斎藤さんと歩く桜並木

四月はじめの、よく晴れた週末。

高校時代からの愛を実らせ結婚を決めた斎藤と千鶴は、そろって土方のマンションを訪れた。



「千鶴が斎藤ひとりのもんになっちまうのは、寂しい気もするが……」

そう苦笑いしながらも土方は、二人の報告と門出を喜び、祝福してくれた。



変わらぬ恩師の声を聞き、まるで高校時代に戻ったかのような気分を味わう。

さらには、人生の先輩である土方から厳しくも優しい励ましの言葉をかけられ、既に披露宴でのスピーチを聴いているかのように、二人とも感動の面持ちになる。



そして、一人前の大人として家庭を築いてゆくのだ、という自覚を胸に刻み込んでの帰り道。

どちらからともなく、薄桜学園に寄ってみようという流れになった。



「卒業以来です。土方先生のお話では、そんなに変わっていないようですけど……久しく離れていた私たちから見れば、昔と同じではないのでしょうね」

「不思議なものだな。毎日、当たり前に通学していた場所だというのに」



ちょっぴり感傷的な想いを抱きながら、二人は何年ぶりかに、懐かしい母校へと足を運んだ。



日が傾き始めた午後の光の中、正門から校舎へと向かう桜並木の道を歩く。



「わあ……きれいですね」

「ああ、見事に咲いているな」



今を盛りと咲き誇る満開の桜は、斎藤と千鶴が在学していた頃そのままの姿で二人を迎えてくれた。



グラウンドからは、運動部が活動しているのだろう、かけ声が聞こえてくる。


昇降口の前で立ち止まり嬉しそうに桜を見上げる千鶴に、斎藤は高校時代の彼女の面影を重ねた。



――
――――
あの時――

『初めて女子が入学する』というニュースに皆が浮き足立っていた、あの年の入学式。

今日のような満開の桜の下を歩く、千鶴を目にした瞬間。
俺の胸の内にも、色褪せることのない花が咲いたのだ。

これからの俺の人生……これほどまでに心ひかれ、世界をこんなにも明るく変えてくれる女性は、千鶴の他に決して現れることはないだろう。

あの時俺は、薄桜学園の制服に身を包んだ千鶴を見て、そう確信したのだ。
――――
――



めまぐるしくも楽しく充実していた、薄桜学園での毎日。

卒業してからは、大学生活を経て社会人となり、様々な経験もしてきた。

その分、二人ともあの頃より少し大人になった。


それでも、変わらず側にいて……




「斎藤さん、花びらが……」


肩に触れた千鶴の手に、斎藤は我に返る。


手のひらに薄紅の花弁を載せ、微笑む千鶴。

彼女の頭に、今度は斎藤が触れる。


「千鶴の頭にも、花びらが載っている」

「え、そうなんですか?」


千鶴は子犬のように頭を左右に振って、花びらを落とす仕草をする。

だが、再びすぐに強い風が吹き、まるで桜吹雪のように舞い散った花が降り注ぐ。



「桜の雨に濡れるというのも、悪くはないな」


舞い散る花を見上げながら、斎藤は小さく笑った。

そんなフィアンセを、千鶴は眩しそうに見つめる。


彼女の視線に気付いた斎藤が「どうした?」と向き直った。



吹いては止んでを繰り返す風は、なおも花を散らす。


千鶴は、にっこり笑って答えた。


「この先……晴れる日だけではなく、どしゃ降りの日もあると思います。でも、どんなに冷たい雨に降られても、斎藤さんと一緒なら私は大丈夫です」

「千鶴……」


一瞬、千鶴の顔を見つめてから、斎藤は大きくうなずいた。


「ああ、そうだな。俺も同じ気持ちだ」


そう返した斎藤は、千鶴の頭にポンと手を置くと満足そうに微笑んだ。



「そろそろ帰るか」

「風が冷たくなってきましたものね」



夕方の冷気が近づく気配に、思わず両手を擦り合わせる千鶴。
その手の片方を、斎藤の左手がつかんだ。



「あ……あの……」

「どうした?」

「いえ……」



恥ずかしそうに、繋がれた手に視線を注ぐ千鶴に、斎藤は彼女の胸の内を察した。



「こうしていれば、多少寒さはしのげるだろう。それに、人目もない……いや、あったとしても別段恥ずかしいことでもないだろう。俺たちは、誰に憚ることもない、れっきとした婚約者同士なのだ」



いつになく雄弁な斎藤に、千鶴の顔もほころぶ。

彼女は、斎藤とつないだ手にギュッと力をこめた。



「はい!とても温かいです……それから……とっても幸せです!」





「ああ、俺も幸せだ」


互いに顔を見合わせ小さくうなずき合えば、祝福するかのように再び桜が舞った。





出会った頃と変わらぬ桜並木の下を、時折言葉をかわしながら二人で歩く。



――
――――
これから何度でも、いつまでも……

隣で微笑んでいる、人生の伴侶――千鶴と共に、俺はこの桜の下を歩くのだ。

晴れの日も雨の日も、強い風が吹きすさぶ日も。

愛しいこの手を、決して離さずに……
――――
――



まだ冷たさの残る、しかし春めいた陽光を放つ空を見上げ、心の中でそう誓う斎藤だった。

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