おうちでパーティー〜四千人感謝〜
「おうちでパーティーって言ったら……」
「やっぱり手巻き寿司ですよね」
月讀の屋敷、瑠璃とはるかが、顔を見合わせて同時に笑う。
大きな座卓の上には、寿司桶に山盛りのご飯が三杯。
鮪に玉子焼き、きゅうり等々……様々な具材。
町の乾物屋さんで久遠が買い込んできた、こだわりの海苔。
それらが所狭しと並べられている。
外は残暑が厳しいから、バーベキューはパス。
のんびりまったり過ごしたい、という皆の意見により、『四千人感謝』のお祝いは月讀の屋敷で行われることになった。
「今日は、まだ日も高いし、お酒は無しですからね」
瑠璃が言い渡すと、竜尊と祢々斬は
「祝い事に酒がないのも、味けないもんだな」
と、不満そうな顔を見せる。
「酒癖の悪い人もいるし未成年の人もいるんだから、我慢してね」
参加メンバーは、おなじみ五人の鬼達と二人の主人公、今回は月讀と久遠もいる。
お茶で乾杯をした後、和やかに会が進んでいく。
「四千人目のお客様が、月讀さんをひいきにして下さってるって噂を聞きましたよ」
久遠と二人、どの具材の取り合わせが一番美味しいかを試行錯誤しながら、玖々廼馳が言った。
「ほお……それは、ありがたいことですね」
月讀は、嬉しそうに微笑むと、小さなため息をついた。
「そのように、応援して下さる方もあるというのに……ここでの私の扱いは、ちょっと納得出来ませんね」
「我も、多分似たようなものだ」
無月がボソッとつぶやく。
「そんなに……ひどい扱いなんですか……?」
玖々廼馳が、月讀と無月を交互に見る。
「いや、『ばつげえむ』をさせられるとか、そういった類いの『ひどい扱い』ではないのだ」
無月が、玖々廼馳の頭を撫でる。
月讀は、先ほどよりも大きなため息をもらす。
「仮にも『乙女げえむ』の世界なのですからね……もっと、私達の物語にも、恋愛的な要素を盛り込めないものですかね」
「ああ、我もそのように思う」
二人そろって、またため息をつく。
「管理人の頭の中で、『そういうこと』ができる人と、できない人とに分けられちゃってるみたいですよ」
玉子焼きをたっぷり巻いた寿司を手に、はるかが言う。
玖々廼馳が、首をかしげる。
「お姉ちゃん……『そういうこと』って……何のことですか?」
「えっとね……それはね…………う~ん」
無邪気に問いかけてくる玖々廼馳に言葉をにごし、はるかは魁童に目で助けを求める。
「……魁童は……わかってるよね」
助けを求められたはずの魁童は、何も言えずに顔を真っ赤にしている。
「つまり、色っぽいラブシーンってことだな」
竜尊が横から口を出す。
「うん、まあ、そういうことなんだけどね」
ちょっぴり顔を赤らめた瑠璃が、竜尊の言葉を受けて、何やら紙切れを取り出す。
「管理人のおばさんによるとね……『そういう場面が想像できる人』は竜尊……は当然だよね。あと、魁童」
「はあ!?俺も、そっちに入るのか?」
はるかが、魁童の肩をポン、とたたいて説明する。
「なんでもね……ウブなようでいて、『やるときゃやるぜ!俺は男だ!』ってイメージらしいよ、この世界のかっちゃんは」
「……なんか、複雑だな。まあ、嬉しいけどさ」
相変わらず魁童の顔は赤い。
*
瑠璃が続ける。
「時と場合によるのが祢々斬」
「どういう意味だ!?」
祢々斬が、眉根を寄せる。
「祢々斬の印象はね……相手のことを、すごく大事にしてくれる男の人……なんだって」
瑠璃の説明に、はるかが、うんうんと頷く。
「きっと、竜尊みたいにガツガツしてないってことですよ……ふぎゃっ」
「おい、口は災いの元って、聞いたことないか?」
竜尊が、はるかの頬を両手で引っ張っている。
「うぅ~、言論と表現は、自由なんれすよ~っ」
「竜尊、おやめなさい!」
月讀にたしなめられて、竜尊は舌打ちしながら手を離す。
「瑠璃、先を続けたらどうだ?」
祢々斬に促され、うなずく瑠璃。
「えっとね……そういう場面が想像できないのが……無月に玖々廼馳に、月讀さん」
「なぜ、いい大人の我らが『想像できない組』で、魁童ができる組なのだ?」
「無月の言う通りです。不可解な言い分ですね」
二人の視線が、魁童を刺す。
「お……俺に言われても……」
たじろぐ魁童を押し退ける勢いで、久遠が瑠璃の前に飛び出した。
「ちょっと待つのじゃ!なんで、わしの名前が入ってないのじゃ!?」
「そういえば……」
瑠璃は、手にした紙切れを裏返したり透かして見たりしたが、やはり久遠の名前はなかった。
申し訳なさそうな顔で久遠の頭をなでながら、彼女が言う。
「ごめんね、久遠。攻略キャラじゃないから、管理人さん、考えてなかったんじゃないかな」
「ひどいのじゃ!わしも、攻略されたいのじゃ。みんなみたいに、恋愛ごっこしたいのじゃあ~!!」
「あのね、久遠」
瑠璃が、久遠の目をまっすぐ見ながら語りかける。
「久遠とはさ、ここにいるみんなの中で、一番早く出会ったんだよね」
「そ……それは、そうじゃが……」
「だからね……きっと、久遠は特別なんだよ」
「わしが……特別?」
「そう。一緒に修行して、術だって、二人の息を合わせなくちゃいけないでしょ?」
久遠は黙って頷く。
「そういう絆があるから、恋愛ごっこなんて必要ないんだと思うよ」
「ちゃちな恋愛ごっこより、わしらの絆は強い……そういうことじゃな」
納得した久遠が、泣き出しそうな顔から一転、笑顔になる。
つられて瑠璃も、にっこりと微笑む。
晴れ晴れとした顔の久遠とは対照的に、無月と月讀の周りには、どんよりとした空気が漂っている。
「ここ数ヵ月の我といえば……蛍見物の約束は反古にされ、恋仲になりそうな相手は魁童にとられ、やっと『でえと』に漕ぎ着けたかと思ったら、手をつなぐのがやっとだった……」
「私だって……膝枕をしたくらいで、あとはこれといって、胸の高鳴るようなことは……」
*
「んもう……あなた方は、そんなにエッチなことしたいんですか?」
はるかが、無月と月讀の背後から、二人の間に割って入る。
彼女の頬はうっすらと赤く、目はすわっている。
「まさか……」
瑠璃が鬼達を見渡すと、竜尊が手酌で酒を飲んでいるのが目に入った。
「竜尊!はるかちゃんに、お酒飲ませたのっ!?」
「ああ……いけなかったか?」
「今日はお酒は駄目だって、あれほど釘を刺して……きゃっ」
「瑠璃さ~ん、そんなに怒ったら、美人さんが台無しですよぉ~……あ~でも、怒った顔も素敵です~」
いきなり抱きついてきたはるかに全体重をかけられ、正座の姿勢から後ろに倒れる瑠璃。
その場に居合わせた人々(人+鬼+狐)は皆、呆気にとられて言葉も出ない。
「瑠璃さ~ん……私というものがありながら、竜尊やら祢々斬やらのものになっちゃうなんて、悲しいですぅぅ~」
「おまえら二人、そういう関係だったのか……?」
竜尊が顔をひきつらせながら、ようやく口を開く。
「なっ……違っ……!なに馬鹿なこと言ってるの!?もしかして竜尊、お酒になんか入れた?」
起き上がろうとするのを、はるかに妨げられつつ瑠璃が叫ぶ。
苦笑を浮かべながら、竜尊が答える。
「お子様相手に、俺がそんなことするはずないだろ。
おまえに飲ませるんなら、話は別だが」
はるかは、ひたすら瑠璃にしがみつき、猫のように頬をすり寄せる。
「……はるかちゃん、はるかちゃんてば!!しっかり!しっかりして~!!!」
事の展開についていけなくなった瑠璃が、はるかの肩を思いきり揺さぶる。
じっと成り行きを見守っていた祢々斬が、魁童の肩をたたく。
「……おい、魁童!あいつの暴走を止めろ」
「は?お……俺!?」
「当たり前だ、お前しかいないだろ」
「っ……けど……どうやって」
「んなこた自分で考えろ。やるときゃやるんだろ?」
*
魁童は、意を決したように、月讀に歩み寄る。
「おい、術士」
「おや、魁童。どうかしましたか?」
こちらの四人……月讀に無月、久遠に玖々廼馳は、はるかの巻き起こしている騒ぎとは既に一線を画し、食事を楽しんでいた。
「はるかの酒になんか入れたのはおまえか?」
「人聞きの悪いことを言わないでいただきたいですね。なんにもしてませんよ、今日は」
「はあっ!?今日はって……じゃあ、いつもはなんかすんのか!?」
「冗談ですよ。はるかさん、お酒が相当回っているようですね……ひと眠りさせるのが、一番よいでしょう」
おまえが言うと冗談に聞こえねえんだよ、とぼやきながら、魁童が月讀の正面に座った。
「んじゃあ……眠らせる薬をくれ。なんかあんだろ?まさか、殴って気絶させる訳にゃいかねえからな」
「では、これを……」
月讀が差し出した包みを受け取った魁童に、久遠が、水瓶の中から冷たい水を湯飲みに注いで渡した。
「ほれ、魁童。この中に、薬を混ぜるのじゃ」
「はるか、これ飲め。酔いがさめるぞ」
魁童が、はるかに湯飲みに差し出す。
「残念でした~、今、喉乾いてないもんね」
ケラケラと笑いながら、はるかが魁童の鼻先まで顔を近づける。
「湯飲みに何か入れたでしょ?ふふ~ん、騙されないんだから」
「ちっ……こうなったら仕方ねえ」
魁童は、湯飲みの中の液体を口に含むと、はるかの頬を両手でしっかりと支え、口づけた。
すぐに顔を離し、彼女が飲み下したことを確認する。
「よしっ、飲んだな」
「魁童~」
「は?なんだ?」
自らの行為に顔を赤くしていた魁童が、拍子抜けしたような声を出す。
「なにこれ、すっごく美味しいね」
「あ、ああ。確かにうまいな」
「もっとちょうだい」
魁童から湯飲みを奪い取ったはるかは、おいしそうに喉を鳴らしてそれを飲んだ。
確実に、全部飲んだ。
魁童はじめ、一同かたずを飲んで見守る。
だが……ご機嫌なはるかの鼻歌が聞こえる以外、数分たっても一向に変化はない。
「おいっ術士!効き目ないじゃねえか」
「おかしいですね、そんなはずはないのですが……」
月讀は、懐を探る。
「……あっ、眠り薬は、これです。先程のは、ただの白砂糖でした」
効かないはずですね、と薬の包みを魁童に渡す。
魁童は、はるかに背を向けて隠しながら、新たに注ぎ足した水の中に白い粉を振り入れる。
「はるか、もう一杯飲むか?」
「わ~、ありがとう……あ!そうだ!今度は、私が魁童に飲ませてあげる」
瑠璃から離れ、魁童ににじり寄るはるか。
「いっ!?いやっ、いいっ!俺はいらないから、おまえ、自分で飲め」
顔だけでなく耳まで真っ赤に染めた魁童が、湯飲みを彼女に押しつける。
「まったく……魁童ってば、照れ屋さんなんだから……」
魁童を軽くにらみながら湯飲みを受け取り、彼女はそれを一気に飲み干した。
*
翌日―――
「ううぅ~……頭いた~」
「はるかさんっ!ちゃんと聞いていますかっ!?」
「月讀さん……そんなに大きな声出さないでください……頭に響きます……」
「何を言ってるんですか!自業自得ですよ」
今日の月讀は、妙に機嫌が悪いらしい。
はるかは、苦しげなうめき声で言い訳をする。
「だって、竜尊が、お酒が……」
「問答無用!!」
「~~!!」
一際大きな声に、顔をしかめながらこめかみを押さえるはるか。
縁側では、彼女を除くみんなで、西瓜を食べている。
魁童、玖々廼馳、久遠の三人は、少し離れた所で種の飛ばし合いをしている。
「しかし、あの時は驚いたな」
「あの時?」
可笑しそうにつぶやく竜尊に、瑠璃が怪訝そうな顔を見せる。
「まさか、おまえが両刀遣いだったとは……」
「バカっ!違うって言ってるでしょ!?」
「俺は、どっちでもかまわんぜ。むしろ、興奮する……いてっ」
祢々斬が、後ろから竜尊の頭をはたく。
「瑠璃、竜尊の戯言なんか聞くな。耳が腐るぞ」
祢々斬は、瑠璃の耳を両手でそっとふさぐ。
「その点については、我も祢々斬に賛成だな」
無月が竜尊をちらっと見ながら言う。
部屋の中では、月讀の説教が続いている。
「まったく、あなたという人は……私でさえ、まだ、瑠璃さんに抱きついたことはないというのに……それを、抱きついたばかりか、あのように密着して!」
もはや、説教ではなく愚痴である。
「はるかさんっ!」
頭の痛みをやり過ごすべく、うつらうつらし始めたはるかが、ビクッと肩を揺らす。
「おい、術士!そんくらいにしてやれよ」
なかなか出てこないはるかにしびれを切らし、魁童と玖々廼馳が部屋の中を覗き込んでいる。
「月讀さん……あんまり、はるかお姉ちゃんを苛めたら……応援してくれてるお客様に、嫌われちゃいますよ……」
玖々廼馳の言葉は、効果絶大だった。
「ゴホン……ま、まあ、はるかさんも反省しているようですから、このくらいにしておきましょう。では、私も西瓜をいただくとしましょうか」
月讀が縁側に出ていくのと入れ替わりに、魁童と玖々廼馳が部屋に上がり込む。
「おい、はるか……って、こいつ寝てんじゃねぇか!?」
「ふふ……お姉ちゃん、寝顔も可愛いです……」
外は外で、賑やかな声が飛び交っている。
夏の終わりの、お祝いパーティー&翌日の出来事でしたとさ♪
* * *
四千人目のお客様に、感謝の気持ちをこめて…
♪⊂(*^ω^*)
*
「やっぱり手巻き寿司ですよね」
月讀の屋敷、瑠璃とはるかが、顔を見合わせて同時に笑う。
大きな座卓の上には、寿司桶に山盛りのご飯が三杯。
鮪に玉子焼き、きゅうり等々……様々な具材。
町の乾物屋さんで久遠が買い込んできた、こだわりの海苔。
それらが所狭しと並べられている。
外は残暑が厳しいから、バーベキューはパス。
のんびりまったり過ごしたい、という皆の意見により、『四千人感謝』のお祝いは月讀の屋敷で行われることになった。
「今日は、まだ日も高いし、お酒は無しですからね」
瑠璃が言い渡すと、竜尊と祢々斬は
「祝い事に酒がないのも、味けないもんだな」
と、不満そうな顔を見せる。
「酒癖の悪い人もいるし未成年の人もいるんだから、我慢してね」
参加メンバーは、おなじみ五人の鬼達と二人の主人公、今回は月讀と久遠もいる。
お茶で乾杯をした後、和やかに会が進んでいく。
「四千人目のお客様が、月讀さんをひいきにして下さってるって噂を聞きましたよ」
久遠と二人、どの具材の取り合わせが一番美味しいかを試行錯誤しながら、玖々廼馳が言った。
「ほお……それは、ありがたいことですね」
月讀は、嬉しそうに微笑むと、小さなため息をついた。
「そのように、応援して下さる方もあるというのに……ここでの私の扱いは、ちょっと納得出来ませんね」
「我も、多分似たようなものだ」
無月がボソッとつぶやく。
「そんなに……ひどい扱いなんですか……?」
玖々廼馳が、月讀と無月を交互に見る。
「いや、『ばつげえむ』をさせられるとか、そういった類いの『ひどい扱い』ではないのだ」
無月が、玖々廼馳の頭を撫でる。
月讀は、先ほどよりも大きなため息をもらす。
「仮にも『乙女げえむ』の世界なのですからね……もっと、私達の物語にも、恋愛的な要素を盛り込めないものですかね」
「ああ、我もそのように思う」
二人そろって、またため息をつく。
「管理人の頭の中で、『そういうこと』ができる人と、できない人とに分けられちゃってるみたいですよ」
玉子焼きをたっぷり巻いた寿司を手に、はるかが言う。
玖々廼馳が、首をかしげる。
「お姉ちゃん……『そういうこと』って……何のことですか?」
「えっとね……それはね…………う~ん」
無邪気に問いかけてくる玖々廼馳に言葉をにごし、はるかは魁童に目で助けを求める。
「……魁童は……わかってるよね」
助けを求められたはずの魁童は、何も言えずに顔を真っ赤にしている。
「つまり、色っぽいラブシーンってことだな」
竜尊が横から口を出す。
「うん、まあ、そういうことなんだけどね」
ちょっぴり顔を赤らめた瑠璃が、竜尊の言葉を受けて、何やら紙切れを取り出す。
「管理人のおばさんによるとね……『そういう場面が想像できる人』は竜尊……は当然だよね。あと、魁童」
「はあ!?俺も、そっちに入るのか?」
はるかが、魁童の肩をポン、とたたいて説明する。
「なんでもね……ウブなようでいて、『やるときゃやるぜ!俺は男だ!』ってイメージらしいよ、この世界のかっちゃんは」
「……なんか、複雑だな。まあ、嬉しいけどさ」
相変わらず魁童の顔は赤い。
*
瑠璃が続ける。
「時と場合によるのが祢々斬」
「どういう意味だ!?」
祢々斬が、眉根を寄せる。
「祢々斬の印象はね……相手のことを、すごく大事にしてくれる男の人……なんだって」
瑠璃の説明に、はるかが、うんうんと頷く。
「きっと、竜尊みたいにガツガツしてないってことですよ……ふぎゃっ」
「おい、口は災いの元って、聞いたことないか?」
竜尊が、はるかの頬を両手で引っ張っている。
「うぅ~、言論と表現は、自由なんれすよ~っ」
「竜尊、おやめなさい!」
月讀にたしなめられて、竜尊は舌打ちしながら手を離す。
「瑠璃、先を続けたらどうだ?」
祢々斬に促され、うなずく瑠璃。
「えっとね……そういう場面が想像できないのが……無月に玖々廼馳に、月讀さん」
「なぜ、いい大人の我らが『想像できない組』で、魁童ができる組なのだ?」
「無月の言う通りです。不可解な言い分ですね」
二人の視線が、魁童を刺す。
「お……俺に言われても……」
たじろぐ魁童を押し退ける勢いで、久遠が瑠璃の前に飛び出した。
「ちょっと待つのじゃ!なんで、わしの名前が入ってないのじゃ!?」
「そういえば……」
瑠璃は、手にした紙切れを裏返したり透かして見たりしたが、やはり久遠の名前はなかった。
申し訳なさそうな顔で久遠の頭をなでながら、彼女が言う。
「ごめんね、久遠。攻略キャラじゃないから、管理人さん、考えてなかったんじゃないかな」
「ひどいのじゃ!わしも、攻略されたいのじゃ。みんなみたいに、恋愛ごっこしたいのじゃあ~!!」
「あのね、久遠」
瑠璃が、久遠の目をまっすぐ見ながら語りかける。
「久遠とはさ、ここにいるみんなの中で、一番早く出会ったんだよね」
「そ……それは、そうじゃが……」
「だからね……きっと、久遠は特別なんだよ」
「わしが……特別?」
「そう。一緒に修行して、術だって、二人の息を合わせなくちゃいけないでしょ?」
久遠は黙って頷く。
「そういう絆があるから、恋愛ごっこなんて必要ないんだと思うよ」
「ちゃちな恋愛ごっこより、わしらの絆は強い……そういうことじゃな」
納得した久遠が、泣き出しそうな顔から一転、笑顔になる。
つられて瑠璃も、にっこりと微笑む。
晴れ晴れとした顔の久遠とは対照的に、無月と月讀の周りには、どんよりとした空気が漂っている。
「ここ数ヵ月の我といえば……蛍見物の約束は反古にされ、恋仲になりそうな相手は魁童にとられ、やっと『でえと』に漕ぎ着けたかと思ったら、手をつなぐのがやっとだった……」
「私だって……膝枕をしたくらいで、あとはこれといって、胸の高鳴るようなことは……」
*
「んもう……あなた方は、そんなにエッチなことしたいんですか?」
はるかが、無月と月讀の背後から、二人の間に割って入る。
彼女の頬はうっすらと赤く、目はすわっている。
「まさか……」
瑠璃が鬼達を見渡すと、竜尊が手酌で酒を飲んでいるのが目に入った。
「竜尊!はるかちゃんに、お酒飲ませたのっ!?」
「ああ……いけなかったか?」
「今日はお酒は駄目だって、あれほど釘を刺して……きゃっ」
「瑠璃さ~ん、そんなに怒ったら、美人さんが台無しですよぉ~……あ~でも、怒った顔も素敵です~」
いきなり抱きついてきたはるかに全体重をかけられ、正座の姿勢から後ろに倒れる瑠璃。
その場に居合わせた人々(人+鬼+狐)は皆、呆気にとられて言葉も出ない。
「瑠璃さ~ん……私というものがありながら、竜尊やら祢々斬やらのものになっちゃうなんて、悲しいですぅぅ~」
「おまえら二人、そういう関係だったのか……?」
竜尊が顔をひきつらせながら、ようやく口を開く。
「なっ……違っ……!なに馬鹿なこと言ってるの!?もしかして竜尊、お酒になんか入れた?」
起き上がろうとするのを、はるかに妨げられつつ瑠璃が叫ぶ。
苦笑を浮かべながら、竜尊が答える。
「お子様相手に、俺がそんなことするはずないだろ。
おまえに飲ませるんなら、話は別だが」
はるかは、ひたすら瑠璃にしがみつき、猫のように頬をすり寄せる。
「……はるかちゃん、はるかちゃんてば!!しっかり!しっかりして~!!!」
事の展開についていけなくなった瑠璃が、はるかの肩を思いきり揺さぶる。
じっと成り行きを見守っていた祢々斬が、魁童の肩をたたく。
「……おい、魁童!あいつの暴走を止めろ」
「は?お……俺!?」
「当たり前だ、お前しかいないだろ」
「っ……けど……どうやって」
「んなこた自分で考えろ。やるときゃやるんだろ?」
*
魁童は、意を決したように、月讀に歩み寄る。
「おい、術士」
「おや、魁童。どうかしましたか?」
こちらの四人……月讀に無月、久遠に玖々廼馳は、はるかの巻き起こしている騒ぎとは既に一線を画し、食事を楽しんでいた。
「はるかの酒になんか入れたのはおまえか?」
「人聞きの悪いことを言わないでいただきたいですね。なんにもしてませんよ、今日は」
「はあっ!?今日はって……じゃあ、いつもはなんかすんのか!?」
「冗談ですよ。はるかさん、お酒が相当回っているようですね……ひと眠りさせるのが、一番よいでしょう」
おまえが言うと冗談に聞こえねえんだよ、とぼやきながら、魁童が月讀の正面に座った。
「んじゃあ……眠らせる薬をくれ。なんかあんだろ?まさか、殴って気絶させる訳にゃいかねえからな」
「では、これを……」
月讀が差し出した包みを受け取った魁童に、久遠が、水瓶の中から冷たい水を湯飲みに注いで渡した。
「ほれ、魁童。この中に、薬を混ぜるのじゃ」
「はるか、これ飲め。酔いがさめるぞ」
魁童が、はるかに湯飲みに差し出す。
「残念でした~、今、喉乾いてないもんね」
ケラケラと笑いながら、はるかが魁童の鼻先まで顔を近づける。
「湯飲みに何か入れたでしょ?ふふ~ん、騙されないんだから」
「ちっ……こうなったら仕方ねえ」
魁童は、湯飲みの中の液体を口に含むと、はるかの頬を両手でしっかりと支え、口づけた。
すぐに顔を離し、彼女が飲み下したことを確認する。
「よしっ、飲んだな」
「魁童~」
「は?なんだ?」
自らの行為に顔を赤くしていた魁童が、拍子抜けしたような声を出す。
「なにこれ、すっごく美味しいね」
「あ、ああ。確かにうまいな」
「もっとちょうだい」
魁童から湯飲みを奪い取ったはるかは、おいしそうに喉を鳴らしてそれを飲んだ。
確実に、全部飲んだ。
魁童はじめ、一同かたずを飲んで見守る。
だが……ご機嫌なはるかの鼻歌が聞こえる以外、数分たっても一向に変化はない。
「おいっ術士!効き目ないじゃねえか」
「おかしいですね、そんなはずはないのですが……」
月讀は、懐を探る。
「……あっ、眠り薬は、これです。先程のは、ただの白砂糖でした」
効かないはずですね、と薬の包みを魁童に渡す。
魁童は、はるかに背を向けて隠しながら、新たに注ぎ足した水の中に白い粉を振り入れる。
「はるか、もう一杯飲むか?」
「わ~、ありがとう……あ!そうだ!今度は、私が魁童に飲ませてあげる」
瑠璃から離れ、魁童ににじり寄るはるか。
「いっ!?いやっ、いいっ!俺はいらないから、おまえ、自分で飲め」
顔だけでなく耳まで真っ赤に染めた魁童が、湯飲みを彼女に押しつける。
「まったく……魁童ってば、照れ屋さんなんだから……」
魁童を軽くにらみながら湯飲みを受け取り、彼女はそれを一気に飲み干した。
*
翌日―――
「ううぅ~……頭いた~」
「はるかさんっ!ちゃんと聞いていますかっ!?」
「月讀さん……そんなに大きな声出さないでください……頭に響きます……」
「何を言ってるんですか!自業自得ですよ」
今日の月讀は、妙に機嫌が悪いらしい。
はるかは、苦しげなうめき声で言い訳をする。
「だって、竜尊が、お酒が……」
「問答無用!!」
「~~!!」
一際大きな声に、顔をしかめながらこめかみを押さえるはるか。
縁側では、彼女を除くみんなで、西瓜を食べている。
魁童、玖々廼馳、久遠の三人は、少し離れた所で種の飛ばし合いをしている。
「しかし、あの時は驚いたな」
「あの時?」
可笑しそうにつぶやく竜尊に、瑠璃が怪訝そうな顔を見せる。
「まさか、おまえが両刀遣いだったとは……」
「バカっ!違うって言ってるでしょ!?」
「俺は、どっちでもかまわんぜ。むしろ、興奮する……いてっ」
祢々斬が、後ろから竜尊の頭をはたく。
「瑠璃、竜尊の戯言なんか聞くな。耳が腐るぞ」
祢々斬は、瑠璃の耳を両手でそっとふさぐ。
「その点については、我も祢々斬に賛成だな」
無月が竜尊をちらっと見ながら言う。
部屋の中では、月讀の説教が続いている。
「まったく、あなたという人は……私でさえ、まだ、瑠璃さんに抱きついたことはないというのに……それを、抱きついたばかりか、あのように密着して!」
もはや、説教ではなく愚痴である。
「はるかさんっ!」
頭の痛みをやり過ごすべく、うつらうつらし始めたはるかが、ビクッと肩を揺らす。
「おい、術士!そんくらいにしてやれよ」
なかなか出てこないはるかにしびれを切らし、魁童と玖々廼馳が部屋の中を覗き込んでいる。
「月讀さん……あんまり、はるかお姉ちゃんを苛めたら……応援してくれてるお客様に、嫌われちゃいますよ……」
玖々廼馳の言葉は、効果絶大だった。
「ゴホン……ま、まあ、はるかさんも反省しているようですから、このくらいにしておきましょう。では、私も西瓜をいただくとしましょうか」
月讀が縁側に出ていくのと入れ替わりに、魁童と玖々廼馳が部屋に上がり込む。
「おい、はるか……って、こいつ寝てんじゃねぇか!?」
「ふふ……お姉ちゃん、寝顔も可愛いです……」
外は外で、賑やかな声が飛び交っている。
夏の終わりの、お祝いパーティー&翌日の出来事でしたとさ♪
* * *
四千人目のお客様に、感謝の気持ちをこめて…
♪⊂(*^ω^*)
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