雨(la pluie)
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お隣の“ドラッグはくおう”が開店し、しばらくたったある日。
そろそろ店じまいにしようかという頃、メモを片手にひらひらはためかせながら、とびきりの笑顔を浮かべた沖田が千鶴に声をかけた。
「千鶴ちゃん、隣が閉まっちゃう前に、ちょっと買い物頼んでいいかな?」
「はい!すぐに行ってきます」
「必要なものは、このメモに書いてあるからよろしくね。これで足りると思うけど……」
メモと一緒に手渡された、財布がわりのポーチをしっかり握りしめ、千鶴はドラッグはくおうに駆け込んだ。
「遅くにすみません、急いで買い物済ませますので」
「いや、構わん。慌てずとも、ゆっくり店内を見てくれ」
土方と、彼の恋人で日用雑貨・化粧品担当の君菊は不在で、店番は斎藤一人だった。
千鶴は恐縮しながら、メモに書かれた品物を次々カゴに入れていった。
「サクラシャンプーとコンディショナーの詰め替え用、ビタミンいろいろのサプリメント、絆創膏Sサイズ、えーとそれから……」
大体そろった!と息をつきながらも、どうにも探し出せないものが、ひとつ。
『わかりませんでした』なんて帰ろうものなら、『ふうん……メモしてあるものをそろえるくらいのこともできないほど、君ってお子様なんだ?』というセリフとともに、沖田の恐ろしい笑顔を見ることになるだろう。
ゾクッと身震いした千鶴は、レジに立ち薬学雑誌をめくっている斎藤に歩み寄った。
「あの……申し訳ありません。沖田さんから頼まれた買い物メモで、どうしてもわからないものがありまして……これはどこにあるんでしょうか?」
眉を下げてすまなそうに問いかける千鶴を一瞥してから、斎藤は彼女の手の中の紙片に目を落とした。
「……どれのことだ?」
「これです、この“マイテスト”っていうのなんですけど……」
一瞬固まった斎藤は、すぐに気をとり直すと低い声で言った。
「これを、総司があんたに頼んだのか?」
「はい。メモを受け取ってきただけですので、細かい説明は聞いてないのですが」
小さくため息をついた斎藤に「こっちだ」と案内されたのは、体温計や血圧計が陳列されたコーナーだった。
彼はその一角から細長い箱を手にとり、千鶴の前に差し出した。
「ありがとうございます、これで全部そろいました」
安堵の息をもらしてニッコリ微笑む千鶴を、斎藤は大変複雑な気持ちで見つめる。
――買い物メモ最後のひとつは、妊娠検査薬であった。
沖田がどういうつもりで、これをわざわざ千鶴に買わせているのか、斎藤には理解ができない。
もしもこれを必要とする女性が千鶴であれば、多少恥じらう様子を見せて然るべきだと考えられる。
だが、目の前の彼女は平然としている……というより、自分の任務を全う出来た安心感でいっぱいのようで、最後の商品が何であったのかまでは特に興味がないらしい。
「……立ち入ったことを聞いて申し訳ないのだが……あんたと総司は、そういったものを必要とする間柄なのか?」
「え?」
そこで初めて、千鶴はその箱をカゴから手にとり、まじまじと見つめた。
「!!!」
ゆっくり上げられた千鶴の顔は、心なしか青ざめているように見える。
無言のまま、じっと千鶴の答えを待つ斎藤に、彼女は弱々しく首を横に振った。
「…………いえ、私には必要ありません」
「まったく……総司のやつ、一体何を考えているんだ」
苛立たしげに言葉を吐く斎藤に向かって、千鶴は笑顔を作ってみせた。
「沖田さんにそういうお相手がいらしたって、不思議じゃないですものね。すみません、お会計お願いします」
「だがっ……」
「いいんです、私を信用して頼んでくださったんですから」
荷物を抱えてよろよろと帰っていく千鶴の後ろ姿に、斎藤は、それ以上言葉をかけることが出来なかった。
*
「なにしてたの、ずいぶん遅かったじゃな……い……?」
ようやく戻った千鶴の変貌ぶりに、沖田は目を見張り、次いで首をかしげた。
『はじめてのおつかい』よろしく、嬉々として店を飛び出して行ったはずの千鶴が、まるで魂が抜けたような心ここにあらずといった風情で帰ってきたのだ。
「これ、頼まれていた品物です。片付けは済んでますので精算したら今日は早めにあがらせてもらいますね」
いつもなら、沖田が嫌みのひとつやふたつ言いそうな場面。
だが、彼が何も言えないほどに、千鶴の様子は通常のそれとは掛け離れたものだった。
「なんか変なの。僕も、今日はそろそろ終わりにしようかな」
千鶴が店を出てからも、しばらく作業を続けていた沖田だったが、やがてそう呟いた。
ほどなく、帰り支度を始めた彼の携帯が着信を告げた。
――千鶴ちゃんかな?……なあんだ――
沖田の予想を裏切り、電話の主は斎藤だった。
『総司、今からちょっといいか?』
「僕も、一君に聞きたいことがあるんだ。土方さんと君菊さんは……いない?だったら、今からそっちに行くよ」
「ちょっと一君!千鶴ちゃんに何かしたの!?」
開口一番そんな叱責の言葉を発する沖田に、斎藤は無言のまま一枚のレシートを突きつけた。
「“何か”したのは俺ではなく、総司、おまえだろう?」
「はあ?何言ってんの?ここに買い物に来てから、千鶴ちゃんの様子がおかしいんだ。当然、事情は一君が知ってるはずだよね」
「本当におまえというやつは……」
眉間に土方ばりのシワを刻み大きなため息を吐き出した斎藤は、レジのカウンターに、千鶴が忘れていったレシートをバシンと叩きつけた。
「一体、貴様は何を考えてるんだ!?他の女に使う検査薬を、何故わざわざ雪村に買わせる!?」
「…………は?」
訳がわからないといった表情を浮かべた沖田だったが、しばしの後に、半眼で斎藤を見やった。
「なるほどねぇ……そういうことか」
「何がそういうことなんだ!?」
静かに気色ばむ斎藤に「へぇ……一君がそんなに必死になるなんて、意外だな」と目を細めながら、沖田は淡々と言う。
「一君、悪いんだけどさ。存在しやしない女のために検査薬買うほど、僕は物好きじゃないんだよね」
「では、あれは一体何のために……」
「千鶴ちゃんに使ってもらうのに決まってるじゃない」
すかさず返された言葉に、斎藤も負けじと言い返す。
「彼女は、総司とはそういう関係ではないと、はっきり言っていた」
「もしかして……一君、千鶴ちゃんのことが好きなの?」
「なっ……」
「わかりやすいよね、一君ってさ」
我知らず顔を赤らめた斎藤に、沖田は小さく声を立てて笑った。
「お……俺が、雪村を……?」
先ほどまでの勢いはどこへやら。しどろもどろになった斎藤に、沖田はまっすぐな視線をぶつけた。
「あれは、僕からの宣戦布告だよ」
「なんだと?」
「一君にも土方さんにも譲らない……千鶴ちゃんは、絶対僕のものにする。そういう意味だよ」
「…………」
黙り込む斎藤に、沖田は小さくため息をついた。
「それじゃ、僕はこれで。一君も、お疲れさま」
斎藤の言葉を待たずに、沖田は踵を返して店の入り口に向かった。
――沖田の様子から察するに、彼の千鶴に対する気持ちは深く強いものであるようだ。そして、それは多分、千鶴にも言えること。
『俺や他の男が、いくら想いを寄せたところで、彼女の瞳に映るのは総司だけなのだろうな』
沖田の後ろ姿を見送りながら、頭に浮かぶそんな予感を、苦い笑いと共に噛み殺す斎藤だった。
本日のおすすめ…コーヒーゼリー
翌日。
「ごめんね、千鶴ちゃん。昨日の買い物メモ、イタズラのものも交ざってたんだ。君の反応を見てみたかったからね」
しょげ返ったままの千鶴に、沖田はそう説明し謝罪した。
お詫びの印として、彼女には“本日のおすすめ”コーヒーゼリーが振る舞われたのだった。
*
そろそろ店じまいにしようかという頃、メモを片手にひらひらはためかせながら、とびきりの笑顔を浮かべた沖田が千鶴に声をかけた。
「千鶴ちゃん、隣が閉まっちゃう前に、ちょっと買い物頼んでいいかな?」
「はい!すぐに行ってきます」
「必要なものは、このメモに書いてあるからよろしくね。これで足りると思うけど……」
メモと一緒に手渡された、財布がわりのポーチをしっかり握りしめ、千鶴はドラッグはくおうに駆け込んだ。
「遅くにすみません、急いで買い物済ませますので」
「いや、構わん。慌てずとも、ゆっくり店内を見てくれ」
土方と、彼の恋人で日用雑貨・化粧品担当の君菊は不在で、店番は斎藤一人だった。
千鶴は恐縮しながら、メモに書かれた品物を次々カゴに入れていった。
「サクラシャンプーとコンディショナーの詰め替え用、ビタミンいろいろのサプリメント、絆創膏Sサイズ、えーとそれから……」
大体そろった!と息をつきながらも、どうにも探し出せないものが、ひとつ。
『わかりませんでした』なんて帰ろうものなら、『ふうん……メモしてあるものをそろえるくらいのこともできないほど、君ってお子様なんだ?』というセリフとともに、沖田の恐ろしい笑顔を見ることになるだろう。
ゾクッと身震いした千鶴は、レジに立ち薬学雑誌をめくっている斎藤に歩み寄った。
「あの……申し訳ありません。沖田さんから頼まれた買い物メモで、どうしてもわからないものがありまして……これはどこにあるんでしょうか?」
眉を下げてすまなそうに問いかける千鶴を一瞥してから、斎藤は彼女の手の中の紙片に目を落とした。
「……どれのことだ?」
「これです、この“マイテスト”っていうのなんですけど……」
一瞬固まった斎藤は、すぐに気をとり直すと低い声で言った。
「これを、総司があんたに頼んだのか?」
「はい。メモを受け取ってきただけですので、細かい説明は聞いてないのですが」
小さくため息をついた斎藤に「こっちだ」と案内されたのは、体温計や血圧計が陳列されたコーナーだった。
彼はその一角から細長い箱を手にとり、千鶴の前に差し出した。
「ありがとうございます、これで全部そろいました」
安堵の息をもらしてニッコリ微笑む千鶴を、斎藤は大変複雑な気持ちで見つめる。
――買い物メモ最後のひとつは、妊娠検査薬であった。
沖田がどういうつもりで、これをわざわざ千鶴に買わせているのか、斎藤には理解ができない。
もしもこれを必要とする女性が千鶴であれば、多少恥じらう様子を見せて然るべきだと考えられる。
だが、目の前の彼女は平然としている……というより、自分の任務を全う出来た安心感でいっぱいのようで、最後の商品が何であったのかまでは特に興味がないらしい。
「……立ち入ったことを聞いて申し訳ないのだが……あんたと総司は、そういったものを必要とする間柄なのか?」
「え?」
そこで初めて、千鶴はその箱をカゴから手にとり、まじまじと見つめた。
「!!!」
ゆっくり上げられた千鶴の顔は、心なしか青ざめているように見える。
無言のまま、じっと千鶴の答えを待つ斎藤に、彼女は弱々しく首を横に振った。
「…………いえ、私には必要ありません」
「まったく……総司のやつ、一体何を考えているんだ」
苛立たしげに言葉を吐く斎藤に向かって、千鶴は笑顔を作ってみせた。
「沖田さんにそういうお相手がいらしたって、不思議じゃないですものね。すみません、お会計お願いします」
「だがっ……」
「いいんです、私を信用して頼んでくださったんですから」
荷物を抱えてよろよろと帰っていく千鶴の後ろ姿に、斎藤は、それ以上言葉をかけることが出来なかった。
*
「なにしてたの、ずいぶん遅かったじゃな……い……?」
ようやく戻った千鶴の変貌ぶりに、沖田は目を見張り、次いで首をかしげた。
『はじめてのおつかい』よろしく、嬉々として店を飛び出して行ったはずの千鶴が、まるで魂が抜けたような心ここにあらずといった風情で帰ってきたのだ。
「これ、頼まれていた品物です。片付けは済んでますので精算したら今日は早めにあがらせてもらいますね」
いつもなら、沖田が嫌みのひとつやふたつ言いそうな場面。
だが、彼が何も言えないほどに、千鶴の様子は通常のそれとは掛け離れたものだった。
「なんか変なの。僕も、今日はそろそろ終わりにしようかな」
千鶴が店を出てからも、しばらく作業を続けていた沖田だったが、やがてそう呟いた。
ほどなく、帰り支度を始めた彼の携帯が着信を告げた。
――千鶴ちゃんかな?……なあんだ――
沖田の予想を裏切り、電話の主は斎藤だった。
『総司、今からちょっといいか?』
「僕も、一君に聞きたいことがあるんだ。土方さんと君菊さんは……いない?だったら、今からそっちに行くよ」
「ちょっと一君!千鶴ちゃんに何かしたの!?」
開口一番そんな叱責の言葉を発する沖田に、斎藤は無言のまま一枚のレシートを突きつけた。
「“何か”したのは俺ではなく、総司、おまえだろう?」
「はあ?何言ってんの?ここに買い物に来てから、千鶴ちゃんの様子がおかしいんだ。当然、事情は一君が知ってるはずだよね」
「本当におまえというやつは……」
眉間に土方ばりのシワを刻み大きなため息を吐き出した斎藤は、レジのカウンターに、千鶴が忘れていったレシートをバシンと叩きつけた。
「一体、貴様は何を考えてるんだ!?他の女に使う検査薬を、何故わざわざ雪村に買わせる!?」
「…………は?」
訳がわからないといった表情を浮かべた沖田だったが、しばしの後に、半眼で斎藤を見やった。
「なるほどねぇ……そういうことか」
「何がそういうことなんだ!?」
静かに気色ばむ斎藤に「へぇ……一君がそんなに必死になるなんて、意外だな」と目を細めながら、沖田は淡々と言う。
「一君、悪いんだけどさ。存在しやしない女のために検査薬買うほど、僕は物好きじゃないんだよね」
「では、あれは一体何のために……」
「千鶴ちゃんに使ってもらうのに決まってるじゃない」
すかさず返された言葉に、斎藤も負けじと言い返す。
「彼女は、総司とはそういう関係ではないと、はっきり言っていた」
「もしかして……一君、千鶴ちゃんのことが好きなの?」
「なっ……」
「わかりやすいよね、一君ってさ」
我知らず顔を赤らめた斎藤に、沖田は小さく声を立てて笑った。
「お……俺が、雪村を……?」
先ほどまでの勢いはどこへやら。しどろもどろになった斎藤に、沖田はまっすぐな視線をぶつけた。
「あれは、僕からの宣戦布告だよ」
「なんだと?」
「一君にも土方さんにも譲らない……千鶴ちゃんは、絶対僕のものにする。そういう意味だよ」
「…………」
黙り込む斎藤に、沖田は小さくため息をついた。
「それじゃ、僕はこれで。一君も、お疲れさま」
斎藤の言葉を待たずに、沖田は踵を返して店の入り口に向かった。
――沖田の様子から察するに、彼の千鶴に対する気持ちは深く強いものであるようだ。そして、それは多分、千鶴にも言えること。
『俺や他の男が、いくら想いを寄せたところで、彼女の瞳に映るのは総司だけなのだろうな』
沖田の後ろ姿を見送りながら、頭に浮かぶそんな予感を、苦い笑いと共に噛み殺す斎藤だった。
本日のおすすめ…コーヒーゼリー
翌日。
「ごめんね、千鶴ちゃん。昨日の買い物メモ、イタズラのものも交ざってたんだ。君の反応を見てみたかったからね」
しょげ返ったままの千鶴に、沖田はそう説明し謝罪した。
お詫びの印として、彼女には“本日のおすすめ”コーヒーゼリーが振る舞われたのだった。
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