夏祭り

今日は隣村の神社の夏祭り。

賑やかな祭り囃子に誘われて、たくさんの人が境内に集まっている。

行き交う人々は、老若男女、皆笑顔だ。



新調したばかりの浴衣に身を包んだ瑠璃は、竜尊に手を引かれ物珍しそうに瞳を輝かせている。

と、ある屋台を見つけて、つないでいた竜尊の手をくいっと引っぱった。


「竜尊」

「どうした?」

「綿菓子……買ってもいいかな?」

「ああ。瑠璃は綿菓子が好きなのか?」

「うん。お祭りといえば、やっぱりね」


目当ての屋台に向けて足を踏み出そうとした時

「竜尊……竜尊じゃない!?」

背後から、聞きなれない女の声が竜尊の名を呼ぶ。

「やあ、君は……」


嬉しそうに近づいて来たのは、瑠璃も何度か顔を見たことがある町の材木問屋の娘だった。

背は瑠璃より若干小さいが、豊かな胸が女の色気を醸し出している、彫りの深い顔立ちの美人だ。
取り巻きの女達も、皆きらびやかに着飾っている。


「こんな所で竜尊に会えるなんて……。今日は、術士さんのお弟子さんの付き添い?」

「私、綿菓子屋さんに行ってくるから、どうぞごゆっくり」

竜尊が女の問いに答える前に、瑠璃は一人その場に背を向けて駆け出した。




店を後にした瑠璃は、人通りのまばらな石段に腰かけると、綿菓子を食べ始めた。

「すまなかったな」

後を追ってきた竜尊が寄り添うように座る。

「あんな綺麗な人が声かけてくれたんだから、もっとゆっくりでよかったのに」

「確かに、いい女だったな」

「綿菓子食べてるこんな子供とは、大違いのね」

「おいおい、そう、つっかかるなよ。おまえが一人でいたら、そこらの男が寄って来るんじゃないかと、気が気じゃなかったんだからな」

「そんなこと……」

「子供みたいな瑠璃も大人びた瑠璃も、背伸びした瑠璃も……みんな俺のものだ。他のやつには、指一本触れさせない」


瑠璃は、はにかんだような顔で小さく頷いた……が、すぐに真顔になり竜尊から視線をそらす。

「だけど……竜尊は、その指で他の女の子に触れるんだ……?」

「瑠璃……」

「あ……ごめん……。ちょっとだけ焼きもち……」

「ふっ……おまえが焼きもちを焼いてくれるなんて、うれしいな」

「だ、だって……私のことを"自分のもの"なんて言うくせに、竜尊は"みんなのもの"みたいだし……」


顔を赤らめ慌てて横を向く瑠璃の体を、竜尊の腕が包み込んだ。

半分ほど残っている綿菓子が、地面に落ちる。

「あ!……まだ食べかけなのに……」

泣きそうな声を上げる彼女の頭を、竜尊がくしゃくしゃっとなでる。

「せっかくの夏祭りなんだ、蟻たちにもふるまってやれ」

「うぅ……うん……」

「よし、いい子だ……代わりにこれをやる」

「ん?」


目を上げた瑠璃に、竜尊がそっと口付ける。


「甘いな……」

「綿菓子食べてたからね」

「ああ。それだけじゃないけどな」


竜尊は、瑠璃をギュッと抱き締める。

「……食っちまいたいな、おまえを…」

「ん~……私はまだ死にたくないな」

「そういう意味じゃない……わかってるだろ?」

耳元でささやかれ、くすぐったそうに身を捩りながら、瑠璃は竜尊を見上げる。

「さっきの続き。竜尊は、他の女の子にもそう言うの?」


竜尊の唇に人差し指をあてて、彼が何か言おうとするのを制してから、瑠璃はクスッと笑う。

「なーんてね……。本当はね、そんなことはどうでもいいの。きっと一番大切なのは…私が竜尊を好きっていう気持ちだから……」

自分に言い聞かせるようにつぶやき、うつむく。


「全く……かなわないな」

竜尊はふっと頬をゆるめると、瑠璃の髪を撫でながら、諭すように語りかける。

「おまえだけだ……俺が心から欲しいのも、愛しいと思うのも……」

本当に?と問いたげな彼女のまなじりに、うっすらと涙が浮かぶ。




鳴りやまない太鼓や笛の音が、いつまでも祭りの夜を彩っていた。

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