祝宴~二千人感謝~

二千人目のお客様が、この世界を訪れて下さいました。

『大変おめでたいことですから、きちんとお祝いしなければ……』と月讀さんが張り切っていたので、再び宴会です。


 * * *


「瑠璃さん、かりんとう饅頭がぁ~」

「え?はるかちゃん、どうしたの?」

今日はさすがにお酒は飲んでないよね、と心の中で確認する瑠璃に、はるかが泣きつく。

「管理人のおばさんが差し入れてくれたかりんとう饅頭、ほとんど魁童に食べられちゃったんですうぅぅ……」


「おい、人聞きの悪いこと言うなよな。これは、勝負だからな」

戦利品の饅頭を複数手にした魁童が、話に入ってくる。

「勝負?」

首を傾げる瑠璃に、はるかが説明する。

「はい。ジャンケンで勝った人がひとつ食べられる、っていうふうにしたんです」

「そしたら、魁童の連勝だったと…。
ふふっ……はるかちゃんがジャンケン弱いのか、魁童が特別強いのか……」

こっちのテーブルにもお饅頭たくさんあるからね、とはるかをなだめながら、瑠璃が笑う。


「はるかは、わかりやすすぎるんだよ」

饅頭を頬ばりながら魁童が発した言葉に、はるかが気色ばむ。

「わかりやすいって、何がよ!?」

「だってさ……最初は絶対"ぐー"だし、次は"ちょき"でその次に"ぱー"だ」

「え~、そう?そんな規則性あったかな?」

「ああ。あったあった」


魁童とはるかの会話を聞きながら、瑠璃が微笑む。

「魁童は、はるかちゃんのことよくわかってるんだね。愛の力かな?」

「「!?」」

魁童とはるかが真っ赤になって、互いに顔を見合わせる。


その後ろから、玖々廼馳の声が響き渡った。

「はるかお姉ちゃんに対する愛なら、僕だって負けませんっ!」

玖々廼馳は、饅頭をはるかに差し出した。

「お姉ちゃん……これ食べて下さい」

「えぇ~、だって……玖々廼馳もお饅頭好きでしょ?」

「僕は、お姉ちゃんに喜んでもらえれば、それが何より嬉しいんです」

「玖々廼馳ぃ……」

目をウルウルさせながら玖々廼馳を見つめるはるか。

「ま、待てっ!ほら、こっちのを食え!」

魁童が、手にしていた饅頭を全部はるかに押しつける。

「いいよ~、こんなに食べられない「玖々廼馳のはよくて、俺様のは食えないって言うのか!?」」


「全く、何をやってるかと思えば……」

瑠璃の斜め前で皆の様子を眺めていた祢々斬が、半ば呆れながら、テーブルの上にこぼれた饅頭を拾い上げる。

それを横目で見ながら、隣のテーブルで無月と酒を酌み交わしていた竜尊が、可笑しそうに言う。

「魁童、押しつけるんじゃなく、おまえの手からはるかに食わせてやれば喜ぶんじゃないのか?」


「「なっ……!?」」

誰もが予想したとおり、魁童とはるかは再び顔を赤らめる。


「さあ、お子様達は向こうに行った行った。ここは、俺と瑠璃が愛を語る場所なんだからな」

祢々斬の前を横切り、竜尊が瑠璃の隣の座布団を確保する。

「竜尊っ!てめえ……」

祢々斬が、つかみかからんばかりに身を乗り出せば、

「そなたは前回、瑠璃の膝を独占したのだから、少しは遠慮した方がよいのではないか?」

と無月も加勢する。


「と、とりあえず……みんなでお饅頭をいただかない?」

瑠璃は、テーブルの真ん中の大皿から、饅頭をひとつ取った。

*

「はい、はるかちゃん!いっぱい食べてね」

にっこりと、はるかに饅頭を手渡す瑠璃。

「ありがとうございます……では遠慮なく、思う存分食べて食べて食べまくります!」

こんな機会はめったにないですからね、と勢いよく饅頭をパクつき始めたはるか。

だが、その動きが止まる。


「…………のどにつまった……」

「大丈夫!?ああ、もう……そんなに急いで食べるから…はいっお水!」

瑠璃が慌てて、手近にあった湯飲みを差し出す。
それを一気に飲みほし、はるかは一息ついた。


「あ~苦しかった……瑠璃さん、ありがとうございます、なんですが……このお水、とっても刺激的ですねぇ」

「?え?あ……あれ!?」

「なんだか、ぐらぐらします~」

はるかは畳に寝転がり、その顔はだんだん赤みを増していく。

「天井が回ってる~~」

「はるかちゃん……大丈夫っ!?」


うろたえる瑠璃の肩を、祢々斬がポンポンとたたく。

「瑠璃……おまえがはるかに飲ませたの……酒だぞ。
それも、かなり強いやつだ」

「ええっ!?大丈夫かな……どうしよう?」

瑠璃の不安そうな視線を受け、祢々斬が彼女の頭をくしゃっと撫でる。

「まあ、前回の飲みっぷりを考えれば、全然問題ないだろ」

「だといいんだけど……私って、ほんと肝心なとこが抜けてるんだよね……」

しょんぼりと下を向く瑠璃を、背後から竜尊が両腕で包み込む。

「そんなところも、おまえらしくて好きだけどな」


いきなり後ろから抱きしめられるとは予想していなかったため、瑠璃は体勢を崩し、背中から竜尊にもたれかかりそうになる。

が、完全に竜尊の腕に収まる前に、彼女の腕を祢々斬がつかんだ。

「すご腕の術士のくせに、おまえってほんとに隙だらけだよな。ほら、俺の方に来い」

「わっ……待って、祢々斬、痛いってば……」

つかんだ腕を、強引に引き寄せようとする祢々斬を、無月が制する。

「祢々斬、やめぬか。瑠璃が痛がっているではないか」

「そう言う無月こそ、その手をはなせ」

祢々斬がつかんでいるのとは反対の瑠璃の腕を、しっかり無月がつかんでいる。

「これは、我としたことが……」

しかし、こればかりは三人とも譲れない。


その時、ガタガタッと大きな音を立てて、座敷の入り口の襖が開いた。

*

「すっかり遅くなってしまいましたね」

「月讀さん!」

一瞬ゆるんだ鬼達の手をすり抜け、瑠璃は月讀を出迎える。
そんな瑠璃に笑顔を向けると、月讀は部屋を見渡す。

「皆さん楽しんでいるようですね……っと、はるかさんは具合でも悪いのですか?」

「すみません……私が、水と間違ってお酒を飲ませてしまって……」

月讀はため息をつくと、瑠璃の鼻先まで顔を近づける。

「まったく、あなたという人は……」

今現れたばかりだというのに、彼からは何故かお酒の匂いが漂ってくる。

「見かけによらず、あなたは本当におっちょこちょいですね……やはり、常に私がそばにいないと駄目なようですね」


「…………月讀さん……相当酔ってます?」

いつもと若干様子の違う月讀を目の当たりにして、瑠璃は問いかけるような目を久遠に向けた。

久遠は、苦虫を噛み潰したような顔で答える。

「陰陽師達の集まりに、顔だけ出してすぐこちらに来るはずだったのじゃが……そこで、しこたま飲まされてしまってのぉ……」


月讀の足取りは、心なしかふらついている。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫……ですと……も……」

大きくよろけた月讀は、畳に膝をついたかと思うとそのままゴロンと大の字になった。

「月讀さん……!そんな所で寝ちゃだめですよ」


何とか上体を起こした月讀だったが、駆け寄って正座に近い形で座った瑠璃の膝に倒れ込んだ。


「「「!!!」」」

鬼(大人組)の面々が、そろって殺気立つ。


「術士の野郎……!俺の瑠璃に何てことを」

「思わぬ伏兵だったな。まあ、竜尊、瑠璃はおまえのものじゃなくて俺のものだけどな」

「なんだと!?祢々斬の言うこととはいえ、それは聞き捨てならないな」

にらみ合う竜尊と祢々斬に、無月が声をかける。

「まずは、瑠璃から月讀をひっぺがすのが先ではないのか?」

そうだったな、と竜尊と祢々斬が月讀に手をのばす。


「ちょ……ちょっと……手荒なことはしないでよ!今日の席だって、月讀さんが設けてくれたんだからね!」

さすがに、釘を刺しておかないと、この鬼達は何をしでかすかわからない。

「術士のおっさんがどうなろうと、俺らの知ったこっちゃないけどな」

やや不服そうな祢々斬を、竜尊がなだめる。

「まあ、瑠璃の優しさを尊重しようじゃないか」

「う~ん……優しさっていうのも、何だか違う気がするけど……とにかく、寝ちゃった人はみんな、床の間の前辺りに寝かせとこうか?竜尊、祢々斬、お願い」

瑠璃の頼みとあらば仕方ない。
月讀の上体を祢々斬が、足を竜尊が持ち上げ、先に横になっているはるかの隣に運ぶ。


「魁童、玖々廼馳……二人のこと、みててもらってもいいかな?」

瑠璃に声をかけられ、スルメの足をかじっていたお子様組の二人が振り返る。

「なんで俺様が術士の面倒なんか……っ」
「はい。はるかお姉ちゃんにしっかり付き添って、"ついでに"月讀さんのこともみてます」
「なっ……!?そんなら俺だって……」

満面の笑みで答えた玖々廼馳に、一旦は否定した魁童も慌てて従う。

「ありがとう、お願いね。あ、お料理も飲み物も、どんどん頼んでいいからね。お会計は月讀さんもちだし」

さらっと言ってのける瑠璃に、顔をひきつらせながらも、皆やれやれといった顔でそれぞれの席に戻る。

*

「……で……一体おまえは、俺達のうち誰のものなんだ?」

竜尊が、真剣な眼差しを瑠璃に向ける。

祢々斬と無月も、まっすぐ瑠璃を見つめる。

「確かに、瑠璃の口からはっきり聞きたいもんだな」
「瑠璃……そなたの本当の気持ちを聞かせてくれないか」


「私は――」

固唾を飲んで見守る鬼達に、瑠璃は柔らかく微笑んだ。

「私は……私のものだよ。もっと修行して、もっといろんな術を覚えて……もっともっと強くなりたい。それまではね……恋とか愛とかはお預け、って思ってる」


「よくぞ言ったのじゃ。それでこそ、わしの瑠璃なのじゃ」

遅れて来た分を取り戻すべく、ひたすら料理を食べていた久遠が、口をモグモグさせながら言った。


「ん?今『わしの』とか言わなかったか?」

口元に笑みを浮かべながらも、竜尊の目は笑っていない。

無月が腕組みをして頷きながら続ける。

「確かに、さりげなく所有者宣言をしていたように聞こえたな」

「おい、子狐!瑠璃はおまえのじゃなくて、俺のものなんだよ」

祢々斬が久遠の片方の頬を引っ張る。


「ほにゃ~!!あにおふる(なにをする)!?」

頭を振って祢々斬から逃れると、久遠は

「祢々斬が苛めるのじゃ~」

という甘えた声とともに、瑠璃に抱きついた。

鬼達が声にならない声をあげると、瑠璃にしがみついたまま首だけ彼らの方に向けて、ニヤリと笑う。


「「「!!!」」」

鬼達が文字通り鬼の形相で久遠を睨み付けるが、それには気付かず、瑠璃は久遠の頭を撫でる。


「久遠、お饅頭一緒に食べよ」

「おぉっ!かりんとう饅頭ではないか!わしの好物なのじゃ~♪」

久遠はピョン、と瑠璃の膝からおりると、饅頭をとりそれを瑠璃の口元に持っていった。

「どれ、わしがお主に食べさせてやるのじゃ」

「いいよ~自分で食べられるよ」

「なに、遠慮するでない。わしとお主の仲ではないか。さあっ!」

「う……うん……じゃあ、いただきま~す……わ、美味し~」

「そうじゃろ、そうじゃろ」

久遠は満足そうに頷くと、瑠璃が一口かじった饅頭の残りを自分の口に放り込んだ。


「もう我慢ならねえっ!!!瑠璃っ!!そいつをこっちによこせっ!!」

祢々斬が久遠ににじり寄る。

「我らが黙って見ているほかないのをよいことに、調子に乗りすぎだ」

無月の口調は静かだが、怒りを含んでいる。

竜尊は、無言のままだが明らかに不機嫌そうなのが一目でわかった。


「あ……ごめんね、気がつかなくて……」

瑠璃は、テーブルの上に両腕をのばすと、饅頭の載った大皿を持ち上げ、それを鬼達の前に差し出した。

「みんなの分も、ちゃんとあるから」


瑠璃のボケッぷりに、鬼達は一瞬ポカンとする。


そんな中、竜尊がいち早く声をたてずに笑うと、瑠璃の前に座った。

「せっかくだから、瑠璃に食わせてもらいたいな」

「え?なんで?」

「久遠がうらやま……ゴホッ……いやその……そうしてほしいから……ってだけじゃ理由にはならないか?」

「う……わかった……。じゃあ、はいどうぞ。」

「ああ。うまそうだ」

瑠璃の手から、大の男が饅頭を食べさせてもらう姿は、微笑ましくもあり滑稽でもある。

「ぅわっ!?やだ、指まで食べないでよ~」

「仕方ないだろ?それに本当は、饅頭より瑠璃の方を食いたいんだからな」


「瑠璃!そのような戯れ言に耳を貸すでないっ!!!」

瑠璃の耳を手で塞ごうとする久遠だが、竜尊にニッコリと笑いかけられ凍りつく。


祢々斬と無月は、二人そろって『はぁ~~』と大きなため息をつく。


「全く……竜尊のやつ、恥ずかしげもなく……」

「だが、今回も竜尊ばかりがいい思いをするのでは、納得できぬ」

「ああ。今度は竜尊を瑠璃から引っ剥がすか」

「そうだな」




楽しい(?)宴は、夜が更けるまで続いたようです。



―――皆様のご訪問に、心からの感謝をこめて―――

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