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特殊犯罪対策組織
「えー………ゴホン。あー、あー。マイクテスマイクテス。……うむ、問題は無さそうだな。では、始めさせてもらうとしよう…」
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ぐわはははは!
御機嫌よう諸君!
わしはクロエモ。
自他共に時代さえもが認める屈指の天才科学者である! -
日々の発明のほんの少しの気分転換の一環として、普段なら例え頼まれてもやりもしないような映像記録を残してみようと思う!
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この映像を観ている幸運なそこの君!
ありがたーく、ありがたーく拝聴するように!
天才の言葉だヨ! -
本日のお昼御飯は[#ruby=ジャネット_Janet#]特製のクラブハウスサンドイッチであった。
大変に美味ではあるのだが、そのせいでいささか胃腸に血を持って行かれている次第である。 -
これではいけない!
稀代の天才たるこのわしの血が、頭脳ではなく胃腸に集中するなど!
人類の叡智の敗北と言っても過言ではない! -
ゆえにわしは天才たる頭脳が稼働するまで、ちょっとした考え事をしようと思う。
それを映像を観る諸君にも聞かせてあげようというのだ。 -
感謝してよネ!
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では、早速始めていくとしよう!
まさかとは思うが、ここまでで付いて来れなくなったサル以下の知性の持ち主はおるまい? -
居たとするなら!
おお!
居たとするなら誠に申し訳無い!
サル以下の知能の事を考えていなかったわしの落ち度だ! -
ゆえにその者達には、この場を借りてこう言わせて頂こう!
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デンキウナギでも踏んでしまえヘルメティア!
と! -
ぐわはははははははははは!
スッキリ爽快である! -
オホン!
さてさて、サル以下知性ズがビリビリぐっすりとおねんねした所で、いよいよ本題に入っていこうと思う。 -
わしがこの場で思考に耽る題材は、今現在世界の騒ぎの種の一つである、異能力者の事。
そして真しやかにその存在を囁かれている、魔術についてである。 -
異能力者はどこから来てどこへ行くのか?
などという禅問答染みた事を論ずるつもりは無い。 -
また、科学者が魔術とかプギャーw
とか何とか考えちゃったそこの君! -
ブタと一緒にトリュフでも掘ってろベッツリコーラ!
である! -
ぐわはは、天才は罵倒までもが超一流なのだ!
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うむうむ、スッキリである!
凡人に構うのもまた天才の役目と言えよう! -
おっと、話が逸れてきているな。
ここで話を元に戻すのも天才である。 -
さて、光復元(2649)年に発生した驚天動地の人災、「マガツヒノカミ」から早5年。
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世界は場所によって徐々に日常へと舵を切りつつあるわけではあるが、その一方で年々増加傾向にある…否、爆発的に増えてきている異能力者に頭を悩ませている。
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あの巨大隕石がたった一人の異能力者の手によって引き起こされ、また一人の異能力者の手によってその災厄が食い止められた事は、わしを含めたごく少数の人間しか知り得ぬ事実である。
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世界に通常の人類では持ち得ない能力を発現させた人間、異能力者が出現するようになったのはこの隕石の衝突に起因する事は疑いようの無い事実。
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もっとも、その原因の詳細が天才たるわしの頭脳を以てさえさっぱりぽんなのはいささか[#ruby=業腹_ごうはら#]ではあるのだがネ!
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隕石衝突から約6年が経ち、わしは天才的な幸運ゆえに多くの異能力者のデータサンプルに触れる機会を得る事ができた。
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組織の長たるキリュウ君による、これまでヴァハフントが担当した数々の異能力事件。
その多くは残念ながら気持ちのいい結果となる事は無かった。 -
異能力事件31件、言霊事件1件、異形事件11件。
計43件の事件の実に35件で相手異能力者を討伐、あるいはそれに準ずる結果となった。 -
それらの事件によって、こちらの隊員も7名が殉職。
3名が復帰不可能な精神状態となり離脱した。 -
隊員達の中には、隕石衝突後に発現した異能力を宿した者達も含まれていた。
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また一般人の被害は確認されたものだけで、累計100人を超えているのだ。
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最終的にキリュウ君の戦闘能力によって事件自体はどうにかなったものの、組織としては散々たる結果だと言っていいだろう。
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辛口評価なのは身内ゆえの期待から、とでも思っておいてくれたまえ!
天才はツンデレなのだヨ! -
ゴホン。
さてさて、ここで一つ、わしはとても、とーてーも気になる事がある。 -
それは、キリュウ君を始めとした異能力者達。
その異能力には一つとして同じものが無い、という点だ! -
生じさせる結果に似通っている異能力は確かにあった。
だがしかし、同一と言える異能力は存在しなかった。 -
無論ここまでのデータがあまりにも少ないため、推論一つもまともに立てられない事は承知しているトモ!
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だが、あえてここまでのデータから考察を行うとするのならば。
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異能力者達のその異能力とは、言うなれば「個性」のようなものではないだろうか?
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二人として同じ人間が存在しない事と同様に、その者の唯一無二の個性の一つとして異能力が発現していると考えれば納得が行くというものサ!
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もちろんこれはこじつけに近い暴論である事は言う迄も無い。
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だがしかし!
これは発明の合間の食休みの暇潰し!
文句は何一つ言われない素敵タイム! -
自由につらつらと[#ruby=綽々_しゃくしゃく#]と語らせてもらおうじゃないか!
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さて、話の続きだ。
異能力が個性であるとするのなら何だという事なのだが。 -
その事について更に触れていく前に、先にもう一つの題材について触れておこうと思う。
そしてそのついでに、賢明なる諸君ならば気が付いているであろうもう一つの謎についても。 -
気付いてもいないそこの君!
置いてくヨ! -
もう一つの題材。
それすなわち、魔術とやらについて、だ。 -
科学者の身として、魔術という言葉自体に若干の抵抗感がある事は否定しない。
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何しろ魔術!
わけ分からんちんの何でもアリの代名詞!
異能力とどっこいどっこいの超常現象の一つだネ! -
しかしわしは、そのわけ分からんちんに一つの疑問を抱く。
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即ち、「何故わけ分からんちんなのか?」という事だ。
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科学者の身として、物事の現象には何かしらの理由と理屈を求めたがる。
これはもうサガというやつだネ! -
わけが分からない事に対して、何故分からないのかを追求したくなるのサ。
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さて、この場合の追求の材料はまず二つある。
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わけ分からんちんが目の前に二つ転がっているだろう?
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異能力と、魔術だ。
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さすがは天下のICPCと言っておこうかネ?
魔術なんていう眉唾物の情報も、各地からきっちりと収集している。
それもかなり前からだ。 -
ここで注目すべき点は、この魔術についてのデータは隕石が衝突するよりも遥か以前から情報が存在している事であり、更に言えば、隕石衝突後にその情報量が桁違いに増えているという事。
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そしてもう一つ。魔術は異能力とは異なり、全く同じ魔術を別の人間が使用しているパターンが存在するという事だ。
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異能力は似ているものはあっても同一視できるものは存在しない。
しかし魔術は使用する人間によって差こそあれど、完全に同一視できるものが存在するという事。 -
同じわけ分からんちんなのに、何故そこに明確な差が出来ているのか?
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わしは思考する。
天才の頭脳で思考する。
そして考察した。 -
異能力が「個性」のようなものであるのなら、魔術はさながら「道具」のようではないか、と。
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魔術が道具であるというのならば、その道具は何故生み出されたのか?
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道具が生まれるには必ず理由がある。
空を飛びたいから飛行機が、海の上を移動したいからボートが、物を切りたいから刃物が、雨風を凌ぎたいから屋根が。 -
物だけではない。
火も電気も水も木も土も、おおよそ地球上の物質を利用する事で人類は様々なものを生み出せるようになっている。 -
その際に様々な生き物や現象、存在する物質からヒントを得ているものも決して少なくはない。
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では、魔術は何からヒントを得た?
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魔術が道具であるというのなら、そこには必ず生まれた理由があるはずなのだ。
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銃器のようにより効率良く命を奪えるように設計されている?
否、そうとは思えない。 -
医術のようにより効率良く命を救えるように設計されている?
否、そうでもないと思える。 -
ヒントを得ずに魔術は作り出された?
否、それにしてはあまりにも使う側の都合に合わせられている。 -
では何か?
何をヒントに魔術は生み出された? -
わしは自分勝手に。
自由気ままにこう推察する。 -
魔術とはかつて、発現した異能力をヒントにツールとして作り出されたものなのではないか、と。
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かつて火を操る異能力者が居たとして、その能力を万人が使用できるようにしたものが魔術なのではないかと。
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パソコンを使用するに当たって、その内部のデータの隅々まで理解し尽くさなければならないわけではないのと同じように、少しの理解と適正があれば異能力に似たものを習得できるようにしたものが魔術なのではないかと、わしは考える。
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鶏が先か卵が先か、のような話になってきてはいるが、実際はとても簡単な話だ。
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むかーし昔、気が遠くなるような昔の話。
様々な異能力を発現させた人々が居て、より便利な生活を得るためにその異能力をモデルに魔術を作り出し、より多くの人間が超常の力を得る事ができた。 -
誰しもが火を操り寒さを知らず、水を操り渇きを知らず、電気を操り闇を知らず、木を操り荒廃を知らず、土を操り飢えを知らず、といった具合にネ。
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それだけの話サ。
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もしかつて生きた人々が魔術を[#ruby=会得_えとく#]していたのならば何故現代に魔術の痕跡がほとんど残っていないのか、人類は一度滅んだとでも言うのか、という疑問も湧いては来るが、人類が未だ存続している事と併せ考えるのならば、だ。
恐らくは滅ぼしたのだろうネ。 -
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異能力と魔術を会得した人間を、他ならぬ人類が。
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持つ者を持たざる者が、だ。
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[#ruby=窮鼠_きゅうそ#]猫を噛む、とでも言うのかネ?
だがネズミにパソコンが扱えないように、人類は異能力をモデルに作られた魔術をまともに扱えなかった。 -
だから滅びた。
一部の魔術を継承した生き残りと、突然変異でパソコンが扱えたネズミを除いて。
魔術に関する歴史はそこで一度終わったのだろう。 -
さて、賢明なる諸君。
ようやくもう一つの謎の登場だ。 -
と言うより、この考察においてはもう答えを言っているようなものだがネ。
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即ち、異能力者は今まで一度もこの世界に生まれ出でなかったのか?
隕石の衝突を契機として、この地球上に初めて出現したのか?
という実にシンプルな疑問だ。 -
答えは、NO。
彼らはかつてもこの地球上に存在していた。 -
そして滅ぼされた。
魔術という軌跡を僅かに残して。 -
ここまで聴いてなお魔術という言葉に抵抗感があるそこの君。
強情だネェ。 -
ならば魔術ではなく、オーパーツ、と言えば受け入れ易いのカナ?
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古代人が残した、現代の人間ではまともに扱えないオーパーツ。
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それが、「魔術」だ。
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「石の魔女」がもたらした「マガツヒノカミ」もまた、魔術の一種であると推測される。
即ちあれは、わしら現代人類の感覚で言うのなら、さながら核ミサイルのようなものだったのだろうなぁ。 -
………………え、もしそうなら、キリュウ君パナくね?
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ゴホンゴホン。
ま、まぁそんな存在が人類の側に居る幸運を噛み締める事としよう。うん。 -
そしてここでもう一つ、可能性をわしは提示しようと思う。
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キリュウ君曰く、彼に異能力が発現したのは「石の魔女」との戦いの最中だとか。
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もしも魔術と異能力に繋がりがあったとするのなら、「石の魔女」の魔術の干渉を受ける事によって、キリュウ君の異能力が発現したという事は無いだろうか?
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もしそうだとするのなら、「マガツヒノカミ」によって世界各地に隕石が衝突した後に、世界規模で同じように異能力が発現し出した事も納得できるというものだ。
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まぁホントにそうなら、今日の異能力事件の半分くらいはキリュウ君のせいとも言えなくも無いのだがネ!
ぐわははは! -
オホンオホン。
さてと、もう少しばかり考察を続けようと思う。 -
おざなりになりかけている最初の題材。
異能力が個性であるというのなら何だと言うのだ、である。 -
もうここまで来たのなら、賢明なる諸君なら語らずとも分かろうもの。
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わけ分からんちんさんは、とっととハウス、メタルデテス!
である! -
仮に魔術が異能力をグレードダウンさせて万人に使用できるようにチューニングされたものであるのなら。
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この先必ず人類は同じようにその有用性から異能力を解明し、利用する事を考えるだろう。
個性を道具として、便利に使う事を考えるだろう。 -
そして再び、持つ者と持たざる者に分かれる事になる。
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その先は恐らく、かつての魔術とは違った未来がある事だろう。
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そう恐らくは。
もっと悲惨な事になる。 -
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古代と現代の決定的な違い。
それは、培われてきた「科学力」である。 -
初めて科学者らしい事を言った気がするゾ!
やったネ! -
オッホン。
少なくともかつての地球に、今以上に発達した科学が存在していた痕跡は見られない。
無論今の我々の技術力が及んでいない可能性もあるだろうが、少なくとも一人の科学者として、現代に出現している異能力者を見るに、決して科学が異能力に完全敗北を喫するものではないと断言できる。 -
もしもこの先、異能力を便利なツールとして扱うのであれば、人類はまた繰り返す事だろう。
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否、今度は持つ者と持たざる者が、それぞれ持っているあらゆるものを使って、互いに滅びるまで戦い続ける事になる。
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否!
下手をすればもっと凄惨で阿呆な事をやらかす可能性だってあるだろうサ! -
例えば、異能力者のクローンを作り出して洗脳する、とかネ?
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どうせ劣化コピーになって異能力そのものに不具合が生じたり、洗脳しきれずに暴走したりするだろうから、ホントに実行するド愚劣おバカは居ないだろうけども。
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ではわしら人類はこれからどのような手を打っていくべきなのか。
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あえて手を打つというのならば、だ。
異能力者達を認めて共生していく、という一手しかあるまい。 -
ロマンチストとでも思ったかネ?
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わしは自由気ままに発明と研究が思う存分できるこの世界が意外と気に入っているのだよ。
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少なくとも、発明でキリュウ君に手を貸してやろうと思える程度には。
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異能力をツールとして研究し、利用するのも実に興味深いものではあるのだが、天才たるわしはその先が見えてしまっている。
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その先で研究と閃きに身を任せられない世界など、わしにとってはなーんにも面白いものではない。
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わしは楽しみたいのだよ、ぐわははは!
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ゆえにわしはこの提唱を以て考察を終わろうと思う。
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特殊犯罪対策組織
「人類よ。手を取るのだ。目の前にあるのは得体の知れない者ではない。それは昔からそこに居ただけの、個性豊かなただの人であり、命である」
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カチリ、と記録を止めてクロエモ博士はゆっくりと息を吐いた。
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いつの間にか胃に行っていた血はすっかり頭脳に戻り、目まぐるしく思考回路を回している。
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先程までのテンションとは打って変わって、椅子に深く腰掛けてクロエモ博士は深く思考する。
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映像記録の中で、あえて記録しなかった可能性の一つ。
それを考える。 -
深く、深く、深く、深く考える。
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魔術の元が異能力であったとするのなら。
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異能力をグレードダウンさせて多くの人が使えるように仕立て直していたのなら。
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その元となった異能力は、果たしてどれほどに強力だったのだろうか、と。
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そして。
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その異能力者達が、もしも生き残って命と系譜を繋いでいたとするのなら。
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持たざる者の事を、どう思っているのだろう、と。
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