その1(仮)。
キーンコーンカーンコーン。
聴き慣れ過ぎた音が響く。教師が起立・礼と毎日の終わりの儀式を済ませるとそれぞれのタイミングで教室を離れる生徒。
ニコニコと話しているあいつとあいつは多分デートか、羨ましい。みたいな目線を向けながら、荷物を片付けている目つきのよろしくない女子が1人。今度は頭を動かし別の生徒を見る。合わせて後頭部の跳ねた寝癖が揺れる。
色々他人の青春が目に付くのかキョロキョロ落ち着かない。どうせアタシは可愛くないからな、とでも言いたそうに溜息をつき立ち上がる。近場で談笑している男子と比べると細身の手脚が目立つ。そして彼女はそれなりにデカいのだ。背が。
そのデカくて細い寝癖女子は廊下を睨む様に歩いていく。廊下に親を殺されたのか、と思う程だがそうではないのだ。肩には鞄、その手には秘密のノートと鉛筆。そのノートには日頃の羨望が書き殴ってある。
今はその羨望に浸りつつ、いつもの場所を目指しているだけだったりする。
廊下突き当たりから階段を上り、左手に職員室。職員室の右隣の部屋に「忘れ物室」と書かれた張り紙がされている。
「…はーっ。」
強く息を吐く。溜息にしては瓦でも割るのかと言うぐらい勢いが強いが。そのままの勢いで引き戸を開ける。
「…まだ2人は来てねぇですか。」
彼女は呟きながら部屋の中央の長机を見る。陽が傾き出しているので白いそれが少しオレンジ色になっている。ツカツカと真っすぐに備え付けのパイプ椅子に向かい、ドサッと座りドサッと鞄を置く。そして一度自分の入ってきた引き戸を見て、ノートを開く。
「…良いなぁ、あいつら付き合い始めたの最近だって言ってやがりましたねぇ…アタシだって青春してぇと…。」
ブツブツ小さな独り言を始める。元々よろしくない目つきが更によろしくない。いや彼女の顔の作りは悪くないのだが、如何せん普段から秘密のノートに夢中になり過ぎて寝不足だからクマが酷い。なので拍車が掛かる。
そしてノートを広げて、鉛筆をくるくる回しながら「…なあ、今日駅前の喫茶店行かないか?」「えっ?あそこ高いよ?ワタシお小遣い少ないからさ…」「大丈夫、俺バイト始めたからさ。…君と一緒に行きたくって。」「えっ!?…〇〇君…」と一人芝居が始まった。その目つきでその笑みは怪しさしかない。妄想の内容は甘いが当人の表情は苦い。
「…〇〇君、好きだよ。」「俺もだよ…」「〇〇君……本当に大好―」
ガララッ
「うぃーーッス」
「すーぅっ!!!?」
盛り上がっていた所に茶髪の小さな女子がやる気が無い声を出しながら入って来て水を差す。慌ててノートを持ち上げその場で小躍りする。
「…何やってんスか?新手のお祭り?」
「何だ?どした?」
やる気ない声がツッコミを入れる。そこに続けて糸目の男子が顔を出す。
「…っいやいきなりで…びっくりしただけで、その…遅かったじゃねぇですか、お二人。」
ノートを頭に乗せて身体を崩した状態で座り、寝癖女子が照れた様子で半笑いのまま言う。
「…うっわ、似合わねぇな、その反応。」
明らかに引いた反応の男子とちょこんと見える八重歯と八重歯の間から舌を出しながら「うへぇ〜」と気持ち悪そうにする小さな女子。
「お二人ぶん殴りますよ。」
姿勢を直しながら睨む寝癖女子。
「ラブコメ女子みたいだったから余計にキモかったスね。」
「やえば、それは言い過ぎだろ気持ち悪かったけど。」
やえばと呼ばれた小さな女子は続ける。
「ねぐせさん、ビジュはそこまで悪くないっスけど、可愛い系はマジで似合わないッスよねー。」
羽織っているオレンジ色のパーカーのポケットに手を入れてパタパタと動かし笑う。煽ってるつもりでは無さそうだがそうにしか見えない。
「…いとめ、コイツ本当にぶん殴っていいですかねぇ??」
同意を求められる糸目の男子。
「気持ちはわかるが、まあ落ち着けねぐせ。」
「…最初に煽りやがったのはいとめでしたかねぇ?」
立ち上がるねぐせ。相当ご立腹らしい。ズンズンいとめに向かっていく。
「いや、ごめんって。仕方ないだろあんな”かわいい”反応見たこと無かったし。」
慌てて謝罪する。ビタッと止まるねぐせ。
「…かわいい」
「そう、”かわいい”反応。」
「…まあ、そう、それなら許してやらなくもねぇですが。」
いそいそと席に戻る。チョロい。あまりにもチョロい。
その背中を呆れた目でやえばが見つめていると
「さて、とりあえず今日は何がある?」
いとめがいつの間にやら机の方まで移動していた。椅子を引きながら机の上の小さな段ボール箱に目をやる。箱には「今日の落とし物」となぐり書きされている。
「なんだ、これだけ?」
小さな消しゴムが1個、ぽつんと入っているだけだった。
「何が入ってたんスか?…犬の絵?これ。」
やえばが取り出し、くるくると回し見る。新品のカバーがついた長方形でありきたりな消しゴム。だがやたらかわいい。高校生はまず使わないだろうと言う様なファンシーな色味とイラストだ。描かれている犬は「ワンちゃん」と言う方が正確な気がするレベルの。
「…かわいいじゃねぇですか。持ち主は女子ですかねえ?」
「女子だとしてもこんな感じの使うか?」
やえばの手元を2人が見つめて言う。
「何歳になっても好きなの使うんじゃないスか?知らないっスけど。それかこれ先生の誰かが自分の子供に買って落としたとかじゃないスか。」
ぺしっと小気味よい音を立てつつ消しゴムを机に置く。
「娘のいる先生ねえ。…ゴリ崎?いやゴリ崎先生だとしたらギャップがすごいな。」
いとめが笑いながら言う。ゴリ崎は数学教師であだ名の通りゴリラに似ている。筋肉も相当あるが数学の授業では出番はない。
「いや、普通に女子じゃねえですか?かわいいものが好きで集めてるとか。…もしかしたら彼氏がいてプレゼントに貰ったものだからビニールすら取れなくて、毎日眺めてるだけで嬉しさが一杯になってそれから―」
怪しい笑顔になっていくねぐせ。「始まったスね」「そうだな。」と顔を合わせる。
「―で、今落とした事に気付いて彼氏に言うべきかどうかで悩んでるんやがるんですよ、羨ましいっ。」
ハァハァと息が荒くなっている。息継ぎをしないからそりゃそうだ。
「どうした、今日はいつもより妬みが強いな。」
「いとめさん、そりゃ言わないお約束っスよ。」
キッと2人を睨むねぐせ。シャーッと猫のように威嚇している。目力はライオンかトラの様だが。
そこにコンコンとノック音が聞こえ、狩りを中断させた。
「どうぞー。」
やる気のない声がノックの主に応える。すぐにガラガラッと開いた扉から、ひょいと顔を出すノックの主。長身で金髪、ガタイの良い見るからに不良の不良が入ってきた。3人は予想外の人物、いや正確には普段ほぼ現れないタイプに動きが止まる。
「…あのよ、消しゴム落としたんだがよぉ…新品の。」
更に追撃。予想外の人物から予想外であろう流れが来た。
「なに止まって…あ。」
机の上のそれが不良の目が入る。あれだけファンシーな色味なのだ、そりゃ目立つ。
少し早足で3人に近づき手早く消しゴムを取る。
「…」
3人がなんとも言えない目で不良を見ていると居た堪れなくなったのか何なのか
「い、妹が俺の誕生日だからっつって、ポケットに突っ込んだんだよ!!じゃあな!」
と言い訳をして部屋を出ていった。
3人は無言で顔を見合わせた後
「…ゴリ崎とは、違うギャップだったなぁ……」
「っスねぇ…」
「…充分これはご馳走様じゃねえですか…」
それぞれ味わい、噛み締めるのだった。
聴き慣れ過ぎた音が響く。教師が起立・礼と毎日の終わりの儀式を済ませるとそれぞれのタイミングで教室を離れる生徒。
ニコニコと話しているあいつとあいつは多分デートか、羨ましい。みたいな目線を向けながら、荷物を片付けている目つきのよろしくない女子が1人。今度は頭を動かし別の生徒を見る。合わせて後頭部の跳ねた寝癖が揺れる。
色々他人の青春が目に付くのかキョロキョロ落ち着かない。どうせアタシは可愛くないからな、とでも言いたそうに溜息をつき立ち上がる。近場で談笑している男子と比べると細身の手脚が目立つ。そして彼女はそれなりにデカいのだ。背が。
そのデカくて細い寝癖女子は廊下を睨む様に歩いていく。廊下に親を殺されたのか、と思う程だがそうではないのだ。肩には鞄、その手には秘密のノートと鉛筆。そのノートには日頃の羨望が書き殴ってある。
今はその羨望に浸りつつ、いつもの場所を目指しているだけだったりする。
廊下突き当たりから階段を上り、左手に職員室。職員室の右隣の部屋に「忘れ物室」と書かれた張り紙がされている。
「…はーっ。」
強く息を吐く。溜息にしては瓦でも割るのかと言うぐらい勢いが強いが。そのままの勢いで引き戸を開ける。
「…まだ2人は来てねぇですか。」
彼女は呟きながら部屋の中央の長机を見る。陽が傾き出しているので白いそれが少しオレンジ色になっている。ツカツカと真っすぐに備え付けのパイプ椅子に向かい、ドサッと座りドサッと鞄を置く。そして一度自分の入ってきた引き戸を見て、ノートを開く。
「…良いなぁ、あいつら付き合い始めたの最近だって言ってやがりましたねぇ…アタシだって青春してぇと…。」
ブツブツ小さな独り言を始める。元々よろしくない目つきが更によろしくない。いや彼女の顔の作りは悪くないのだが、如何せん普段から秘密のノートに夢中になり過ぎて寝不足だからクマが酷い。なので拍車が掛かる。
そしてノートを広げて、鉛筆をくるくる回しながら「…なあ、今日駅前の喫茶店行かないか?」「えっ?あそこ高いよ?ワタシお小遣い少ないからさ…」「大丈夫、俺バイト始めたからさ。…君と一緒に行きたくって。」「えっ!?…〇〇君…」と一人芝居が始まった。その目つきでその笑みは怪しさしかない。妄想の内容は甘いが当人の表情は苦い。
「…〇〇君、好きだよ。」「俺もだよ…」「〇〇君……本当に大好―」
ガララッ
「うぃーーッス」
「すーぅっ!!!?」
盛り上がっていた所に茶髪の小さな女子がやる気が無い声を出しながら入って来て水を差す。慌ててノートを持ち上げその場で小躍りする。
「…何やってんスか?新手のお祭り?」
「何だ?どした?」
やる気ない声がツッコミを入れる。そこに続けて糸目の男子が顔を出す。
「…っいやいきなりで…びっくりしただけで、その…遅かったじゃねぇですか、お二人。」
ノートを頭に乗せて身体を崩した状態で座り、寝癖女子が照れた様子で半笑いのまま言う。
「…うっわ、似合わねぇな、その反応。」
明らかに引いた反応の男子とちょこんと見える八重歯と八重歯の間から舌を出しながら「うへぇ〜」と気持ち悪そうにする小さな女子。
「お二人ぶん殴りますよ。」
姿勢を直しながら睨む寝癖女子。
「ラブコメ女子みたいだったから余計にキモかったスね。」
「やえば、それは言い過ぎだろ気持ち悪かったけど。」
やえばと呼ばれた小さな女子は続ける。
「ねぐせさん、ビジュはそこまで悪くないっスけど、可愛い系はマジで似合わないッスよねー。」
羽織っているオレンジ色のパーカーのポケットに手を入れてパタパタと動かし笑う。煽ってるつもりでは無さそうだがそうにしか見えない。
「…いとめ、コイツ本当にぶん殴っていいですかねぇ??」
同意を求められる糸目の男子。
「気持ちはわかるが、まあ落ち着けねぐせ。」
「…最初に煽りやがったのはいとめでしたかねぇ?」
立ち上がるねぐせ。相当ご立腹らしい。ズンズンいとめに向かっていく。
「いや、ごめんって。仕方ないだろあんな”かわいい”反応見たこと無かったし。」
慌てて謝罪する。ビタッと止まるねぐせ。
「…かわいい」
「そう、”かわいい”反応。」
「…まあ、そう、それなら許してやらなくもねぇですが。」
いそいそと席に戻る。チョロい。あまりにもチョロい。
その背中を呆れた目でやえばが見つめていると
「さて、とりあえず今日は何がある?」
いとめがいつの間にやら机の方まで移動していた。椅子を引きながら机の上の小さな段ボール箱に目をやる。箱には「今日の落とし物」となぐり書きされている。
「なんだ、これだけ?」
小さな消しゴムが1個、ぽつんと入っているだけだった。
「何が入ってたんスか?…犬の絵?これ。」
やえばが取り出し、くるくると回し見る。新品のカバーがついた長方形でありきたりな消しゴム。だがやたらかわいい。高校生はまず使わないだろうと言う様なファンシーな色味とイラストだ。描かれている犬は「ワンちゃん」と言う方が正確な気がするレベルの。
「…かわいいじゃねぇですか。持ち主は女子ですかねえ?」
「女子だとしてもこんな感じの使うか?」
やえばの手元を2人が見つめて言う。
「何歳になっても好きなの使うんじゃないスか?知らないっスけど。それかこれ先生の誰かが自分の子供に買って落としたとかじゃないスか。」
ぺしっと小気味よい音を立てつつ消しゴムを机に置く。
「娘のいる先生ねえ。…ゴリ崎?いやゴリ崎先生だとしたらギャップがすごいな。」
いとめが笑いながら言う。ゴリ崎は数学教師であだ名の通りゴリラに似ている。筋肉も相当あるが数学の授業では出番はない。
「いや、普通に女子じゃねえですか?かわいいものが好きで集めてるとか。…もしかしたら彼氏がいてプレゼントに貰ったものだからビニールすら取れなくて、毎日眺めてるだけで嬉しさが一杯になってそれから―」
怪しい笑顔になっていくねぐせ。「始まったスね」「そうだな。」と顔を合わせる。
「―で、今落とした事に気付いて彼氏に言うべきかどうかで悩んでるんやがるんですよ、羨ましいっ。」
ハァハァと息が荒くなっている。息継ぎをしないからそりゃそうだ。
「どうした、今日はいつもより妬みが強いな。」
「いとめさん、そりゃ言わないお約束っスよ。」
キッと2人を睨むねぐせ。シャーッと猫のように威嚇している。目力はライオンかトラの様だが。
そこにコンコンとノック音が聞こえ、狩りを中断させた。
「どうぞー。」
やる気のない声がノックの主に応える。すぐにガラガラッと開いた扉から、ひょいと顔を出すノックの主。長身で金髪、ガタイの良い見るからに不良の不良が入ってきた。3人は予想外の人物、いや正確には普段ほぼ現れないタイプに動きが止まる。
「…あのよ、消しゴム落としたんだがよぉ…新品の。」
更に追撃。予想外の人物から予想外であろう流れが来た。
「なに止まって…あ。」
机の上のそれが不良の目が入る。あれだけファンシーな色味なのだ、そりゃ目立つ。
少し早足で3人に近づき手早く消しゴムを取る。
「…」
3人がなんとも言えない目で不良を見ていると居た堪れなくなったのか何なのか
「い、妹が俺の誕生日だからっつって、ポケットに突っ込んだんだよ!!じゃあな!」
と言い訳をして部屋を出ていった。
3人は無言で顔を見合わせた後
「…ゴリ崎とは、違うギャップだったなぁ……」
「っスねぇ…」
「…充分これはご馳走様じゃねえですか…」
それぞれ味わい、噛み締めるのだった。
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