星空迷子
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秋も終わりの、ある土曜の午後。
お千ちゃんの学校の音楽部の定期演奏会に誘われ、彼女と二人で聴きに行く約束をしていた。
しかし、お千ちゃんは当日になって、おうちの急な用事が入ってしまい泣く泣く断念。
私は一人で駅からバスに乗り、郊外のホールに向かった。
―――『千鶴ちゃん、一緒に行けなくなっちゃって、本当にごめんね。でも、絶対に損はさせない素敵な演奏だから』―――
今朝のお千ちゃんの言葉どおり、演奏会は、とても素晴らしいものだった。
熱気と感動の余韻を抱えたまま、私はご機嫌で帰りのバス停に着いた。
……そこで時刻表を確認した私は、愕然とした。
土日運行のため、最終のバスは、とっくに出てしまっているではないか……。
秋の日はすでに姿を隠し、西の空には一番星が輝き始めている。
そんなに遠くないはずだから、駅まで歩けるよね。
そう考えたのが間違いだったと、ほどなく私は気づくこととなる。
どこをどう間違えたのか、どれだけ歩いても、自分が想定していた大通りには、たどり着けなかった。
辺りはすっかり暗くなり、心細さが募る。
こういう時に限って、携帯を忘れてきた。
いつもと違うバッグを使う時には、気を付けなくちゃいけなかったんだけれど……
どちらにしても、ないものは仕方ない。
とにかく、知っている場所に出るまで歩くしかない。
トボトボと歩きながら、さすがに途方に暮れて、やがて私は立ちすくんだ。
「いつまでたっても家にはおらん、連絡もつかんと思えば……こんな所で何をしている?」
「風間さん!!」
突然目の前に現れた風間さんに、驚くと同時に安心して気がゆるんだのか、涙がにじんできた。
「そのような心細そうな顔をして、なぜ俺を呼ばぬ?」
「携帯……忘れてきちゃったんです……」
たまっていた涙がポタリと落ちた。
「俺が迎えに来てやったのだから、泣くな」
高飛車に思える風間さんの物言いの裏には、実は優しさがあふれているんだってことに、最近気付いた私。
「私を探してくださったんですよね?」
彼の顔を見つめながら、泣き笑いのような表情になってしまった。
「我が嫁の居所もわからぬなど、男の沽券に関わる」
風間さんは、そう言うと、照れたように私に背を向けた。
「行くぞ」
「はい」
彼の一歩後ろを歩きながら、星の瞬く夜空に目をやる。
久しぶりに眺める星空に、私は何となく立ち止まってしまった。
「どうした?」
「星が……」
すっかり夜の色となった空を見上げる私に倣うように、風間さんも顔を上げる。
「昔に比べて、星があんまり見えなくなっちゃったなあって思ったんです」
「これだけ街の明かりが派手になれば、仕方あるまい」
「確かに、そうなんですけどね」
星たちの弱々しい輝きを見上げながら、私は、記憶の中の夜空に思いを馳せる。
「小学校の宿泊訓練の時に見た星空……すごく綺麗だったんですよ」
「おまえは星を眺めるのが好きなのか?」
「はい。降るような星空の下で眠れたら、最高でしょうね」
風間さんは、満足そうに小さく息を吐きながら言った。
「ならば、新婚旅行は山の村に決定だ」
「ふふ、風間さんってば……山の村はキャンプ場ですよ」
「おまえとともに行けるのなら、俺は、キャンプ場でも構わぬ」
「確かに、キャンプも楽しそうですけど……」
一旦言葉を切ってから、私は続けた。
「もしも叶うのなら、私の夢は……風間さんと一緒に南十字星を見ることです」
「ほぉ……サザンクロスか……では、オーストラリアかニュージーランド辺りだな……。国内でも見える島があるようだが、ハネムーンと言えば、やはり海外であろう」
「ふふふ……ずいぶん気が早いですね」
「何を言っている?俺は、今すぐにでも構わぬぞ」
「私はまだ学生ですから、すぐという訳にはいきませんけど……でも、すごく楽しみです」
「ほう?なかなか殊勝な心がけではないか」
「だって、私はあなたのお嫁さんになるんですよ?」
一瞬目を見開いてから小さく笑った風間さんは、私の手をとると、再び背を向けて歩き始めた。
「もう道に迷ったりせぬよう、俺だけを見ていろ」
「はいっ」
彼の背中に向かって答えながら、私は、こぼれる笑みを抑えることができなかった。
今の風間さんが、きっと赤い顔をしているんだろうなって、容易に想像できたから。
こんなふうに愛しい人との時間を過ごせるのなら、迷子も悪くない――
そう思いながらゆっくり歩く、夜の帰り道だった。
→三人称な、その後のお話
*
お千ちゃんの学校の音楽部の定期演奏会に誘われ、彼女と二人で聴きに行く約束をしていた。
しかし、お千ちゃんは当日になって、おうちの急な用事が入ってしまい泣く泣く断念。
私は一人で駅からバスに乗り、郊外のホールに向かった。
―――『千鶴ちゃん、一緒に行けなくなっちゃって、本当にごめんね。でも、絶対に損はさせない素敵な演奏だから』―――
今朝のお千ちゃんの言葉どおり、演奏会は、とても素晴らしいものだった。
熱気と感動の余韻を抱えたまま、私はご機嫌で帰りのバス停に着いた。
……そこで時刻表を確認した私は、愕然とした。
土日運行のため、最終のバスは、とっくに出てしまっているではないか……。
秋の日はすでに姿を隠し、西の空には一番星が輝き始めている。
そんなに遠くないはずだから、駅まで歩けるよね。
そう考えたのが間違いだったと、ほどなく私は気づくこととなる。
どこをどう間違えたのか、どれだけ歩いても、自分が想定していた大通りには、たどり着けなかった。
辺りはすっかり暗くなり、心細さが募る。
こういう時に限って、携帯を忘れてきた。
いつもと違うバッグを使う時には、気を付けなくちゃいけなかったんだけれど……
どちらにしても、ないものは仕方ない。
とにかく、知っている場所に出るまで歩くしかない。
トボトボと歩きながら、さすがに途方に暮れて、やがて私は立ちすくんだ。
「いつまでたっても家にはおらん、連絡もつかんと思えば……こんな所で何をしている?」
「風間さん!!」
突然目の前に現れた風間さんに、驚くと同時に安心して気がゆるんだのか、涙がにじんできた。
「そのような心細そうな顔をして、なぜ俺を呼ばぬ?」
「携帯……忘れてきちゃったんです……」
たまっていた涙がポタリと落ちた。
「俺が迎えに来てやったのだから、泣くな」
高飛車に思える風間さんの物言いの裏には、実は優しさがあふれているんだってことに、最近気付いた私。
「私を探してくださったんですよね?」
彼の顔を見つめながら、泣き笑いのような表情になってしまった。
「我が嫁の居所もわからぬなど、男の沽券に関わる」
風間さんは、そう言うと、照れたように私に背を向けた。
「行くぞ」
「はい」
彼の一歩後ろを歩きながら、星の瞬く夜空に目をやる。
久しぶりに眺める星空に、私は何となく立ち止まってしまった。
「どうした?」
「星が……」
すっかり夜の色となった空を見上げる私に倣うように、風間さんも顔を上げる。
「昔に比べて、星があんまり見えなくなっちゃったなあって思ったんです」
「これだけ街の明かりが派手になれば、仕方あるまい」
「確かに、そうなんですけどね」
星たちの弱々しい輝きを見上げながら、私は、記憶の中の夜空に思いを馳せる。
「小学校の宿泊訓練の時に見た星空……すごく綺麗だったんですよ」
「おまえは星を眺めるのが好きなのか?」
「はい。降るような星空の下で眠れたら、最高でしょうね」
風間さんは、満足そうに小さく息を吐きながら言った。
「ならば、新婚旅行は山の村に決定だ」
「ふふ、風間さんってば……山の村はキャンプ場ですよ」
「おまえとともに行けるのなら、俺は、キャンプ場でも構わぬ」
「確かに、キャンプも楽しそうですけど……」
一旦言葉を切ってから、私は続けた。
「もしも叶うのなら、私の夢は……風間さんと一緒に南十字星を見ることです」
「ほぉ……サザンクロスか……では、オーストラリアかニュージーランド辺りだな……。国内でも見える島があるようだが、ハネムーンと言えば、やはり海外であろう」
「ふふふ……ずいぶん気が早いですね」
「何を言っている?俺は、今すぐにでも構わぬぞ」
「私はまだ学生ですから、すぐという訳にはいきませんけど……でも、すごく楽しみです」
「ほう?なかなか殊勝な心がけではないか」
「だって、私はあなたのお嫁さんになるんですよ?」
一瞬目を見開いてから小さく笑った風間さんは、私の手をとると、再び背を向けて歩き始めた。
「もう道に迷ったりせぬよう、俺だけを見ていろ」
「はいっ」
彼の背中に向かって答えながら、私は、こぼれる笑みを抑えることができなかった。
今の風間さんが、きっと赤い顔をしているんだろうなって、容易に想像できたから。
こんなふうに愛しい人との時間を過ごせるのなら、迷子も悪くない――
そう思いながらゆっくり歩く、夜の帰り道だった。
→三人称な、その後のお話
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