解けないキモチ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「千鶴ちゃん……おまえのことだから、一生懸命やってるに違ぇねえとは思うんだけどな……どうしたらこうなるんだ?」
「うぅ……すみません……」
放課後の職員室。
期末テストの数学の、あまりの点数のひどさに、呼び出しを食らってしまったのだ。
情けない……よりにもよって、大好きな永倉先生が担当の教科で……。
怒る訳でも呆れる訳でもなく、先生は「う~ん」と首をひねる。
「教科書でいえば、どの辺からわからないんだ?」
「それが……何がわからないのかすら、わからないんです……」
まともに顔を上げることもできず、ガックリ項垂れる私に、見かねたように先生が言った。
「んじゃ、これから毎日、特別に補習でもすっか?」
永倉先生と毎日!!
特別!?!
……なんて、浮かれている場合ではない。
思わず緩んでしまいそうな頬を引き締める。
補習の通告がなされたということは、すなわち、先生にとって私が『特別』頭の痛い、出来の悪い生徒である、ということに他ならないではないか。
………
……………こうなったら、やるしかない!
永倉先生に「やれば出来るじゃねぇか」と褒めてもらえるように、とことんがんばってやる!!
「ぜひお願いします、がんばります!」
「おう、じゃあ早速、明日から始めるか。
放課後、教室で待ってろ。左之には了承とっておくから」
「はいっ、よろしくお願いします!!」
勢いよく頭を下げると、私は職員室を後にした。
翌日の放課後。
憧れの永倉先生と差し向かいで座っているというのに、私はすでに泣きたい気分だった。
まずは簡単な基本中の基本、と示された問題にすら、これっぽっちもシャーペンを動かせない。
うーん…と唸りながら、永倉先生は頭をガリガリとかく。
「古典なんか、いつもパーフェクトに近いんだろ?こりゃあ、典型的な文系頭だよな」
「はぃ……」
暗号の羅列にしか見えない目の前のプリントに目を落としながら力なくうなずく私に、先生は続ける。
「俺にしてみたら、はっきり解を求められる数学より、古典の方がよっぽど難しく思えるけどなぁ」
「古典は一応日本語ですから……」
訳のわからない言い訳をつぶやく私に、次の瞬間、追い打ちとなる言葉が降ってきた。
「やっぱ……土方先生への愛か?」
「っ違いますっ!!」
私は思わず立ち上がった。
勢い余って、椅子が後ろに倒れた。
先生は目を丸くしている。
「そんなんじゃ、ありません」
そんな台詞、大好きな永倉先生に言ってほしくなかった。
それというのもこれというのも、数学が苦手な自分のせい。
がんばってるつもりなのに…本当は、先生の担当教科で、一番いい点数とって褒めてもらいたいのに…
ああ、なんで私って、こんなにおバカさんなんだろう……
*
情けなくて、悔しくて、涙がにじんでくる。
「お、おい……悪かったよ、泣くなって」
唇を噛みしめながら、ゆっくり首を横に振る私に、先生は寂しげな笑みを向けた。
立ち上がって私の頭をポンポンと撫でると、いつもの元気さをどこに忘れてきたのか?というくらいの、とびきり優しい声でささやいた。
「悪かった、千鶴ちゃんの大切な気持ちを、からかったりしちまって」
「?」
大切な気持ちって……??
言われた言葉の意味が分からず、無言のまま固まっている私をよそに、先生は特大のため息をついた。
「はあ~~、土方先生がうらやましいな、千鶴ちゃんに、ここまで真剣に想われて」
………………。
「あの……どういう意味でしょうか?」
「好きな先生の教科をがんばるってのは、自然なことだよ」
「私……」
やっと、先生の言わんとすることが理解できた私は、彼を見つめて、声に力をこめた。
「だったら……私が一番がんばりたいのは、数学です!」
先生が目を見開く。
「私、永倉先生のこと……」
その先は……言えない。
その続きを言葉にしたら、先生を困らせてしまう。
『先生と生徒』という、今の安定した関係すら、壊してしまいかねない。
言えない、『先生のことが好きです』だなんて……
口をつぐんだ代わりに、涙がポロポロこぼれた。
永倉先生は、ハンカチを探しているのか、慌てた様子でわたわたしていた。
だが、拭けるようなものを持っていなかったらしく、指で涙をぬぐってくれた。
「千鶴ちゃん、続き……聞かせてくれよ」
永倉先生の、こんなに切なげな声は、初めて聞く。
ひとつ深呼吸して、私は口を開いた。
「私……数学は大の苦手です」
そこで言葉につまる。
永倉先生は、黙って私が口を開くのを待ってくれている。
「でも……先生のことは、大好きなんです」
言い終わるか終わらないかのうちに、先生の大きな手が、私の頭を撫でていた。
「そっか……ありがとな。言いにくいこと言わせちまって、悪かったな」
カアーッと顔が熱くなり、私はガタンと音をたてて椅子に座ると、下を向いてしまった。
身じろぎ出来ずに小さくなっていると、先生も腰かけたのが気配でわかった。
「なあ、千鶴ちゃん?」
「はい」
「俺は教師だ。でも、人間だ」
「はい」
恐る恐る顔を上げた私に、先生は、机に置かれたプリントを指し示した。
「この問題……これを自分の力で解いてみな?」
「えぇっ!!」
思わず恨みがましい視線を送ってしまった私に、先生は続ける。
「大丈夫、千鶴ちゃんなら出来るさ。めでたく解けた暁には……」
「暁には……?」
「俺の気持ちも聞いてもらえるか?」
「……はい」
「よしっ!んじゃ、おんなじような形の問題が、教科書の例題にないか……よく見てみな?」
懸命に教科書を繰る。
「まったく同じじゃなくても、似たような形のが引っかかってこないか?」
「…………これ、でしょうか?」
教科書の一点を示した私の指を、先生が覗き込む。
彼の周りの空気が、ふわりと流れ私の頬をくすぐる。
「ああ。それをよ~く見てみろ。数式ってのは、見るものなんだ。1+tan2θとcos2θをぶつけたらどうなる?」
「1になります……あ!」
突破口を見つけた気がして先生の顔を見れば、ニカッと笑って大きく頷いてくれた。
*
どのくらい時間がたっただろう。
教科書とプリントを交互に見ながら、懸命に頭を働かせる。
ようやく、プリントの余白が私の書いた数式やら文字やらで埋まった。
「どれ……」
先生にプリントを手渡し、ドキドキしながら両膝に手を置いて静かに待つ。
「……よくがんばったな、正解だ!」
先生が、ニカッとお日様のような笑顔をくれた。
「やりゃあできるじゃねえか!さすが、千鶴ちゃんだな」
高校生になっても、褒められるのは嬉しい。
それが、大好きな相手からなら、なおさらのこと。
「励ましてくださった先生のおかげです!私、今まで、考える前にあきらめちゃってた気がします」
「そうか、一歩前進だな」
しばしの後に、ほころんでいた先生の表情が、ほんの少し固さを帯びる。
「じゃあ、約束どおり俺の気持ちを聞いてくれるか?」
私は小さくうなずくと、固唾をのんで先生を見つめた。
「俺は、教師だ。だから、千鶴ちゃんはかわいい教え子だ」
「…………」
私には、黙ってうなずくことしか出来なかった。
大の苦手を克服(?)して高揚していた気持ちが、急速にしぼんでいく。
先生は、言い含めるように続ける。
「けどな、俺は人間だ。そして、男だ」
いつになく真剣な永倉先生の眼差しに、私は思わず背すじを伸ばした。
「そんでもって……千鶴ちゃんは、俺の惚れた女だ」
「………………」
「ちょ……なんとか言ってくれよ、恥ずかしいじゃねぇか」
「あ、あの……」
「ん?」
世の中、そうそううまい話が転がっている訳ない。
ぬか喜びの次に突き落とされる地獄を想定し、心の準備をしなくては。
そう自分に言い聞かせながら、私は口走った。
「過去形なのは……私を傷つけないように、断るためですか?」
「え?過去形!?まさかっ……んなはずねぇだろ!?」
私の言ったことが予想外だったらしく、永倉先生は目を白黒させていた。
だが、ひとつ咳払いをすると、いかにも教師らしく落ち着いた声で言った。
「過去も現在も未来も、俺が想う女は、千鶴ちゃんだけだ!」
「先生……」
机をはさんで向かい合う私たちの周りだけ、時が止まったように思えた、その瞬間――
「なんだ、まだお勉強中か?熱心だな」
「左之!」「原田先生!?」
「最初からがんばり過ぎると、息切れしちまうぞ?」
教室の入り口でたたずむ原田先生が、柔らかい笑みを作る。
「ほ、ほら、見ろよ、左之!!これ……これを!千鶴ちゃんの汗と涙の結晶を!」
はた目にも焦りつつ、しかし思いきり平静を装って立ち上がった永倉先生は、膝を机の脚にしたたかぶつけた。
「いてっ」と叫び、よろけながら、心の乱れをごまかすように、プリントをひらひらとはためかせる。(先生、挙動不審すぎです……)
私も慌てて立ち上がり、先生の言葉を肯定するべく大きくうなずく。
永倉先生と私の様子がおかしいことに、絶対気づいてるはずの原田先生は、特に足を進める訳でもなく、のんびりとした口調で言う。
「ん……?なんだ、婚姻届じゃねえのか」
とんでもない台詞を、しれーっと吐けるのは、きっと原田先生の特技に違いない。
永倉先生と私は、無言で顔を見合わせると、二人して固まってしまった。
そんな私たちには構わず、「千鶴、気を付けて帰れよ」、そう言い残して、原田先生はそのまま通り過ぎて行った。
「「はあ~~~~っ!!」」
二人そろって大きく息を吐き、脱力する。
「左之のやつ……絶対ぇばれてるよな」
「はい、きっと気づいてらっしゃいますよね」
目と目が合い、どちらからともなく微笑む。
「いつか本当に、二人で婚姻届出しに行こうな」
「はい!」
「それじゃあ、次の問題も挑戦してみるか?」
「はい?……え……あの……がんばりすぎたらいけないって、原田先生がおっしゃってましたから…今日はもう……」
だんだんとフェイドアウトしていく私の声にかぶせ、永倉先生が楽しそうに笑った。
「ははは、まあ、焦らず、のんびりいくとするか。これから、いつだって一緒にいられるんだからな」
「はい!」
始まったばかりの恋も、ちょっとお近づきになれた気がする数学も、がんばらなくちゃ!
永倉先生が隣にいてくれたら、どんなに逃げ出したいことにだって、立ち向かっていける……
心の中でガッツポーズをつくり、私は、永倉先生に花丸をつけてもらったプリントを大切にカバンにしまった。
*
「うぅ……すみません……」
放課後の職員室。
期末テストの数学の、あまりの点数のひどさに、呼び出しを食らってしまったのだ。
情けない……よりにもよって、大好きな永倉先生が担当の教科で……。
怒る訳でも呆れる訳でもなく、先生は「う~ん」と首をひねる。
「教科書でいえば、どの辺からわからないんだ?」
「それが……何がわからないのかすら、わからないんです……」
まともに顔を上げることもできず、ガックリ項垂れる私に、見かねたように先生が言った。
「んじゃ、これから毎日、特別に補習でもすっか?」
永倉先生と毎日!!
特別!?!
……なんて、浮かれている場合ではない。
思わず緩んでしまいそうな頬を引き締める。
補習の通告がなされたということは、すなわち、先生にとって私が『特別』頭の痛い、出来の悪い生徒である、ということに他ならないではないか。
………
……………こうなったら、やるしかない!
永倉先生に「やれば出来るじゃねぇか」と褒めてもらえるように、とことんがんばってやる!!
「ぜひお願いします、がんばります!」
「おう、じゃあ早速、明日から始めるか。
放課後、教室で待ってろ。左之には了承とっておくから」
「はいっ、よろしくお願いします!!」
勢いよく頭を下げると、私は職員室を後にした。
翌日の放課後。
憧れの永倉先生と差し向かいで座っているというのに、私はすでに泣きたい気分だった。
まずは簡単な基本中の基本、と示された問題にすら、これっぽっちもシャーペンを動かせない。
うーん…と唸りながら、永倉先生は頭をガリガリとかく。
「古典なんか、いつもパーフェクトに近いんだろ?こりゃあ、典型的な文系頭だよな」
「はぃ……」
暗号の羅列にしか見えない目の前のプリントに目を落としながら力なくうなずく私に、先生は続ける。
「俺にしてみたら、はっきり解を求められる数学より、古典の方がよっぽど難しく思えるけどなぁ」
「古典は一応日本語ですから……」
訳のわからない言い訳をつぶやく私に、次の瞬間、追い打ちとなる言葉が降ってきた。
「やっぱ……土方先生への愛か?」
「っ違いますっ!!」
私は思わず立ち上がった。
勢い余って、椅子が後ろに倒れた。
先生は目を丸くしている。
「そんなんじゃ、ありません」
そんな台詞、大好きな永倉先生に言ってほしくなかった。
それというのもこれというのも、数学が苦手な自分のせい。
がんばってるつもりなのに…本当は、先生の担当教科で、一番いい点数とって褒めてもらいたいのに…
ああ、なんで私って、こんなにおバカさんなんだろう……
*
情けなくて、悔しくて、涙がにじんでくる。
「お、おい……悪かったよ、泣くなって」
唇を噛みしめながら、ゆっくり首を横に振る私に、先生は寂しげな笑みを向けた。
立ち上がって私の頭をポンポンと撫でると、いつもの元気さをどこに忘れてきたのか?というくらいの、とびきり優しい声でささやいた。
「悪かった、千鶴ちゃんの大切な気持ちを、からかったりしちまって」
「?」
大切な気持ちって……??
言われた言葉の意味が分からず、無言のまま固まっている私をよそに、先生は特大のため息をついた。
「はあ~~、土方先生がうらやましいな、千鶴ちゃんに、ここまで真剣に想われて」
………………。
「あの……どういう意味でしょうか?」
「好きな先生の教科をがんばるってのは、自然なことだよ」
「私……」
やっと、先生の言わんとすることが理解できた私は、彼を見つめて、声に力をこめた。
「だったら……私が一番がんばりたいのは、数学です!」
先生が目を見開く。
「私、永倉先生のこと……」
その先は……言えない。
その続きを言葉にしたら、先生を困らせてしまう。
『先生と生徒』という、今の安定した関係すら、壊してしまいかねない。
言えない、『先生のことが好きです』だなんて……
口をつぐんだ代わりに、涙がポロポロこぼれた。
永倉先生は、ハンカチを探しているのか、慌てた様子でわたわたしていた。
だが、拭けるようなものを持っていなかったらしく、指で涙をぬぐってくれた。
「千鶴ちゃん、続き……聞かせてくれよ」
永倉先生の、こんなに切なげな声は、初めて聞く。
ひとつ深呼吸して、私は口を開いた。
「私……数学は大の苦手です」
そこで言葉につまる。
永倉先生は、黙って私が口を開くのを待ってくれている。
「でも……先生のことは、大好きなんです」
言い終わるか終わらないかのうちに、先生の大きな手が、私の頭を撫でていた。
「そっか……ありがとな。言いにくいこと言わせちまって、悪かったな」
カアーッと顔が熱くなり、私はガタンと音をたてて椅子に座ると、下を向いてしまった。
身じろぎ出来ずに小さくなっていると、先生も腰かけたのが気配でわかった。
「なあ、千鶴ちゃん?」
「はい」
「俺は教師だ。でも、人間だ」
「はい」
恐る恐る顔を上げた私に、先生は、机に置かれたプリントを指し示した。
「この問題……これを自分の力で解いてみな?」
「えぇっ!!」
思わず恨みがましい視線を送ってしまった私に、先生は続ける。
「大丈夫、千鶴ちゃんなら出来るさ。めでたく解けた暁には……」
「暁には……?」
「俺の気持ちも聞いてもらえるか?」
「……はい」
「よしっ!んじゃ、おんなじような形の問題が、教科書の例題にないか……よく見てみな?」
懸命に教科書を繰る。
「まったく同じじゃなくても、似たような形のが引っかかってこないか?」
「…………これ、でしょうか?」
教科書の一点を示した私の指を、先生が覗き込む。
彼の周りの空気が、ふわりと流れ私の頬をくすぐる。
「ああ。それをよ~く見てみろ。数式ってのは、見るものなんだ。1+tan2θとcos2θをぶつけたらどうなる?」
「1になります……あ!」
突破口を見つけた気がして先生の顔を見れば、ニカッと笑って大きく頷いてくれた。
*
どのくらい時間がたっただろう。
教科書とプリントを交互に見ながら、懸命に頭を働かせる。
ようやく、プリントの余白が私の書いた数式やら文字やらで埋まった。
「どれ……」
先生にプリントを手渡し、ドキドキしながら両膝に手を置いて静かに待つ。
「……よくがんばったな、正解だ!」
先生が、ニカッとお日様のような笑顔をくれた。
「やりゃあできるじゃねえか!さすが、千鶴ちゃんだな」
高校生になっても、褒められるのは嬉しい。
それが、大好きな相手からなら、なおさらのこと。
「励ましてくださった先生のおかげです!私、今まで、考える前にあきらめちゃってた気がします」
「そうか、一歩前進だな」
しばしの後に、ほころんでいた先生の表情が、ほんの少し固さを帯びる。
「じゃあ、約束どおり俺の気持ちを聞いてくれるか?」
私は小さくうなずくと、固唾をのんで先生を見つめた。
「俺は、教師だ。だから、千鶴ちゃんはかわいい教え子だ」
「…………」
私には、黙ってうなずくことしか出来なかった。
大の苦手を克服(?)して高揚していた気持ちが、急速にしぼんでいく。
先生は、言い含めるように続ける。
「けどな、俺は人間だ。そして、男だ」
いつになく真剣な永倉先生の眼差しに、私は思わず背すじを伸ばした。
「そんでもって……千鶴ちゃんは、俺の惚れた女だ」
「………………」
「ちょ……なんとか言ってくれよ、恥ずかしいじゃねぇか」
「あ、あの……」
「ん?」
世の中、そうそううまい話が転がっている訳ない。
ぬか喜びの次に突き落とされる地獄を想定し、心の準備をしなくては。
そう自分に言い聞かせながら、私は口走った。
「過去形なのは……私を傷つけないように、断るためですか?」
「え?過去形!?まさかっ……んなはずねぇだろ!?」
私の言ったことが予想外だったらしく、永倉先生は目を白黒させていた。
だが、ひとつ咳払いをすると、いかにも教師らしく落ち着いた声で言った。
「過去も現在も未来も、俺が想う女は、千鶴ちゃんだけだ!」
「先生……」
机をはさんで向かい合う私たちの周りだけ、時が止まったように思えた、その瞬間――
「なんだ、まだお勉強中か?熱心だな」
「左之!」「原田先生!?」
「最初からがんばり過ぎると、息切れしちまうぞ?」
教室の入り口でたたずむ原田先生が、柔らかい笑みを作る。
「ほ、ほら、見ろよ、左之!!これ……これを!千鶴ちゃんの汗と涙の結晶を!」
はた目にも焦りつつ、しかし思いきり平静を装って立ち上がった永倉先生は、膝を机の脚にしたたかぶつけた。
「いてっ」と叫び、よろけながら、心の乱れをごまかすように、プリントをひらひらとはためかせる。(先生、挙動不審すぎです……)
私も慌てて立ち上がり、先生の言葉を肯定するべく大きくうなずく。
永倉先生と私の様子がおかしいことに、絶対気づいてるはずの原田先生は、特に足を進める訳でもなく、のんびりとした口調で言う。
「ん……?なんだ、婚姻届じゃねえのか」
とんでもない台詞を、しれーっと吐けるのは、きっと原田先生の特技に違いない。
永倉先生と私は、無言で顔を見合わせると、二人して固まってしまった。
そんな私たちには構わず、「千鶴、気を付けて帰れよ」、そう言い残して、原田先生はそのまま通り過ぎて行った。
「「はあ~~~~っ!!」」
二人そろって大きく息を吐き、脱力する。
「左之のやつ……絶対ぇばれてるよな」
「はい、きっと気づいてらっしゃいますよね」
目と目が合い、どちらからともなく微笑む。
「いつか本当に、二人で婚姻届出しに行こうな」
「はい!」
「それじゃあ、次の問題も挑戦してみるか?」
「はい?……え……あの……がんばりすぎたらいけないって、原田先生がおっしゃってましたから…今日はもう……」
だんだんとフェイドアウトしていく私の声にかぶせ、永倉先生が楽しそうに笑った。
「ははは、まあ、焦らず、のんびりいくとするか。これから、いつだって一緒にいられるんだからな」
「はい!」
始まったばかりの恋も、ちょっとお近づきになれた気がする数学も、がんばらなくちゃ!
永倉先生が隣にいてくれたら、どんなに逃げ出したいことにだって、立ち向かっていける……
心の中でガッツポーズをつくり、私は、永倉先生に花丸をつけてもらったプリントを大切にカバンにしまった。
*
1/1ページ