リセット








昨日、野々宮ののみや達志たつしが結婚した。



先ほどから飲んだ暮れた男の介抱に手を焼いている三輪みわ幸成ゆきなりと、野々宮は中学校からの付き合いだ。
付き合いは中学から大学、そして社会人になった今でも続いている、古くからの友人の一人。
野々宮は気さくな良い奴で、本日付けで彼の嫁さんになった彼女とは大学で出会い、六年にも渡る交際を経て、念願の入籍だったらしい。

結婚式で幸せすぎたのかボロボロに泣いて花嫁を抱きしめながら、大声で「ありがとう!!」と言った野々宮の姿に、あいつらしい、と友人達と思わず笑ったのは、今から数時間前の話だ。
そうして二次会に出て帰宅した所、何故かこのお荷物が三輪の金魚の糞の如く付いて来て、無理矢理部屋に上がって「飲もう!!」と言い出したのがつい先ほどの話だ。


ここで飲んだくれている金魚の糞こと田村たむらはじめは、三輪にとっては野々宮と同じく、中学からの付き合いである。馬鹿でお調子者の田村。この男も中学から大学、そして社会人になった今でも頻繁に遊ぶ親友。
だが、三輪と一つ違うところは、中、高、大、と田村は野々宮と同じ学校へ進学し、丸々10年間一緒だったということ。
この田村と野々宮とは、最早腐れ縁と言って良いと三輪は思っていた。

そしてその男は本日新郎の友人代表として嬉々としてスピーチを努め、二次会でも幹事をこなし、その後、なぜか三輪のアパートで潰れている。
半ばヤケ酒とも言える無茶な飲み方で、酒に飲まれてしまった憐れな男だ。

「あークソ、誰が後片付けすると思ってんだよてめぇ。」

苛々と田村が飲み散らかした缶やビンやらを抱えて、三輪が近くにあったビニールに入れていると、田村が虚ろな目のまま、ノロノロと四つん這いになって三輪の背中に寄りかかって来る。
そこから臭う異常なまでの酒臭さに思わず顔を顰めた三輪が、引っ付き虫を引き剥がそうとすると、件の虫、田村は「やだー」とまるで駄々を捏ねるガキの様に、三輪の腰にしがみ付いてきた。
それからムニャムニャと何か呟きながら重くなる田村を眺め、三輪はハッとして青褪める。

「こらテメェ!!何夢の世界へ旅立とうとしてんだ!!おい!!起きろ!!」

「やぁん、おれここの家の子になるからいいのぉ。」

「よくねぇよ馬鹿野郎!!泊まるつもりか!!帰れてめぇ!!」

「やだ。」

そう言った田村は、頭を振って益々きつくしがみ付いて来る。
いつに増して強情な田村に、三輪は痛くなる頭を抱えながら深いため息を吐いた。

「(くそ、これだから酔っ払いは手に負えん。)」

どうしたものかと悩んでいると、田村が小さな声で呟いた。

「三輪。なぁ、三輪…。」

「あ?」

その田村の声が予想外に掠れていて、三輪は思わず自分の腰にしがみ付いている男を見下ろした。
田村の顔は見えず、だが、腰に回った腕が微かに震えているのが分かる。
それに少し驚いた。
そんな田村を見た三輪の目には、茶色くて縦横無尽に飛び跳ねた髪の毛だけがふわふわと揺れるのと同時に、下から鼻を啜る音が聞こえる。

「…野々宮、なんで、結婚しちゃったんだろ…。」

しゃっくりを上げながら、しかし、先程よりもしっかりとした口調で話し出した田村に、三輪は「はぁ?」と呟いた。
その返答が聞こえているのか居ないのか、田村はとろん、とした目で、三輪の腰に張り付いたまま顔を上げると、あらぬ方向を見ていた。

「…やだった、おれ。ほんとは、やだった。」

段々か細くなっていく田村の声が、切ない様な涙交じりの鼻声になってゆく。
三輪は黙ったまま腰に張り付いた田村を見た。
田村は、酷く傷付いている様子で「いやだ、いやだ」と繰り返していた。それから声を押し殺してくしゃ、と顔を歪めると、赤くなった目から、大量の涙が溢れ出た。
それから、耐えるような吐息が静かな部屋に大きく響くと、腰に巻き付く腕に、少しだけ力が込めたのだ。




「おれ、野々宮が、好きだった。」





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