風薫る

木々の若葉が目に鮮やかな、眩しい季節。

私の世界と同じように、常盤國でも『八十八夜』や『端午の節句』があるらしい。


「美味しい新茶が手に入ったのじゃ。早速、町に行って美味しいお菓子を買ってくるのじゃ~♪」

久遠がウキウキしているので、私も嬉しくなる。

「ねえ、久遠。お買い物にいくんだったら、私も一緒に行っちゃだめかなあ?」

「うむむ……最近おぬしを甘やかしすぎじゃと、今朝も月讀から嫌みを言われたばかりじゃからのお」

「えぇ~、そんなあ!」

「わしが出かける途中で、玖々廼馳に声をかけて屋敷に来るよう伝えておくからの、わしが戻るまで玖々廼馳に修行の相手をしてもらうとよいのじゃ」

「うぅ~」

「何がよいかの~この季節ならば、やはり柏餅かの?」


鼻歌まじりでご機嫌に出かけて行く久遠を見送り、私は一人縁側に腰かけた。

新緑の薫りを運ぶ爽やかな風が頬をなでる。

「ん~、気持ちいいっ!!」

私はひとつ伸びをすると、そのままごろんと横になった。

「こんな日に、修行なんてする気になれないよねえ……あれ?そういえば、玖々廼馳がどうとかって……言って……」

私の瞼は、意志に関係なく閉じてしまい、私はそのまま眠り込んでしまった。



一瞬吹いた強い風に驚いて目を覚まし起き上がると、私に寄り添っていたらしい玖々廼馳がビクッと動いた。

「あ、玖々廼馳…起こしてくれればよかったのに」

「あ……お……お姉ちゃん」

玖々廼馳は、何だか動揺しているふうに見える。

「どうかしたの?……ん?……玖々廼馳、ちょっとこっち向いてみて」

恐る恐るこちらを向いた玖々廼馳の唇が赤く染まっているのを見て、私は合点がいった。
この赤は今日私が唇にさしている紅の色。
それが彼の唇に移っているということは…

「玖々廼馳……私が起きてる時にしてほしかったな」

「え……!?お……お姉ちゃん」

驚いて目を見開いている玖々廼馳の唇に、今度は私自ら紅を移した。


「お姉ちゃ「ただいま帰ったのじゃーーっ!!」」

私と玖々廼馳が離れたのと、久遠が縁側に面した部屋の襖を開けたのとは、ほぼ同時だった。

「む……?なんじゃなんじゃ、おぬし達、やけに近づいておるな」

「そ……そうかなあ?……で、久遠、何を買ってきてくれたの?」

「おお、そうじゃそうじゃ、端午の節句も近いからの、柏餅とちまきを買ってきたのじゃ。お茶をいれるから、二人とも中に入るのじゃ」

「は~い、玖々廼馳、行こっ」

「はい、お姉ちゃん」



美味しいお茶に美味しいお菓子、
それに、大好きな君がいて……。

私の一番好きな季節――
風薫る五月。

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