春立つ風
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立春を過ぎたばかりの、ある日の放課後。
薄桜学園の職員室では、珍しく土方の呼び出しに応じた(からかいに来た!?)沖田が、相も変わらず白紙で提出した古文の答案用紙を前に、お説教を受けている。
そこに現れた千鶴。
途切れた土方の殺気に、沖田は「やれやれ」と息をつく。
「失礼します、課題のプリント集めてきました。あと、お借りしてた本……ありがとうございました、すごく興味深く読ませていただきました」
「おう、悪いな、千鶴。そこに置いといてくれ」
千鶴に向けられた土方の柔らかな眼差しも、沖田を目にすれば再び鋭く尖る。
常人ならば震え上がってしまうような土方の視線を無視し、沖田は千鶴に声をかける。
「ねぇ、千鶴ちゃん、古文のどこがそんなに面白いの?」
「え、そうですね……どこが、と具体的にはあげられないですけど、昔の人が作り上げた文学の世界って、なんとなく興味がわきませんか?それに、土方先生の授業もおもしろいですし」
「え~でも、昔の人が何考えてたかなんて探究したところで、この情報化時代、なんの役にも立たないじゃない」
「確かにそうかもしれませんけど……私は純粋に興味があるというか、趣味みたいなものです」
「ふーん……君って変わってるよね」
古文という教科の存在意義自体をないがしろにする沖田の発言に、土方は肩を落として大きなため息をついた。
「ったく……総司、おまえもちったあ、千鶴を見習ったらどうだ?」
「じゃあ、古典的に千鶴ちゃんのツメのアカでも煎じて飲みましょうかね」
「おまえな、ふざけるのもたいがいに「僕は大真面目に言ってるんですけど?……それより、もういいですか?そろそろ部活に顔出したいんで」」
「ちっ……今日はここまでにしといてやる。そのかわり、また白紙で出すようなことがあれば、容赦しねぇからなっ!」
「はいはい、わかりましたよ。行こ、千鶴ちゃん」
「てめえ、総司!」
怒り冷めやらぬ土方を尻目に、スタスタと歩き出す沖田を追うように、千鶴も職員室を後にする。
人通りの少ない廊下で、沖田は千鶴の隣に並んだ。
「ねえ、千鶴ちゃん」
「はい」
足は止めないまま、千鶴が沖田に顔を向ける。
「君って、土方先生のことが好きなの?」
「…………尊敬してます」
「ふーん……ならさ、いいこと教えてあげる」
立ち止まった沖田に気付き、千鶴も慌てて歩みを止める。
「土方先生にもっと近付きたいなら、俳句の勉強をするといいよ」
「俳句……ですか?」
「うん、そう。土方先生が持ってる『豊玉発句集』っていう句集があるんだ。君みたいな俳句初心者には、うってつけだと思うよ」
「でも……いきなり『先生がお持ちの句集を貸してください』なんて、さすがに言えません」
眉をハの字にして残念そうに俯く千鶴を見て、沖田が意味ありげな笑みを浮かべる。
「なんなら、僕が借りてきてあげてもいいけど?」
「え、ほんとですか!?」
「そうだな……じゃあ、明日の放課後、屋上で待ってて。土方さん秘蔵の貴重な句集だからね……楽しみにしてていいよ」
「はいっ!よろしくお願いします」
*
翌日の放課後。
職員室では、コーヒーを片手に原田が外を眺めていた。
ここからは、別棟の屋上がよく見える。
今の時期、寒空の下にわざわざ出てくる生徒はなかなかいないのだが、今日は珍しく人影がある。
「あれは……千鶴……と、一緒にいるのは斎藤か?なんだ、あいつら青春してんなあ」
面白そうに屋上を眺める原田の言葉に、心中穏やかではない土方。
「お?もう一人いるな……ありゃあ沖田か?」
「総司!?」
土方の顔色が変わる。
「もしかして三角関係か……ん?なんだありゃ?」
遠目ではあるが、沖田が何やらノートのようなものを掲げているのが見える。
それを千鶴が受け取りページをめくり出した時、ハッと何かに思い至ったらしい土方は、勢いよく机の引き出しを開けた。
「なっ!?」
当然そこにあるはずのものが、忽然とその姿を消していた。
「総司~~!!」
バンッと職員室中に響き渡る音をたてて引き出しを閉じると、土方は一目散に駆け出した。
ほどなく彼の姿が屋上に現れたことに、原田が気付いて笑った。
「土方さんまで……なんでぇ、四角関係かあ?」
* * *
所変わって、屋上。
「おーまーえーらーーっ!!」
「うわっ土方さんだっ」
どことなく楽しげな声をあげて、沖田は千鶴の手から冊子を奪い取ると、屋上を横切って逃げ出した。
「おいっ返しやがれっ!!!」
土方の嫌な予感どおり、総司が持って逃げているものは『豊玉発句集』に間違いなかった。
「一君、いくよっ」
追いかける土方をかわし、沖田は句集を斎藤にパスする。
土方の怒りの矛先は斎藤に変わる。
「斎藤~俺に逆らうとはいい度胸だな」
「くっ……これの中身を読みたいのはやまやまだが、土方先生のご命令とあらば……っ!?」
「これは、私が借りたんですっ」
土方の鬼のような形相に一瞬躊躇した斎藤から、千鶴が見事句集を奪い返す。
「ナイス!千鶴ちゃん。ほら、こっちこっち」
「あ!ちょっと、沖田先輩!?」
「総司、よこせ!俺とて、ぜひとも拝読したい」
「一君はだめ!絶対土方さんに返しちゃうんだから」
「私に返してください……まだ一回しか目を通してないんですからっ」
「てめえらっ!!いいかげんにしねえかっ!!?」
ついに堪忍袋の緒が切れた土方に、驚いた千鶴が立ち止まり、そこに沖田がぶつかった。
その拍子に句集は沖田の手をはなれ、宙を舞うそれを斎藤と千鶴が同時につかんだ。
「!」
二人の手が重なり、赤面した斎藤が慌ててその手を引っ込める。
千鶴は、誰にも渡すまいと句集を胸に抱きしめた。
「私、この句集好きなんです。もっとちゃんと、読み込みたいんです!」
土方が、観念したように肩をすくめた。
「一通り見たって言ってたな」
「はい!」
「……で、どうだった」
「ひとつひとつの句は、これからじっくり勉強させていただこうと思いますが……句集全体に流れている空気が好きです。なんていうか、こう……背すじをピンと伸ばしたくなるような」
黙ったまま彼女を見つめる三人に、千鶴はため息まじりにうっとりと微笑んだ。
「きっと豊玉さんって、雄々しくて凛々しくて、それでいて繊細な、素敵な方なんでしょうね」
「「「…………」」」
しばしの沈黙の後、沖田が思いきり吹き出した。
「ブッ……ハハハ!!千鶴ちゃん、それ、本人を目の前にして言う!?」
「え?え?」
訳がわからないといった様子で、キョトキョトと皆を見回す千鶴。
「本人って……どういうことでしょうか?」
彼女と目が合ってしまった斎藤が、仕方ないといった表情で口を開く。
「その句集は、土方先生自ら編まれたもので、中の句も先生ご自身が詠まれたものだ。薄桜学園では、けっこう有名な話なのだが……」
笑い過ぎて涙目になりながら、沖田が言う。
「千鶴ちゃん、君は、俳句に対する審美眼を養うために、“それ”じゃない本できちんと勉強した方がいいよ」
「総司!その言い方は土方先生に失礼だろう!」
「土方先生の句集なら、なおさら私はこれがいいです!」
斎藤と千鶴の抗議に、沖田はクスリと笑った。
「わかったわかった、その句集は名作だよ。さて、僕たちはそろそろ下に行こうか」
斎藤の肩をたたいて促すと、沖田は踵を返した。
「千鶴ちゃん、その素晴らしい句集で、ちゃんとお勉強するんだよ?」
*
「んで……なんでおまえは、あいつらとこんな所にいたんだ?」
バツの悪そうな顔で腕組みをしながら、土方は千鶴に向き直る。
千鶴は、抱えていた句集を両手に持ち直すと、それに視線を落とし素直に答える。
「沖田先輩とは、ここで待ち合わせていたんです。土方先生秘蔵の句集を貸して下さる、ということでしたので。斎藤先輩は、偶然、屋上の戸締まりにいらして」
千鶴の手の中の豊玉発句集が、春の初めのまだ冷たい風に、ページをめくられる。
「『手習いの句集を繰るは春の風』……ってとこだな」
土方が千鶴の前に手を差し出す。
争奪戦の末にやっと手にした句集を、千鶴は、持ち主であり作者でもある土方に手渡す。
ほんのちょっと触れた指先から熱が伝わったかのように、彼女は頬を春の色に染めた。
「『立つ春に指先触るるあたたかさ』……ですね」
「ああ、おまえらしい句だ。何気ない思いを言葉に乗せて表現出来る手軽さが、俳句の良いところだな」
「ふふ、何だか楽しいです……難しく考えないで、思ったことを五七五の形にすればいいんですね」
土方は、微笑みながら千鶴の頭に発句集をポンと当てる。
「千鶴、おまえといると、心地いい風に吹かれてるみてえだ」
「風、ですか?」
「そうだ。おまえがいれば、誰でも笑顔になっちまう。まるで、あったけぇ春風だ」
「春風……」
照れくさそうに目を瞬く千鶴の目の前に、土方は豊玉発句集を差し出した。
「こんなんでよければ、貸してやる」
「え、いいんですか!?」
「ああ……ただし、総司の野郎にゃとられるなよ」
「はいっ!大切な句集ですから……死守します!」
「はは、そうしてくれりゃあ、ありがたい」
つかの間の沈黙が通り過ぎる。
何事か考え込んでいた様子の土方は、言おうか言うまいか迷っているような口調で切り出した。
「ちょっとばかし遠いんだが、わりと名の知れた梅園で梅まつりが始まってな……。俳句の練習がてら、一緒に見に行くか?」
「梅ですか!?わぁ……ぜひご一緒させてください」
「いい句が詠めそうだな」
季節を折り込む俳句だけでなく、相聞歌もよいかもしれない……
二人で歩く梅園の景色を想像しながら、そう考える土方であった。
憧れと愛の狭間に
一輪の梅ほころびて
我の背を押す
千鶴
手を伸べて
求むる花の色も香も
霞む乙女の立ち姿かな
歳三
*
薄桜学園の職員室では、珍しく土方の呼び出しに応じた(からかいに来た!?)沖田が、相も変わらず白紙で提出した古文の答案用紙を前に、お説教を受けている。
そこに現れた千鶴。
途切れた土方の殺気に、沖田は「やれやれ」と息をつく。
「失礼します、課題のプリント集めてきました。あと、お借りしてた本……ありがとうございました、すごく興味深く読ませていただきました」
「おう、悪いな、千鶴。そこに置いといてくれ」
千鶴に向けられた土方の柔らかな眼差しも、沖田を目にすれば再び鋭く尖る。
常人ならば震え上がってしまうような土方の視線を無視し、沖田は千鶴に声をかける。
「ねぇ、千鶴ちゃん、古文のどこがそんなに面白いの?」
「え、そうですね……どこが、と具体的にはあげられないですけど、昔の人が作り上げた文学の世界って、なんとなく興味がわきませんか?それに、土方先生の授業もおもしろいですし」
「え~でも、昔の人が何考えてたかなんて探究したところで、この情報化時代、なんの役にも立たないじゃない」
「確かにそうかもしれませんけど……私は純粋に興味があるというか、趣味みたいなものです」
「ふーん……君って変わってるよね」
古文という教科の存在意義自体をないがしろにする沖田の発言に、土方は肩を落として大きなため息をついた。
「ったく……総司、おまえもちったあ、千鶴を見習ったらどうだ?」
「じゃあ、古典的に千鶴ちゃんのツメのアカでも煎じて飲みましょうかね」
「おまえな、ふざけるのもたいがいに「僕は大真面目に言ってるんですけど?……それより、もういいですか?そろそろ部活に顔出したいんで」」
「ちっ……今日はここまでにしといてやる。そのかわり、また白紙で出すようなことがあれば、容赦しねぇからなっ!」
「はいはい、わかりましたよ。行こ、千鶴ちゃん」
「てめえ、総司!」
怒り冷めやらぬ土方を尻目に、スタスタと歩き出す沖田を追うように、千鶴も職員室を後にする。
人通りの少ない廊下で、沖田は千鶴の隣に並んだ。
「ねえ、千鶴ちゃん」
「はい」
足は止めないまま、千鶴が沖田に顔を向ける。
「君って、土方先生のことが好きなの?」
「…………尊敬してます」
「ふーん……ならさ、いいこと教えてあげる」
立ち止まった沖田に気付き、千鶴も慌てて歩みを止める。
「土方先生にもっと近付きたいなら、俳句の勉強をするといいよ」
「俳句……ですか?」
「うん、そう。土方先生が持ってる『豊玉発句集』っていう句集があるんだ。君みたいな俳句初心者には、うってつけだと思うよ」
「でも……いきなり『先生がお持ちの句集を貸してください』なんて、さすがに言えません」
眉をハの字にして残念そうに俯く千鶴を見て、沖田が意味ありげな笑みを浮かべる。
「なんなら、僕が借りてきてあげてもいいけど?」
「え、ほんとですか!?」
「そうだな……じゃあ、明日の放課後、屋上で待ってて。土方さん秘蔵の貴重な句集だからね……楽しみにしてていいよ」
「はいっ!よろしくお願いします」
*
翌日の放課後。
職員室では、コーヒーを片手に原田が外を眺めていた。
ここからは、別棟の屋上がよく見える。
今の時期、寒空の下にわざわざ出てくる生徒はなかなかいないのだが、今日は珍しく人影がある。
「あれは……千鶴……と、一緒にいるのは斎藤か?なんだ、あいつら青春してんなあ」
面白そうに屋上を眺める原田の言葉に、心中穏やかではない土方。
「お?もう一人いるな……ありゃあ沖田か?」
「総司!?」
土方の顔色が変わる。
「もしかして三角関係か……ん?なんだありゃ?」
遠目ではあるが、沖田が何やらノートのようなものを掲げているのが見える。
それを千鶴が受け取りページをめくり出した時、ハッと何かに思い至ったらしい土方は、勢いよく机の引き出しを開けた。
「なっ!?」
当然そこにあるはずのものが、忽然とその姿を消していた。
「総司~~!!」
バンッと職員室中に響き渡る音をたてて引き出しを閉じると、土方は一目散に駆け出した。
ほどなく彼の姿が屋上に現れたことに、原田が気付いて笑った。
「土方さんまで……なんでぇ、四角関係かあ?」
* * *
所変わって、屋上。
「おーまーえーらーーっ!!」
「うわっ土方さんだっ」
どことなく楽しげな声をあげて、沖田は千鶴の手から冊子を奪い取ると、屋上を横切って逃げ出した。
「おいっ返しやがれっ!!!」
土方の嫌な予感どおり、総司が持って逃げているものは『豊玉発句集』に間違いなかった。
「一君、いくよっ」
追いかける土方をかわし、沖田は句集を斎藤にパスする。
土方の怒りの矛先は斎藤に変わる。
「斎藤~俺に逆らうとはいい度胸だな」
「くっ……これの中身を読みたいのはやまやまだが、土方先生のご命令とあらば……っ!?」
「これは、私が借りたんですっ」
土方の鬼のような形相に一瞬躊躇した斎藤から、千鶴が見事句集を奪い返す。
「ナイス!千鶴ちゃん。ほら、こっちこっち」
「あ!ちょっと、沖田先輩!?」
「総司、よこせ!俺とて、ぜひとも拝読したい」
「一君はだめ!絶対土方さんに返しちゃうんだから」
「私に返してください……まだ一回しか目を通してないんですからっ」
「てめえらっ!!いいかげんにしねえかっ!!?」
ついに堪忍袋の緒が切れた土方に、驚いた千鶴が立ち止まり、そこに沖田がぶつかった。
その拍子に句集は沖田の手をはなれ、宙を舞うそれを斎藤と千鶴が同時につかんだ。
「!」
二人の手が重なり、赤面した斎藤が慌ててその手を引っ込める。
千鶴は、誰にも渡すまいと句集を胸に抱きしめた。
「私、この句集好きなんです。もっとちゃんと、読み込みたいんです!」
土方が、観念したように肩をすくめた。
「一通り見たって言ってたな」
「はい!」
「……で、どうだった」
「ひとつひとつの句は、これからじっくり勉強させていただこうと思いますが……句集全体に流れている空気が好きです。なんていうか、こう……背すじをピンと伸ばしたくなるような」
黙ったまま彼女を見つめる三人に、千鶴はため息まじりにうっとりと微笑んだ。
「きっと豊玉さんって、雄々しくて凛々しくて、それでいて繊細な、素敵な方なんでしょうね」
「「「…………」」」
しばしの沈黙の後、沖田が思いきり吹き出した。
「ブッ……ハハハ!!千鶴ちゃん、それ、本人を目の前にして言う!?」
「え?え?」
訳がわからないといった様子で、キョトキョトと皆を見回す千鶴。
「本人って……どういうことでしょうか?」
彼女と目が合ってしまった斎藤が、仕方ないといった表情で口を開く。
「その句集は、土方先生自ら編まれたもので、中の句も先生ご自身が詠まれたものだ。薄桜学園では、けっこう有名な話なのだが……」
笑い過ぎて涙目になりながら、沖田が言う。
「千鶴ちゃん、君は、俳句に対する審美眼を養うために、“それ”じゃない本できちんと勉強した方がいいよ」
「総司!その言い方は土方先生に失礼だろう!」
「土方先生の句集なら、なおさら私はこれがいいです!」
斎藤と千鶴の抗議に、沖田はクスリと笑った。
「わかったわかった、その句集は名作だよ。さて、僕たちはそろそろ下に行こうか」
斎藤の肩をたたいて促すと、沖田は踵を返した。
「千鶴ちゃん、その素晴らしい句集で、ちゃんとお勉強するんだよ?」
*
「んで……なんでおまえは、あいつらとこんな所にいたんだ?」
バツの悪そうな顔で腕組みをしながら、土方は千鶴に向き直る。
千鶴は、抱えていた句集を両手に持ち直すと、それに視線を落とし素直に答える。
「沖田先輩とは、ここで待ち合わせていたんです。土方先生秘蔵の句集を貸して下さる、ということでしたので。斎藤先輩は、偶然、屋上の戸締まりにいらして」
千鶴の手の中の豊玉発句集が、春の初めのまだ冷たい風に、ページをめくられる。
「『手習いの句集を繰るは春の風』……ってとこだな」
土方が千鶴の前に手を差し出す。
争奪戦の末にやっと手にした句集を、千鶴は、持ち主であり作者でもある土方に手渡す。
ほんのちょっと触れた指先から熱が伝わったかのように、彼女は頬を春の色に染めた。
「『立つ春に指先触るるあたたかさ』……ですね」
「ああ、おまえらしい句だ。何気ない思いを言葉に乗せて表現出来る手軽さが、俳句の良いところだな」
「ふふ、何だか楽しいです……難しく考えないで、思ったことを五七五の形にすればいいんですね」
土方は、微笑みながら千鶴の頭に発句集をポンと当てる。
「千鶴、おまえといると、心地いい風に吹かれてるみてえだ」
「風、ですか?」
「そうだ。おまえがいれば、誰でも笑顔になっちまう。まるで、あったけぇ春風だ」
「春風……」
照れくさそうに目を瞬く千鶴の目の前に、土方は豊玉発句集を差し出した。
「こんなんでよければ、貸してやる」
「え、いいんですか!?」
「ああ……ただし、総司の野郎にゃとられるなよ」
「はいっ!大切な句集ですから……死守します!」
「はは、そうしてくれりゃあ、ありがたい」
つかの間の沈黙が通り過ぎる。
何事か考え込んでいた様子の土方は、言おうか言うまいか迷っているような口調で切り出した。
「ちょっとばかし遠いんだが、わりと名の知れた梅園で梅まつりが始まってな……。俳句の練習がてら、一緒に見に行くか?」
「梅ですか!?わぁ……ぜひご一緒させてください」
「いい句が詠めそうだな」
季節を折り込む俳句だけでなく、相聞歌もよいかもしれない……
二人で歩く梅園の景色を想像しながら、そう考える土方であった。
憧れと愛の狭間に
一輪の梅ほころびて
我の背を押す
千鶴
手を伸べて
求むる花の色も香も
霞む乙女の立ち姿かな
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