会えない理由

『ごめんなさい、しばらく会えません』

「なんだ、これはっ!?」

瑠璃からの短いメールに、祢々斬は疑問と怒りの入り交じった声を上げた。

ここしばらく、仕事が立て込んでいて、なかなか会う時間を作れなかった。

だから、年末の休みには、彼女が行きたがっているテーマパークに出かける計画をたてた。

『祢々斬と過ごせる冬休み、すっごく楽しみにしてるよ♪』

絵文字いっぱいの賑やかなメールを送ってきたのは、つい昨日のことだというのに―――



「ったく……なに考えてやがんだ、あいつは!?」

『これじゃ意味が分からない。詳しく説明しろ』
そう返信したが、返事はない。

電話も通じない。

昼休みにメールを確認して以来、悶々とした気持ちで夕方までの長い時間、何とか仕事をこなした。

幸いなことに、今日は早めに仕事にきりがついた。

大きくため息をつきながらハンドルを握ると、祢々斬は瑠璃の部屋に向かった。




チャイムを鳴らすが、応答はない。

明かりはついているが、彼女の自転車がなかったことを思うと、買い物にでも出かけているのだろうか。

「こんな所で待ってたら、通報されかねないな」

諦めて歩き出した途端――

階段を上がりきって、この階の通路に足を進める瑠璃の姿が見えた。

「!!!」「瑠璃っ!」

「見ちゃだめーっ!!」

瑠璃は、持っていた荷物を放り出すと、頭を抱えながらうずくまった。

駆け寄った祢々斬はその傍らにしゃがみ込み、彼女の肩に腕を回して力をこめる。

もう一方の手で、無理やり顔を上に向けさせ覗き込んだ。

半分涙目になっているものの、特別いつもと変わった様子はない。

強いて言えば……
普段のおっとりとした雰囲気に、キュートという形容が付け足されたような印象を受ける。

「何を見ちゃ駄目なんだ?」

「だって、変なんだもん」
「はぁ?」

「前髪……切りすぎちゃったんだもん」

「……………は?」
「ほらっ、やっぱり変なんだよ。だから、祢々斬にだけは見られたくなかったのに……」

自分をとらえる腕から逃れようと身をよじる瑠璃を、祢々斬はギュッと抱きしめる。

「変なわけないだろ。その前髪、顔が明るく見えて、俺は好きだぞ」

「……うそ」

「バーカ!俺が嘘言うメリットが、どこにある!?」

「ほんとに、変じゃない?」

「ああ、変じゃない。むしろ、ここでこんなことしてる俺らの方が、よっぽど変なんじゃないか?」

はっと我に返ったように辺りを見回した瑠璃は、自分達以外誰もいないことを確認して、ホッと息をついた。


そんな彼女の額を指でつつきながら、祢々斬が笑う。

「まったく……ここまで人を振り回したんだから、相応の埋め合わせをしてもらわないとな」

「う………はい……」

「まずは、夕飯にしよう。安心したら、腹が減ったからな。それから……」

「それから?」

「『会わないなんて嘘です、本当は愛してます』って、百回言え。それで許してやる」

「へ……それだけ?」

「それだけだ」

「なんだ、びっくりしたぁ。すごく無茶なこと言われるかと思ったよ…コンビニでアイス買い占めてこいとか、駅前の薬局のカエルのマスコット担いでこいとか…」

「なんだ、そりゃ?」

瑠璃の頭をクシャクシャとなでると、通路に落ちたバッグと、書店の名前の入った紙袋を拾い上げながら祢々斬が言う。

「ほら、部屋に入るぞ。休みの計画だって、細かいこと決めなくちゃいけないだろ?」

「うん!今、本屋さんでガイドブック買ってきたんだ」

「しばらく会えないとか言ってたのにか?」

「年末にお出かけする頃には、髪も少しは、まともになる予定だったの!」

頬をふくらませた後に、ちょっと申し訳なさそうな表情で瑠璃が言う。

「あの…ごめんね…。私一人のつもりだったから、夕食、支度してないんだけど…」

「ピザでもとるか?」

「わ~、賛成!ガイドブック見ながら、ゆっくり出来るね」

「ああ」

頭にポンと手を置かれ、瑠璃が祢々斬を見上げる。

「祢々斬」

「なんだ?」

「ありがとう…大好き」

「わかってる」



女の子にとって、前髪の長さは、けっこう重要な問題。

でも大丈夫。

髪の長さ云々より、あなたのキラキラした笑顔が、彼は大好きなんだって―――


もうすぐ冬休み。

寒さは厳しいけれど、心も身体も温かくして、素敵な年末年始をお過ごしください♪

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