その1(仮)。

キーンコーンカーンコーン。
終業のチャイムに起こされハッとするやえば。ホームルームの短い時間でも寝られる自分は流石とでも言いたげに伸びをした後、気怠げに荷物をまとめ教室を後にする。廊下はまだ賑やかで、少し傾いた陽の光でやえばの跳ねた髪が光る。
「おい、八重樫。」
生徒の声の間から野太い声がやえばの耳に入る。自分の苗字を呼ばれたやえばが振り返ると生徒達と頭一つ違うスーツの教師が立っていた。
「っス、ハトせんせー。何か用スか?」
「ハトじゃない羽藤。なあ八重樫、いくらうちの学校が緩いとはいえその色はどうにかならんか?」
ハキハキとした声にやる気なく応えるやえば。
「髪っスか?髪は地毛って言ったじゃないスか。証拠も見せたでしょ?」
「あんな雑な加工写真で証拠もないだろう。」
呆れ気味に苦笑いするハト先生が続ける。
「髪もそうだがパーカーもだ、パーカー自体は良いんだがその眩しいオレンジは止めないか?」
彼女の自称トレードマークを指差して言う。確かに陽の光もあって目に悪い。蛍光までは行かないものの100%ジュースのパッケージの様だ。
「帰り道目立つから事故らないっスよこれ。」
「いや、なら登下校だけにだな…。」
「廊下でもぶつかる前に相手が気付いてくれるっスから。」
「うん、安全性についての話ではなくてだな…。」
ハト先生は頭をカリカリと掻く。そんな先生の気持ちはお構いなしと言わんばかりに
「まあ良いじゃないスか。このパーカーのせいで誰かが死んだら止めますよー。」
ひらひらと片手を振りながら横を抜けていくやえば。その後ろ姿に「…ハァ、あの子はホントに…」と深く溜息をついた。

そんなやり取りを終えてすぐ、やえばは忘れ物室の前まで辿り着く。正直彼女にとって忘れ物倶楽部は面倒ではあるが部活扱いになるし先輩2人は嫌いではないようでサボらずここに来ている。後は単純に暇つぶしと言う意味合いもありそうだが。
「ちーっス。」
ガララッと扉を開けいつものテンションで入る。
「…何やってんスか?」
そんな彼女の目に飛び込んだのは仲睦まじい2人、と言って良いのかよく分からない光景。ねぐせがいとめに見事なチョークスリーパーをきめていた。
「ぎ、ギブギブ!」
「…いとめさん顔がヤベえっスね。」
その一言にすっと力を抜くねぐせ。その隙に素早く抜け出し距離を取り、ふーっと息を吐き「死ぬかと思った…。」と呟く。一体何があったか聞こうとしたやえばだったがすぐにやめた。
「どうせ、いとめさんが余計な事いったんスよね?」
「なんだいきなり信用の無い。俺はただ真っ当なツッコミをこの猫娘にだな…」
「誰が猫娘ですかこの野郎。」
ガシガシと噛み付くフリをする姿は確かに猫娘の様ではある。
「アタシはただこのレターセットについて語ってただけじゃねぇですか。」
と机の上のビニールに入った使いかけであろうピンクのそれを指差し猫娘は続ける。
「もう一度言いますがこれは間違いなくラヴレターに使ったに違いねぇですよ。淡い恋心にピッタリ過ぎる色合い、シンプルかつ丁度良い大きさ。何処にでも忍ばせられるし渡せられるヤツじゃねえですかっ。」
猫娘はいつもの怪しい笑顔になっていく。妖怪青春寝癖女子。
「いやぁ、だからそれは夢見過ぎだって。」
首をさすりながら呆れた様に続ける。
「よく見てみろってー、ビニールのテープ部分はくしゃくしゃだし几帳面な感じしないって。それに100均のラベル付いてるし。そんなLoveLetterに使うにしちゃ安物だ。」
淡々と理詰めする。確かに言われてみればそう推理できるが、だからと言って夢見る妖怪に良い発音までして煽ればそりゃチョークされる。
「んなー!だから分からねぇでしょうがそれはっ。不器用な女子とか初めてだから練習に使ったとかっ。色々あるかもしれねえじゃねぇですか!」「ステイステイねぐせさんステイ。」
再び噛み付きそうになる妖怪を止める。
「まあでも確かに夢見過ぎではあるスねぇ。いとめさんのはちょっとリアル過ぎてつまんないスけど。」
「君はどっちの味方なんですか。」
「どっちの味方でもないスよ。」
鋭い目つきで威嚇するねぐせを見上げながら平然とした様子で答える。彼女の強さはこういうところかも知れない。
「とりあえず先輩2人の意見を擦り合わせて考えると……」
やえばはわざとらしく顔に手を当て考えるフリをする。んー、としばらく唸った後に閃いた様に口を開く。
「このレターセットを使って脅迫状を書いたって事でいいスか?」「んなアホな。」「ぶん殴りますよ。」
間髪入れずツッコミが飛ぶ。
「あれっスよ、ギャップ萌ってやつ?」
「ギャップの方向性が危なくなるんだよそれじゃあ。」
「ねぐせさん好きそうじゃないスか。」
「逮捕される青春が好きなわけねぇです。」
「えー?そうスか?かわいい女子高生に成りすましたオッサンがどっかの企業に対して―」
「それもう学校関係ないしただの事件なんだよ。」
やえばの面倒くさくなって出た発言でその場が盛り上がる。これが彼らのパターンの一つでもあるのだがそれにしても今回はめちゃくちゃである。
そしてその後3人は帰宅を促す放送が流れるまで謎のオッサンについて語り合っていた。
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