あったまろう。

「う~、冷える!」

朝ご飯をすませ、軽く修行をすべく庭に出てきたはるか。

霜月の早朝の冷え込みは、真冬を思わせる。

彼女は、冷たい指先に息を吹きかけて体を震わせた。

「確かにな。昼間は日が差すからよいが、朝晩は寒くてかなわぬな」

久遠も、空を見上げて身を縮める。

「ねえ、久遠」

「なんじゃ?」

「今日の晩も、まだ月讀さん帰って来ないんだよね」

「ああ。何せ遠くの町に出かけたからのぉ……三日もわしらの愛らしさを目にできないとは、月讀も不憫なやつじゃ」

久遠がにっこりと笑う。

「わしらって……愛らしさって……」

はるかが呆れた声をもらすが、久遠は気にする風もなく続ける。

「で、はるか。月讀は留守じゃが、それがどうしたのじゃ?」

「あ、ああ…いやね、今日の夕ご飯のことなんだけど」

「なんじゃ?朝ご飯を食べたばかりで、もう夕ご飯の話か!?」

今度は、久遠が呆れた顔を見せた。


ちょっぴりムッとしながらも、気をとり直して、はるかが楽しげに言う。

「あのさ、おでんパーティーしない?玖々廼馳も呼んで」

「おでんとな!?おお、それはよい考えじゃ」

「そうと決まれば、早速準備に……」
「何を言っておる!?まずは修行じゃ!」

「え~、ちょっとでも長く煮込んだ方が、味がしみておいしいのに~」

「むぅ……そなたの料理の腕は確かじゃからな……仕方ないのぉ、今日だけじゃぞ?」

「了解~!腕によりをかけて、おいしいおでん、作っちゃうからねっ!!」

「ああ。楽しみにしておるぞ」


 * * * *


卓袱台の上に置かれた大鍋から、食欲をそそる匂いと、温かな湯気が立ち上る。
日もすっかり落ち、はるか、久遠、玖々廼馳の三人が、夕ご飯の食卓を囲んでいる。

「手前味噌だけど、おいしい~!温まる~!!」

「お姉ちゃん、おいしいです…」

「そう?ありがとう、玖々廼馳~」

「はるかは、他の家事はてんで駄目じゃが、料理だけは絶品じゃからな。玖々廼馳、心して味わうがよいのじゃ」

はるかは、箸を持ったまま久遠を睨み付ける。

「ちょっと久遠!他の家事が駄目って、どういう意味!?そりゃ、修行はダメダメだけどさ…家事全般は、人並み以上に出来てると思うんだけど?」

「厳しい姑、小姑にかかれば、まだまだに違いないのじゃ」

「なんですって~」

はるかが久遠の方に身を乗り出すと、玖々廼馳がしんみりとつぶやいた。

「お姉ちゃんをお嫁さんに出来る人は、幸せですね……」

「なぬ?はるかを嫁に!?」

当のはるかよりも先に久遠が反応した。

「あはは、私が誰かのお嫁さんになるのなんて、まだまだ先の話だよ」

屈託なく笑うはるかに、玖々廼馳が真剣な眼差しを向ける。

「それじゃあ、僕がもっと大きくなるまで、待っててもらえますか?」

「え?……ふふ、いいよ。もし、玖々廼馳が大人になってからも、今と同じ気持ちだったら……私をお嫁さんにしてくれる?」

「はいっ!!」

「ちょっと待つのじゃ!!」

久遠が慌てて、玖々廼馳を制した。

「わしの方が、玖々廼馳より先に大人になるのじゃっ!はるかを嫁にできるのは、このわしなのじゃ~!!」

「先に言ったのは僕です!」

「ちょっと待って、二人とも。早い者勝ちとかいう話じゃないと思うんだけど……」

はるかの言葉をよそに、玖々廼馳と久遠の言い合いは、ますます熱くなる。

「どちらのお嫁さんになるのが幸せか、お姉ちゃんに決めてもらいましょう」
「そうじゃ、それがよい。はるか、お主が、より幸せになれる相手は、わしか」
「僕か」

「選ぶのじゃっ!」「選んで下さいっ!」


呆気にとられながらも、はるかはクスッと笑った。

「先のことは、正直まだわからない。でも、今の気持ちはね……」

玖々廼馳と久遠の視線が、彼女に集中する。

「今日みたいな寒い夜に、みんなで一緒に美味しいご飯を食べられて、こんなに幸せなことはない……私は、そう思うけどな」

「お姉ちゃん……僕も今、幸せです」

「……確かに、はるかの言うとおりじゃな」

玖々廼馳と久遠が、大きく頷く。

そんな彼等の顔を交互に見ると、はるかはパン、と手をたたいた。

「さあ~どんどん食べよ!体があったまれば、心もあったかくなるんだから♪」

「はい!お姉ちゃん」
「よ~し、腹いっぱいになるまで食べるのじゃ!!」


大切な人と食べる温かなご飯は、みんなに幸せを運んでくれる。

それは、どの世界でも変わらないのでした。

*
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