雨(la pluie)

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季節は梅雨。

今日も朝から、しとしとと静かな雨が降り続き、色とりどりの紫陽花を濡らしている。


瀟洒(しょうしゃ)な煉瓦造り風、三階建ての一角に店を構えるパティスリー・ヴェール。

この建物の二、三階はアパートになっており、そのうちの一室に沖田が暮らしている。

オーナーの近藤は、彼にとって尊敬する剣道の師であり、また父親のような存在でもあった。



一階の店舗部分、パティスリーヴェールの隣は、ちょっと前に雑貨の店が閉店してから空きスペースになっており、しばらく『テナント募集』の貼り紙が貼られていたのだが――



「沖田さん、お隣に新しいお店が入るそうですよ」

「へぇ、案外早く決まったんだ」


さして興味のなさそうな沖田に、千鶴が続ける。

「店長さんが先ほどお見えになって、沖田さんにもご挨拶をとおっしゃってたんですが……」


ゆっくりと、沖田が千鶴の方を向き、にっこりと微笑む。


「もちろん、丁重にお断りしてくれたよね?」


含みのありそうな沖田の笑顔にたじろぎながら、千鶴も精一杯の笑顔をつくる。


「はい。『デコが入っている時は、何人たりとも厨房の邪魔をすることは許されない』ですものね」



バースデーケーキなどのデコレーションの予約が入っている時には、沖田の集中力を削がないことが最優先。
そのため、彼の許可がおりるまで、何があっても厨房は立ち入り禁止なのだ。



「そうそう、よく出来ました。……で、どんな店が入るの?」


千鶴から名刺と挨拶のタオルを受け取る沖田。


「ふうん、どれどれ薬局か」


タオルにかけられた熨斗を一瞥し、名刺に目を移した彼の顔色が変わった。


「……どうかなさいましたか?」

心配そうに沖田を見上げた千鶴は、彼の手の中の名刺を覗き込む。




 ドラッグはくおう
 店長・管理薬剤師:土方歳三




千鶴にとって、初めて聞く名前だ。
これのどこが、我が天才パティシエの顔を曇らせているのだろう。


首をひねる千鶴に、沖田が苦笑いを向ける。


「ごめんごめん、実は、古くからの知り合いなんだ」

「あ、あと、もうお一人一緒にいらしてました。確か、斎藤さんとか」
「一くん!?」

「……も、古くからのお知り合いなんですね」

「ああ、ついでに言えば、うちに荷物持って来てくれるミケネコ宅急便の新八さんもね」

「なんだか職種がバラバラですけど、どういったお知り合いなんですか?」

「剣道仲間だよ」

「剣道……ですか」

ちょっぴり驚いたような、それでいて納得の表情を浮かべる千鶴に、小さくうなずきながら沖田は続ける。

「ここのオーナーの近藤さんの家が剣道の道場でね。僕らは、みんなそこに通ってたんだ」



沖田が初めて語る自身の過去に、千鶴は真剣な面持ちで耳を傾ける。


「当時の道場主は近藤さんのお父さんだったけど、僕は主に、二代目になる近藤さんに稽古つけてもらったな。だから今は、彼が道場を受け継いでるはずだよ」


懐かしむように、視線を遠くに投げる沖田。


「道場の皆さんとの出会いが、今の沖田さんの礎になっているんですね」


介入出来ない過去にちょっぴり寂しさを覚えつつ、けれど……
『こういう話を聞かせてもらえるようになったんだってことを、喜ぶべきだよね』
そう自分に言い聞かせながら、千鶴は沖田の横顔を見つめていた。



「そうそう」
「は、はいっ!」


クルッと千鶴に向き直った沖田の表情は楽しげだったが、目は笑っていなかった。


千鶴ちゃん、あの二人には近づいちゃだめだからね」

「あ……あの二人……とは?誰と誰のことでしょうか」

「土方さんと一君だよ!……いい?これは僕の命令だからね」

「は、はいぃ……」



お隣さんなのに『近づくな』だなんて無理です!



そう言い返したかった千鶴だが、それを許されないほどに、沖田の言葉には有無を言わさぬ響きがこめられていた。
 

*


数日後。


「さてと、フィナンシェの仕込みでもしようかな」


売り場を見渡して伸びをした沖田が厨房に戻りかけた時、店の扉が開いた。


「いらっしゃいま……あ!先日はどうも」


千鶴の笑顔の先には、重そうな紙袋を提げた土方が立っていた。



「明日から内装工事に入るんで、迷惑かけちまうと思うが、すまないな。こんなもんで悪いんだが……」


土方の差し出した袋には、十本入りのドリンク剤が二箱入っていた。


恐縮しつつ受け取った千鶴の横から、沖田が紙袋を覗き込んだ。

「ふうん……『オチミズパワードリンク』……なんだか禍々しい気がするんだけど」



真っ赤な箱に、白髪で赤い目の男が刀を構えるイラストが描かれている。


つられて覗き込んだ千鶴も、思わず絶句した……が、すかさず
「あ……ありがとうございます、沖田さんにパワーをいっぱいつけてもらいますねっ」と土方に礼を述べた。



「ちょっと千鶴ちゃん!僕一人に押しつけるつもり!?」

「だ、だって……いかにも男性用って感じのパッケージじゃないですか」

千鶴ちゃんこそ、体力つけなくちゃ。僕なら、薬に頼らなくたって充分元気だからさ」



ニコニコと黒そうな笑顔を浮かべる沖田に言い負かされる格好で、千鶴は黙り込んだ。

が、『こんな押しつけ合いみたいなの、土方さんに失礼だよね』とすぐに頭を切り替え、再び土方に目を向けた。

「お気遣いありがとうございます、二人でありがたくいただきます」



千鶴に小さな笑みで応えてから、土方は沖田に視線を向けた。

「こないだ言い忘れたんだがな、総司」



顔を上げた拍子に、ちょうど土方と目が合ってしまった沖田は、仕方ないなと言いたげに肩をすくめた。

「なんですか?土方さんでも、忘れることなんてあるんですね」

「ふん、どっちにしたって、あの時おまえはいなかったじゃねぇか」



刺々しい沖田の物言いに、千鶴は内心ヒヤヒヤした。だが、土方は全く意に介さないといった様子で言葉を続けた。


「それは、まあいい。俺は近藤さんから、おまえの健康管理も頼まれてるんだ。あんまり偏った食生活ばっかしてるんじゃねぇぞ」

「健康管理ですか?」


あからさまに嫌そうな顔を作る沖田に、千鶴はますますハラハラする。


「いくら近藤さんの名前を出されたって、そんなもの即座に遠慮します」

「なに言ってやがる、近藤さんに心配かける気か!?」


眉間にシワを刻む土方に、沖田はすまして言う。

「土方さんの世話になる必要はないって言ってるんですよ。なんたって僕には優秀なマネージャーがいますから。……ね、千鶴ちゃん」

「わ、私ですか?」


いきなり話をふられて、それまで二人の顔を見比べながら会話を聞いていた千鶴は慌てふためいた。

「あの……私に出来そうなのは試食モニターくらいで。沖田さんの体重管理いえ、体調管理など恐れ多いです~」



腕組みをしてうんうんと頷きながら、沖田は口元に笑みを浮かべた。

「確かに僕らは……っていうか、千鶴ちゃんの体重管理は必要だよね」

「ですよね、私最近、沖田さんのケーキ食べ過ぎちゃって体重が増えてしまいまして……って、なに言わせるんですかっ!?」

「やだなあ、千鶴ちゃんが自分で言ってるんじゃない」



二人のやり取りを眺めていた土方がクスッと笑った。

「夫婦漫才みてえだな」

「「なっ!?」」


クワッと目を見開く沖田と千鶴を交互に見やり、土方がニヤリと口角を上げた。


「あながち、俺の見当違いって訳でもねぇだろ?」

「「…………」」



言葉につまった二人に、土方は微かな笑みを向けた。


「んじゃ、とにかくよろしく頼むな」

「あ……こちらこそ、よろしくお願いします!!」



深々と頭を下げる千鶴に小さく「ああ」と返し、土方はドアの向こうに姿を消した。

*
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