桜の下には〜七千人感謝〜

満開の桜に誘われて、鬼達と主人公sがお花見に来ています。

 * * *

「『桜の樹の下には屍体が埋まっている』」
「おい、なに物騒なこと言ってんだ?」

ポツリと呟かれた、はるかのひと言に、魁童がすぐさま反応する。

「梶井基次郎……私も高校の頃に読んだなあ」

瑠璃が懐かしそうに微笑むと、玖々廼馳が首をかしげた。

「なんですか?それ」

「私達の世界でね、そういう題名のお話を書いた人がいたの」

玖々廼馳に言葉を返す瑠璃の髪にも肩にも、桜の花びらが舞い落ちる。

「なんだ、作り話のことかよ。ったく、びっくりさせやがって」

そう言いながらも、何となく木の根元が気になっている魁童。

「かっちゃん……もしかして怖いんですか?」
「なっ……そっそんなことある訳ないだろ!」

試すような視線を送る玖々廼馳をにらみつけながら、魁童が声を荒げる。

その様子を横目で眺めていた竜尊が、愉快そうに笑いながら盃を魁童に差し出す。

「ほれ、おまえも飲め。そうやってすぐむきになるから、子供扱いされんだよ」

「う……ちぇっ」

盃の中身を一気に飲み干した魁童の頬は、桜のように染まる。


瑠璃の髪についた花びらをそっと手ではらい落とし、祢々斬が言う。

「瑠璃、おまえも飲んだらどうだ?」

「うん……せっかくだから、ちょっといただこうかな」

「そなたには、こちらの酒などよいのではないか?」

無月が掲げるのは、すりガラスの瓶に入った薄紅色のお酒。

「わ…きれいな色。春のお酒ってかんじだね」

「そなたにはこれがよいと、町の酒屋で祢々斬が譲らなかったのだ」
「!…おいっ、無月っ!!」

クスリと笑う無月を制する祢々斬の顔が赤いのは、お酒のせいだけではなさそうだ。



静かに舞い散る花びらが、風に踊る。
ゆったりとした時間が過ぎていく。



はるかが、桜色の空を仰ぐ。

「私がこの世界で死んだら……その時は、桜の木の下に埋めてもらいたいな。みんなでお花見した、この桜の下にさ」

「何バカなこと言ってんだ!?」「お姉ちゃんっ!!」

魁童と玖々廼馳が同時に叫んだ。

一瞬の沈黙の後、瑠璃がつぶやく。

「確かに……はるかちゃんと私は、鬼であるみんなよりも先に、この世を去らなくちゃならないんだよね」

寂しそうな微笑みを浮かべながら、まるで自分に言い聞かせるかのように。

「いつかは、そういう時が来るんですよね」

はるかが、静かにため息をついた。


「そんな……いつ来るかわからない別れのことを、今考えるなよ」

「魁童……」

「笑って過ごしたって、泣いて過ごしたって、いつかその時は来るんだ。今のおまえが悲しい顔なんかしてたら……せっかく一緒にいられる時間が、もったいないだろ」

魁童の言葉に、はるかと瑠璃が顔を見合わせた。

目を上げて鬼達を見回すと、ギュッと口を結んだ魁童と玖々廼馳の、真剣な顔。

大人組の三人は、静かに盃を口に運んでいる。

優しい風が、花びらを瑠璃の膝に落とした。


「はるかちゃん、毎日を楽しく生きようね。後悔のないように……がんばろうね」

「はい。幸せな人生だったなって、最期を迎えられるようにしたいです」

どちらからともなく微笑んだ二人には、もう寂しさは見えなかった。


「そうと決まれば、飲むぞ」

竜尊がさりげなく瑠璃の肩を抱く。
慌てて、祢々斬が間に割って入る。

「瑠璃、こっちに来い。おまえは、甘い酒の方がいいだろう?」

にらみ合う竜尊と祢々斬の間で戸惑う瑠璃に、はるかが笑う。

「ふふふ、瑠璃さん……人生、楽しまなくちゃ!ですね」

「うん!いっぱい食べて、いっぱい飲んで、それから……いっぱい恋して、ね」

異界の女の子どうし、晴れやかな笑顔を交わし合う。



満開の桜の木の下で、来年も再来年も
その先もずっとずっと
大切な人達とともに、過ごせますように。

誰もがそう願いながら、降りしきる桜吹雪の午後は過ぎてゆくのでした。

 * * *

七千人の皆様のご訪問に、心からの感謝をこめて。

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