土方先生と過ごす冬休み

薄桜学園の教頭、そして古文教師である土方。

暮れも押し迫ったある晩。学園近くのマンションの一室では、部屋の主である土方と恋人の千鶴がコタツでくつろいでいた。



にぎやかなバラエティ番組が終わり、一転して静かな旋律をBGMにしたコマーシャルが流れ始める。

その時、ほんの一瞬、千鶴が目を伏せたのを土方は見逃さなかった。


真っ白な建物の外観に続いて、煌めくシャンデリア、華やかな料理の並んだテーブルが画面に映し出される。

やがて、純白のドレスに身を包んだ女性が黒いタキシードの男性と微笑み合う場面に変わり、結婚式場のCMであることが明らかになって終了する。




「…………千鶴」

「はい、なんでしょう?」



―――
――――
春から新米の国語教師として、薄桜学園に赴任した千鶴。

彼女が高校生の頃からあたためてきた土方との交際は、順調に続いて今にいたっている。

普段はそれぞれ自宅で生活し、週末や連休だけ、千鶴が土方の部屋に滞在するのが常となっていた。


恋仲でありながら、同じ職場の上司と部下という関係でもある現在の立場。

もしも千鶴が“結婚”という安定を望んでいるのだとしたら、今のこの状況は何とも心もとないものであるはずだ。

現に、CMの最後で『あなただけのハッピー・ウェディング』なんて文字が画面に現れた時の彼女の表情には、憧れだけではなく寂しさや戸惑いが含まれていた。
――――
―――



「あ……いや……」

つい声をかけてみたものの、発するべき言葉が見つからない。

千鶴の顔から目をそらし黙りこむ土方に、彼女はふわりと微笑んでみせた。


「なんでしょうか?土方先生」

「ああ……なんだ……年末だし、酒でも飲むか?」

「ふふ、珍しいですね。すぐに支度します」




強いとはいえない土方は、普段はそれほど酒は飲まない。
どちらかと言えば、タバコだ。

だが、のんびり過ごせる休日前夜など、心を許せる女の隣で盃を傾けたくなることも、たまにある。

そんな時のために用意してあった酒をぬるめの燗にすると、千鶴は、ちょっとしたつまみと共に手際よくコタツの上に並べた。




年末のスペシャル番組を放映しているらしく、つけっぱなしのテレビからは芸能人たちのやり取りや笑い声が聞こえてくる。


それをぼんやりと眺めていた千鶴は、空になった土方の盃に気付き酒を注いだ。



「お、悪ぃな」


盃を手にした土方は、酒には口をつけずに、揺れる水面をじっと見つめる。



「……土方先生?」

「…………あぁ……」


不思議そうに問いかける千鶴にゆっくり視線を移すと、土方は淡い笑みを浮かべた。


「生まれてから今日まで、いろんな人に出会ってきた。身内に友達、仲間に同僚、それに大勢の教え子たち……。縁の深さはいろいろだが、そういう全部の出会いが今の俺を創ってるのに違ぇねえ」

「はい。なんだか……わかる気がします」



さほど飲んではいないにも関わらず、すでに目元を赤く染めた土方は、ゆっくりと言葉を探すように続ける。


「人生ってやつは……いろんなことを思いながら、いろんな荷物を抱えて生きてく長い道のりだ。抱えてる荷物の中にゃ、男の矜持とか、譲れねぇもんとか、プライドとか……そういったもんも入ってやがる」

「はい」

「けどな……」


一旦言葉を切った土方に、千鶴は姿勢を正した。



「けどな……俺の人生で一番大切なのは、千鶴、おまえだ」

「あ……ありがとうございます」



どぎまぎと頭を下げる千鶴にいとおしげな眼差しを向けると、土方はポツリと呟いた。


「そろそろ結婚するか」

「え!あ……あの……」



頬を紅潮させて瞳を潤ませる千鶴の頭を、土方はポンポンと撫でた……

と思うと、急に酔いが回ったのか、そのまま仰向けに寝転んだ。



「土方先生!」



コタツに入ったまま、大の字になって目を閉じる土方。


「このままでは、風邪をひきますよ」

「ん……」


皆から“鬼の土方”と恐れられる男のあまりにも無防備な姿に、千鶴は思わず笑みをもらす。


「もう……今日だけですからね」



コタツの上を手早く片付け、寝室から枕と毛布を運んでくると、彼女はぐっすり眠っている土方の隣に潜り込んだ。


「土方先生……歳三さん……お疲れ様です。それから……いつもありがとうございます」


厳しい上司でもあり最愛の恋人である土方の黒髪を撫でると、千鶴はそっと、彼の頬に口づけた。



「ちづ……る……」

「!!」


目を覚ましているのかと驚いた千鶴がパッと体を離すと、幸せそうな笑みを浮かべた土方が変わらず寝息をたてていた。

ほっと胸をなでおろした彼女は、再びコタツに横たわる。



「今年は、忙しかったけれど充実した一年でした。来年も、その先もずっとずっと……二人で、素晴らしい年にしましょうね」

それから……

「また、お酒の入っていない時にプロポーズの言葉を聞かせてくださいね」


  



「おやすみなさい」とつぶやくと、千鶴は土方の唇に自分の唇を重ねた。




明かりの消えたリビングに、ふたつの寝息が聞こえる。

寄り添って眠る二人を包むように、年の瀬の夜は静かに更けていった。

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