が歩み寄ってきた。
「前みてえな、明るい顔になったじゃねえか」
「はい、おかげさまで。いろいろとご迷惑をおかけしました」
「迷惑だなんて思っちゃいねえよ」
先生にとってはお芝居だったにせよ、私には刺激の強すぎた昨日の体育科教官室での出来事が頭をよぎり、思わず顔が熱くなる。
私の顔色の変化に気付いたのか、
「悪かったな、昨日はちぃとばかし、やり過ぎちまった」
そう言って笑いながら、彼は続けた。
「土方先生から伝言だ。放課後、国語科教官室に来いって」
「え?あ……はい、わかりました」
原田先生は、にっこり笑って私の肩をたたいた。
「よかったな」
「あ……ありがとうございます」
土方先生と気持ちが通じ合ったこと、もう原田先生には伝わっているみたいだ。
「なあ、千鶴」
「はい」
原田先生は、穏やかな笑みを浮かべたまま、いつになくしんみりとした声で言った。
「『なんかあったら俺に相談するんだぞ』って台詞は、俺じゃなく土方さんのもんになっちまったが……まあ、土方さんに泣かされるようなことがあったら、すぐ俺んところに来いよ?」
「はい!」
「そうだ、おまえはいつも、そうやって笑ってりゃいいんだ」
原田先生の優しさが嬉しくて満面の笑顔で返事をした私とは裏腹に、先生の笑顔はどことなく寂しげだった。
国語科教官室にたどり着くと、土方先生の仏頂面が待っていた。
「おい、三月十四日空けておけ」
「別に、意識的に空けなくても元々予定なんかないですから、大丈夫ですが……」
「そうか、ならいい」
先生は、コホンとひとつ咳払いをすると、机の上から小さな紙袋をとって「ほれ」と私の前に差し出した。
「……なんですか、これ?」
恐る恐る目を上げて尋ねると、一瞬先生の顔が紅く染まったように見えた。
「……黙って受け取りゃいいんだよ」
グイッと目の前に迫ってきたそれを、慌てて手を出して受け取る。
思ったよりも重量感がある、これは……
「開けてみろ」
ぶっきらぼうな言葉に、黙ってうなずく。
袋の中には――
パステルカラーの小さなキャンディが詰められた、ガラスの小瓶が入っていた。
「かわいい……」
思わず正直な感想が口をついて出る。
薄いピンクのリボンがかけられた瓶には、お洒落なラベルが貼ってあり、土方先生のセンスのよさに惚れ惚れしてしまう。
それにしても、先生がこれをご自分で買って来てくださったのだろうか…
「ホワイトデーの晩に、どっか連れてってやる。昼は仕事だからな」
まるで、わざわざ夜に約束をすることの言い訳をしてるみたいで……。
手の届かない存在だった土方先生が、普通の男の人として身近に感じられてしまう。
「それは、ホワイトデーまでのつなぎだ。他の男になびいたりしないように、毎日ひとつずつ食え」
それは、いつでも土方先生のことを想っていろ……ってことだよね。
「あの……私、バレンタインデーに先生にチョコレート渡せなかったのに、どうしてホワイトデーなんでしょうか?」
「……そういう日の方が、特別って感じがするだろ」
目を合わさずに答える土方先生を、ついつい『可愛い』なんて思ってしまい、私はこぼれる笑いを隠しきれなかった。
「うふふ……先生って、けっこう独占欲強くてイベント好きなんですね」
「ばっ……なに言ってる!?」
そんな怖そうな声を出されたって、赤い顔で言われたのでは、まったく迫力ありませんよ。
「ありがとうございます、食べちゃうのもったいないですけど、毎日ありがたーくいただきます」
紙袋を大切に抱える私に、満足そうにうなずきながら土方先生は言う。
「ホワイトデーにはもっと甘いもんを用意してやるから、それまでに全部食っとけ」
毎晩、一粒のキャンディ。
恋する人を想う、幸せな時間。
ホワイトデーまでを指折り数えながら過ごす日々は、瓶の中のキャンディのようにキラキラしていた。
そして、ホワイトデー当日…
キャンディよりもずっとずっと甘い時間を土方先生がプレゼントしてくれたこと、みんなには内緒にしておくね。
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